- ※信の設定が特殊です。
- めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
- 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
- 昌平君×信/蒙恬×信/執着攻め/特殊設定/ギャグ寄り/All rights reserved.
苦手な方は閲覧をお控え下さい。
このお話は本編の後日編です。
外交
外交に行くため、今宵の留守を任せるということは、前もって信に伝えていた。
信は昌平君の護衛役を担っているとはいえ、外交の場には連れて行かないようにしている。
それは信に機密情報を知らないようにするというものや、護衛役を同席させることで外交相手を怯えさせないといった配慮ではなく、単純に外交の場に信を連れて行きたくないからだ。
本来、外交は蔡沢が担う分野で、昌平君が担当する外交とは、少し特殊なものである。
呂不韋を筆頭として、秦国に多大なる貢賦を行っている地に赴き慰労する、いわゆる接待というもので、それは飼い犬である信がもっとも機嫌を損ねる執務だった。
もともと華やかな席を得意としない昌平君も、宴や慰労会に出るのは気が重いものだ。しかし、呂氏四柱の一人である立場上、呂不韋から同行するように命じられれば断ることは出来ない。
それに呂不韋は癖のある男で、一度誘いを断ると、次はさらに面倒な席に誘って来るのだ。
以前、彼からの誘いを断った後日、行先も告げられずに連れて行かれた先が娼館だったことがある。
次に断れば嫌でも女の一夜を買うことになると無言の脅しを受けたことは、今でもしっかりと昌平君の記憶に不快な思い出として刻まれていた。
あの時は呂不韋が美しい女性たちを侍らせながら、酒を飲み交わしただけで解放されたが、三日ほど眉間から皺が消えなかったことを信から指摘された。
どうして呂不韋が昌平君をそういった場に連れ出すのか、理由は単純なもので、そういう付き合いを覚えた方が何かと便利だからだそうだ。
女との付き合いや酒を飲み交わす場を外交だと偽る呂不韋は、昌平君が女遊びに少しも興味がなく、縁談を断り続けていることを気にしているらしい。
もとは踊り子であった女を自分の地位のために利用して、太后の座に就かせた男だ。女の利用価値について知っておくべきだと行動で助言をしているのだろう。
しかし、心配という便利な言葉と、上司という立場を使って、女性のいる場に連れ回す呂不韋は、自分が良い思いをしたいがために配下を利用しているとしか思えなかった。
…こういう時、妻子がいることを理由に、呂不韋から外交の誘いを受けない蒙武を羨ましいと思うことがある。
とはいえ、偽りの外交を断る理由を作るためだけに、さして興味もない縁談話を受ける気にはなれなかった。
それに、自分の地位のための踏み台として誰かを犠牲にするほど、心腐れてはいなかった。
「………」
窓枠に腰掛けている信がむくれ顔をして外を眺めている。今日の夕刻に呂不韋と外交に行くのだと告げてからずっとこうだ。
普段なら主が執務を行っている最中は、必要な木簡を書庫から持って来てくれたり、伝令を承ったり、さまざまな雑務をこなすことがほとんどなのだが、今日の信はずっと窓辺から動こうとしない。
そしてその表情と態度から苛立ちが伝わって来る。
ただの外交ではなく、呂不韋が同伴するこということから、賢い駒犬はそれが外交を装った接待であることをすぐに察したらしい。
「………」
昌平君は声を掛けることなく、出発の時間まで黙々と執務に取り組んでいた。
領土視察の報告書に目を通しながら、時々信の方に視線を向けるものの、彼はこちらを見ようともしていない。
気配に敏感な信のことだから、こちらの視線には気付いているはずだが、振り返りもしないことから無視を決め込んでいるらしい。
子どものような拗ね方ではあるが、昌平君が発言の許可を出していないせいで、反発の意志を示すには、信は一切の無視を決め込むしかないのだ。
呂不韋との外交に行くと告げた時は、いつもこうだ。一体何に拗ねているのか、昌平君にはその理由が分からない。
やれやれと肩を竦め、昌平君は駒犬に飼い主としての指示を出すことにした。
「信、書庫から持って来てもらいたい木簡がある」
命じれば、さすがに無視できなかったようで、信は渋々といった様子で立ち上がった。乗り気でないのは表情から察していたが、これも執務だと割り切っているのだろう。
机に置かれている木簡の一つを手に取り、昌平君は裏面を指さした。
「この印が刻まれている木簡を頼む。幾つか選別して来てほしい。関連した内容が知りたい」
書庫に収納されている木簡は、内政事情や過去の外交記録など、膨大な種と数が存在する。
それらを区別するために、木簡には色々な印や題が施されていた。
棚にも同じ印が刻まれているので、すぐに見つけられ、片付ける時も同じ印が刻まれている棚に戻すだけの仕組みを取っている。
信が幼い頃に文字の読み書きを一通り教えたこともあり、刻まれている印と題を伝えれば、違えることなく頼んだ通りの木簡を持って来てくれるのである。
主が指している木簡の印を信が覗き込んだ瞬間、昌平君は素早く彼の体を腕の中に閉じ込めた。
「っ…!」
頼みごとが嘘だったのだと気づいた信はすぐに逃げ出そうとするが、昌平君は抱き締める腕に力を込めてその体を放さない。
机の上に置いてあった木簡の幾つかが小気味いい音を立てて床に転がった。
きっと信が本気を出せば、主の腕を振り解いで逃げ出すことは可能だろう。それをしないのは、主を傷つけたくないという気持ちの表れである。
信が本気で自分を拒絶が出来ないことを昌平君は昔から知っていた。
「~~~ッ…!」
しばらく抵抗を続けていたものの、解放してくれる気配がないと察したのか、やがて大人しくなる。
向かい合うように膝の上に座らせると、腕の中で諦めたように縮こまる。
苛立たしげに眉根を寄せている信を見下ろして、昌平君は小さく溜息を吐いた。態度はともかく、ようやく大人しくなったようだ。
「………」
まだ発言の許可を得ていないので、信は文句を言いたげな顔をするものの、目尻をつり上げて睨みつけるだけだった。
飼い主にそのような反抗的な態度を向ける飼い犬には、きつい仕置きをしなくてはならないと思いながら、しかし、昌平君の両腕は彼を苦しめるために動くことはしない。
「………」
顔を覗き込むと、信がむくれ顔のまま目を逸らした。
「信」
わざと低い声で名前を呼んでも、こちらに視線を返さないどころか、顔ごと逸らし、全身で主のことを拒絶をしていた。
膝の上から退かないのは、駒犬として最低限の務めをしているつもりなのだろうか。
仕方ないと肩を竦め、昌平君は信の両頬を片手で圧迫するように掴んで、無理やり目線を合わせた。
両頬を圧迫されたことで必然的にすぼまった唇から、むぐっ、と情けない声が上がる。
「何が不満だ。答えろ」
発言を許可したところで素直に答えるとは思わなかったが、問わずにはいられなかった。
「………」
逃げられないと分かっていても、尚も目を背けて答えようとしない信に、きつい灸を据えてやろうかと考える。
甘やかしていた自覚はあるが、躾も飼い主としての義務だ。
黙り込んだ昌平君に、ようやく静かな怒りが伝わったのか、信が僅かに狼狽えた表情を浮かべた。
ここで潔く自分の態度を謝罪し、抱えている不満を話してくれたのなら、昌平君は信を許していただろう。
しかし、ここまで拗ねておいて今さら引けないのか、信は顔ごと目を逸らす。
「…信」
せっかく謝罪する機会を与えてやったというのに、それを無下にした信が悪いのだ。
折檻と反発
後頭部を押さえて唇を重ねると、驚いた信が目を見開いて、ますます狼狽えた様子を見せていた。
「っう、…ん…」
やがて口づけの感覚に腰が痺れ始めたのか、うっとりと目を細めていく。
それが悩ましい表情に切り替わって、もっと欲しいと強請るように両腕が背中に回される。
「…ふ…ぅ、ん、…」
唾液に濡れた艶めかしい舌が入り込んで来る。
教えた通りに舌を伸ばして来たことは褒めてやりたいが、残念ながら今日は躾をしなくてはならない。
「ん、ッ…!?」
舌を絡めると見せかけて、昌平君は信の舌に噛みついた。僅かな痛みに信が顔をしかめ、驚いた視線を向けて来る。
「はあっ…」
唇を離してから、未だに互いの唇を紡いでいる唾液の糸を舐め取った後、昌平君は再び信の後頭部を押さえ込んで、今度は唇に噛みついた。
「ぅう…」
意図して痛みを与えられたことで、身体を強張らせているところを見れば、これから何をされるのかを理解したようだった。
向かい合って膝の上に座らせているせいで、信の脚の間のそれが硬くそそり立っているのを着物越しに感じる。
怯えの色が瞳に滲んでいるものの、どこか期待を込めた眼差しを向けられてしまい、これでは躾にならないと昌平君は思わず溜息を零した。
飼い主の溜息を聞きつけたのか、信はすぐに膝から降りた。どこへ行くわけでもなく、その場に膝をつくと、脚の間に顔を寄せて、確認するように上目遣いで見上げて来る。
こちらの許可を得ようとしている態度は従順そのものだが、上気した頬を見る限り、これが躾だと理解していないようだ。
暴力を振るい、苦痛を与えることは躾ではない。それはただの虐待だ。
失態を犯した罰として、鞭を振るい、痛みと恐怖を記憶に植え付けることで、同じ失態を避けさせようとするのは動物にすることであって、躾とは異なる。
躾とは、作法を学ばせる教育の一種である。
痛みや恐怖で駒犬を操ることは出来ない。なぜなら駒犬は優秀であり、いつだって飼い主の器を見計らっている賢い存在だからである。
少しでも自分の飼い主に相応しくないと判断すれば、簡単に見放されるだろう。
無論、こちらは永遠に手放すつもりなどないのだが。
着物越しに、信が男根に触れて来る。体を重ねるようになった初めの内は、恐る恐る触れていたというのに、今では恥じらう面影すらなかった。
手の平で形を確かめるようにやんわりと撫でて来て、頬を摺り寄せて来る。
「……、……」
それに加え、上目遣いで甘えるように見上げて来るものだから、信にはこれが躾である自覚が少しもないようだった。
まだ許可も出していないというのに、信が性急な手付きで着物に手を掛けて来る。
勝手をする両手を縛り付けてしまおうかと考えているうちに、信はもう我慢が効かなくなってしまったようで、息を荒げていた。
もちろんこんな淫らな体に育ててしまったのは、飼い主である自分の責任だが、許可を得ていないのに勝手をしないよう、我慢を覚えさせなくてはならない。
以前、教え子である蒙恬に唆されて厳しい躾けを施したように、髪紐を使って男根を戒めようか。それとも絶頂を迎える寸前まで追い込み、ひたすらに焦らしてやろうか。
どちらにしようか考えているうちに、信は昌平君の許可を得る前に男根をその口に咥えていた。
「ふ…ぅ、んん…」
外交に行くと告げてから不機嫌でいたはずの信が、今では淫らな表情を浮かべて自分の男根を頬張っている。
何が不満だったのか、未だに回答は得られていないのだが、これほどまでに我を出して自分を求める信の姿は久しぶりだった。
陰茎の根元を輪を作った指で扱き、頭を動かして唇で先端を優しく包み込む。反対の手を自分の足の間に伸ばす駒犬の姿に、昌平君は呆れたように肩を竦めて薄く笑んだ。
「っ、ん、んん…」
自分の男根を着物越しに撫でつけながら、飼い主の男根を咥え込む駒犬の姿は官能的としか表現のしようがなく、思わず生唾を飲み込んでしまう。
飼い主として、駒犬に我慢を覚えさせなくてはいけないと思うものの、自分自身も信が欲しくて堪らない。
「は…」
唾液の泡立つ音が鼓膜を揺する度に、気持ちが昂っていく。
夕刻には、外交のために発たなければいけない。もう日が沈みかけているので、そろそろ支度をしなくてはとも考えていたのだが、今さらやめられるはずがなかった。
「右丞相様」
報告に訪れた兵によって、執務室の扉が叩かれたのは、その時だった。
折檻と反発 その二
一気に意識が現実に引き戻され、昌平君は扉の方へ目線を向けた。
「先日の施設交渉の件について、領主からの報告に参りました」
扉一枚隔てた先で、報告にやって来た兵が声を掛ける。扉に手を掛けた音を聞きつけ、昌平君は咄嗟にを声を上げた。
「入るなッ!」
余裕のなさが目立つ大声だった。
右丞相である昌平君は、政治の主導を行うことから、行政全般の執務を担っている。地方行政へ指示を出す立場にあるため、執務の最中に多くの報告が訪れるのだ。
いつものように伝令から報告の要約を聞き、詳細が記された書簡を受け取るだけなのは理解していたが、今この状況で部屋に入られるのはまずい。
「右丞相様?」
怒気と焦燥が滲んでいるその声色に、何事かと兵が驚いていた。
冷静沈着で、普段から声を荒げるようなことがない昌平君の異変を察知したらしい。
扉越しに兵が不審がっている様子を聞きつけ、昌平君は嫌な汗を浮かべながら、冷静さを取り繕う。
昌平君がこれほどまでに取り乱しているのは他でもない駒犬のせいなのだが、弁明する訳にもいかない。しかし、信はまるでこの状況を楽しんでいるかのように目を細めて口淫を続けていく。
「っ…」
少しでも気を抜くと、思考が混濁してしまい、情けない声を上げてしまいそうだった。
何度か息を整えてから、昌平君は口を開く。
「…機密情報の取り扱いをしている。報告ならこのまま聞こう」
「承知しました」
咄嗟に繕った言葉とはいえ、我ながら上手い嘘だと賞賛してしまう。いや、今はそのようなことを考えている場合ではない。
机の下に身を屈めて陰茎に舌を這わせていた信が、口を開けて亀頭に吸い付いて来た。
頭を動かして口の中で男根を扱き始めたのを見て、いよいよ本気で執務の妨害を始めているのだと察し、昌平君は息を詰まらせる。
信に口淫を教えたのは他でもない自分自身なのだが、まさか回り回って困らされる日が来ることになるとは微塵も想像していなかった。
「此度の税制について、領主が……あることから、……と申しており……右丞相様?」
報告を続けていく合間に、少しも相槌が聞こえないことから、兵が確認するように尋ねて来る。
「何でもない。続けろ」
その返答は扉越しの兵に向けたものなのだが、その言葉を聞いた信が妖艶に目を光らせたので、昌平君は嫌な予感を覚えた。
信への指示ではないというのに、まるでこちらを挑発するかのように、男根に強く吸い付いて来る。
「っ…」
すぐにでもやめさせなくてはと思うのだが、舌先を尖らせて敏感な鈴口を突かれると、腰が浮き上がってしまいそうなほど気持ちが良く、思わず喉が引き攣った。
一度口を離したものの、敏感な鈴口を舌先で拭いながら、指で亀頭と陰茎のくびれを指の腹でひっかくように刺激される。
「…っ、……」
咄嗟に自分の手で口に蓋をして、声と荒い息を堪える。
兵が扉越しに報告を続けていくが、内容は少しも頭に入らなかった。
もしも声を聞かれれば、異変を察した兵が部屋に乗り込んで来るかもしれない。
信が机の下に身を隠しているので、扉を開けたくらいでは淫らな光景が目に付くことはないだろうが、気づかれないとは限らない。
容易に部屋への立ち入りが出来ないように、扉に閂を嵌めておくべきだったと昌平君は後悔した。
上目遣いで信が昌平君の余裕のない顔を見上げて、妖艶な笑みを深めている。
口の中で唾液と先走りの液が泡立つ音が、扉越しに聞かれるのではないかという不安を覚え、こうなれば無理やりにでもやめさせようと、昌平君は強引に信の髪を掴んだ。
しかし、信は中断を嫌がるように、陰茎を喉奥深くまで咥え込む。
それが信の抵抗だと分かると、そう簡単に終わらせるつもりはないのだと嫌でも察してしまう。
「う、ッ…!」
口淫によって敏感になっている先端を強く吸い付かれ、昌平君の頭の中で火花が散り、思考が真っ白に塗り潰された。
それは一瞬のことであったが、全身を駆け抜けた快楽の余韻に、腰の震えが止まらない。
灼熱が尿道を駆け巡っていく感覚も、それさえも逃がすまいと吸い付く信の口内の温かい感触も、昌平君は指の間から荒い息を吐きながら他人事のように感じていた。
「ん…んぅ…」
恍惚の表情を浮かべて、自分の男根を咥えたまま喉を鳴らし、美味そうに精を飲み込んでいく駒犬の姿は淫らとしか言いようがなかったのだが、今の昌平君にはそれが無性に腹立たしかった。
「―――報告は以上になります」
扉の向こうで兵がそう言ったので、昌平君ははっと我に返った。
自分が躾けたとはいえ、信の口淫があまりにも気持ち良く、話など少しも覚えていない。
「…その件については、追って返答する。下がって良い」
「はっ、失礼いたします」
なんとか言葉を詰まらせることなく兵に命じると、怪しまれることなく兵が去っていった。誰も居なくなった気配に、ようやく安堵の息を吐く。
後で木簡に一から目を通して、改めて指示を検討しなくてはならない。
しかし、今はそれよりも優先すべき事項がある。
昌平君は未だに口淫を続けている駒犬を冷たい瞳で見下ろした。
「…さすがに悪戯が過ぎるな」
氷のような冷ややかな声が降って来たので、信は思わず身体を強張らせる。
本気で昌平君が怒っていることを察し、頭から水を浴びせられたような心地になった。
ようやく我に返ったのだが、昌平君の怒りが簡単には収まりのつかないところまで膨れ上がっているようで、信は怯えた視線で見上げることしか出来ない。
「信」
「っ…」
しかし、飼い主に名前を呼ばれると、背筋がぞくりと痺れるような甘い感覚に襲われてしまう。
昌平君の低い声は、いつだって心地が良い。耳から入って来て鼓膜が振動し、脳に染み渡る過程がまるで遅延性の毒のように身体の芯を麻痺させるのだ。
信の瞳に、再び期待の色が浮かび上がったのを見て、昌平君は呆れたように溜息を吐いた。
折檻と反発 その三
床に座り込んだ信が、ようやく男根から口を離した。
しかし、惚けたように薄口を開けて、物欲しげな瞳でこちらを見上げている。まるで飼い主に餌を求めているかのような態度だ。しかし、今回は悪戯が過ぎる。
もう二度と悪さをしないように、口輪を取り付けてやろうかとも考えた。
命令に背くことは滅多にないのに、時々こんな悪さをするから調教が欠かせないのである。
今の信に一番堪える仕置きと言えば、望むものを与えないことだ。
欲しいものを欲しいままに与えれば、それが当たり前となってしまうので、我慢を覚えさせる必要があった。
仕置きという名目であっても、その体を抱けば、駒犬は喜んで尻尾を振る。そんな風に淫らな体に育ててしまったことを内省しつつ、だからこそ躾をしなくてはならないと考えていた。
「………」
痛いほど信から物欲しげな瞳を向けられていたが、昌平君は何も言葉を掛けずに着物の乱れを整える。
もう終わりとしか思えない主の行動を見た信が切なげに眉根を寄せた。
しかし、昌平君は先ほどの伝令の内容を確認するために、木簡を受け取りに行こうと扉の方へと歩いていく。
背中を向けた途端に、背後から紫紺の着物をぐいと引っ張られ、昌平君は反射的に足を止めた。
「……信、放しなさい」
振り返ることはせず、自分の着物を掴んで離さない駒犬に冷たい声を放った。
しかし、今日は普段よりもワガママが過ぎるようで、信は命令に従うことなく着物から手を放さない。
きっとここで振り返れば、言葉はなくとも、物欲しげな視線を向けて強請って来るだろうと安易に予想がついた。
そして駒犬に甘い自分のことだから、彼が望むままに欲しいものを与えてしまうことも分かっていた。だからこそ、昌平君は振り返る訳にいかなかったのである。
構わず部屋を出ようとすると、不意に着物を掴んでいる手が離れた。
そして信は足早に扉の前に先回りし、外側から扉を開けられぬように閂を嵌め込んだのである。
「何をしている」
扉に鍵を掛けた行為であることは理解したものの、どうして密室を作り出したのかと昌平君が問う。
しかし、信は振り返ることなく、じっと俯いていた。もしも信に尻尾がついていたら、うなだれている本人と同じように、しゅんと下を向いていそうだ。
叱られるのを怯えているような態度ではない。
むしろ、自分から邪魔が入らない密室を作り出したことから、これも先ほどの延長だろう。まだ信は欲しいものを手に入れていない。
昌平君はわざとらしく大きな溜息を吐いた。それを聞きつけた信が小さく肩を竦ませ、こちらの顔色を窺うように振り返る。
「扉に手をつきなさい」
命じると、信の表情に期待の色が再び返り咲く。すぐさま指示に従い、信が扉に手をついた。
後ろから抱き着くような体勢で、昌平君の手が襟合わせの中に潜り込む。
しっとりと吸い付いて来るような肌を手の平で味わう。まだ触れてもいないのに胸の芽はそそり立ち、愛でてもらいたいと主張していた。
「は、ぅ…」
あまり胸の芽ばかりを責め立てると、着物に擦れただけでも鋭敏になり過ぎる。そうならないよう気遣って、なるべくそこばかりを責めぬよう自制しているのだが、信の反応があまりにも愛らしいので、つい同じ場所を刺激し続けてしまう。
肩越しに信の身体を見下ろせば、触れてほしいと主張するものが脚の間にもう一つあった。
「ッ、ん」
着物越しにそこを撫でると、信の体が小さく跳ね上がった。
先ほどまでは口淫をしながら自分で弄っていたというのに、飼い主の手で触れられるのとは反応が異なっている。
「信」
背後から耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹き掛けながら、甘く歯を立てる。撫でつけている肌がぶわりと鳥肌を立てたのが分かった。
いつもなら「いい子」だと褒めてしまうところだが、残念ながら今だけはその言葉を使うわけにいかなかった。
その言葉を囁けば、容易に快楽を導いてしまう。それに、今は仕置きをしている最中だ。
これ以上この子を甘やかせば、今度は執務を妨害されるだけでは済まされないだろう。それだけは何としても避けなくては。
「はあ、あ、ぁ…」
扉に手をついたまま、口に蓋の出来ない信が切なげな吐息を繰り返す。
ずっと触って欲しいと上向いている男根を、今度は着物の中に手を入れて直接触れた。
手の平でやんわりと包み込み、それから先端を指の腹でくすぐる。其処はすでに先走りの液で濡れていた。
指で輪を作り陰茎を扱くと、信の呼吸がどんどん荒くなっていく。
男根を愛撫し、反対の手は胸の芽を弄り、唇で耳元に熱い吐息を掛けた。
もうそれだけで信は腰が抜けてしまいそうになっているらしく、扉に手を突いた体勢でいるのまま、内腿がぶるぶると震えているのが分かった。
飼い犬が自分の手で喘ぐ姿を特等席で眺めているうちに、先ほど精を吐き出したはずの昌平君の男根もまた頭を持ち上げ始めている。
「っう…」
背後から硬くそそり立った男根を着物越しに擦り付けると、信が口の端から飲み込めない唾液垂らしながら、期待を込めた眼差しで振り返った。
もちろん簡単に与えるつもりはない。それを口に出すことなく、昌平君は無言で、信を絶頂に導くために手を動かしていた。
「あっ……――ッ!」
大きく信の体が跳ねたかと思うと、熱い精液が手の平を汚した。全ての精を出し切らせるために、絶頂を迎えてからも、しつこいくらいに男根を愛撫する。
「は…はあッ…ぁ…」
何度かに分けて射精を終えると、信が扉に身体を預けるようにして、荒い息を整え始める。
「ぅ…」
しかし、まだ欲しいものを手に入れておらず、信は涙目でこちらを見つめて来る。
慈悲ではなく、相変わらず期待の色が浮かんでいることに気づき、昌平君は呆れた表情で肩を竦めた。
「終いだ。着替えなさい」
これから先のことを期待していた駒犬に、無慈悲にも終わりを告げた。
欲しいものを欲しがるままに与えては駄犬になってしまう。
そしてその責を問われるのは、躾を施した飼い主だ。これは回り回って、信のためでもある。
浅ましくも二度目の欲情を覚えているのは隠し切れない事実だが、あとは執務に集中しようと、昌平君は意識を切り替える。
「っ…」
てっきり拗ねた表情で睨んで来るとばかり思っていたのに、振り返った信は半泣きで弱々しい表情を浮かべており、昌平君は呆気にとられた。
絶頂の後で足腰に力が上手く力が入らないようで、その場にずるずると座り込んでしまったのだが、信の手は昌平君の腕を掴んで放さない。
乱れた前髪の隙間から覗く黒曜の双眸がこちらをじっと見据える。まるでこちらを試すかのような視線だった。
そんな瞳で見つけられると、男なら誰でも理性が揺れてしまう。
しかし、信は賢い駒犬だ。こうすれば主が欲しいものを与えてくれることを理解しているし、昌平君もそれを理解している。
だからこそ、ここで押し切られる訳にはいかなかったのに、気づけば昌平君は膝をついて、唇を重ねていたのであった。
膝立ちの状態で再び信に後ろを向かせ、扉に手をつかせる。
「ッ、ん…」
先ほど信が果てた時の精液を指に絡め、口を窄めている其処を解そうと指の腹を押し当てた。
入り口を軽く慣らせばそれで良かった。飼い主の味を覚えている其処は早く欲しいと言わんばかりに、指を飲み込んでいく。
「ぁ…は、ぅ」
切なげな吐息が零れた。その甘い音は、昌平君の耳から脳に染み渡り、まるで媚薬のように内側から体に甘い疼きを引き起こす。信の腰が僅かに震えていた。
挿入の瞬間の苦痛は堪えるようだが、男根を受け入れた後に必ず与えられる快楽を欲しており、信は振り返って物欲しげな視線を送って来る。
唾液で唇を艶めかしく濡らしながら荒い息を吐くその姿は幾度となく見慣れているはずなのに、昌平君は生唾を飲み込んだ。
「ッ…!」
膝立ちの状態で、後ろの窄みに男根を押し当て、ゆっくりと中へ押し込んでいく。
指で解した狭い其処が押し開かれていく感覚も、中に男根が入り込んでいく感覚も、全てが気持ち良いのだろう、信はまた鳥肌を立てていた。
押し込む衝撃が強かったのか、扉についている手に力が入ったのが分かった。閂を嵌め込んだ扉がぎしりと音を立てる。
閂を嵌めているので何者も侵入出来ないとはいえ、あまり大きな音を立てれば、廊下を通る者たちが勘付くかもしれない。
「は…ぁ…」
しかし、信の一番深いところまで男根が入り込むと、もうそんな心配など、些細なことでしかなかった。
「信…」
体重を掛けないよう気遣いながら、信の背中にぴったりを体を密着させ、その体を抱き寄せる。
喜悦の表情を浮かべている信と目が合い、お互いを求め合うように唇を重ね合い、舌を絡め合った。
扉についていた信の手が、腰を掴んでいる昌平君の手を握り込む。僅かに力を込められて、動いて欲しいと強請られていることを察した。
ゆっくりと腰を引いていき、加減をしながら抜き差しを始める。
重ねている肌と肌が少しずつ汗ばんで来て、情欲に完全に火が灯ってしまう。
「ぁっ…昌平、君っ…」
発言の許可は出していないが、情事の最中に名前を呼ばれるのは、自分を求められているようでとても気分が良い。
肌を密着させて小刻みに奥を深く抉るような動きの後、腰を引いて、勢いづけて貫いた。
「んあぁッ」
ある一点を擦られると、火傷でもしたかのように全身に熱が迸り、信は無意識のうちに身を捩ってしまう。そこが良い場所だと知っている昌平君はしっかりと彼の腰を両手で固定し、激しく突き上げた。
「信ッ、信…!」
信の内壁を精で汚すまで、獣にでもなってしまったかのように夢中で腰を動かし続ける。
浅ましいほどに、自分は信に飼い慣らされていると認めるしかなかった。
急な執務を理由に、外交に行けなくなったと呂不韋へ断りを入れたのは、言うまでもない。
総司令の失態
それから数日後。昌平君はいつものように軍師学校で、生徒たちに軍略の指導を行っていた。
蔡沢が先日欠席した呂不韋の外交について、色々と問い掛けて来たが、昌平君は急な執務が入ったこと以外は一切答えなかった。
あの後、普段以上に激しい躾を行ったのだが、その中で信が機嫌を損ねていた理由を白状したことは、今でも鮮明に記憶している。
その理由とは単純なもので、嫉妬だった。
以前、蒙恬に唆されて、立ち入りを禁じられているはずの軍師学校に侵入したのも、自分の知らない主の姿を知りたかったからだったという。
呂不韋が同伴する外交を装った接待で、自分の主が多くの女性たちに囲まれるのが嫌だったのだと泣きながら白状した時、昌平君は優越感と喜悦を堪えられなかった。
まさかそんな嬉しい理由で拗ねていたとは思わず、結果として、翌日は信が起き上がれないほど激しい情事を交わしてしまった。しかし、信もその嫉妬は杞憂であったと思い知っただろう。
こんなにも信だけを愛しているというのに、他の者に気を逸らす暇などない。言わずとも、自分の首輪を握っている信には理解してもらいたかった。
昌平君の着物の下にも、信がつけた赤い痣が多く残っている。特に背中の掻き傷は、湯浴みの時に染みるほど深く、数も多かった。
触れていない時でさえ、疼くような痕は、まさに信からの刻印だとも思えた。
熱い茶を啜った後、蔡沢が顎髭を撫でつけながら、
「…して、お主が先日保留にしたという施設交渉の件についてはどうなったのじゃ?税制に関してのこともあったので、早急な指示を要していたというが?」
「―――あっ!」
珍しく焦った表情で大声を上げた昌平君に、教室が静まり返る。
全員の視線を浴びながら、真っ青な顔になった昌平君が足早に軍師学校を後にしたことに、蔡沢が「ヒョッ?」と小首を傾げた。
宮廷の廊下を歩いていると、冗談かと思うような大量の木簡を抱えてふらふらと歩いている男の後ろ姿が目に留まった。
普段ならご苦労様と心の中で労いを入れて追い越すのだが、それが見覚えのある男だったため、蒙恬はつい声を掛けてしまう。
「信、久しぶりだね」
「………」
名前を呼ばれた信は、大量の木簡を抱えながら不思議そうな顔で振り返ると、蒙恬の顔を見て何度か瞬きを繰り返していた。
まだ飼い主である昌平君から発言の許可を得ていないらしい。
「あれ、俺のこと忘れた?」
「………」
信が困ったように眉根を寄せている。
声を掛けて来た蒙恬が何者であるか、信が思い出そうと思考を巡らせているのは明らかだった。
蒙恬が信と会ったのは、城下町と軍師学校でちょっかいを掛けた時が最初で最後だ。
もう一月は前の話になるのだが、蒙恬のことを思い出せずにいるようだ。
元より、飼い主である昌平君以外の人物の顔を見分けられないのだから、あまり接点のない立場の者が声を掛けたところで、きっと信は相手が何者か判別出来ないのだろう。
蒙恬が信に接触したのは、昌平君の側近である駒犬の腹の内を探れという父からの命だった。
ひたすら武に一途な男だと思われているが、実は身内や家臣、仲間に対しての情が厚い一面がある。
友人である昌平君が、ある領土視察の途中で、戦争孤児として引き取った信のことを信頼していなかったらしい。
常に昌平君が信を傍に置いていることから、いつかあの駒犬に寝首を掻かれるのではないかという心配があったのだろう。
素性が分からぬことから怪しむ気持ちも分からなくはないが、信の忠実な態度に何か裏があるのではないかと疑心を抱いたようだ。
他にも優秀な配下がいるにも関わらず、わざわざ息子である蒙恬を使ったのは、信と年齢が近いことを考慮し、彼の心に入り込んで本心を探れという意図もあったのだろう。
人の使い方が上手いと父のことを称賛し、せっかく頼られたのだからその期待に応えねばと信と接触したものの、知り得たのは面白い事実ばかりであった。
主以外の人間を見分けられないことを、信は別に隠しているわけではない。昌平君の態度を見る限り、彼もその事実を隠しているわけではなさそうだった。
ただ、信の場合、飼い主からの許可がないと発言することが許されない。そして彼の飼い主である昌平君も元々口数が少なく、どれだけ飼い犬のことを溺愛していようが、容易にべらべらと話す男ではない。
よって、周りに知られることなく、信が飼い主にしか懐かない仕組みが出来上がっていたというわけである。
それによって、信が飼い主に殺意を抱くことはないと確信した。
もしも昌平君を失えば、飼い主を失った駒犬は、本当の意味で天涯孤独になってしまうからだ。
信が飼い主にしか懐かない理由を父に報告すると、腑に落ちたように「そうか」とだけ返した。
それから父は、信に関しての話を一切しなくなった。信が友人の寝首を掻くことはないと理解したのだろう。
―――…蒙武に、初めから首輪をつけられていたのは、私の方だと伝えておけ。
昌平君から頼まれたように、その言葉も伝えたのだが、父はそれを聞いても特に何も答えなかった。
蒙恬は未だにその言葉の意味を理解し兼ねているのだが、父は何かを察したのかもしれない。
その言葉が何を意味しているのかは分からずとも、あの二人がお互いの存在を常に必要とし合っている関係であることは、蒙恬も勘付いていた。
教え子の気遣い
「…ていうか、それ、どうしたの?」
名乗るよりも先に、蒙恬は信の両腕に抱えられている大量の木簡を指さした。
恐らく昌平君からの指示なのだろうが、これだけ大量の木簡を持って来るよう指示を出したということは、相当執務をため込んでいるのだろうか。
真面目な昌平君が仕事を怠るなど、天と地がひっくり返ってもないはずだが。右丞相と総司令という二つの役割を担っているのだから、他の高官よりも執務量は多いのは確かである。
執務をこなすのに必要な資料なのだろうが、こんな量を運ぶとなれば、信も一苦労だろう。
「大変そうだから、半分持ってあげる」
「……、……」
信が戸惑ったように首を横に振る。
構うなという意志は伝わって来るが、蒙恬は気づかないフリをして、信の腕から木簡を半分ほど奪い取った。
「あはは、結構重い」
こういった雑用は普段から配下がやってくれるということもあって、蒙恬は両腕に掛かる重みを新鮮に感じていた。
「――ッ!」
信の顔が途端に強張った。
恐らく木簡を受け取るために蒙恬が近づいて来たことで、嗅いだことのある匂いを嗅ぎつけ、今になって目の前の男が蒙恬だと気づいたに違いない。
「あ、思い出した?」
「………」
途端に信の顔が嫌悪に染まり、蒙恬のことを睨みつける。
目が合っているように見えるが、実際には見えてないのだろう。人の顔を見分けられない信は、相手と話す時に額と鼻の中心辺りに視線を向けるよう、昌平君から指示されているらしい。
(そういえば…)
蒙恬が信にちょっかいを掛けて、本来は立ち入りを禁じられているはずの軍師学校へ連れて行き、そこで飼い主から命令に背いたことを咎められていた。
扉越しにその様子は聞いていたが、昌平君がどういう目的で信を傍に置いているのか、初めは困惑したものだ。
別にそういうことに対する偏見はないのだが、あそこまで一人の人間に夢中になっている昌平君を知ったのは初めてだった。
「先生の所に持って行けばいいんでしょ?ほら、急ごう」
こちらを睨みつける信に構わず、蒙恬は木簡を抱えて歩き始める。
ちらりと後ろを振り返ると、渋々と言った様子で信がついて来ているのが見えた。
「失礼しまーす。……うわッ」
声を掛けて昌平君の執務室に入ると、想像以上に疲労を顔に滲ませた昌平君の姿がそこにあった。
目の下の隈も酷く、あまりの豹変ぶりに蒙恬は化け物でも見たかのように、悲鳴に近い声を上げた。
こちらを見ただけだというのに、睨まれたと誤解してしまうほど目つきも悪い。恐らく昨夜は眠っていないに違いない。
もしかしたら、もう三日くらいは眠っていないのかもしれなかった。
どうして蒙恬がここにいるのかという顔をしたものの、そんな些細な時間も惜しいのか、昌平君は何も言わずに木簡に筆を走らせている。
彼が向かっている机には既に大量の木簡が積み重なっており、書き損じた木簡が辺りに散らばっている。
信は相変わらず何も言うことはないが、二人で運んで来た木簡を昌平君の手に届く位置に置くと、書き損じて不要になった木簡を拾い上げていた。
「先生、大丈夫ですか?」
「………」
返事がないということは、どうやら相当執務に追い込まれているらしい。
父の友人であり、軍師学校では世話になった師であるため、蒙恬は何か手伝えることはないだろうかと考える。
ここで恩を売っておけば、あとで駒犬を借りる口実が作れるかもしれないと考えたのは蒙恬だけの秘密だ。
父は理解していたようだが、昌平君から頼まれた言伝の意味を、蒙恬はずっと気に掛けていた。
生まれながらに欲しいものは何でも与えられていたせいか、自分の知らないことがあるのは少々気に食わない質なのである。
「信、ちょっとそれ貸して」
書き損じた木簡を借り、目を通す。
どうやら税制に関しての内容のようで、将である自分には手伝えるものではないと判断し、蒙恬は潔く諦めた。
昌平君が大量の執務に追われているのはそう珍しいことではないが、本人がこんなに状態になるまで追い込まれているのはあまり見かけない。
まさかとは思いながらも、蒙恬は意地悪な笑みを浮かべる。
「先生、飼い犬と遊ぶのはほどほどにしないと。公私混同は良くないって、前にも言ったじゃないですか」
気落ちしている昌平君をからかうために、わざと蒙恬は信のことを話題に出した。
「………」
「………」
「……え?」
きっとすぐに睨まれるとばかり思っていたのだが、昌平君と信は事前に打ち合わせでもしていたのかというほど、同時に俯いて黙り込んでしまう。
それどころか、呼応するように信の顔がみるみるうちに真っ赤になり、湯気が上がりそうだ。
どうして昌平君が業務に追われることになったのか、信のその反応から全てを察した優秀な教え子は、苦笑を深めることしか出来なかった。
二人が作り出す重い沈黙に耐え切れず、自業自得ではないかと心の中で毒づきながら、蒙恬はさっさと部屋を後にしたのだった。
終
ボツプロット(3800字程度)はぷらいべったーにて公開中です。
昌平君×信のハッピーエンド話はこちら