キングダム

エタニティ(王賁×信←王翦)前編

キングダム 王賁 信 賁信
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 王賁×信/王翦×信/甘々/嫉妬深い/ツンデレ/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

将軍昇格

王賁が信と最後に会ったのは、此度の戦が始まる前だった。

この戦で功を立てれば将軍になるのだと、意気込む王賁の背中を押してくれたのが信だった。

―――さっさとここまで上って来いよ、待ってるぜ。

自分よりも一つ年下でありながら、信は先に大将軍の座に就いていた。

血の繋がりはないが、六大将軍の王騎と摎の娘である彼女の強さは、今や中華全土に知れ渡っている。

元下僕である立場の女が、自分という存在を追い抜いて、高い位置から戦を見下ろしていることに王賁は納得出来なかった。

幼い頃は手合わせをすれば、ほとんど王賁が勝っていた。泣かれても、噛みつかれても、相手が女でも王賁は容赦はしなかった。

女だからという理由で手を抜けば、信を侮辱することになると幼心ながらに思ったからだ。

幼い頃とはいえ、敗戦ばかりの手合せが信の闘争心に火を点けたのだろう。彼女は誰よりも長く鍛錬に勤しみ、ひたすら王騎と摎の下で剣の腕を磨いていた。

その結果が、大将軍の座に結び付いたのである。

まさかあんな泣き虫な女が自分を差し置いて、先に大将軍の座に就くとは思わず、王賁は嫉妬の念に駆られていた。

しかし、飛信軍と共に行動をするよう指示を受けた戦で、王賁は理解したのだ。天下の大将軍の娘と呼ばれる信の実力を。

王賁が知らないだけで、彼女は確実に成長していた。

初めは弱々しい苗だったのが、今ではしっかりとした根を張っている。

多少の衝撃ではその根は揺らがない。それほどまで信は強い女になっていたのだ。

だからこそ王賁は背中を追い掛けるでも、隣に並ぶのでもなく、彼女を越えなくてはならないと思っていたし、これ以上の差をつけられないようにしなくてはならないと思っていた。

将軍の座に就くことが決まり、ようやく一歩ではあるが、信に近づくことが出来た。

初めの内は父の武功を抜くことばかりを考えていた王賁だったが、いつの間にか信を抜くことに目標がすり替わっていたのだった。

此度の戦で武功を挙げ、王賁率いる玉鳳隊はついに軍となった。王賁の将軍への昇格が決まったのである。

論功行賞で、大王嬴政から名を呼ばれ、将軍になることを命じられた王賁は、目頭に熱いものが込み上げた。

いよいよ信と父と肩を並んで戦場に出られるのだ。

深々と供手礼をすると、嬴政から此度の戦での活躍を労われる。

「王賁、今後も期待しているぞ」

「お任せください」

それから嬴政は他の誰にも聞こえないように声を潜め、王賁にそっと囁いた。

「…信のことも、よろしく頼む」

「は…?」

まさか嬴政の口から信の名前が出て来ると思わず、王賁はつい聞き返してしまった。

僅かに狼狽える王賁に、嬴政は意味ありげに口元を緩め、玉座へと戻っていく。

その姿を眺めながら、王賁はどうして信の名前が出たのかと頭に疑問符を浮かべるばかりだった。

 

祝宴

論功行賞の後に開かれた宴では、王賁を中心として、玉鳳軍が大いにもてなされた。

ここまでついて来てくれた家臣や兵たちに労いの言葉を掛け、王賁も久しぶりに宴の雰囲気に酔いしれるのだった。

「王賁、将軍昇格おめでとう」

蒙恬が笑顔で王賁の肩に腕を回して来る。既に酒に酔っているらしく、顔が赤かった。

楽華隊も此度の戦で大いに武功を挙げていたが、将軍の座になるまでには至らなかった。

しかし、次の戦で武功を上げることが出来れば、蒙恬も将軍へ昇格することになるだろう。気を抜いているとすぐに抜かされてしまう。

いつもへらへらしているように見えて、軍略を立てるのに優れている男だ。

何より王賁と信と違うのは、彼が率いている楽華隊の実力を過信することなく、戦の最中でも冷静に判断をし、的確な指示を出せるところである。

蒙恬自身も、自分と同じ時期に初陣を済ませた王賁に差を広げられたことを気に病んでいるかもしれない。

宴が始まってまだ間もないのだが、既に酒に酔っているところを見ると、恐らくそうなのだろう。

特に嫌味を言って来ることもないが、それが蒙恬の長所なのかもしれない。

蒙恬から杯に酒を注がれると、王賁は黙って飲み込んだ。

良い飲みっぷりに蒙恬があははと笑う。それから彼は辺りを見渡して小首を傾げる。

「…あれ、信は来てないんだね?真っ先に祝いに来ると思ったのに」

王賁はぴくりと眉を顰めた。

六大将軍の王騎と摎の娘、信。飛信軍と王騎軍を指揮する女将軍であり、今や秦国に欠かせない大将軍の一人だ。

彼女を示す天下の大将軍の娘という呼び名は、中華全土に轟いている。

信と王賁は昔から王家の立場上、付き合いがあった。いわば幼馴染である。

しかし、幼い頃から信とは喧嘩が絶えなかったこともあり、王賁にとっては腐れ縁でしかない。

昔からの付き合いということもあって、自分の方が立場が上の癖に、王賁が論功行賞で名を呼ばれた時はまるで自分のことのように祝うあの彼女が、そういえば今日は見ていない。

幼馴染である王賁の将軍昇格と聞けば真っ先にやって来そうなものだが、そういえば論功行賞の時にも姿を見なかった。

此度の戦には参加していなかったが、戦が始まる前に見送りに来てくれたことは覚えている。

彼女に限って風邪で寝込むようなことはないだろう。

バカは風邪を引かないという言葉は彼女自身が示しているようなものだ。

だとすれば、一体何の理由で論功行賞と宴を不在にしているのか王賁には分からなかった。

「…じゃあ、あの噂は本当なのかな」

自分の杯にも酒を注ぎながら、蒙恬が口元を緩めている。

「噂?」

王賁が尋ねると、蒙恬が頷いた。

縁談・・だって」

「は…?」

すぐに理解出来ないでいる王賁に、蒙恬がやれやれと肩を竦めながら言葉を続けた。

「あのねえ、賁。俺たちもそうだけど、信だってお年頃でしょ?賁が知らないだけで、信は物凄い数の縁談を断ってるんだよ?話を聞く前に断っちゃう縁談なんて数え切れないくらいあるって言うし…」

諭すようにそう言われ、王賁の胸にもやもやとした正体不明の何かが広がる。

「それが今回は違う。ちゃんと事前の申し入れも確認した上で、相手と顔を合わせて、どんな男かを確かめようとしてる」

「………」

そこまで噛み砕いて説明された王賁は、胸に広がっている正体不明のもやもやがますます濃くなっていくのを感じていた。

今まで信に縁談が来ていたのは王賁も知っていた。

大将軍という立場だけでなく、自分たちと同じ王家という名家の養子であることや、六大将軍の王騎と摎の娘というのも彼女の名を轟かせている理由だろう。

加えてあの容姿である。

普段はいかなる時でも剣を震えるように、男と間違えられるような格好をしているが、きちんと身なりを整え、黙ってさえいれば誰が見ても淑やかな女にしか見えない。

大王の前や宴の席に出る時にはきちんと身なりを整えているため、外見に騙される男も数多だ。

それでいてどこの家の娘だと調べれば、名家の出であると知り、縁談を申し込む男も多いのだという。

しかも、秦王である嬴政の親友というのも強い決め手である。

信自身も嬴政の剣として、大将軍の座を安易に退く訳にはいかず、縁談を断っているのだろう。

信の気を引くために、上質な着物や宝石の類の贈り物をする男もいたというが、彼女は全く興味を示さなかったのは言うまでもないだろう。

下僕の出身でありながらも、戦漬けの毎日を過ごしていたせいか、信は金目の物に興味がない女なのである。

そんな彼女がまさか今回の相手には興味を示しているというのか。

せっかく自分の将軍昇格の祝いの席だったのに、王賁の表情は暗くなっていた。隣にいる蒙恬があからさまに気になっている王賁を見て、くすくすと笑う。

「どんな相手なんだろうね?もしかしたら、信もいよいよお嫁に行くのかなあ」

「………」

王賁は構わずに酒を飲み込む。美味いと感じていたはずの酒が、なぜか急に味気なくなっていた。

自分の知らない男を夫だと慕う信の姿を想像するだけで、無性に苛立ちが込み上げて来る。

しかし、王賁は妙な自信を持っていた。

嬴政の剣として大将軍の座に就いている信が、これからも縁談を受け入れることはないはずだと信じていたのだ。

 

祝宴その二

宴は朝まで続き、夕刻になってようやく屋敷に戻ると、今度は多くの家臣たちからもてなされた。

それほど大将軍の座に就いた功績というのは大きいものである。

誇り高き王家の血筋として当然の成果であるとも王賁は思っていた。

酒はもうこりごりだと家臣たちに断っていると、側近である番陽が「賁様…」と小走りで近寄って来た。

「王騎の娘が参りました」

信が屋敷を訪ねて来たのだという。

そういえば信が論功行賞と宴を不在にしていたことを思い出す。

そして連鎖的に、彼女が縁談を申し入れるのではないかという蒙恬の話も思い出してしまった。酒の酔いのせいか、僅かな動揺が顔に出てしまう。

宴で疲労している王賁を気遣うように、番陽が「追い返しましょうか?」と問う。

「…いや、通せ」

王賁の指示を聞き、番陽が頷く。しばらくしてから、賑やかな声が向こうから聞こえて来た。

「王賁!」

小走りでやって来た信は女物の着物に身を包んでいた。

目を引く鮮やかな青色の着物には、牡丹の刺繍がされている。彼女の細い腰を強調させるように、白い帯が巻かれていた。

普段は後ろで一括りにされているだけの黒髪も、今日は高い位置で編み込みを入れて結われていた。唇には紅が引かれている。

髪型と衣装と化粧を変えただけで、女性というものはこれほどまで別人に化けるので不思議だ。

王賁の将軍の昇格を祝いに来たのだろう。

もしも普段通りに男物の下袴を穿いて、名家の名を汚すような気品さに欠ける格好だったなら、容赦なく一発殴るところだった。

「いやあ、お前もついに大将軍かぁ!大きくなったなあ」

仄かに顔を赤らめているのを見ると、既に酔っているらしい。

信の方が一つ年下のくせに、酒で気が大きくなっているのか、彼女は王賁の頭をわしわしと撫でた。家臣たちがぎょっとした表情を浮かべる。

彼女の無礼は今に始まったことではなく、昔からずっと続いているものだった。

すぐに手首を掴んで振り払うと、信は「こんなにめでたい日でもいつも通りだな~!」と大声で笑った。

さっそく我が物顔で王賁の隣の席に腰を下ろし、信が土産として持参した酒瓶を掲げる。

「これからの玉鳳軍は、きっと飛信軍の強敵になるな!」

「当然だ。飛信軍などすぐに追い抜く」

信が王賁の盃に酒を注ぐ。

昨夜の宴でさんざん酒は飲んでいたのだが、信からの祝い酒を断る訳にもいかず、王賁は注がれた酒をぐいと煽った。

しっかりとした苦味と酸味が口いっぱいに広がる。雑味が全く入っていない良い酒だった。

「色々あって宴に出れなかったから、自分の屋敷で祝い酒してたんだけどよぉ…やっぱり王賁の顔見て言いたかったから、来て良かったぜ」

信も自分の杯に酒を注ごうとするが、王賁は目にも止まらぬ速さで、彼女の手から酒瓶を奪い取った。

「貴様、飲み過ぎだ」

「まだここ座ってから一杯も飲んでねえって!」

「ここに来る前に存分に飲んだんだろうが。この酔っ払い」

王賁から酒瓶を奪い取ろうとする信の手を振り払い、王賁は侍女に水を持ってくるように声を掛けた。

「だって、王賁が将軍になったんだから、そりゃあ祝わねえと…」

仄かに赤い顔で笑顔を見せる信に、他の家臣や兵たちが鼻の下を伸ばしていることに気付いた。

普段着ない女物の着物に身を包んでいるとはいえ、中身はいつもの信と何ら変わりない。

大きく足を広げており、着物の隙間から彼女のすらりとした美しい白い脚が覗いていた。

何の躊躇いもなく無防備な姿を見せる信に、王賁はどうしようもない苛立ちを覚える。

こんなことなら、色気の欠片も名家の気品さもない普段のような格好の方が良かったかもしれない。

少し目つきは悪いが、黙っていれば申し分ない端正な顔立ちだ。笑顔を浮かべるだけで彼女に心を奪われる男も多いだろう。

王騎と摎の養子になった彼女は下僕の出で、王家の血は入っていないが、それでも王賁や蒙恬よりも早くに大将軍となった実力を持っている。

彼女の強さは王賁も認めざるを得なかった。

幼い頃の手合せでは、当然のように王賁が勝っていた。

初陣を済ませる頃には、信と手合せをすることもなくなったが、戦で挙げた武功の数を比べると、明らかに王賁は信に後れを取るようになっていた。

王賁が遅れを取り戻すよりも早く、いつの間にか信は本能型の武将としての才を芽吹かせ、あっという間に大将軍の座に上り詰めた。

此度の戦での武功が認められて、王賁もようやく将軍の座に就いたとはいえ、信との間にある武功の数は少しも埋まっていない。

王賁はそれが歯痒くもあったし、改めて信の強さを意識せざるしかなかった。

しかし、今の信には大将軍の面影は少しも見当たらない。

どうしてこんな女が自分よりも高い目線で戦場を見渡しているのだろうと王賁は時々不思議に思うことがあった。

 

信の縁談相手

「…あ、王翦将軍は?来てねえのか?」

侍女が持って来た水に口をつけながら、信が問う。

王賁は杯を握る手にぐっと力を込めた。

父である王翦から将軍昇格に関して、何も声を掛けられなかった。

論功行賞の場にはいなかったが、報せは聞いているだろう。元は王翦の側近だった関常が今回の昇格を告げたかもしれない。

しかし、音沙汰がないということは、王賁が将軍になったことに興味を抱いていない証拠だ。

何も答えず、酒に映る自分の姿を見つめている王賁に、信は察したようで、そっか、と呟く。

「あのさ、王賁…」

信が何か言いたげに王賁を見つめる。

少し困ったような視線を横から送って来ているのは気づいていたが、王賁は目を合わさなかった。

父との不仲は昔からだ。

いや、不仲と表現するのはおかしいかもしれない。少なくとも、王賁は王翦を父として、将軍として認めていた。

王翦と共に戦に出ることはあっても、父らしい声を掛けてもらった覚えは一つもない。

きっと王翦は自分が息子であることに、家族としての感情は抱いていないのだ。

決して寂しいという訳ではないのだが、時折未練がましく、幼少期に王翦が声を掛けてくれた時のことを思い出すことがあった。

王賁が父である王翦をどう思っているのか、信は分かっていた。だからこそ、掛ける言葉に悩んでいるのだろう。

慰めてもらいたい気持ちなどない。信が何を言おうと無意味だ。

自分と王翦は父と子という関係があったとしても、今の平行線の関係が続いていくのだと王賁は思っていた。

だが、信の発した言葉は、王賁も予想していないものだった。

「昨日…王翦将軍と会った」

「!」

驚いて王賁が信の方を振り返る。

酒に酔っていて、先ほどまでへらへらと笑っていた彼女の表情は別人のように、真剣なものになっていた。

「悪い。俺、隠しごととか…そういうの、出来ねえから」

申し訳なさそうに話す信に、王賁は無言で空になった自分の杯に酒を注いだ。

信が嘘や隠しごとが出来ない性分なのは昔からだ。彼女がわざわざこの屋敷に来たのは、将軍の昇格の祝いではなく。王翦と会ったことを告げに来たのだろう。

息子が将軍になった報せを聞いておきながら、一体、信にどのような用件を告げたのか。王賁は黙って彼女の話に耳を傾けていた。

王賁が無言で話の続きを促していることに信も気づいていたが、よほど言い辛い内容なのか、口を僅かに開いては、声を出す前に閉じている。

「…なんだ。勿体ぶらずに言え」

父のことだ。どうせ自分の将軍昇格に興味がないだとか、そんな分かり切った内容だろう。

さっさと話せと王賁が信を睨み付けると、彼女は意を決して、大きく息を吸った。

「王翦将軍に、縁談を申し込まれた」

「…………」

王賁は何も言わず、瞬きを繰り返していた。

聞き間違いだろうか。今、縁談という単語が出て来たような…。

信が気まずそうに口を閉ざしたのを見て、聞き間違いではないことを知る。

(父が信に縁談を申し込んだ?)

そんな馬鹿な話があるものか。王賁は顔を引き攣らせながら、信を見つめる。冗談にしては質が悪い。

宴の席で蒙恬が話していた、信に縁談を申し込んだ相手が王翦だったというのか。

だとしたら、信が宴に来なかった理由は、王翦からの縁談の申し入れを決めたから?まかさ、王翦の縁談を了承したというのか。

「………」

顔を真っ赤にして俯いた信を見て、王賁は文字通り言葉を失った。

今の話が冗談ではないことは彼女の態度を見れば分かる。

他の家臣たちは王賁の動揺に気付かず、楽しそうに騒いでいる。

賑やかな談笑が、皮肉にも王賁と信の沈黙をかき消していた。

「………」

王賁の手から杯が滑り落ちる。派手な音を立てて床に酒を零してしまい、気づいた侍女が慌てて布を持って駆け寄って来た。

立ち上がった王賁は、無意識のうちに信の手首を掴んでいた。

「お、王賁ッ!?」

「来い」

引き摺るように信の手首を引きながら、王賁は宴の間を出ていく。

「王賁ッ、痛ぇって!」

強く掴まれているせいで、信が顔を歪ませる。彼女の悲鳴に近い声に、家臣たちが何事かと驚いて視線を向けていた。

宴の間を出ようとする途中で番陽と目が合うと、

「誰も俺の部屋に入れるな。人払いをしろ」

王賁は低い声で指示を出した。

番陽は驚きながらも、王賁のあまりの威圧感に、無言で頷くことしか出来なかった。

妬み

有無を言わさず信を自室に連れて来ると、王賁は信を寝台の上へ乱暴に突き飛ばした。

「な、なんだよッ…!隠さないで言ってやったのに!」

背中を打ち付け、痛みに顔をしかめながら信が反論する。

「そんなのはどうでもいい。どういう意味だ。父から貴様に縁談だと…?」

「も、もちろん断ったぞ!?」

「当たり前だッ!」

言葉を被せるように王賁が怒鳴ったので、信は寝台の上でびくりと肩を竦ませる。

王翦からの縁談を断ったと聞いて、王賁は怒りながらも安堵していた。

「なんで、そんな怒ってんだよ…!断ったって言っただろ!」

断ったという事実を聞いておいて王賁が少しも安堵せず、それどころか、苛立ちを増している理由が分からなくて信は狼狽える。

信に問われ、ようやく王賁は自分が怒りの感情に支配されていることに気付いた。

まさか父である王翦までもが彼女に心を奪われたというのか。

とても信じられず、その疑いを晴らすというよりは、王賁は信に対して無性に怒りを覚えていた。

下僕の出であり、互いの立場を気に留めず、誰とでも話す彼女の明るい性格に救われた兵も民も大勢いるという。

実らぬ恋だと分かりながらも、信に想いを寄せている男が大勢いるのだという噂を蒙恬から聞いたのは、昨夜の宴でだっただろうか。

父からの婚姻の申し出を断ったとはいえ、今後もこのようなことが続くのかと思うと、王賁は今すぐにでも信を自分のものにしなくてはと考えていた。

幼馴染である信が自分以外の男に嫁ぐ姿など想像もしたくない。

それは決して愛情などではなく、独占欲の類だと王賁は思っていた。

今までも信の元に縁談話が届くことはあったが、信は全く興味を示さずに断っていたのだ。

王翦からの縁談も同じように断ったとはいえ、王賁は耐え難い不安に襲われる。

いつか自分以外の男が信の夫と名乗り、彼女の隣を歩くのかと思うと、腸が煮えくり返りそうだった。

しかもそれが王翦だと思うと、それだけで王賁は大声で叫び出してしまいそうなほど嫌悪した。

「も、もう帰る…」

怒りの色を示している王賁にたじろいだ信は、寝台の上から降りようとした。

しかし、王賁はすぐに彼女の体に跨って、その両手首を敷布の上に押さえつける。

何をするんだと信が抵抗を始めるより前に、王賁は彼女の唇に己の唇を押し当てていた。

「―――ッ!」

驚いて硬直していた信がはっと我に返り、王賁を突き放そうと両手に力を込める。しかし、王賁も彼女の両手首を決して放さない。

触れるだけの口づけではあったが、唇が離れた頃には、信は顔を真っ赤にして肩で息をしていた。

手首を押さえつけていた王賁の手がようやく離れる。

信の着物の帯にその手が伸びたのを見て、信は慌てて彼の手を押さえた。

これから何をされるか、バカな彼女でも察したのだろう。

「や、やめろって…!王賁…!俺たちは、恋人でも、夫婦でもないだろ…!」

「なら、なればいい・・・・・ッ!」

王賁の言葉を聞き、信は目を見開いた。

何を言っているのか、理解しているのだろうか。信は問い掛けようとして、言葉を詰まらせた。

あまりにも弱々しい王賁の顔がそこにあったからだ。

まるで親とはぐれた迷子のような、今にも泣きそうな表情だった。

そんな王賁の顔を見るのは信は初めてで、決して冗談を言っているつもりも、からかっているつもりもないのだと理解できた。

「ほ、本気、なのか…?」

信が声を掛けると、王賁がぐっと奥歯を噛み締めたのが分かった。

表情は変わらず弱々しいままだった。まるで信に拒絶されるのではないかと怯えているような態度に、信は胸がきゅっと切なく締め付けられる。

しかし、王賁は信から目を逸らすことはなかった。

決して嘘ではないとその目が訴えている。

「信…」

王賁の手が信の頬を包む。

常日頃から槍を握っているマメだらけの手の平から伝わる温もりに、信の鼓動が速まった。

顔が燃えるように熱くなり、信は王賁から目を逸らしてしまった。

「目を逸らすな。俺を見ろ」

「だ、って…」

咎めるように王賁に囁かれるが、信は目を向けることが出来ない。

王賁に見つめられているだけで顔の火照りが止まらない。言い知れぬ羞恥に駆られて、信は顔を上げられなくなってしまった。

頬に触れていた王賁の手が顎に滑り、顔を持ち上げる。

無理やり目線を合わせられて、信は困惑した。

あからさまに戸惑っている信の様子に、王賁はますます歯痒い気持ちに襲われる。

「…父などに渡すものか…」

王賁の両腕が信の体を強く抱き締める。

「お、王賁…?」

「貴様が、他の男のものになるのは、許せない」

嫉妬しているとしか思えない彼の言葉に、信は思わず声を喉に詰まらせた。

王賁は信の体を抱き締めながら言葉を続けた。

「…嫌なら、俺を殴りつけてでも逃げろ」

そう言って王賁が着物の帯に手を伸ばしたので、信は彼が本気で自分を女として見ていることを悟るのだった。

選択の時間を与えているかのように、王賁はゆっくりと帯を解いていく。しかし、信は決して逃げる素振りを見せない。

やがて帯が解かれて、襟合わせが開かれても、信は抵抗しなかった。

せっかく忠告してやったのに何をしているのだと王賁が信を睨む。しかし、信は顔を真っ赤にしながら下唇を噛み締めたまま動かない。

「…なぜ逃げんのだ」

「に、逃げてほしかったのかよ…!つーか、言わせんなよッ…!」

逃げなかった理由を察しろと信が怒鳴る。もちろん王賁は彼女が逃げない理由など手に取るように分かっていた。

しかし、本当にこんな幸せなことがあっても良いのだろうかと、王賁自身も戸惑っていたのだ。

「…嫌だと言っても、放す気はないぞ」

覚悟しろと王賁が言うと、信は小さく頷く。それから二人は顔を見合わせて、笑った。

束の間の幸福

王賁が目を覚ますと、窓から差し込む朝陽が室内を満たしていた。

腕の中で静かに寝息を立てている信の姿を見て、昨夜の情事を思い出す。

永久にも思えた昨夜のあの時間で、信と幼馴染と戦友という一線を越えてしまったのだ。

決して酔いのせいでもないし、当然ながら後悔はしていない。

本当はずっとこうしたかったのだ。

幼馴染でも戦友でもなく、一人の男として信を愛したかった。

自分の首に腕を回し、愛らしい声で何度も自分の名前を呼んだ信の姿が瞼の裏に蘇る。

散々愛し合ったというのに、その姿を思い浮かべるだけで王賁は再び下腹部に熱いものが込み上げてくるのが分かった。

ぐっと拳を握り、自分を制す。

幾つもの死地を駆け抜けた信の体は傷だらけであったが、その傷痕さえも彼女の一部だと思うと愛おしさが込み上げる。

傷跡の他に、彼女の肌には赤い痕が残っている。昨夜の情事で、王賁がつけたものだった。

「ん…」

肌寒さを感じたのか、温もりを求めて信が王賁の体にすり寄った。

無意識のうちに自分に甘える彼女に王賁は息を詰まらせる。

思わず信の額に唇を落とすと、王賁は一体何をやっているのだと自分に問いかけた。

きっと今の自分は情けなく顔を緩ませているだろう。しかし、これ以上ないほどに胸が満たされていた。

信の体を抱き寄せて、寝具を掛け直してやる。

普段ならば、もう身支度を済ませて槍の鍛錬を始める王賁だったが、今日だけは特別に自分を甘やかすことにした。

信の不在と王翦の報せ

―――後に行われた戦でも、王賁は大いに戦果を挙げた。

玉鳳軍の兵たちの士気も右肩上がりで、この勢いを続けていれば、大将軍の座に就くのもそう遠くはないだろう。

信が率いる飛信軍は此度の戦にも参加していない。

最近の飛信軍は、隣国から侵攻の気配がないかを調査したり、急な侵攻に備えて待機していることが多いようだ。

論功行賞の後に開かれた勝利を祝う宴で、王賁はあることに気が付いた。

(…いない?)

祝宴の場に、信がいないのだ。

酒が入るとすぐ上機嫌になって、すぐ王賁に絡みに来る信の姿が見えないことに、王賁は疑問を抱いた。

盃を傾けながら、王賁は信の姿を探した。

彼女自らここに来ないということは、蒙恬や自分の軍の者たちと共にいるかもしれない。

しかし、飛信軍の副官と軍師である少女たちの姿は見つけたのだが、信の姿が見つからなかった。

バカ騒ぎをするのが大好きな彼女が宴を欠席するなんて珍しい。

王賁が将軍になった時の宴にも参加していなかったが、あの時は王翦に縁談を申し込まれたと言っていたこともあり、王賁に合わせる顔がなかったのだろう。

だとすれば、今日の宴の席に信がいない理由は何だ。

(まさか、また父が…?)

宴の席にいないのは信だけでなく、王翦もだ。

元々王翦は寡黙な男であり、好んで宴に参加するような人物ではないのだが、信に縁談を申し込んだ話と、二人が宴に参加していないことに、何か繋がりがあるような気がしてならない。

嫌な予感がして、王賁は信の所在を知って良そうな飛信軍の副官と軍師の少女たちの元へと向かった。

「おい、貴様ら」

声を掛けると、河了貂と呼ばれる軍師の少女がぎくりと顔を強張らせた。

副官の羌瘣という少女は王賁には一目もくれず、その細身からは想像も出来ないほど大量の食事をかき込んでいる。

「貴様らの将はどこにいる」

王賁が問うと、河了貂が戸惑ったように目を泳がせたので、王賁の眉間にますます皺が寄った。

「あ、えっと、信のこと、だよな?」

こちらが質問をしたのに、河了貂から質問で返される。

一体何の話だと王賁が聞き返せば、大きな猪肉を頬張っている羌瘣がようやく顔を上げた。

「信は今、大王のところにいる。今後しばらくは戦も宴も出ないだろう」

「は…?」

羌瘣の言葉は、王賁が尋ねた質問の答えをきちんと返していた。

しばらく戦も宴も出ないとはどういう意味だ。

あっと言う間に猪肉を飲み込むと、羌瘣は指についた猪肉の油をを舐め取っていた。

「王翦将軍があちこちで話をしている。…信と家族になれる・・・・・・・・だなんて、良かったじゃないか」

「―――」

まるで鈍器で頭を殴りつけられたかのような衝撃に、王賁は絶句する。

王翦が信の話を広げているという事実に、全身の血液が逆流する感覚を覚えた。

(バカな…!あいつは父の縁談を断ったはずだ!)

王翦が信を嫁に迎え入れたというのか。あの寡黙な父が噂を流しているだなんて、余程の報せでないと有り得ない。

数か月前、王賁が将軍昇格が決まった時に、信は王翦からの縁談の申し入れを断ったと言っていた。

まさかまた父が縁談を申し入れたのか。それとも信が断りの返事を取り止めたのか。

王賁の目の前がぐらぐらと揺れる。

酒の酔いが回ったのだろうか。謎の頭痛まで出て来て、王賁は気分が悪くなり、外の空気を吸おうと足早に宴の間を抜け出した。

宴の間を出ると、外のひんやりとした空気に頭痛が和らいだ。

信の裏切り

手摺りに凭れながら、空を見上げる。

今日は三日月だ。戦で武功を上げ、秦を勝利に導いたはずなのに、何故こんなにも気が重いのだろう。

「あ、王賁」

背後から声を掛けられて振り返ると、信だった。

大王の嬴政と何かを話していたと言っていたが、用件は済んだのだろうか。

手巾で口元を拭っている彼女を見て、王賁は先ほどの羌瘣から聞いた言葉を思い出し、怒りが込み上げた。

「貴様ッ、一体何を考えている!」

信の肩を掴み、王賁は怒りの感情のままに怒鳴りつけた。

幸いにも宴の間から流れて来ている大きな談笑のせいで、王賁の怒鳴り声は他の者たちの耳に届くことはなかった。

しかし、目の前にいる信にはしっかりと伝わり、彼女は戸惑ったように狼狽える。

「な、何って…」

「…大王にも、その報告をしていたのか」

信が小さく頷く。

王賁の怒りは安易に消せないところまで燃え広がり、彼女の肩を掴む手に思わず力が籠もってしまう。

「誰の許可を得て婚姻するつもりだッ!このバカ女がッ!」

再び王賁に怒鳴られ、信は困惑した表情を浮かべながらも、唇をきゅっと固く引き結んだ。

「…喜んでくれると、思ったのに…」

消え入りそうな声で信がそう呟いたが、王賁の耳には届かなかった。

しかし、信の瞳にうっすらと涙が浮かんだのを見て、王賁の心が僅かに揺らぐ。

自分以外の男――まして父の王翦との婚姻など、認められるはずがない。

王賁は信を睨み付けていたが、信も目を真っ赤にして王賁を睨み付けた。

「お前の言う通り、俺がバカだったッ!」

信の瞳から涙が一筋流れる。

しかし、王賁もここまで来て引く訳にはいかなかった。

どうしてだ。あの日の夜、信が自分に言った言葉は嘘だったのだろうか。

王賁が信に告げた言葉は、全て偽りなき想いだったのに、全て裏切られた気分になる。

「もうお前なぞ知らんッ!」

もうどうでもいい。

口を衝いて出た王賁の言葉を聞き、信の瞳からとめどなく涙が流れ出す。

こんな言い合いをして、信を泣かせたのは幼い頃以来だろう。

幼い頃の王賁は王家の血を引いていない信を、立場の弁えない娘だと罵っていた。

天下の大将軍である王騎と摎の娘のくせに、王家の血を引いていない彼女が王家を出入りすることに王賁は子どもながらに憤りを感じていたのだ。

今考えてみれば、それは単なる妬みだった。

王騎と摎と血の繋がりを持たない信が、まるで本当の娘のように甘やかされていることが気に食わなかったのだ。

自分は王翦の血を継いでいるはずなのに、なぜ父は、王騎が信にするように甘やかしてくれないのか。

子どもの頃の王賁には何一つ事情が分からなかった。だからこそ信に嫉妬してしまったのだ。

―――立場を弁えろ。将軍たちと血の繋がりもない元下僕のくせに。

しかし、王賁の言葉に激怒した信が、泣きながら鍛錬用の模造剣で、

―――俺は父さんと母さんの娘だ!謝れコノヤロー!

王賁の頭を思い切り殴って来たことは今でもよく覚えている。

今の信の表情が、幼い時の彼女と重なり、王賁は思わず言葉を詰まらせていた。

「もう、…お前となんて一緒にいられねーよッ!」

信は肩を掴む王賁の手を振り払い、踵を返してその場から走り去っていった。

残された王賁も彼女を追うことはしない。

しかし、棘が刺さっているかのように、胸がちくちくと痛む。

信を愛しているはずなのに、泣かせてしまったことを、冷静な自分が後悔しているのだ。

彼女が自分以外の男を夫と呼び、隣を歩く姿を見たくないと思っていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

このまま王翦との縁談話が進み、自分は信を母と呼ばなくてはならない日が来るなんて、悪夢でしかない。

「はあ…」

王賁は宴の席に戻ると、酒に溺れたのだった。

戦で武功を挙げた自分を褒め称えるのではなく、全てを忘れたかった。

 

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