- ※信の設定が特殊です。
- 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
- 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
- 桓騎×信/王翦×信/毒耐性/シリアス/IF話/All rights reserved.
苦手な方は閲覧をお控え下さい。
このお話は毒酒で乾杯をの番外編です。
恋人との晩酌
その日、信は久しぶりに桓騎の屋敷で鴆酒を堪能していた。
桓騎が贔屓にしている酒蔵には鴆者がいる。毒鳥である鴆の羽根を浸して作る毒酒は、本来なら暗殺道具として使用される物だ。
しかし、桓騎と信がその毒酒を堪能できるのは、二人とも毒が効かぬ特殊な体質だからである。
「…信」
三杯目の鴆酒を飲み終えた桓騎は杯を机に置くと、真剣な眼差しを向けて来た。
「明日はお前も来い」
「ん?どこに?」
恋人からの誘いに、信が小首を傾げる。
「王翦のところだ」
桓騎と同じ蒙驁の副官を務めていた将軍の名前が出たことに、信は瞠目した。
王一族の中でも本家に分類されている彼は、信と僅かに繋がりがある。
信は、王騎の養子だ。王騎は分家の生まれであるが、天下の大将軍としてその名を中華全土に轟かせていた。
王騎が討たれた後、信の立場は王家の中でかなり弱いものとなっていた。
もとより、下僕出身である信を養子として引き取ると決めた時も大いに反対を受けたのだと聞く。
もちろん王騎と摎の口からではないのだが、王家の集まりがある時に信は冷たい視線を向けられていることを幼心に察していた。
下僕出身である信が王家の一員となったことで、名家に泥を塗ったと陰口をたたかれていたことも知っていた。
それを面と向かって信に言って来る男といえば、王翦の息子である王賁だ。
しかし、信がひたむきに将軍となる努力をしていたことや、自分より先に将軍昇格をした実績からか、彼は下僕出身であることに関しては一切口を出さなくなった。
それでも未だ信が下賤の出であることを疎ましく思っている家臣たちは大勢いる。
(王翦か…)
王翦は野心家で、戦の才さえあれば、誰であろうと手元に置こうとする男であった。
そのせいか、特に家の生まれや身分は気にしないようで、王家の中でも、彼だけは信の生まれについて口を出したことがなかった。
そもそも興味がないのだろうと思っていた。
「あいつ、お前のことを気に入ってるだろ」
頬杖をついた桓騎が低い声で呟いた。
初陣を済ませてから多くの武功を重ね、信が着実に将軍昇格へと近づいていた頃に、王翦から突然「自分の副官になれ」と声を掛けられたことを思い出した。
「…そういや、副官になれって言われたことはある。断ったけどな」
普段から仮面で顔を覆い、滅多に表情を変えないので、王翦は何を考えているのかよく分からない男だと思う。
しかし、自分の軍に迎え入れるのは戦の才がある者ばかりだという噂は知っており、副官の誘いを受けた時、信は彼に実力を認められたような気がして嬉しくなった。
副官の誘いを断った理由としては、野心家である彼がいつか嬴政の玉座を狙い、刃を向けるのではないかと危惧したからだ。
だからといって、信は王翦のことを嫌いにはなれなかった。むしろ純粋に尊敬していると言ってもいい。
もしも王翦が野心家でなく、嬴政と秦国に忠義を尽くす将だったならば、迷うことなく彼の副官になっていたかもしれない。
恋人との晩酌 その二
わざとらしく桓騎が溜息を吐き出したので、なぜ不機嫌になるのだろうと小首を傾げる。
「…俺が見てない所で、お前に手ぇ出すつもりだろうからな。先に釘を刺しておく」
「え?だから、副官の話は断ったって…」
桓騎の目つきが鋭くなったので、信は慌てて口を閉ざす。どうして不機嫌になるのか、信には理由が分からなかった。
ぐいと杯を煽り、鴆酒を飲み干した桓騎が酒瓶が空になっていることに気付く。
普段は二人で一本を空けるのだが、どうやら桓騎はまだ飲み足りないようだった。立ち上がると、彼は奥に並べている戸棚から違う酒を物色していた。
「たしか鰭酒があったな」
「鰭酒ぅ?」
信があからさまに顔をしかめた。
鰭酒とはその名の通り、魚の鰭を酒に浸して旨味を染み込ませた酒のことを指す。
桓騎が取り寄せてくれる幾つもの毒酒を嗜んでいた信だが、毒魚で作った鰭酒は好きになれなかった。
常人には確かめようがないことだが、実は毒酒にも美味いと不味いが存在するのである。
そして鰭酒は信の中で後者に分類されていた。
鰭酒の作り方は複雑ではない。干した鰭に軽く焦げ目をつけ、酒に漬けて数日寝かせれば完成する。
しかし、魚の種類によっては鰭が薄く、しっかりと焦げ目をつけることが出来ないものもあるらしい。
その下処理が上手くいかないと、魚独特の生臭さが残ってしまい、それが酒の味にも影響する。
基本的に好き嫌いのない信だが、初めて飲んだ鰭酒に生臭さが残っていたこともあって、その匂いが嫌な記憶として刻まれてしまった。
しっかりと下処理がされた鰭酒を飲んだこともある。そちらは生臭さはなく、確かに美味いと思ったのだが、初めて飲んだ時の嫌な記憶が根深く残っているせいか、今でも好きになることが出来ない。
魚の毒は強力であり、火を通しても、長時間酒に浸けておいても、毒の成分が少しも薄れることがない。そのため、他の毒酒よりも強いのだそうだ。
それを裏付けるように、鰭酒は鴆酒と違って、そんなに量を飲まなくても、毒の副作用――まるで媚薬を飲まされた時のように性欲の増強と感度が上昇する――が出るのも早い。
常人が飲めば、口に含んだだけで即死する代物であるのはすぐに分かった。
(うーん…臭いさえなければなあ…)
下処理がしっかりされていない鰭酒でも、独特な生臭さ慣れてしまえば、喉を伝う強い痺れにも旨味を感じることが出来るのかもしれない。
鰭酒が入っている酒瓶を手に戻って来た桓騎が杯になみなみと中身を注ぐ。彼は信と違い、毒酒の中でも特に鰭酒を好んで飲んでいた。
彼は信よりも鼻が利くのに、生臭さは気にも留めていない。
それどころか、鰭酒を気に入るあまり、桓騎は自ら鰭酒を浸けているらしい。
「うー…」
桓騎の杯から生臭さを感じないよう、信は指で自らの鼻を摘まんだ。
「まだ苦手か」
「う…」
鼻を摘まんだまま頷くと、桓騎が笑った。一度苦手意識が芽生えてしまうと、なかなか改善することが出来ないものである。
信の反応を楽しみながら、桓騎は鰭酒を飲み始めた。
桓騎が自分と同じように毒への耐性を持っていると知るまでは、信は宴の時くらいしか酒を飲まなかった。一般的に出回らない毒酒など、飲んだことすらなかったのだ。
それが今では彼の晩酌に付き合わされることが日常となっており、彼が取り寄せた珍しい毒物も頻繁に口にしている。
酒好きであり、その中でも毒酒に目がない桓騎が豪快に杯を仰ぐ姿を見ると、つられて信も飲み過ぎてしまう。
その延長で、毒を摂取し過ぎると、まるで媚薬を飲まされたかのように性欲と感度が増幅する副作用が現れることも分かったのだが…。
桓騎との出会いがなければ、毒酒の味も、男と肌を重ねる温もりも、何もかもが分からずじまいだっただろう。
「っ…」
そこまで考えて、信は先日の情事を思い出し、つい俯いてしまった。顔が燃えるように熱くなる。
この前の情事も、翌日に足腰が立たなくなってしまうほど激しいものだった。
桓騎と初めて身を繋げた時に感じた破瓜の痛みなど、もう思い出せそうにない。
まだ桓騎と今のような関係を築いていなかった頃、嬴政から極秘任務として桓騎軍の素行調査を頼まれたことがあった。
その時はお互いに将としての面識しかなかったのだが、素行調査をするにあたって、彼は酒と女が好きであるという噂を聞いていた。
戦場にも娼婦を連れ込むくらい、女とそういうことをするのが好きなのだというのを聞いて、嫌悪感を抱いたことはよく覚えている。
それが、信と今の関係になってからは、まるで今までのことが嘘だったかのように娼婦を連れ込まなくなったらしい。
桓騎軍の副官である雷土が意味ありげな笑みを浮かべながら、そのことを教えてくれた時、信はどういう反応をすれば良いか分からなかった。
信は未だ桓騎に尋ねたことはない。彼のことだから「必要ないからだ」とだけ簡潔に答えるのが目に見えていたからである。
どうして娼婦を相手にしなくなったのか、その理由を考えた時に、桓騎に気に入られている自覚があった。
以前、嬴政の妻であり、后の向が後宮で毒殺されかけた時、信は勅令で彼女の毒見役として護衛についたことがある。
その時、桓騎は宦官に扮して、ずっと信のことを傍で見守ってくれていたのだ。
本来なら王族か宦官か侍女しか入れない後宮に出入りすることは本来は許されないことである。恐らく嬴政も気づいてはいるものの、見なかったふりをしているらしい。
桓騎が宦官に扮して後宮に潜入していたことは、公にはなっていないが、それを知っている彼の側近たちは大層驚いていた。
一人の女のために、自らが動き出す桓騎の姿など一度も見たことがないのだという。
信には他の女と違うところがあり、桓騎はきっとそれを好んでいるのだと彼女は考えていた。
他の女ならば、男の子種を植えられれば芽が出るものだ。しかし、信は違う。
どれだけその胎に子種を植えられようとも、毒に侵された土では、芽を生やすことなどない。
毒の耐性を持つと引き換えに、女としての生殖機能を失った自分の体が、桓騎にとって都合が良いのだろうと信は思っていた。
しかし、あの後宮での騒動で、そうではないのだと桓騎自身に教え込まれた。…だが、信は彼の想いを今でも素直に受け入れることが出来ずにいる。
もちろん今のように酒を飲み交わしたり、今まで通り体を重ねることだってあるのだが、信は本当に自分で良いのだろうかと、訳もなく不安に駆られるようになっていた。
自分を養子として引き取ってくれた王騎と摎のような大将軍を目指し始めた頃から、女としての幸せは手放したつもりだった。
子を孕むことも出来ない、将として生きる道しか知らない女が、これからも桓騎の隣にいても良いのだろうか。
もちろんそれを桓騎に問い掛けたことはない。そんな不安を零したところで、彼を困らせるだけなのは目に見えていた。
「………、………」
だから信はずっとその不安を胸に秘めておくことに決めたのだが、それでも時折口を衝いてしまいそうになる。お前は本当に自分で良いのかと。
「…信?」
急に口を閉ざして俯いた信に、桓騎が不思議そうに首を傾げる。
「嫌だったか」
鰭酒の生臭さに反応したのかと勘違いしたようだ。
何でもないと慌てて笑みを繕い、信はそろそろ屋敷に戻ろうと立ち上がった。
「おい、どこ行く」
腕を掴まれ、桓騎が眉根を寄せて見つめて来る。
酒が入っている彼に「帰る」と言って、素直に帰してもらった記憶がない信は、咄嗟に厠だと嘘を吐いた。
協力者
疑われることなく手を離され、信は部屋を後にした。
もう桓騎の屋敷の構造は分かっていたので、迷うことなく外へと向かう。従者たちは寝入っている時間だろう。幸いにも、廊下には誰も居なかった。
夜通し見張りをしている門番たちはいるだろうが、桓騎の命がなければ彼らに捕まることもない。
背後を気にしながら、屋敷の裏に建てられている厩舎へと向かうと、愛馬の駿が待ちくたびれたと言わんばかりに大きく嘶いた。
「しぃーっ」
信は慌てて自分の唇に人差し指を当てて、静かにするように言った。
繋いでいる駿の手綱を解こうとしていると、駿が再び嘶きを上げる。まるで狼の遠吠えを思わせるような、大きい嘶きだった。
「駿ッ、静かにしろって…!」
「もう遅ぇよ」
背後から足音と共に低い声がして、信がぎくりと身を強張らせる。
冷や汗を浮かべながらゆっくり振り返ると、部屋にいるはずの桓騎がそこにいた。
真上から降り注ぐ月明りのせいだろうか、普段よりも彼の人相の悪い顔がさらに悪く見える。
「あ、ええっと、これは、その…」
解こうとしていた手綱を咄嗟に手放し、信はあたふたと言葉を探している。
桓騎が一歩距離を詰めて来たので、信は親に叱られる子供のように縮こまった。
「帰るならちゃんとそう言え」
意外にも、桓騎は優しく信の頭を撫でるだけで、詰問するような厳しい言葉は掛けなかった。
「黙って消えられたら、夢見が悪いだろ」
穏やかな声色でそう言われると、信の胸に罪悪感が浮かぶ。
「わ、悪い…」
素直に謝罪すると、桓騎の口の端がにやりとつり上がったので、信は嫌な予感を覚えた。
逃げなくてはと動き出すよりも前に、信の体は桓騎に軽々と抱き上げられてしまう。
「うおおッ!?」
まるで荷物のように肩に担がれ、急な浮遊感と反転した視界に戸惑った信が女性らしさの欠片もない悲鳴を上げた。
「んな簡単に逃がすワケねえだろ」
まるで勝ち誇ったかのように桓騎が笑われる。降ろせと喚きながら、信がじたばたと手足を動かすが、桓騎が放す素振りはなかった。
「ああ、言っとくが、お前の愛馬も俺の味方だからな」
信を担いでいる反対の手で、桓騎が駿の首筋を撫でる。気持ち良さそうに撫でられている愛馬の姿を見て、ぎょっとした。
まさか主の逃亡を阻止するために、桓騎に居場所を知らせようと嘶いたのではないかと信は青ざめる。
「駿!お前、いつの間に桓騎に懐いてたんだよッ!?」
泣きそうな顔で信が問うが、駿は耳を軽く動かすだけで返事をしない。
「主人に似て愛馬も扱いやすかったな」
「な、にィッ…!?」
まるで諦めろとでも言いたげな態度に、信は愛馬に裏切られたことをようやく理解する。
桓騎はくくっと喉で笑いながら、信の体を担いだまま再び屋敷へと戻っていったのだった。
目覚め
…結局その夜は散々だった。
黙って逃げ帰ろうとしたことを理由に、桓騎に攻め立てられ、激しく抱かれてしまった。
目を覚ました時には昼を回っていて、信は怠さの残る体を起こしながら、部屋に入って来た桓騎を睨みつけた。
「そろそろ支度しとけ。もう少ししたら出るぞ」
王翦の屋敷に行く話をしていたことを思い出したが、まさかまだ付き合わせるつもりかと信は大きく顔を背けた。
「行かない」
「あ?」
頭まで寝具を被りながら、信が不機嫌を露にする。
首筋や鎖骨の辺りにはいつものように赤い痕をつけられているし、どう考えても着物では隠せないだろう。
黙って帰ろうとしたことは自分に非があるが、それにしてもこんなになるまで抱くことはないだろうと思った。
「一人で行けよ。もともと王翦将軍に呼ばれたのはお前だけだろ」
怒気を込めた声でそう言うと、桓騎が小さく溜息を吐いた。
「とっとと機嫌直せ」
寝具越しに優しい手付きで撫でられるが、そんな簡単に機嫌が直るわけがない。信はむくれ顔のまま、布団の中で無視を決め込んだ。
桓騎とこのようなやり取りをするのは珍しいことではない。
そのうち、腹を空かせた信が諦めて寝台から出て来ると、まるでそれまでのことを忘れたかのように、普段通りに戻るのだ。
目を覚ましたのも恐らく空腹だったからだろうが、正直にそうとは言わないところから、信が相当機嫌を損ねていることが分かった。
こうなればしばらくは口を利かないだろう。子どものような拗ね方だが、どうにかして恋人の機嫌を直さなくてはと考えている桓騎を見る限り、効果は覿面である。
「今度来る時までに鴆酒を多く取り寄せておいてやる」
「………」
「…この前、摩論に作らせた鴆の飯はどうだ?お前、美味いって食ってたろ」
「………う」
「河豚の卵巣の塩漬けは?」
「………うう」
「百足の串焼きは?」
「………ううう…!」
寝起きで空腹である彼女に、これまで反応の良かった毒料理を伝えていくと、布団の中から呻き声が上がった。
美味い物で誘惑することに慣れている桓騎の口角がますますつり上げる。
「とっとと機嫌直せ」
穏やかな声色でそう言うと、ようやく信が布団から顔を覗かせた。
まだ桓騎を許すまいという怒りと、空腹には逆らえないという諦めが混ざり合い、複雑な表情を浮かべている。
完全に諦めた訳ではないのだろうが、こうなればもう桓騎の勝利は確実である。
つまり、あとは信が布団から出てくれば、それだけで良かったのだ。
「……あんまり、本家に行きたくねえんだよ」
「あ?」
桓騎に対する文句とは別の言葉が出て来たので、思わず聞き返してしまった。
「俺のこと、良く思わねえやつが多くいるから…」
目を逸らしながら、信が言葉を続ける。
下僕出身でありながら、摎と王騎の養子として引き取られ、王一族という名家の一員に加わった信の話は秦国で有名である。
地位の低いの者たちからは羨望の眼差しを向けられ、英雄扱いをされている信だが、もちろんそれをよく思わない者たちも存在しているのも事実だ。
特に王一族の本家の者たち、信と好敵手でもある王賁からはその風当たりが強かった。
王騎は王一族の中では分家の人間である。そんな彼から、将の才を見出されなければ、信は今も下僕として生きていただろう。
もともと後ろ盾のなかった立場の弱い彼女を養子にすると決めた時も、王一族の中では随分と揉めたらしいと桓騎は信から聞いていた。
馬陽の戦いで摎と王騎の二人を失ったことで、信は完全に後ろ盾を失くしている。
そんな自分が、今でも王家の人間であることを気に食わない者が大勢いるのだと、信は苦虫を噛み潰すような表情で打ち明けた。
味方
これまでも、王家の人間から冷たい目を向けられているという話は信の口から幾度も聞いていた。
今や将軍の座に就き、王騎と摎に劣らぬ武功を挙げている彼女が、まさかそんなことを気にしているとは思わず、桓騎は些か驚いた。
「…本家の人間は、王翦のガキみたいな野郎どもの集まりか」
桓騎は、王翦の息子である王賁の存在を口に出した。彼は信と幼馴染にあたる存在らしい。
偉大なる父の背中を見て育って来たせいか、王賁は王家嫡男の立場に強い誇りを持ち、そして下賤の出の者を嫌っている。
王賁のように、自尊心の高い男の厄介さは桓騎もよく知っていた。
しかし、信は意外にも首を横に振る。
「いや…王賁は、普段はああ言ってるけど、ちゃんと俺のこと認めてくれてるっていうか…」
未だ布団に身体の半分以上を隠しながら、もごもごと口を動かしている。
王賁は信が下賤の出であることを気に食わずに、事あるごとに立場を弁えろと毒づいて来る。
しかし、信が戦で着実に武功を挙げていき、将軍になった実力を認めたのか、以前ほど生まれのことは言わなくなった。
それは信のことをいつも目で追っていた桓騎も気づいていた。
顔を合わせればいつも口論になっていた二人は、いつの間にか信頼関係を築いており、今では互いの背中を任せ合うほどに成長している。
王賁が率いている玉鳳隊の兵たちも、下僕出身である信をいつも嘲笑っていたというのに、今ではそんなこともなくなった。
恐らく王賁の信に対する態度や接し方から、主が信の実力を認めたことを理解したのだろう。
それでもまだ信の存在をよく思わない者が王家にはいるらしい。
しかし、それは桓騎も同じだ。
蒙驁にその将の才を買われたことは、信が王騎と摎の養子となったことと同じくらい、桓騎の人生を大きく変えた。
山陽の戦いの後に蒙驁が亡くなってから、桓騎は信と同じように後ろ盾のない立場で、秦軍を勝利へと導いていた。
信が下賤の出であることを批判するよりも、元野盗である桓騎の悪行を指摘する批判の方が圧倒的だろう。
だが、桓騎はそういった者たちの声を聞きはするものの、まともに相手をしたことはなかった。興味がないというのが一番の理由である。
蒙驁も自分の素性をわかった上で、将の才を買ったのだ。どれだけ悪行に手を染めてようが、秦軍を幾度も勝利に導いた桓騎の奇策は替えが効かない。
それは信だってそうだ。
王騎と摎に劣らぬ武功を中華全土に広めているというのに、後ろ盾がないからという理由で何に怯えているのだろう。
「…本家に行って、そんな話を聞いたら、そいつらの四肢を捥いで、口と目を縫い付けて、頭から油をかけて焼き殺して…豚の餌にでもしちまうかもしれねえな」
まるで天気の話題でも口にしているかのように、あっさりとした口調で桓騎が呟いた。
「おいッ!勝手なことすんなよッ」
あまりにも物騒な言葉に、信が青ざめながら布団から起き上がった。
しかし、一晩中激しく抱かれた体には負担だったのか、腰を押さえて沈み込んでしまう。
優しい手付きで彼女の頭を撫でてやるものの、桓騎は今の発言を撤回することはない。
冗談だと笑うこともなく口を閉ざした恋人に、信の顔はますます青ざめていった。
「…わかった。俺も行く」
未だ怠さを残す体を気遣いながら、信はゆっくりと床に足を下ろした。
「本家には行きたくねえんだろ?」
ここで寝てりゃいいと桓騎は穏やかな声色で告げるが、信は大きく首を横に振った。
王翦が住まう屋敷…王一族の本家で、桓騎がそのような虐殺を行ったらと不安で堪らないのだろう。
「………」
顔も名も知らぬ者たちを庇うような信の行動に、桓騎の胸に苛立ちが募る。
もちろん信が傍にいたとしても、桓騎は彼女のことを悪く言う者たちに容赦なく鉄槌を下すつもりでいた。
「…桓騎?」
昨夜から床に散らばったままだった着物に袖を通しながら、信が不思議そうに小首を傾げた。
「何怒ってんだよ」
どうやら不機嫌が眉間の皺として出ていたらしく、信が苦笑を浮かべる。
先ほどまで怒っていたのは信だったというのに、今ではすっかり立場が逆転していた。
野心家である王翦は家柄や生まれなど気にせず、才ある者だけを求めており、信が下僕出身であることを気にする素振りを一度も見せたことがない。
桓騎が元野盗出身であることにも、彼は興味を示したことがなかった。
息子の王賁も、今は信の生まれについて触れることはないのだから、もしかしたら王翦の家臣たち、戦に出ていない王家の人間が信を毛嫌いしているのかもしれない。
秦王の側にいる高官たちのように、口だけが取り柄な者たちだろう。
そういった人間を、自分と信と同じように後ろ盾のない地位へと引き摺り下ろしてやり、痛めつけて無様な泣き顔を見ることが出来れば、どれだけ愉悦だろう。
後ろ指を差されるのは自分だけでいい。自分以外の人間が彼女を傷つけることを、桓騎は許せなかった。
「…桓騎?」
もう一度名前を呼ばれて、桓騎ははっと我に返る。
女という存在とは、褥だけの付き合いだと思っていた。それが今ではこんなにも思考がいっぱいになってしまうほど、信に夢中になっている。
彼女を傷つける者は絶対に許さないと、子供じみた癇癪を起こしそうになった自分に、桓騎は嘲笑した。
以前の後宮での騒動もそうだったが、どうやら自分は信のことになると随分と余裕を失くしてしまうらしい。もちろん、そんな無様な姿を気づかれぬように取り繕っていたが。
「どうした?」
「いや、何でもない」
これまでは考えられなかった自分の新たな一面に驚きながらも、信の顔を見ると、当然だとも思ってしまう。
彼女と出会う前の自分が今の自分を見たら、きっと鼻で笑うだろう。
しかし、桓騎は目の前の女を愛していることに微塵も後悔をしていなかった。
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王家
支度を済ませてから二人は屋敷を出た。今からなら夕刻には到着するだろう。
赤い痣を隠すために、信は厚手の布を襟巻きとして首元に巻いていた。
ちょうど夏が過ぎ、日が沈むにつれて冷え込むようになって来たので、怪しまれることはないだろう。
「信?」
馬を走らせていると、後ろで愛馬を走らせている信の口数が少しずつ減っていくのが分かった。
時折振り返るものの、彼女は桓騎の視線に気づいておらず、暗い表情を浮かべて俯いている。
手綱はしっかりと握っているとはいえ、振り落とされてしまうかもしれない。
「おい」
手綱を引いて、桓騎は馬の足を止めた。
信は手綱を握っているだけで指示を出していないというのに、愛馬の駿は桓騎の動きを見て、同じように足を止める。賢い馬だ。
急に馬が止まったというのに、信は驚くこともなく、ただ俯いていた。
「信」
「…えっ?」
名前を呼ぶと、信が弾かれたように顔を上げる。ようやく桓騎と駿が止まったことに気付いたようだった。
「引き返すか?」
連れ出したのは自分だというのに、桓騎はつい問い掛けていた。
屋敷に向かう約束はしていたが、行かなかったところで、王翦も桓騎の性格を理解している。
王翦とは同等な立場であり、行かなかったからと言って無礼だと罵られることもないだろう。
言葉巧みに、半ば強引に連れ出した自覚はあるのだが、ここまで信が嫌悪を示すのは初めてのことだったので、桓騎は内心驚いていた。
「いや、行く」
素直に頷けば良いものを、信は首を横に振った。
「一人で行かせたら、お前は本当に容赦なく殺しちまいそうだからな」
あははと笑った信を見て、桓騎は無理をしていることが分かったのだが、心では下賤の出あることを悪く言う者たちに複雑な思いを抱いているに違いない。
しかし、こうなってしまえば、信はもう引き返さないだろう。妙なところで頑固になる性格は呆れてしまう。
しかし、信が気にしているような者たちとは関わることはないだろう。
王翦はあまり賑やかな席を得意としない。客人を招いても、その者とだけ静かに酒を飲み交わす方が好きらしい。それゆえ、家臣の出入りも最低限である。
信が気にしているような事態が起きなければ良いのだがと内心考えつつ、もしもそんな輩がいたら、桓騎は言葉にしたように殺すつもりだった。
たとえ王翦に憎まれることになろうとも、それだけ桓騎の中で信を守りたいという想いは大きく膨らんでいた。
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