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初恋の行方(蒙恬×信)後日編・前編

初恋の行方4
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

本編はこちら

 

目覚め

このお話は本編の後日編です。

 

温かい日差しが瞼に刺さり、ゆっくりと目を開けると、最愛の女の寝顔がそこにあった。

「………」

自分の腕の中で、その身を委ねている彼女を見て、蒙恬は昨夜の出来事が夢でなかったことを確信する。

初めて身を交えた後、信本人にも夢じゃないか確認して思いきり頬を抓られたが、その痛みさえも幻なのではないかと蒙恬は思っていた。

しかし、今腕の中にある温もりは紛れもなく本物である。蒙恬は夢だと疑うことをやめた。もしも今さら夢だと言われても、絶対に認めるつもりはなかった。

(よかった)

腕の中で寝息を立てている信の表情が安らいでいることから、昨夜の情事が彼女に重い負担を掛けなかったことを察する。

破瓜を破った時はさすがの彼女もその痛みに涙を流していたが、その痛みを長引かせるような無粋な真似はしなかった。

いつか恋い焦がれて止まない彼女と身を繋げることを夢見て、数々の女性と夜の経験を積んで来たのだから、その成果が発揮されたのだと言ってもいい。

長年の片想いが実った優越感に胸を膨らむのと同時に、たった一度だけで彼女を解放できた自分の性欲統制に驕傲きょうごうした。

しかし、疲労が残っているのか、信はまだ目を覚ます気配がない。

(…可愛い)

眠っている彼女の前髪を指で撫でながら、蒙恬はその寝顔につい見惚れてしまう。

戦場の天幕で眠っていた時の彼女は気を張り詰めているせいか、こんな穏やかな寝顔ではなかったのだが、今は安心し切っているのだろう。

自分よりも年上である彼女は、眠るとより幼く見える。
初めて出会った時の信は、誰が見ても少年の風貌をしていて、男だと疑わなかった。しかし、その後は体が成長するにつれて、信はどんどん女性らしくなっていった。

口調や振る舞いは凛々しいままで変わらないのだが、今の彼女を見て男だと間違える者はいないだろう。

信が奴隷商人から助けてくれたあの日、軍師学校を首席で卒業して立派な将軍になったら信を娶るという約束を交わした。

彼女に相応しい男になるために奮励したことで、幼い頃は少女だと誤解され、奴隷商人に目をつけられたことのある蒙恬も、今では男らしく成長した。

将軍昇格となったのは此度の論功行賞であり、未だ彼女を超えるような活躍はまだしていない。

しかし、彼女は自分と同じ想いだったのだから、あの日の約束はめでたく叶ったと言っても良いだろう。

婚姻の衣装は何色で仕立ててもらおうか、蒙恬が幸福な未来に思いを馳せていると、腕の中の信が僅かに身じろいだ。

その瞼が持ち上がると、寝起きのとろんとした瞳が現れた。

「おはよ、信」

穏やかに声を掛けると、頷くのと同時に、信の瞼が再び閉ざされてしまう。まだ眠いのだろう。

「ん…」

まるで一つの動作のように、自分の胸に顔を埋め直し、すぐに寝息を立て始めた彼女に、蒙恬は堪らなく愛おしさが込み上げた。

信の前髪を掻き上げて、蒙恬はその額に唇を落とす。

こんな愛情表現は、今まで夜を共に過ごした女性たちには一度もしなかったのだが、信を前にすると体が自然と動いてしまう。全身が無意識に彼女を求めているのかもしれない。

宮廷では引き続き、今日も祝宴が開かれるだろう。信も自分もしばらく将軍としての執務は入らないに違いない。

二人でゆっくりと過ごせる貴重な時間をどう活用しようか、幸福な悩みに思考を巡らせながら、蒙恬も瞼を下ろした。

 

異変

次に目を覚ました時には、とっくに昼を回っていた。

昨夜の酒のせいか、それとも寝過ぎたせいか、重い頭を抱えながら身を起こす。腕の中で眠っていた信がいなくなっていると気づいたのはその時だった。

「…信?」

辺りを見渡すが、部屋の中にも彼女はいない。どうやら先に起きて部屋を出て行ってしまったようだ。

今は宴に出ているのだろうか。もしかしたら宮廷でもらい湯をしているのかもしれない。
手早く身支度を整えると、信を探すために部屋を後にした。

蒙恬は此度の戦で将軍昇格となったこともあり、今日も宴に顔を出さなくてはならないだろう。

宴の席に戻れば、楽華隊や他の者たちから祝杯を挙げられる。昨夜もそれなりに飲まされたというのに、しばらくは酒と縁が切れない日々が続きそうだ。

(信、どこに行ったんだろ)

家臣たちに捕まる前に、信の姿を一目見たかった。
褥の中では寝顔を堪能していたが、昨夜のことがあったので、今日はゆっくり休むようにと言葉を掛けたかった。

もしかしたら信は秦王嬴政に会いに行ったのかもしれない。

信と蒙恬が互いを想う気持ちは同じだったはずなのに、信は下賤の出である素性を気にしており、前向きな返事が出来ずにいた。

その誤解が解けなければ、二人とも伍長に降格だという勅令を昨夜、嬴政から受けていたので、信としてはなんとしてもそれを阻止したかったのだろう。

秦王と謁見をする場合、本来ならそれなりの手順を踏まなくてはならないが、信の場合は別だ。

二人が親友という関係で結ばれていることから、そういった手順を省略して、嬴政の都合も構わずに会うことが出来る。秦国でそんな大それたことが出来るのは信だけだろう。

彼女が嬴政に見初められなくて本当に良かったと、蒙恬は何度も胸を撫で下ろしていると、ちょうど回廊の向こうから信が歩いて来るのが見えた。

「あ、信!」

声を掛けて駆け寄ると、信があからさまに顔を強張らせ、その場に立ち止まる。

穏やかに笑んだ蒙恬が体調は変わりないか気遣おうとした瞬間、信は不自然に背を向けて、そのまま走り去ってしまう。

「…えっ?」

自分から逃げたとしか思えない信の行動に、思考が混乱する。
驚愕のあまり、蒙恬は追い掛けることを忘れて足を止め、しばらくその場で呆然と立ち尽くしていた。

 

 

信の行動は気がかりだったが、何か急用を思い出したのだろうと無理やり自分を納得させ、蒙恬は宴の間へと向かう。

昨日から続いている宴は今日も賑わいを見せていた。蒙恬も楽華隊や家臣たちにすぐに取り囲まれ、浴びるほど酒を飲ませられたのだが、祝宴の最後まで信が姿を現わすことはなかった。

宴が終わってから、秦王から伍長に降格するといった勅令は来なかったし、やはり信自ら嬴政に誤解を解いたことを告げに行ったのかもしれない。

だが、あからさまに彼女が自分を避けたあの行動だけは不可解だった。

宴に参加していた飛信軍の副官たちから話によると、まだ宴が終わらないうちに、信は先に屋敷へ戻ったのだという。

酒を飲み交わしながら、仲間と談笑をするのが好きな彼女が宴を途中で抜け出すだなんて珍しいと、飛信軍の者たちも驚いていた。自分との関係はまだ仲間たちに打ち明けていないようだった。

(信…どうしたんだろう)

やはりあの夜のことが関わっているとしか思えない。

宮廷の回廊で会った時、体調が悪いようには見えなかったが、やはり無理をさせてしまったのだろうか。

彼女は周りに心配を掛けまいと無茶をする癖がある。戦で深手を負っているというのに、自分よりも重症な者の手当てを優先するよう救護班に指示を出すくらいだ。

戦以外でもその無茶をする癖があることを、彼女を傍で見ていた蒙恬は知っていた。

厄介なのは嘘を吐くのが苦手なくせに、本音を隠すことを得意としていることだ。
本当は自分と同じ気持ちだったのに、身分差を気にして、幾度も蒙恬を遠ざけようとしたいたのが何よりの証拠である。

もしかしたら、まだ何か本音を隠しているのだろうか。心配の気持ちが膨らんでいき、蒙恬の心が波立つ。

あの夜、信は自分に破瓜を捧げてくれた。下賤の出である自分の立場を蔑むために、ずっと処女だったことを隠していたのだ。

顔も名も知らぬ男たちの使い古しだと信が嘘を吐いたのは、自分との婚姻を諦めさせるためだったらしい。

それまでも執拗に信が自分を諦めさせようとしていたのは、名家の嫡男である蒙恬に対し、下賤の出である身分差を気にしてのことだった。

しかし、信に向けている気持ちが、たかがその程度で揺らぐことはない。

その程度で諦め切れるのなら、最初から約束なんてしなかった。幼い頃に交わしたあの約束が、蒙恬にとっては全てだったのだ。

 

相違

その後も信と会うことが出来ず、あっという間に一月が経過してしまった。

せめて体調を気遣いたかったのだが、さすがにこれだけの月日を重ねれば、信も普段通りに戻っているだろう。

しかし、飛信軍の鍛錬を指揮している場にも、屋敷にも信はおらず、何度会いに行っても不在だと言われてしまう。

さすがに一度も会えないことに、違和感を抱き始めていた。

(まさか俺、避けられてるんじゃ…?)

将軍という立場上、信がいつも暇を持て余している訳ではないのは理解しているのだが、それにしてもここまで会えないのは不自然過ぎる。

現在は領土視察の任務もないと聞いたし、だとすれば私用を建前にして、自分から逃げているのではないだろうか。

彼女から避けられるようなことをしたかと問われれば、あの夜のことしか思いつかない。

やはり自分が思っている以上に、無理をさせてしまったのだろうか。

信は男に抱かれた経験があるように振る舞っていたのだが、実は処女だった。
下賤の出である自分を卑下するために信は男と経験があるように演技をしていただけで、蒙恬はすっかりそれを鵜呑みにして、身を結ぶまで処女だと気づけなかったのである。

褥ではお互いに同じ想いであったことを確かめたのだが、信が処女であることを隠していたように、もしかしたら好きだと言ってくれたのも嘘だったのだろうか。

それは信本人にしか確かめようがないことだ。頭では分かっているというのに、耐え難い不安に襲われる。

屋敷を訪れたところで、いつものように不在だと門前払いを受けるのは目に見えていた。
だとすれば、彼女の行動を先読みして接触する他ない。

「………」

蒙恬は口元に手を当てながら、信に確実に会える方法を探り出した。

将軍昇格となってから初めて練る軍略が、まさか愛する女と会うためのものだとは、さすがの蒙恬も予想していなかった。

 

焦燥感

飛信軍の鍛錬を終えた信は屋敷に戻ると、汚れた体を清めるために風呂に入った。

汗と土埃を落とせればそれで良かったのだが、王騎の養子として引き取られた時から世話をしてくれている侍女が今日も浴槽に花を浮かべてくれていた。

浴槽に浮かんでいる赤い花は、生前王騎も好んでおり、屋敷の庭に咲いているものであったので、信も見慣れている花だった。

体の汚れを落としてから湯に浸かると、口から勝手に長い息が零れた。

「………」

広い浴槽の中で信は膝を抱えて、誰に見られる訳でもないというのに、俯いて表情を隠した。

脳裏に浮かぶのは蒙恬のことだった。

彼の将軍昇格が決まったあの日、初めて彼と身を繋げた。
幼い頃に交わした自分との約束を果たすために、蒙恬がずっと努力をしていたことを信は知っていたし、同時にそこまで自分を想ってくれているのかと驚いた。

蒙家の嫡男である彼と、下賤の出である自分。こんな身分違いな婚姻は前代未聞だろう。しかも、※愛人でないというのだから、尚更だ。

下賤の出である自分が蒙家に嫁ぐなど、名家の顔に泥を塗る行為だと蒙一族から大反対されるに違いないとばかり思っていた。

信が王騎の養子として引き取られた時も、王一族からの風当たりはかなり強かった。今でも信の存在を快く思っていない者もいる。

同じ一族の者たちから、王騎が酷い言葉を掛けられていたことも信は知っていたし、自分のせいで蒙恬も同じように心無い言葉を言われてしまうのではないかという不安があった。

しかし、蒙恬は自分と交わした約束を父の蒙武から承諾を得るという事前の手回しをしており、その延長で家臣たちも説得していたらしい。

将軍昇格の決め手となった知将の才は、そういった面でも発揮されたという訳だ。

「っ…」

信は浴槽の熱い湯で顔を洗った。
あの日を終えてから、一方的に距離を置いていることを、賢い蒙恬はすぐに気づいたに違いない。

朝を迎えてから、一度も会話らしい会話を交わしていないのだ。
褥の中で一度、声を掛けられたような気がしたが、眠気に勝てずに返事をしたかどうかも覚えていない。

自分との約束を果たすために努力を怠らずにいた蒙恬が、自分を避けていることを不審に思っているに違いない。

―――信が下僕出身だから、俺が蒙家の嫡男だから、そんなのはもう聞き飽きた!信が本当に思ってることを知りたい!教えろよ!言ってくれなきゃわからないだろ!

あの時の蒙恬の言葉が蘇る。
本音を言わないまま、ずっと蒙恬の想いに応えずにいたのは自分でも卑怯だと思った。

蒙恬のため、蒙家の未来を想えばこそ、本気で拒絶することだって出来たはずなのに、それが出来なかったのは自分も蒙恬のことを愛しているからだ。

成長してもなお、蒙恬が自分を好きでいてくれることに、心の底では喜悦を覚えていた。

本当は、蒙恬が自分のことを嫌いになるはずがないと愉悦を抱きながら、自分たちの身分差を理由に偉そうな建前を述べていたのである。

いずれ蒙恬が自分以外の女性と婚姻を決めたのなら、その時は心から祝福するつもりだったし、誰もいないところで失恋の傷が癒えるまで大声で泣くつもりだった。

蒙恬が自分を選んでくれたことに、信は今でもあの夜のことが夢だったのではないかと思ってしまう。

あの日から彼を避ける理由は他に・・あるのだが、いつまでもこのままではいけないという気持ちが焦燥感となって信を包み込んでいた。

「ん…」

温かい湯に包まれながら、信は抱えた膝を擦り合わせた。

あの夜を経てから、下腹部が切なく疼くことがある。それは決まって一人の時、そして蒙恬と肌を重ね合わせた時のことを思い出す時である。

蒙恬が囁いてくれた言葉、重ねた唇の柔らかい感触、蒙恬が触れた場所、破瓜の痛みや、男根を受け入れている感触、腹の内側を抉られる甘い感覚。

まるで昨日のことのように思い出せるし、蒙恬の顔を見る度に、瞼の裏にその光景が蘇ってしまうのである。

 

確保

(のぼせた…)

長湯をしてしまい、信は真っ赤な顔でふらふらと部屋に戻った。

水を飲んでから、奥にある寝台に倒れ込む。そういえば以前、髪を乾かさずにいたら蒙恬に叱られたことがあった。

蒙恬が千人将に昇格したばかりの頃だっただろうか。
飛信軍の下について活躍した蒙恬を労いに、酒を手土産にして蒙家の屋敷に訪れたことがあった。

道中、急な大雨に見舞われたせいで、ずぶ濡れになった信に驚き、彼は従者にすぐ風呂の手配をさせた。

女性が体を冷やすなと叱られて、用意された風呂に入った後に寛いでいると、きちんと髪を乾かさないと風邪を引くだろうと説教混じりにまた叱られてしまった。

その後で布で髪を乾かしてくれて、さらには櫛で髪を梳かしてくれたのである。

本来ならそのようなことは従者がやるべきだろうに、蒙恬は嬉々として譲らず、自らの手でやりたいと引かなかった。

侍女たちから羨望の眼差しを受けていたことは今でもよく覚えている。思えば、蒙恬は自分を嫁に迎えるという約束を交わした時から、自分を女として見ていたのだろう。

「…蒙恬…」

敷布に顔を埋めた信が目を閉じて、溜息を共に彼の名前を零した時だった。

「…あれ、気づいてたの?」

「あ?」

聞き覚えのある声が降って来た。

体を起こして辺りを見渡すと、部屋の隅にある衝立の裏から蒙恬が顔を出しており、信は心臓が止まりそうになった。

「う、うおおぉッ!?な、なんでここに!?」

幻かと思ったが、蒙恬の姿は消えることなく、信の前にやって来る。

本人だと気づいた信はすぐに寝台から起き上がって逃げようとしたのだが、それよりも先に蒙恬の両手が彼女の身体を押さえつけた。

「もう逃げるのはなし」

言いながら蒙恬が覆い被さって来たので、信は嫌でも逃げ道がないことを悟った。
まさかそれを計算して、蒙恬はここで待ち伏せていたのかもしれない。

「ぁ…う…」

気まずい空気を紛らわすために信が言葉を探していると、蒙恬が寂しそうな表情を浮かべていた。

 

 

「今度は何を隠してるの?」

ここまで追い詰めたというのに、信は小癪にも視線を泳がせていた。

やはりまた本音を隠しているのだと確信した蒙恬は、彼女の顔を両手でしっかりと押さえつけ、その視界に入り込む。

「信」

叱りつけるように低い声で名前を呼び、口づけをするくらい顔を寄せると、きゅっと眉根を寄せて、まるで祈るような表情で信が目を閉じてしまった。閉じた瞼が僅かに震えている。

怯えさせてしまっただろうかと蒙恬が顔を離すと、信が恐る恐るといった様子で目を開いていく。

蒙恬は苦笑を滲ませながら、捲し立てないように、ゆっくりと口を開いた。

「…俺のこと、嫌いになった?」

この質問をするのは、初めてではない。
将軍昇格が決まったあの夜は、嫌いになったなんて言っていないと即答してくれたというのに、信は言葉を選ぶかのように唇を戦慄かせ、結局は何も答えずに唇を噛み締めていた。

何も話そうとしない態度に、蒙恬はますます苛立つ。

「…言ってくれなきゃわかんないって、あの時も言っただろ」

もう信の前で幼稚な振る舞いはしたくなかったのだが、つい声を荒げてしまう。

「俺が嫌いになったのなら、ちゃんと言ってほしい」

諭すように、蒙恬はその言葉を投げ掛けた。

その言葉が沁みたのかは分からないが、信はようやく蒙恬と目を合わせてくれた。

「何も分かんないまま、信から避けられるの、…つらい」

堪えていた想いが次から次へと溢れて来る。

「落ち度があったなら、謝るし、二度としないって誓う。でも、それが何か教えてもくれないまま避けられたら、何を詫びたら良いか分からない」

「………」

「何も知らないで、ただ許してもらいたいからって理由で謝っても、そんなんじゃ許してくれないだろ」

信の眉根がきゅっと切なげに寄せられた。
彼女は誰にだって優しい女だ。だからこそ、自分を傷つけないようにと、本音を言わないことで、蒙恬を避ける行動を正当化しているのかもしれない。

だが、それではお互いに本当の気持ちは分からないままだ。

信が執拗に蒙恬からの気持ちに応えられないと話していた時だって、本音を隠していただけだった。今も本音を隠しているかもしれない。

信が嘘を吐けない素直な性格なのは昔から知っていたが、本音を言わないことを得意としていることも知っていた。

あの夜は信と想いが同じだったと分かり、夢中で彼女を愛していた。痛みを乗り越えてまで、自分に破瓜を捧げてくれたのだ。自分が気づかないところで彼女を傷つけてしまったかもしれない。

信が処女であることを隠していたため、もう少し前戯に時間を掛けるべきだったと後悔している。もしかしたら、そのことを信も引き摺っているのではないだろうか。

それとも、まだ下賤の出である立場を気にしているのだろうか。以前までの信が、ずっと蒙恬に約束の婚姻を諦めるよう説得を続けて来たのは、その身分差を気にしてのことだった。

父の蒙武は、信との約束に了承を得ていたし、他の家臣たちが反対したとしても蒙恬は構わなかった。

しかし、そこに信の気持ちも伴わなければ、また彼女を苦しめることになってしまう。

このまま避けられては、いつまでも信の気持ちは分からないままだ。だからこそ、蒙恬は彼女から本音を聞き出そうと必死になった。

 

本音

「………」

瞬き一つ見逃すまいと、蒙恬は信を見据えていた。

理由を話してくれるまで待つつもりではあったが、決して逃がす真似はしない。両手はずっと信の肩を掴んだまま放さなかった。

「…お…」

俯いたままでいる信がようやく口を開いたが、不自然に言葉が途切れてしまう。

「…?…え、なに?」

なるべく穏やかな口調を務めて聞き返す。

すると、前髪で隠れているはずの信の顔が、みるみるうちに顔を真っ赤にさせていくのが分かった。

意を決したように拳を握り、勢いよく顔を上げた信が、今にも泣きそうな表情で大きく口を開いた。

「お前を見ると、色々、思い出しちまって、…は、恥ずかしいんだよッ!」

信の叫びが室内に響き渡った。天井まで広くその声が反射する。

こだましていた声も聞こえなくなると、信の顔がますます赤くなり、もう耐え切れないと言わんばかりに再び俯いてしまう。

湯気が出そうなほど赤い顔をしている信と、彼女の言葉を理解するまで、蒙恬は呆気にとられた顔をしていた。

てっきり自分を避けだしたのは、こちらが気づかない間に彼女を傷つけてしまった何かが理由なのだとばかり思っていたのだが、まさか羞恥による理由だったことに蒙恬は驚いた。

蒙恬の聡明な頭脳でも、愛する女の考えだけは導き出すことが出来ない難問だったという訳だ。

さまざまな女性と褥を共にした経験はあるのだが、体を交えた途端に心を開いて、まるでたった一夜で夫婦にでもなったかのように彼女たちは甘えて来たというのに、信は違った。

自分との初夜を思い出しては恥じらい、つまりは自分のことをずっと意識してくれていたのだ。

心臓が激しく脈を打ち始め、顔が燃えるように上気していくのが分かった。

「ああ、もう…!いくら何でも、それは卑怯だって…!」

予想もしていなかった愛らし過ぎる本音に堪らず、蒙恬は信のことを抱き締める。彼女は一体何度、自分を惚れさせれば気が済むのだろうか。

ようやく本音を打ち明けたことでますます羞恥が込み上げたのか、信は腕の中でさらに縮こまってしまう。

信は羞恥で、蒙恬は歓喜で、顔を真っ赤に染めている。

耳まで真っ赤に染まっている互いの顔を見て、視線が絡み合うと、二人はぷっと噴き出し、それから声を上げて笑い始めた。

 

仲直り

誤解が解けたことで、蒙恬の胸に募っていた不安は跡形もなく消え去った。

「信」

蒙恬が信の体を抱き締める腕に力を籠める。信は少し驚いて体を強張らせたものの、すぐに背中に腕を回してくれた。

会えなかった時間を温もりで埋めるように、しばらく無言で抱き締め合ってから、蒙恬は肩口に埋めていた顔を上げた。

「信ってば、また髪濡れたままにしてる。ちゃんと乾かさないとダメだって言ったのに」

まだ濡れている髪を指で梳きながら指摘すると、信がむっとした表情になる。

「別にいいだろ。こんなんで風邪なんて引かねえよ」

「相変わらずだなあ…」

彼女が鍛錬の後に入浴をしていたことは分かっていた。
もちろんその機を狙って、蒙恬は堂々と彼女の屋敷にやって来たのである。今までの傾向から、自分が来たと知れば、信は兵たちに門前払いを命じるに違いない。

だからこそ、彼女が兵たちにそれを命じる前に、蒙恬は前もって屋敷へ侵入していたという訳である。

もう一度、信の体を抱き締めた蒙恬は、彼女の首筋に顔を埋めた。

「…ん、良い香り」

いつも浴槽に浮かべているという花の香りがその身に染みついており、まるで信自身が花であるかのように、香りを漂わせている。

香を着物に焚き染めた香りより、肌からじんわりと滲み出るこの香りの方が蒙恬は好みだった。

「か、嗅ぐなッ…!恥ずかしいだろッ」

羞恥のあまり、信は蒙恬の体を突き放そうとしたが、その両腕にはあまり力が入っておらず、本気で嫌がっていないことを悟らせる。

重ね合っている肌の下で、信の心臓が激しく脈打っているのが分かった。
敷布の上で信と指を絡め合い、蒙恬はそっと唇を重ねる。

「んっ…」

柔らかい唇の感触を味わったのは随分と久しぶりのことで、このまま離れるのが名残惜しく、蒙恬は何度も角度を変えて口づけを続ける。

少しでも気を許せば、すぐに舌を絡めそうになる自分を制して、蒙恬は唇の感触を味わう。

「…ぅ、…ふ…ぁ…」

唇を重ね合っているうちに、少しずつ信の体から力が抜けていく。

長い口づけを終えて顔を離すと、先ほどまでの緊張で強張った顔はどこにもなく、淫靡に蕩けた顔がそこにあった。

「ッ…!」

その顔を見ただけで、体の内側がかっと燃えるように熱くなる。抑え込んでいた情欲に火が点いてしてしまったことを自覚した。

「信」

今後は貪るように唇を重ね、今度は舌を差し込む。

「ん、ふ、…ぅんっ…」

鼻奥で悶えるような声を上げながらも、舌を絡めて来る。繋いでいた手を放し、信の着物を脱がせに掛かっていたのは、ほとんど無意識だった。

自由になった両手で、信が蒙恬の背中に腕を回して来る。

信も自分と同じ想いなのだと察し、蒙恬は脚の間で固く勃ち上がって来た男根を信の体に擦り付けた。

信の体が怯えたように竦み上がったが、背中に回されていた手がゆっくりと伸びて来て、着物越しに優しく男根を包み込んだ。

ぎこちない手つきは相変わらずで安堵した。初夜を迎えた後、誰とも体を重ねていなかったのだろう。

信が性に溺れるような浅はかな女でないことは分かっていたが、もしも自分を避けている間に、他の男に抱かれていたら気が触れていたかもしれない。

「ん、ぁッ…」

布一枚で互いの体が隔てられているのがもどかしくて、蒙恬は口づけを交わしながら、自分の帯も解き、性急に着物を脱いだ。

隔てるものがなくなると、淫靡に蕩けた顔のまま、信が蒙恬の男根を直接手で包み込み、先端を親指の腹でくすぐっている。

気持ち良さに喉が引き攣りそうになったが、蒙恬は無理やり笑みを繕った。

「ね、もっと教えて?信のこと」

彼女の頬に手を添えながら、蒙恬が甘い声で囁いた。

「信が気持ちいいって感じる場所も、俺にしてほしいことも、全部知りたい」

甘えるようにそう囁くと、信は躊躇うように目を泳がせた。
未だ羞恥心の抜けない彼女が、素直に言葉に出して教えてくれるとは思わなかったが、蒙恬は穏やかな声色で続ける。

「信が好きな場所、好きな触られ方、全部、全部教えて?」

返事は聞かず、蒙恬は信の首筋に唇を寄せた。襟合わせを開いて、現れた肌にも唇を落としていく。

「ん…」

反応を見逃すまいと、蒙恬は上目遣いで彼女の顔を見ながら舌を這わせていった。

手の平に収まるほど大きさも形も良い胸に、五本の指を食い込ませると、弾力が跳ね返って来る。

指に吸いつくような瑞々しい肌に、幼い頃の自分を泣き止ませる苦肉の策として、この胸を触らせてもらった時のことが脳裏を過ぎった。

もしも初恋を散らしたあの時の自分に会えるのなら、失恋という苦難を乗り越えた先に、大好きな人と結ばれる明るい未来が待っていることを伝えたいと思った。

 

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