キングダム

セメタリー(李牧×信)前編

キングダム 李牧 信 牧信
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 李牧×信/慶舎×信/秦敗北IF話/ヤンデレ/監禁/バッドエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

戦に溺れた男

今の自分は、一体何のために戦っているのだろう。

満身創痍の体で剣を振るい、追手の兵を斬り払いながら、男は考えた。

守るべき国も、父も兄弟も仲間も、何もかもを失ったというのに、生きる意味などあるのだろうか。

この剣を手放して大人しく首を差し出せば、自分も楽になれるのではないか。みんなも待っているのではないかと男は考える。

葉や枝が積み重なって出来た獣道を通り、男は木々の間に身を潜めた。

「まだ近くにいるはずだ!探せ」

「見つけて殺しちまえ!」

遠くでまだ追手の気配と声がする。自分の血の跡を辿り、すぐにでも追い掛けて来るだろう。

まるで飢えた獣が取り逃がした獲物を探すような執着ぶりだった。

彼らは一人でも多くの敵兵の首を持ち帰り、武功を挙げたいのだろう。それに応じた報酬が欲しいのだ。

人間の欲深さに、男はとことん嫌悪した。男が最も嫌悪したのは、戦に溺れた自分という存在である。

「………」

一度腰を下ろしてしまうと、まるで根を生やしてしまったかのように、立ち上がるのが億劫になってしまった。

体がもう楽になりたいと叫んでいるのだ。あとは心が従うのを待つだけだった。

目を閉じると、瞼の裏に地獄絵図が浮かぶ。敵兵に容赦なく殺されていく家族や仲間たちの姿。

敵の勢いを押し返せないと分かるや否や、撤退命令を出す将軍たち。戦場に転がっていく数多の屍。

自分もあの戦場で命を差し出せば良かったのだろうか。

戦に溺れていた自分には、死への恐怖などなかったはずなのに、それなら一体なぜ無様にも逃げ惑っているのだろうか。

どうせ敵兵によって無残に殺されるのなら、戦場で死んでいても、ここで死んでも何ら変わりないような気がした。

(もう、疲れた)

まるで操り人形の糸が切れてしまったかのように、男の全身から力が抜けていく。

戦が始まってからずっと握り締めていて、体の一部のようになっていたはずの剣も、呆気なく手から離れてしまったのだった。

「おい!こっちに血の痕があるぞ!」

どんどん足音と声が近づいて来る。自分の死が目前までやって来たことを、男は他人事のように察したのだった。

早く楽にしてくれと願った直後、意識の糸がふつりと切れる。

体はとっくに限界を超えていたのだ。

 

赤い着物の少女

眩しい朝陽が瞼を刺激する。温かい日の光に包まれて、男はようやく楽になれたのと察した。

(…随分と眠ってしまったな)

重い瞼を持ち上げた時に、男は先に逝っていた家族や仲間たちが自分を出迎えてくれるのだとばかり思っていた。

「…?」

瞼を持ち上げると、遠くに空があった。木々に囲まれた風景を見つけて、自分はまだ死んでいないことを悟る。まだあの森の中にいた。

少し遅れて、全身に鈍い痛みが走る。

休むことなく戦場で剣を振るい続けていた筋肉が悲鳴を上げており、体のあちこちが痛み出した。

戦場で受けた傷のせいか、熱が出て来たようで、身体が熱い。

疲労と怪我と発熱で男は肩で息をしていた。

体はこの上なくぼろぼろなのに、少し眠ったせいか、混濁していた意識が少しまともになっていた。

(なぜ、俺はまだ生きている…)

意識を失った後に敵兵たちに見つかり、首を斬られたのだと思っていたのだが、体と首はまだ繋がっている。

持続する体の痛みから、決して夢幻の類でないことも分かった。

「…!」

遠くから足音が聞こえる。自分を探している敵兵だろうかと男は横たわったまま、音のする方に目を向けた。

自分を探し回っているような喧しい声はしない。

足音を聞く限り、人数は一人だとわかった。しかも、かなり早い。この獣道を歩き慣れているような足取りだということが分かる。

足音から察する限り、獣の類ではなく、人間だろう。

「………」

どうでもいいかと男は再び瞼を下ろした。

きっと次に目を覚ました時こそ、家族や仲間たちが自分を出迎えてくれるはずだ。

いよいよ足音が近くにやって来た。全てを諦めた男が、再び意識の糸を手放そうとした時だった。

「―――ッ!」

急に額が痛いほどの冷たさで覆われる。

遠ざかっていた意識が強制的に引き戻されて、男がかっと目を見開いた。

ぎゃあッと短い悲鳴が聞こえ、目の前にあった何かが飛び退く。

「起きてんなら言えよッ!」

「………」

男は何度か瞬きを繰り返す。自分と同じように、驚愕の表情を浮かべている幼い少女が立っていた。

まだ十にも満たないであろう少女だった。

赤い着物に身を包み、黒髪を後ろで結われている。結われた髪には金色と赤色で彩られた簪を差していた。

腕を動かして額に触れると、水で湿らせた手巾が宛がわれており、この少女が用意してくれたものだと察する。

傷ついて血を流していた腕には、別の布が巻かれていた。少女が着ている着物と同じ布だった。

目だけを動かして男が少女を見ると、着物の裾が破れている。少女が着物を破って、手当てしてくれたのだろうか。

「お前、は…?」

唇を戦慄かせ、掠れた声で問い掛けたが、少女の耳に男の小さな声は届かなかったらしい。

「ほら」

竹筒を取り出して、少女は男の口元に宛がった。冷たい水が男の乾いた口内に流れ込む。

「こほっ…」

しかし、ずっと乾いていた体が驚いて、水を拒絶するように激しくむせ込んでしまう。

まるで体が生き長らえるための栄養を拒絶しているようだった。
もうこれ以上は生きたくないと、身体が叫んでいるのだと男は他人事のように感じていた。

「ったく、仕方ねえなあ」

見兼ねた少女が竹筒の水を自らの口に含む。

何をしているのかと男が少女を見つめていると、彼女は迷うことなく男に口付けたのだ。

「―――」

視界いっぱいに映っている端正な顔立ちと、柔らかくて温かい唇の感触に、男が驚いていると、再び水が口の中に流れ込んで来る。

乾いていた喉に潤いが満ちていき、気付けば男は涙を流していた。乾いていたのは身体だけではなく、心もだったのだ。

まだ年端も行かぬ少女の口づけから、生気を分け与えられたような、不思議な感覚に、胸の内が熱くなっていく。

水を飲ませた後、少女は男が静かに涙を流していることに気が付いたようだった。

しかし、気づかなかったふりをして、「もっかい水を汲んで来る」と足早にその場を去っていく。

少女の足音と気配が遠ざかり、再び一人になった男は、幼子のように声を上げて泣いたのだった。

 

約束

せっかく取り入れた水分も、全て使い果たしてしまうほど泣き終えた男は、妙にすっきりした気分になっていた。

年甲斐もなく声を上げて泣いてしまったが、きっと少女にも聞こえたに違いない。

一人にしてくれた少女の優しさに感謝しつつ、彼女は何者なのだろうと考えた。

近くに集落でもあるのだろうかと思ったが、男が敵兵から逃亡を続けている間は、そのようなものは見なかった思う。

「くっ…」

まだ痛みと怠さの残っている体に鞭打ち、男はふらつきながら立ち上がる。

地面にしっかりと両足がついた感覚に、自分はまだ生きなくてはいけないと思い知らされた。

(川…?)

遠くから微かに水音が聞こえる。

少女が水を汲んで来た川があるのだろう。男は重い体を引き摺りながら、水音に導かれるように歩き出した。

少女が通ったであろう痕跡を追いかけていると、男ははっと目を見開いた。

赤い血の海が広がっており、その上には自分を追いかけていた敵兵たちの死体がいくつも重なっていた。

足を止めて敵兵の死体を観察するが、全員が首を斬られたり、胸を刺されていたり、急所を突かれている。

まさか、死んだと思った仲間が自分の救援に来てくれたのだろうか。

いや、そんなはずはない。だとすれば、敵兵たちは誰にやられたのだろう。獣に襲われたような傷はなかった。

やはり死に至ったのは首や胸の傷に違いない。

草を踏み躙る音が聞こえ、男はつい身構えた。音のした方を見ると、あの少女だった。

片手に竹筒を持っている。川で水を汲み直して来たのだろう。

先ほどまで元気そうだった少女の着物に、まるで柄を入れたかのように、真っ赤な血が付着していた。

(いや、違う・・

今思えば彼女の着物は初めから・・・・赤く染まっていた。

そして彼女の背中には、一本の剣が携わっている。

鞘や柄にも血が付着しているのが見えて、男は息を飲んだ。

男が気づかなかっただけで、彼女は初めから血に塗れていたのだ。

敵兵たちの死体には虫がたかっており、皮膚は腐り始めている。殺されてから時間が経過していることが分かった。自分が眠っている間に殺されたのだろう。

(まさか…)

男が敵兵たちの死体の山と少女の姿を交互に見る。

この場にいる生存者は自分とこの少女だけだ。自分を探していた敵兵を返り討ちにした記憶はない。

「どうした?」

驚愕している男の表情を見て、少女は小首を傾げていた。

「全部…お前が殺したのか?」

男が問うと、少女は不思議そうな顔をして、それから頷いた。肯定の返事に、理解するまで時間を要した。

年端もいかぬこの少女が、本当に大の大人を、しかも、これだけの人数を殺したというのか。

一番驚いたのは、少女に嘘を吐いている様子がないことだ。

そういえばと男は改めて少女を見つめる。どうしてこんな森に少女が、それも一人でいるのだろう。

近くに集落などは見当たらなかったはずだ。まだ十にも満たない年齢であることから、親がどこかにいるに違いない。

少女が着ているのは上質な布で作られている着物だ。

もし、この森のどこかに集落があるとしても、このような高価な着物を着るだろうか。

高貴な家柄の娘なのかもしれない。だとすれば、敵兵を殺したと彼女が言ったのは、自ら手に掛けたという訳ではなく、護衛の兵に命じたということになる。

気になることは他にもあった。上質な着物を着ている割というのに、言動がまるでつりあっていない。

高貴な家柄だとすれば、幼い頃からも相応な教育を受けさせるとは思うのだが、この少女からは微塵にも教養が感じられなかった。

この少女は一体何者なのだろう。

「お前、こいつらに追われてたのか?」

先に問いかけたのは少女の方だった。男は小さく頷く。

「俺の首を持ち帰れば、この上ない褒美が手に入るからな」

「ふーん」

尋ねておいて少女はまるで興味の無さそうな返事をした。しかし、男にはその返事が嬉しかった。

褒美を目当てに自分の首を取ろうと狙う敵兵と違って、自分が何者であるかに対して興味を抱かない少女の素っ気なさが、今だけは嬉しかった。

「…娘。お前は、何故このような場所にいる?お前は何者だ?」

もしかしたら、少女の姿をしているだけで森に住まう妖や神の類なのかもしれない。

本当にそうだったとしても、男は今さら驚かないだろう。

あの戦で大敗し、自分が生きていること以上の奇跡を目の当たりにしても、きっともう驚くことはない。

男が質問を返すと、少女は不機嫌そうに目をつり上げた。

「修行」

「なに?」

つい聞き返してしまった。少女はもう一度、「修行」と繰り返した。

(修行?十にも満たないこの娘が、こんな森で?一体何の修行を?)

次々と疑問が浮かび、男が目を丸めていると、少女はその場に座り込んで重い溜息を吐いた。

「父さんに戦を見に行くぞって引っ張り出されたかと思ったら、いきなりあそこの崖から突き落とされたんだぜ?ひっでえ話だろ!」

上方を指さしながら、少女が頬を膨れさせる。

もしかして、修行と言う名目で森に捨てられたのだろうか。

戦を見に行かせるだなんて、彼女の父親はどこの国かの将なのだろうか。

上質な着物や少女の肉付きの良い体を見る限り、食いぶちには困っていないように思える。

名のある将の娘なのかもしれないが、家庭には家庭の事情というものがある。男には知り得ない何かがあるに違いない。

「それは…大変だな」

男が労いの言葉を掛けると、少女は「あーあ」と着物が乱れるにも構わず、両腕を頭の後ろに当てていた。

こういう仕草を見る限り、やはり淑女としての教育は一切受けていないに違いない。

「最低でも十人は討ち取った戦利品を持ち帰って来いって、置いていきやがって…本当にひでえ父さんだよなあ!」

「…話があまり読めないが…十人殺せと、命じられたのか?」

顔を強張らせながら男が問うと、少女は大きく頷いた。

「この森にいるやつら。戦場から逃げて来たやつとか、追い掛けて来るやつがたくさんいるだろうからって」

「………」

戦を見にいくことを強要したり、この森に娘を一人取り残し、ましてや十人殺せと命じるなど、彼女の父親は一体何者なのだろう。

そこらの将軍だとしても、そこまで我が子に強いるだろうか。

普通、父親という存在は、娘には甘いはずだ。

男にはまだ妻も子もいないのだが、家庭を持つ仲間たちの話を聞く限りはその認識で間違いない。

口調や態度から少年と間違えてしまってもおかしくはない娘ではあるが、自分の子なら愛おしく思うに違いない。

だが、幼い少女が血に塗れる姿を望む親など、一体どこにいるというのか。男は眉を顰めた。

「…無理だと泣きついて帰れば良かっただろう」

男がそう言うと、少女は首を横に振った。

「だって、十人殺した戦利品を持ち帰らねえと、屋敷に入れてくれねえから…」

少女が着物についた土埃を手で払う。

「でもよお、十人の首を抱えて、あの崖登るのはぜってー無理だろ」

大の大人でも、十人の首を抱えながら崖を登るのは不可能だろう。愚痴る少女に、男は助言をすることにした。

「…首じゃなくても、耳とか指とか、軽いものにしたらどうだ?戦利品としか言われていないんだろう?」

男の助言を聞き、それまで表情を曇らせていた少女が明るい笑顔を浮かべた。

「あ、そっか!頭良いなあ、お前!」

「………」

会話の内容は物騒だが、やはり年相応の少女だ。

まるで太陽のように、周りを照らしてくれる少女の笑顔に、男は胸が温かくなっていくのを感じていた。

この少女になら殺されても良い。既に生き長らえるつもりもない命だ。少女の帰宅を許可する証として差し出しても良いと男は考えていた。

そこまで考えて、男はそういえば彼女はなぜ自分を介抱してくれたのだと考えた。

放っておけば殺さなくても、殺したという証を奪い取れたものを。わざわざ口移しで水を飲ませてまで、彼女は自分を生かそうとしてくれたのだ。

少女を見つめていると、視線に気づいた彼女が「なんだよ」と素っ気なく訊いて来る。

「俺は殺さないのか?」

「殺す理由がない」

それはあまりにも単純で、明白な理由だった。真っ直ぐな瞳で見据えられ、男は言葉を詰まらせた。

「こいつらはお前と違って、俺のこと襲って来たから」

追いかけて来た敵兵たちは褒美を目当てに男の首を欲していたが、まさかこんな年端もいかない少女にさえ刃を向けたのか。

黙り込んでしまった男を見て、少女がきょとんとした目つきになった。

「……もしかして、お前…本当は死にたかったのか?」

「え?」

「寝てる間、ずっと謝ってたから…俺、お前が誰かに会いたいのかと思って…」

少女の言葉を聞き、男ははっとした。自分が謝罪をしていたのは、戦に溺れた自分のせいで、逝ってしまった仲間たちに対してに違いない。

眠っている間も、自分は仲間たちへの罪の意識に苛まれていたのだ。

少女にしてみれば、男が謝罪をしていたのは死んだ仲間たちに対してだなんて知る由もなく、自分の帰りを待っている者たちに対してだと勘違いをしていたらしい。

「会いに行ってやれよ」

少女の言葉に、男は自虐的な笑みを浮かべた。

ここまで懸命に介抱してくれた少女の目を見れなくなってしまい、男はつい目を逸らしてしまった。

「…みんな、俺のせいで死んだ。親も、兄弟も、仲間も、みんな」

男の言葉を聞き、少女ははっとした表情を浮かべる。

戦に出ていない少女に一体何を愚痴っているのだろう。

何を言ったところで、失った家族も仲間ももう戻らないことは分かっている。

しかし、限界まで重荷を背負った心ははち切れんばかりに膨らんでいた。少しの刺激で簡単に砕けてしまうだろう。

慰めてもらいたい訳ではない。

しかし、全てを失った自分はこれから一体どうしたら良いのか、男にはこれから進む道が全く分からなかったのだ。

もう自分の前には進むべき道すら存在しないのだと思っていた。

「…でも」

少女が顔を上げた。

「お前はまだ生きてる」

掛ける言葉に悩むことなく、少女は男にそう告げた。

「………」

「お前のせいで死んだっていうなら、お前がそいつらの分まで生きる・・・・・・・・・・・のは、だめなのか?」

少女の穏やかな声色に、男は思わず言葉を詰まらせた。

自分が戦に溺れる愚か者でなければ、助かった命は数え切れないほどあるだろう。

自分一人が死ねば良かったのに、自分だけが生き残ってしまった。だというのに、少女は生きる道を示した。

「…俺が、生きることを、許してくれるのか?」

「ああ、俺は許すぜ」

罪の意識に苛まれていた男の心に、少女の言葉はまるで一筋の光のように差し込んだ。

失った命は二度と戻らないのだから、全てが許される訳ではない。

しかし、その失った命のためにも生きろと、生きるのを許すと少女は言ってくれたのだ。

「そうだ」

少女が髪に差していた金と赤の簪を手に取ると、それを男に差し出した。

「これ、やるよ」

質にでも出せと少女が簪を男に握らせる。着物と同じで、とても高価なものに違いない。

断ろうとしたが、少女は「俺には似合わねえし、剣を振るうのに邪魔だから」と首を横に振ったので、男は素直に受け取ることにした。

少女が背中に携えていた剣で、転がっている死体の耳に刃を当てる。

何の躊躇いもなく耳を削ぎ落していく少女に、男はそういえばと声を掛けた。

「お前の名は?」

少女は振り返った。

なるほど。純粋な少女にぴったりの名前だ。

少女は太陽のような眩しい笑顔を浮かべ、言葉を続けた。

「いつか俺に、今日の恩を百倍…いや、千倍にして返せよ!期待しないで待っててやるから、約束だぞ」

男はふっと口元を緩めた。

「欲張りな女だな。将来が楽しみだ」

「そういうお前は?名前知らなかったら、恩を返してもらえないだろ」

「…俺は、李牧だ」

 

敗国の女将軍

がたごとと荒っぽい音がして、信の意識に小石が投げつけられた。

ゆっくりと重い瞼を持ち上げると、目を開けているはずなのに視界には何も映らない。目隠しをされているらしい。

真っ暗な視界の中で、信は両手足に軋むような痛みを感じた。

「!」

敷布の上に寝かせられていたようだが、寝台ではない。何かに乗せられて移動させられているのだ。

荷台かと思ったが、外の音が遮断されていることから、恐らく馬車の中だろうと信は考えた。

状況を把握しようと信は体を起こそうとして、それが叶わないことを知る。

自由に手足を動かせないことから、両腕を背中で拘束され、足首と膝もきつく縄で縛られているのが分かった。

「―――ッ、―――!」

声を出そうとして、布を噛ませられていることに気付く。

次々と頭に入り込んでくる今の状況に、信は言葉を失った。

そうだ。趙国と命運をかけた戦いの最中だったはず。

まさか戦の最中に居眠りなどしていた覚えないのだが、拘束されているこの状況から、自分が捕虜の立場になったことはすぐに理解できた。

覚醒した意識がどんどん記憶を巻き戻していく。

飛信軍が前線で、待ち構える趙軍へ突撃をした後に、隠れていた伏兵によって取り囲まれてしまい――そこからは記憶がない。

伏兵如きにやられる飛信軍ではないはずなのに、一体何があったのだと動揺していると、左腕に矢が貫通した痛みを感じた後に信は意識を失ったのだ。

(まさか…)

両手足は頑丈に拘束されているのに、床に布が敷かれている気遣いに違和感を覚えながらも、信は外の様子を探ろうとした。

「ッ…ん、…!」

床に顔を擦り付けて目隠しを外そうとすると、頭上で小さく笑い声が聞こえ、信はぎくりと体を強張らせた。すぐ傍に誰かがいる。

ずっと同じ空間にいながら、少しも気配を察知出来なかった。視界を覆われ、自分の状況を把握することに意識を向け過ぎていたのだ。

捕虜として捕らえられたのなら、見張りがいてもおかしくはない。

信はじっと黙り、相手の出方を待った。

大人しくしろと頭を踏みつけられるかもしれないと警戒していると、相手が動いたのが分かった。

「ぅ…」

目隠しを外され、信の視界は色を取り戻した。

目の前にいた男に、信は驚愕して目を見開く。そこにいたのは趙の宰相である李牧だった。

父、王騎を討つ軍略を企てた男であり、此度の戦でも圧倒的な軍略で秦を滅ぼした憎き仇である。

「――、――ッ!」

途端に殺意を込めた瞳で李牧を睨んだ信が喚く。

しかし、その声は口に噛ませられた布で蓋をされてしまう。

「暴れると傷に障りますよ。弱い毒とはいえ、解毒薬が完全に効くまでは安静にしていた方が身のためです」

馬車の座席に優雅に腰を下ろしている李牧に、余計なお世話だと信は鋭い視線を向けた。

李牧の言葉通り、左腕がずきりと痛む。今は丁寧に包帯が巻かれていた。

意識を失ったのは毒のせいだったらしい。
口の中に薬独特の苦みが残っている。李牧の言葉通りなら、解毒薬を飲まされたらしい。

そのまま放置しておけば死に至らしめたかもしれないのに、なぜそんなものを使ったのか理由が分からず、信は眉間に皺を寄せた。

李牧は目隠しをしていた布以外は決して外そうとしなかった。

当然だろう。捕虜である将の拘束を簡単に解くなど自殺行為に等しい。

武器はないとしても、その気になれば牙で喉笛に噛みつき、両手で首を絞めることなど容易く行える。

妙に落ち着き払っている李牧は、戦の勝利に酔い痴れているのだろうか。いや、彼はどんな状況でも冷静な男だ。

今頃、手に入れた領地をどうするかを考えているに違いない。

戦の勝利を喜ぶこともなく、既にその先を読んでいる。悔しいが、李牧の才能に抗うことは出来ても、勝利することは出来なかった。

(なんで、俺を殺さない…?)

李牧が無駄な殺生を好まないのは知っている。しかし、此度の戦においては別だ。

徹底的に秦を滅ぼすつもりで次々の名のある将を討つ軍略を企てていた。

飛信軍も完全に李牧の策に陥り、ほぼ壊滅状態に追い込まれてしまったのだ。

趙の勝利は決まった。今さら敗戦国の将である自分から聞き出すような情報など何もないはずだ。

目的が分からず、信が睨み付けていると、彼は口元に薄ら笑いを浮かべていた。

勝者の笑みに、信の腸が煮え繰り返りそうになる。

「なぜ、自分だけが生かされているのか、不思議ですか」

自分だけという言葉に、信は胸が締め付けられるように痛んだ。

李牧の軍略に大敗し、他に生き残った者はいないのかもしれない。もしくは李牧が動揺を誘うために、わざとそう告げたのか。

信は李牧を睨み続けた。

忘却

過去に行われた趙軍との戦いで、信は大勢の敵将を討ち取った。

飛信軍の強さを前に敗れた軍も数え切れないほどいるだろう。

信に恨みを持つ者は多い。その見せしめとして、趙で首を晒すつもりなのだろうか。

しかし、返って来た李牧の言葉は意外にもそれを否定するものだった。

「…先に言っておきますが、私はあなたを殺すつもりはありません。今さら欲しい情報がある訳でもないので、拷問にかけることもしませんよ」

殺すつもりはないという言葉を信はすぐに信じられなかった。

首を晒すつもりもなく、情報を入手するつもりもないとすれば、もう自分に用はないはずだ。ますます李牧の目的が分からない。

「っ…!」

座席に座ったままでいる李牧が手を伸ばしたので、信は咄嗟に身を捩ってその手から逃れようと体を仰け反らせる。

触れられるのも嫌だと、拘束された体で拒絶を示す彼女に、李牧の胸に切ないものが広がった。

しかし、逃がさないと言わんばかりに李牧の手が信の顎を掴む。

骨が軋むほど強く掴まれ、無理やり目線を合わせられると、信の瞳に僅かな怯えが浮かんだ。

「あなたを手に入れるためですよ、信」

李牧の言葉を理解するまで、信はしばらく時間が掛かった。

殺意を込めて睨み付けていた瞳が、呆然としたものに変わり、李牧が口元が緩む。

彼女の顎を掴んだまま、李牧が顔を寄せて来たので信は驚いて身を捩って逃げようとした。

「んんッ」

布を噛ませられたままの信の口に、李牧が唇を寄せる。

柔らかい感触が唇を覆ったのと同時に、李牧の端正な顔立ちが視界いっぱいに映り込み、信は動揺に目を瞬かせることしか出来ない。

唇に舌を這わせられて、ぬるりとした感触に鳥肌が立つ。

「ぅぐ…ッ!」

逃げようとしたが、李牧の腕が矢傷を受けた左腕を思い切り掴んだので、信はくぐもった悲鳴を上げて、痛みに身体を硬直させた。

大人しくなった信を褒めるように、李牧は顔の向きを変えて口づけを深めていく。

どうして李牧が自分に口付けているのか、信には少しも理解が出来なかった。

「っ…ん、…ふ…」

息が苦しくなって、小さな呻き声を上げると、ようやく李牧が顔を離してくれた。

「本当はあなたの声を聞きたいところですが、せっかく手に入れたのに、舌を噛み切られては堪りませんからね」

布を噛ませているのは決して声を抑える訳ではなく、自害を阻止するためだと李牧は言った。

なぜそこまで自分を生かそうとするのだろう。

口付けられておきながら、信は李牧の目的が少しも分からなかった。

眉間から深い皺が消えない信を見て、李牧が困ったように肩を竦める。

「…やはり、覚えていませんか」

「?」

李牧の瞳に寂寞が浮かぶ。しかし、その理由を信が知る由もなかった。

「私は、あなたとの約束を果たすために、秦を滅ぼしたというのに」

何を言っているのだろう。信は李牧の言葉を一つも理解出来なかった。

敵の軍師である李牧と、約束などした覚えはない。

しかも、自分が仕えている国を亡ぼすように頼んだとでもいうのか。ありえないと信は李牧を睨んだ。

―――やっと、会えましたね。

秦趙同盟を結んだ後の宴で、信は李牧と対峙した。

それは春平君を人質にとった呂不韋の企みによるものであったが、信は父である王騎の仇である彼がどんな男であるかを、確認しに堂々と李牧の前に立ったのだ。

初対面であるはずなのに、李牧は飛信軍の活躍と、王騎と摎の娘である信のことを知っていたようだった。

あの日のことはよく覚えているが、彼と何か約束を交わした覚えはなかった。

秦を滅ぼす約束など、亡くなった仲間たちに誓って、一度もしたことはない。

李牧は何かを言おうとしたが、すぐに口を閉ざし、首を横に振る。

「…いえ、何も急ぐ必要はありません。もうあなたは私のものなのですから」

(俺がいつお前のものになったんだよ)

布を噛ませられていなかったら、信はすぐに言い返しただろう。

どうやら言葉にせずとも信の想いが伝わったようで、李牧が苦笑を深める。

「趙へ戻ったら、やることが山積みなのです。ですから、今の二人きりの時間を有効に活用しなくてはなりませんね」

「ッ…!」

李牧の骨ばった大きな手が信の首元をするりと撫でた。

首を絞められるのかと警戒し、信が身を捩る。肌をそっと撫でるだけで、李牧の手が気道を圧迫することはなかった。

しかし、彼に押し倒されてから、なぜ馬車の中に布が敷かれているのかを、信は嫌でも察するのだった。

情欲

李牧に身体を組み敷かれ、信は顔から血の気が引いていくのを感じた。

自分を見下ろす李牧の瞳に殺意など微塵もない。

代わりに浮かんでいるのが情欲だと分かると、信の中には怯えよりも、信じられないといった感情が沸き上がって来た。

辱めを受けさせてから趙に首を晒すつもりなのだろうか。

しかし、李牧は先ほど殺すつもりはないと言っていた。

李牧は軍略に長ける男ではあるが、嘘を吐く男ではない。

だとすれば、この状況は何だというのか。敗戦国の将を生かすことに価値はないはずだ。

幾度も戦う中で、李牧の軍略を破って来た自分に辛酸を嘗めさせられた恨みを持っているのなら、それとも情を掛けるつもりならば、一思いに首を絞めて殺してほしかった。

もしかしたら安易に死ぬことも許されず、苦痛を与え続けるつもりなのだろうか。

それならば一人でも多くの趙兵を道ずれにして、死んでいった方がまだマシだと思えた。

「んんーぅッ!」

李牧の顔が近づいてきて、先ほどと同じように布越しに唇が重なり合う。

父である王騎の仇とも言える男と姦通するなど、信にとっては趙に首を晒される以上の屈辱だった。

きっと李牧も信の気持ちを知った上でこのような行いをするのだろう。

最後の最後までこの男の策通りに動くことになるなんて。

死ぬことも許されないのかと思うと、信は男の愉悦を煽るだけだと分かりながらも、信は溢れ出る涙を堪えられなかった。

布さえ噛まされていなければ、すぐにでも舌を噛み切っていたに違いない。

李牧の指が信の涙を拭う。その涙さえ逃がすまいと、李牧は指に付着した涙を舐め取る。

「私が、恐ろしいですか?」

挑発するようにそう問われ、信は布を噛み締めて、李牧を睨み付けた。

この涙は決して李牧に恐れをなした訳でも、屈した訳でもない。

父の仇を取れなかった悔恨の念と、弱い自分に対しての憤りによるものだ。

涙で濡れた瞳で李牧を睨みつけながら、背中の下敷きになっている拘束された両腕を動かした。

両手首には縄が頑丈に巻き付けられているが、関節を外せば縄から抜け出せるかもしれない。

今の李牧は武器を所持していない。馬車の中には武器らしいものは見当たらなかった。
両手さえ自由になれば、この近い距離ならば首を絞めてやることだって出来るはずだ。

拘束を解こうと必死になっていると、李牧が小さく笑った。

「…私を殺したら、その後はどうします?」

こちらが考えていることなどお見通しなのだろう。それが無性に腹立たしい。

「帰る場所もなくなったというのに」

その言葉を聞いて、信は悔しさで顔を歪ませる。

李牧を殺すのは、父の仇を取るだけではなく、秦の無念を晴らすためだ。

目の前のこの男さえ殺せば、あとは自分の首を掻き切るか、舌を噛み切れば良い。先に待っている仲間たちもよくやったと言ってくれるに違いない。

どうせこの馬車の外には趙の兵と将しかいないのだ。宰相が殺されたと気づけば、すぐに自分も殺されるだろう。

それに、秦王が崩御した以上、もう秦国の再建は成り立たない。それは信も分かっていたし、自分が帰るべき場所がなくなったことも理解していた。

「ようやく、ですね」

李牧が帯に手を掛けたのを見て、信が布を噛ませられた口でくぐもった声を上げた。

凌辱その一

無遠慮に帯を解かれ、着物の衿合わせを開かれる。

毒矢を受けた腕には厚手の包帯が巻かれており、他の傷にもきちんとした処置が施されていた。

足にも深い傷を受けていたのだが、包帯を巻くのに邪魔だったのか、そういえば下袴が脱がされていることに気づいた。

鎧を着るために胸に巻いていたさらしも外されており、着物を捲られると、形の良い胸が露わになる。

舐めるような視線を向けられて、信は羞恥心を上回る嫌悪感に顔を歪ませる。

両腕だけでなく、膝と足首まで頑丈に拘束しているのはきっと蹴りつけられないようにするためだったのだろう。

首筋にぬるりと舌を這わせられ、信は嫌悪のあまり、鳥肌を立てた。

「あなたは今後、私の妻として生きるのですよ」

李牧の言葉に、信は何を言っているんだと目を瞬かせる。

決して冗談を言っているような声色でも、からかっているような笑みを浮かべている訳でもなかった。

「これは、約束ですから」

一体この男は先ほどから何を言っているのだろう。

こんな状況で記憶の糸を冷静に手繰り寄せることも出来ず、信はこれから我が身に起こることを嫌でも想像し、逃げ出すことを優先した。

「んぅ、う」

拘束された体で身を捩り、何とか李牧の下から抜け出そうとするが、簡単に引き戻されてしまう。

李牧の下から抜け出せたとしても、両手の拘束を解かない限り、信は馬車の扉を開ける術を持たない。

「ぅぐッ…」

矢傷を受けた左腕を再び強く握られ、信は痛みに抵抗を止めてしまう。傷口が開いてしまったのか、包帯に赤い染みが滲んでいた。

口を塞がれていなければ、李牧の怒りを煽る言葉を投げかけていただろう。

逆上して、さっさと殺してくれたならどれだけ良かったことか。

「ッ…!」

李牧が体を屈めたかと思うと、露わになった胸に唇を寄せていた。

「ふ…ぅ…」

李牧の舌が肌の上を滑る度に、信の胸が切なさに締め付けられる。

むず痒いような、優しくて甘い刺激に、信はこの上ない屈辱を感じていた。

せめて刃で切り裂いてくれたのなら、槍で貫いてくれたのなら、首を絞めてくれたのなら。
痛みで頭がいっぱいになれば、こんな情けない声を上げずに済んだだろう。

信の声色から決して嫌悪だけではない色を察し、李牧が小さく笑った。彼の金髪が揺れて、肌の上をくすぐる。

反対の胸はまるで壊れ物でも扱うように優しく包まれて、そのむず痒い刺激に、信は首を横に振った。

男が己の性欲を満たすだけなら、前戯など不要だ。
こんなに時間を掛けているのも、李牧が自分を長く辱めるために違いない。

「ッ…」

上向いた若い桃色の突起を突かれ、信が息を詰まらせる。

まるで少しも反応を見逃さないように、李牧が上目遣いでこちらを見上げていることに気付き、信は顔を背けた。

背中の下にある拘束された両手を白くなるほど強く握り締める。

「ふ…、ぅ」

唇で柔らかく挟まれたり、上下の歯で甘噛みされたり、舌で舐られ、信の背筋に甘い痺れが走った。

反対の突起も指の腹で擦られたり摘ままれたりして、絶え間なく甘い刺激が与えられる。

背筋に走っていた甘い痺れが、いつの間にかすり替わったように、下腹部がずくずくと疼く。

初めての感覚に信は戸惑ったが、少しでも表情に出したり、声に上げれば李牧に気付かれると思い、必死に目を瞑ってやり過ごそうとした。

しかし、一度自覚した下腹部の疼きは早々簡単に治まることはなく、李牧から与えられる刺激に体が反応してしまう。

胸を弄るのをやめた李牧は、顔を動かして、今度は鎖骨の辺りに唇を寄せた。

きつく皮膚に吸い付かれ、ぴりりとした痛みが走る。

李牧が口を離すと、赤い痣が浮かび上がっていた。まるで雪原に赤い花びらが散ったようだった。

凌辱その二

ようやく顔を上げた李牧は手を伸ばして、膝と足首にきつく結んでいた縄を解き始めた。

「おっと」

両足が自由になった途端、すぐさま蹴りつけようとしたのだが、長い間拘束されていたせいか、勢いづいた蹴りにはならなかった。

軽々と足首を受け止めた李牧が、困ったように微笑む。

「んんッ…!」

膝を大きく開かされ、李牧が腰を割り入れると、足が閉じられなくなる。

押しのけようとしても自分に跨っているこの男を蹴りつけることも叶わなかった。

着物をはだけさせ、李牧の手が内腿をするりと撫で、それから奥まった場所を指の腹で擦り上げた。

「―――ッ!」

自分でも滅多に触れない場所を触られて、信の全身が強張る。

まだ蜜を垂らしていない淫華を指で感じ、李牧は濡れていないのも当然かと苦笑する。

今行っているのは、信にとっては、紛れもなく凌辱だ。

こんな状況だというのに淫らに蜜を流していたら、誰にどんな調教をされたのか、きっと嫉妬で狂ってしまっていただろうと李牧は考えた。

自分の指を咥えて唾液で湿らせると、もう一度、淫華に指を擦り付ける。

唾液の潤いを利用して指を一本押し進めると、表情で不快感を露わにし、信が嫌がるように首を振る。

「…あまり、こういうことには慣れていないんですね」

指一本だけでも中はかなり狭く、李牧は思わず安堵の息を吐いた。

信が秦王である嬴政と深い仲であることは知っていた。

後宮にどれだけの美女たちがいようとも、もしかしたら中華統一を果たした後は、信を妃として迎え入れるつもりだったのかもしれない。

たとえ信がそれを望まないとしても、女である以上は大王の命令に背くことは出来ないし、今までだって伽を命じられて、嫌々従っていたかもしれない。

嬴政だけではなく、多くの兵や将、官吏だって、信を女として見ていたに違いない。

幼い頃から戦に身を置いていた彼女がその立場ゆえに、男との付き合いが絶えないことは李牧も分かっていた。

秦王でないにせよ、趙でも名の知られている将と関係を持っていたに違いない。

信を女として見ていた男がいるのなら、信だって同じだろう。それを考えると、李牧はとてもやるせない気持ちに襲われた。

「ッ、ふ…ぅ…」

ここに自分の男根を咥えさせるのだと教え込むように、狭い中を広げようと李牧の指が動かすと、信がぎょっとしたように目を見張る。

その大柄な体格ゆえに、生娘を夜の相手に出来ない李牧は、信が男を受け入れるのが初めてではないとはいえ、負担を掛けたくないと思っていた。

潤んだ淫華に自分の男根を突き挿れたいと欲に従っても良かったのだが、まだ蜜の垂らしていない蕾に突き挿れるのは女にとって負担になる。

李牧は信を傷つけたい訳ではなかった。

趙に戻れば戦の事後処理に追われ、手に入れた領土の今後の使い道を決めなくてはならない。秦が滅び、その地を手に入れた趙に危機感を抱き、他の国も領土を奪いに来るだろう。

既に李牧の中はその対策を検討していたのだが、趙に戻れば休む間もなく、その対応に追われることとなる。

すぐにまた秦の地へ戻り、城の再建を指示することになるかもしれない。彼女の身柄は自分の屋敷に置くつもりだが、当分は帰ることは出来ないだろう。

だからこそ、一緒にいられるこの時間を有効に活用しなくてはと李牧は考えていた。

「ぅ、う…」

先ほどまで愛撫していたように胸に吸い付きながら、しつこいくらいに中で指を動かしていると、信の声色に嫌悪ではないものが混じって来た。

じわりと蜜が滲んで来たのが分かり、柔らかい肉壁が打ち震えている。

その潤いを使って、指を増やした李牧は、堪らず彼女の唇に舌を伸ばした。

布を噛ませていなければ、李牧も舌を噛み切られていたに違いない。何としても憎い自分に致命傷を負わせてから、信も自ら舌を噛み切っていただろう。

向けられる感情に微塵も愛が含まれていなくても、信が自分を見てくれるのなら憎まれたままでも李牧は良かった。

最愛の父と祖国の仇である自分の慰み者に陥ったことに、信は心が引き裂かれるような思いでいるだろう。

「んッ、ぅ…!」

広げる目的で、李牧が中で指を折り曲げると、信の体が小さく跳ねた。

その反応を見逃さず、内側から腹に向かって擦ると、信は戸惑ったように首を振る。

中で蜜が溢れ出したのを感じた李牧はにたりと目を細めた。

凌辱その三

ここが馬車の中ではなく、褥の上だったのならば、帰還中でなかったのなら、もっと時間を掛けて彼女の体を隅々まで愛撫していただろう。

花襞や花芯に吸い付き、溢れて止まない蜜で喉を潤し、柔らかな胸を手の平いっぱいに味わい続けたかった。

しかし、これだけ潤いがあればもう十分だろう。指で刺激したおかげで、中も柔らかく広がっていた。

趙に到着するまではまだ時間があるが、李牧は一刻でも早く信を手に入れたという実感が欲しくて堪らなかったのだ。

今や、李牧の男根は痛いくらいに膨れ上がり、下衣を押し上げている。

視線を下ろした信がそれに気づき、顔から血の気を引かせたかと思うと、身を捩って逃げようとしていた。

まさかまだ逃げられると思っているのかと李牧は苦笑を深めながら、細腰を捕まえて、引き寄せる。

もう逃げられないのだと教え込むように、硬い男根の先端を擦り付けた。蜜と先走りの液が混ざり合って、淫靡な水音が立つ。

「んッ、ふう、ぅううッ」

布で塞がれた口が何かを訴えている。言葉を発せない代わりに何度も首を横に振っていた。

どうせやめろと言っているのだろうが、李牧は聞こえないふりをして彼女に微笑む。

細い腰を抱え直した李牧は、容赦なく彼女の体を男根で貫いた。

「んんぅ―――ッ!!」

体が真っ二つに引き裂かれるような激痛が走り、布の下で悲鳴が上がる。無理やり開かされた両足が無意味に宙を蹴った。

狭い其処を無理やり抉じ開けられる苦痛に、信の瞳から堰を切ったように涙が溢れ出す。

「ふ、ふぐ、ふっ、ふう、ぅ」

布を噛ませられた状態では口でまともに息が出来ず、彼女は目を白黒させながら、懸命に鼻で呼吸を繰り返していた。

「信…?」

男の味を知らなかった信の其処は、李牧の男根を咥え込みながら、血の涙を流している。

体を震わせているのを見ると、相当な苦痛に悶えていることが分かった。

初めて男を受け入れるのは、激しい苦痛が伴うという。男でも知っている。

痛みに震える彼女を気遣ってやりたかったのだが、今の李牧の瞳には愉悦が浮かんでおり、口元には笑みが浮かんでいた。

自分の男根を咥えている其処が血の涙を流していることに、李牧の胸は歓喜で満たされる。

不慣れなのは分かっていたが、まさか信が一度も男の経験がなかったとは思わなかった。

彼女の記憶と体に、他の誰でもない自分という存在を刻み込めたことで、優越感を覚える。

もしも彼女が秦国で結婚し、既に誰かの子を孕んでいたとしても、李牧は同じことをしただろう。

自分以外の男も、彼女の子でさえも、全てなかったことにしてしまえば良いと思っていた。

信から全てを奪い取り、ここから自分との関係を作り上げていけば良い。

彼の歪んだ独占欲は留まることなく広まっていき、それは信の破瓜を破ったことで、底なしの闇のように深まった。

「ぅうううッ」

やめてくれと懇願するような瞳を向けられると、李牧は慈しむような笑みを浮かべる。

優しい笑みを向けられれば多くの女性が恥ずかしそうに頬を赤く染め上げるだろうが、信の瞳には悪魔のように映っていたに違いない。

家族や仲間だけでなく、祖国まで奪ったのだ。罵られても当然だろう。

自分が気づいていないだけで、李牧は自分が外道に落ちているのかもしれないと思った。

しかし、今となっては全てがどうでも良いことだ。もう彼女は自分のものなのだから。

 

 

「…信?」

それまでひっきりなしに泣き声を上げていた彼女が急に静かになったので、李牧が小首を傾げて彼女の顔を覗き込んだ。

虚ろな瞳で涙を流しながら、それまで初めて体を暴かれる痛みで強張っていた体も脱力している。

何度か呼び掛けてみたが反応がなく、気を失ったのだと分かった。だが、今さら解放するつもりなどない。

もう彼女は、その体だけではなく、意識も全て自分のものなのだ。そのために、彼女の帰る場所も奪ったのだから。

意識を失うのも自分から逃げようとする抵抗の一種だ。そんなことは許さない。

李牧は懐から手巾と手の平に収まるほどの小瓶を取り出した。小瓶の中の液体を手巾に染み込ませると、それで信の鼻と口を覆う。

「―――ッ」

つんとした刺激臭に意識が無理やり引き戻され、信は目を白黒とさせる。

真っ暗だった景色が突然色づいていき、信は怯えたように目を見張った。

「まだ寝るには早過ぎるでしょう」

「ッ、――ッ…!」

李牧に声を掛けられて、信はすぐに状況を思い出したらしい。

隙間なく密着している下腹部が視界に入り、途端に内臓を押し上げられる圧迫感が彼女を襲う。

意識を失って脱力していた体が目覚めたことで、李牧の男根をきつく締め上げた。

二人が繋がっている隙間から、粘り気のある白濁の液体が溢れ出る。
それは李牧が確実に彼女の腹で子種を実らせようとしたことを物語っていた。

 

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