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フォビア(王賁×信←蒙恬)前編

フォビア1
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/王賁×信/高狼城陥落/ヤンデレ/執着攻め/All rights reserved.

一部原作ネタバレあり・苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

信の罪

高狼城の陥落後、城下町で降伏した民たちを虐殺する千人将乱銅とその兵の姿があった。

当時の信はまだ三百人将と弱い立場だったのだが、同士討ちの罪で斬首されることを厭わずにその千人将を斬り捨てた。

信が持つ将としての信念の強さを知った蒙恬は、蒙驁と蒙武の力を利用して、彼の処刑を揉み消したどころか、その千人将と隊の悪行を軍法会議に掛けるまで、裏で密かに事を起こしたのだった。

幸いにも乱銅が命を取り留めたこともあり、信は一晩の投獄だけの処罰となる。しかし、それも蒙恬の活躍あってのことだった。

逆に言えば、蒙恬が信を見放せば、彼の命はなかったということである。

 

 

城下町の一角、罪人が放り込まれる牢獄がある。

壁に開けられた大きな穴に鉄格子を差し込んだだけの簡素な檻だが、人通りの多いこの場所に牢獄を作ったのは見せしめのためだろう。

高狼城が陥落した今では投降した民たちは一か所に集められ、乗り込んだ秦軍は制圧の後処理に追われている。

そのせいで、この簡素な檻の周囲には誰も寄り付かなかった。制圧の後処理に兵を割いているせいか、見張りもついていない。

だからこそ、蒙恬は邪魔が入らない今のうちに信のもとへやって来たのだ。

(いたいた)

その牢獄の中に信はいた。当然ながら敷物はなく、冷たい土の上に胡坐をかいているだけである。

しかし、誰が見ても落ち込んでいると分かるほど、顔に暗い影を差していた。

「や、元気?」

蒙恬はなるべく普段通りを装って、鉄格子の向こうにいる彼に明るい声を掛けた。

「蒙恬…!」

顔を上げた信が、どうしてここにいるのかと言わんばかりに目を丸めている。

「こんな場所で反省してるんだ?」

「ああ…よく分からねえけど、一晩の投獄っていう軽罰で済んだらしい」

一晩の投獄だけで処罰が済むように情報操作を行ったことは告げず、蒙恬は驚いている顔を繕った。

檻の向こうにいる信は、投降した民たちに凌辱を虐げた千人将乱銅を斬り捨てた人物とは思えないほど弱々しく見えた。

彼が乱銅を斬り捨てた時の刃には一切の迷いがなかった。
卑劣な行いをした将を斬り捨てたことには一切の後悔はしていないようだが、同士討ちの罪で自分だけでなく、仲間の命までもを天秤に掛けた行為を悔いているのだろう。

だが、幸いにも乱銅の方が先に剣を抜いていたのを大勢が目撃していたことから、信は一晩の投獄だけの処罰で済んだのだ。

もしも乱銅が剣を抜いていなかったとしても、蒙恬は信を同じだけの処罰にする情報操作を強引に行うつもりだった。

それが可能なのは、祖父と父の威光が秦軍において欠かせないものである何よりの証拠だ。

「飛信隊の兵たちも嘆願してくれたし、何より先に剣を抜いてたのはあの千人将だ。上は正しい判断をしたと思う」

「………」

嘘偽りなく、蒙恬が自分の目で見た事実を告げたのだが、信は腑に落ちない顔をしていた。

「…蒙恬」

「ん?」

信が何か言いたげに唇を戦慄かせ、しかし、言葉にするのを躊躇うように俯いた。

飛信隊には処罰は下りなかったことは信にも伝わっているはずだが、他になにか気になることがあるのだろうか。

「どうしたの」

穏やかな声色で促すと、信は俯きがちに口を開いた。

「…王賁、は…?」

二人きりでなければ聞き逃してしまいそうなほど、小さな声だった。

まるでこちらの顔色を窺うように見上げて来る信を見て、蒙恬は小さく肩を竦める。
信は王賁を恐れているのだ。それは普段の態度から見て分かっていた。

 

 

六大将軍である王騎と摎の養子として引き取られた下僕出身の彼だが、馬陽の戦いで二人を失ってからは、王家の中でも肩身の狭い想いをしているらしい。

もはや後ろ盾もないことから、王家の中では目の敵にされているのだというのを噂で聞いていた。

王賁が下僕出身である信を気に食わないでいるのは今に始まったことではないのだが、それでもまだ王騎が生きていた頃は、少なくとも今よりは仲が良く見えた。

それまでは呼び捨てていたというのに、信が「王賁様」と呼ぶようになったのもその頃からだった。

お前のような下賤の者が呼び捨て良い名ではないと、王賁の側近から厳しい言葉を突き付けられていたことはこれまでも何度かあった。

主に似て頭の固い側近たちの小言を聞き流していた信だったのに、後ろ盾を失くしたことで従わざるを得なくなったのだろう。

しかし、王騎と摎の養子として迎えられた手前、信も自分の意志一つで王家の名を捨てられないのだろう。

それを裏付けるように、王騎が討たれてから、信は目に見えて元気を失い、以前のように笑うことがなくなったように思う。

だが、大将軍になることこそ、亡き両親の意志を継ぐことだと信じている彼は、その執着ともいえる強い信念だけで生き抜いている。

信の揺るがない信念を、もともと蒙恬は気に入っていたし、今回の一件でますます好きになっていた。

もしも信が王家の人間ではなかったのなら、自分の傍に置いておきたいと思うほどに。

「…別に気にしてないみたいだったよ」

「そ、そっか」

此度の信の振る舞いを王賁は気に留めていないと聞き、信は安堵したような、不安を拭い切れていないような複雑な笑顔を浮かべた。

今回の飛信隊の一件は、秦軍の中でも大いに広まった。自分の軽率な行動が、王家の顔に泥を塗ったのではないかという不安があったに違いない。

信が軽罰で済んだことに違和感を覚え、王賁はすぐに蒙恬の仕業だと見抜いた。

王賁は蒙恬と信の行動を咎めることはしなかったが、彼の側近たちは信が斬首されることを期待しているようだった。

信が王家に相応しくない人間だと思っているのは王賁だけではないらしい。
しかし、此度の件に関して何も言わないのは、王賁も信をまだ心のどこかで気に掛けている証なのかもしれない。

もしも王賁が信のことを本当に邪魔だと思っているのなら、蒙恬と同じように父の威光を使って、確実に死刑にしていただろう。

 

憂い

「…っくしゅん!」

信がくしゃみをしたので、蒙恬ははっと我に返った。

「大丈夫?」

心配するように鉄格子の間から手を伸ばした。触れようとしたのは無意識の動作で、純粋に友人を心配してのことだった。

「ッ!」

肩に触れた途端、まるで触るなと言わんばかりに振り払われる。乾いた音が二人の間を突き抜け、その後で沈黙が横たわった。

自分の手を振り払った時の信が、まるで化け物でも見るかのような恐怖と怯えの色が混じった瞳をしていたのを、蒙恬は見逃さなかった。

「あ…」

青ざめた信が言葉を探している。王賁の話をしていたから、怯えさせてしまったのだろうか。

ぼんやりとそんなことを考えながら、蒙恬は気にしていないことを教えてやるために優しく笑んだ。

「今夜はそこで過ごすんだろ?風邪引くなよ」

夜は冷えるからと、蒙恬は着ていた羽織を脱いで、鉄格子の間から差し出した。

「………」

差し出された赤い羽織りと蒙恬を交互に見るものの、信が受け取る気配を見せなかったので、蒙恬は反対の手を鉄格子の間に差し込んだ。

「信、こっち来て」

声を掛けると、信は強張らせたまま蒙恬に近づく。手を振り払ったことに罪悪感を覚えているのか、抵抗する素振りは見せなかった。

その場に膝をつき、鉄格子と信の体を抱き込むようにして、広げた羽織を信の肩に掛けてやる。

城を陥落したといっても、まだ高狼の全てが落ちたわけではない。明日からもやることは山積みなのだ。

飛信隊の副官たちも信に劣らぬ実力を持っていることは噂で聞いていたが、信自身も楽華隊と玉鳳隊に並ぶくらいの武功を挙げなくてはと焦燥感を覚えていることだろう。

羽織を掛けてやった時にも、信の身体が震えていることには気づいていたが、蒙恬は指摘しなかった。

それが寒さによる震えでなかったことも分かっていたし、先ほど自分の手を振り払った信の瞳を思い出せば、理由を訊くのは野暮なことだと分かる。

「じゃあ、おやすみ」

蒙恬は信の返事を待たずに背を向けて、その場を後にした。

 

 

憂い その二

翌日も高狼を落とすため、秦軍は陥落させた高狼城を拠点とし、早朝から行動を起こした。

楽華隊の兵たちを動かす前に、蒙恬は信の様子を見るためにあの牢獄へと向かったのだが、そこに信の姿はなかった。

(もう出されたのか?)

見張りの兵は相変わらずついておらず、いつ彼が出されたのかを知る者はいなかった。

今は飛信隊のもとにいるのだろうかと思い、蒙恬は動き始めた大勢の軍や隊を掻き分けて、信がいるであろう飛信隊を探すことにした。

しかし、飛信隊のもとにも信はいらず、兵たちから話を聞けば、まだ戻って来ていないのだという。

(一体どこに…)

馬を走らせながら、蒙恬は辺りを見渡す。
ちょうど出立の準備を整えていた玉鳳隊の姿を見つけ、先頭にいる王賁に声を掛けようと思った時、彼のすぐ傍に信の姿を見つけた。

「王賁、信」

大きく手を振りながら二人に声を掛けると、何やら重い空気が辺りに漂っていることを蒙恬はいち早く察した。

蒙恬に気付いた王賁は顔を上げ、煩わしそうな視線を向けて来る。一方で、信は俯いたままでいた。

昨夜、牢獄にいる時と同じ暗い表情を浮かべているあたり、もしかしたら王賁から千人将を斬った行動を咎められていたのかもしれない。

昨夜は口を出すことも、興味を示すこともなかったのに、今さら何のつもりだろうか。

それまで二人で何か話していたようだが、王賁は何も言わずに手綱を握り直し、馬を走らせて行ってしまう。玉鳳隊もその後に続いた。

「………」

残された信は王賁率いる玉鳳隊の姿が見えなくなった後でも、俯いたまま顔を上げようとしなかった。

「…信?」

馬から降りて蒙恬が声を掛ける。今になって蒙恬が来たことに気付いたように、信は驚いて顔を上げた。

「あ、蒙恬…」

ぎこちなく笑みを浮かべた信の頬が腫れ上がっていることに気付き、蒙恬は思わず眉根を寄せた。

頬が腫れているだけではなく、唇も切れている。昨夜会った時にはそんな傷はなかったはずだ。殴られたことによって出来た傷だと、蒙恬はすぐに見抜いた。

「…王賁にいじめられたの?それとも玉鳳隊の誰か?」

なるべく怯えさせないよう、穏やかな声色で問うと、信は静かに首を横に振った。

「違ぇよ。牢から出されたのが嬉しくて、転んだんだよ」

誰が見てもすぐに作りものだと見抜かれるような下手くそな笑顔を浮かべる。

もしかしたら信が斬り捨てた乱銅千人将の兵の報復を受けたのだと思ったが、自分の不注意のせいにしたことから、恐らく王賁か玉鳳隊にやられたのだと蒙恬はすぐに察した。

同時に、これが信の立場なのだと理解した。

「そうだ。これ…悪いな。汚しちまった…」

脇に抱えていたのは、昨夜、蒙恬が風邪を引かぬようにと貸した赤い羽織りだった。
土埃が付いているが、蒙恬は少しも気にしていないと首を振る。

羽織を受け取りながら、昨夜のように身体が震えていることに気が付いた。もう王賁も、彼が率いる玉鳳隊の姿はないというのに、まだ怯えているらしい。

昨夜も同じように怯えていた信のことを思い出すと、どうしても放っておくことができない。

信のような下僕の出である者など数え切れないほどいるというのに、どうしてこんなにもこの男のことが気になるのだろう。

蒙恬は、この感情を単なる友への心配だと思っていた。
しかし、気づくと信のことを目で追っている自分がいることも自覚はしていた。

 

 

違和感

それから数年の月日が流れ、王賁と蒙恬は五千人将から将軍へと昇格となった。

信も五千人将の座に就いてはいるものの、此度の戦では武功が挙げられず、将軍昇格をあと一歩のところで逃してしまったのだった。

しかし、信や飛信隊の実力は高く評価をされているし、次の戦で武功を挙げれば自分たちと同じように将軍昇格となるだろう。そう思っているのは蒙恬だけではないはずだ。

信が早く将軍の座に就くことを、蒙恬は心の中で常に願っていた。

友人であり、好敵手として、同じ舞台に立ちたいというのもあるが、王賁の下に配属されるのが不憫でならないという想いが特に強かった。

信が将軍になれば、王家から真っ当な処遇を受けられるのではないだろうか。

王賁が信に接する態度は相変わらずだったが、元下僕出身の立場から五千人将にまで上り詰めた信の実力は、今や中華全土に轟いている。

名家の威光を捨て切れない頭の固い連中にも、信の努力は少しずつ認められているように思えた。

信自身は王賁や彼の側近たちに恨みを抱いているような様子を見せておらず、しかし、彼らを前にして怯えを見せるのも変わらなかった。

もしも信が将軍の座に就き、王賁と対等の立場になったのならば、名家のしがらみから解放されるかもしれない。

いつからか、蒙恬はその手助けをしたいと思うようになっていた。

この時はまだ、信が大切な友人だからこそ、何か力になってやりたいという親切心からだろうとしか思わなかった。

 

次に行われた戦は楚国の侵攻を阻止する防衛戦だった。

飛信隊は蒙恬率いる楽華軍に配属されることが決まり、その報せを聞いた蒙恬は人知れず安堵した。

王賁が傍にいない時の信は、どこか安らいでいるような顔をしている。王家のしがらみを意識しなくて良いからだろう。

楚から領地を守り切り、防衛の成功の報せを届けるために、秦軍が咸陽へと戻る道中で、蒙恬はある事実・・・・を知ることになる。

 

 

咸陽へ帰還中の野営で、蒙恬は此度の戦で武功を挙げた王賁に声を掛けようと思い、玉鳳軍の野営地に訪れた。

無事に勝利を収めたこともあり、どの野営地からも安堵と喜びの声が上がっている。
此度の武功を挙げたのは王賁だけではない。

武功の数だけで言うならば、信の方が上だ。此度の戦でも、彼は数多くの敵将を討ち取った。

蒙恬が軍略を授けたことも、信が武功を挙げるのに大きく影響したと言っても過言ではない。

しかし、信の将軍昇格を望んでいる蒙恬は、その軍略のことは告げず、全て信の手柄として与えようと考えていた。

王賁がいる天幕を見つけ、蒙恬は馬を預けると、鼻歌交じりに向かった。

あの仏頂面が崩れることはないと蒙恬は昔から知っていたが、いつか崩してやりたいと思うと、悪戯心でちょっかいを出したくなるのだ。

寛いでいるところに、自分が急に現れたら驚くだろう。口元を緩めながら天幕に辿り着いた時だった。

ちょうど天幕から誰かが出て来る。副官だろうか。

「……信?」

王賁の天幕から出て来たのは信だった。

飛信隊の持ち場は離れているはずなのに、どうして彼がここにいるのだろう。

疑問を抱いたが、そういえば今までもこのようなことは幾度かあった。持ち場が違っても、王賁が呼びつけているのだろう。

(嫌ってるなら放っておけばいいのに)

下僕出身であり、今は後ろ盾のない信を毛嫌いしているはずの王賁が執拗に彼を傍に置く理由が蒙恬には未だに理解出来なかった。

飛信隊の実力は楽華隊と玉鳳隊に並ぶほど、着実に堅実なものとなって来ている。そのことが気に食わないのだろうか。

信の体にある痣や傷は、此度の戦で受けたものではないとすぐに分かった。

戦を終えた後、信と勝利の喜びを分かち合った時にはあのような痣や傷はなかったはずだ。
誰かからの暴力によって受けたものだとすぐに分かる。

しかし、王家の嫡男という自尊心の高い彼が、一人の男を暴力で押さえるだなんて安い行動をしているとは思えなかった。

いつも信が王賁に怯えているのが、本当に暴力によるものなのかも蒙恬は分からなかった。

あくまで暴行を受けているというのは蒙恬の推察であり、実際にその現場を目にした訳ではないからだ。

天幕から出て来た信はふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。
玉鳳隊の兵たちはそんな彼には一瞥もくれず、まるで信の存在がそこにないものとして扱っていた。

信自身も周りのことを一切気にしておらず、ただその場から離れようとしているだけで、心ここにあらずといった様子だった。

こんな彼は今まで一度も見たことがない。

「信」

蒙恬は反射的に信の腕を掴んでいた。

 

 

違和感 その二

掴んだ腕は、高狼城を陥落させたあの夜のように振り払われることはなかったが、一向に視線が合うこともなかった。

「信…信ってばっ!」

何度も呼び掛けるが、信は蒙恬に気付いていないようだった。

虚ろな瞳で薄く口を開けている彼は、まるで抜け殻のようにも見える。

「信ッ!」

耐え兼ねた蒙恬は視界に自分の姿が映り込むように彼の正面に立つと、両肩を掴んで、無理やり目線を合わせた。

焦点の合っていない信の瞳に、強張った表情を浮かべている蒙恬の姿が映り込むが、彼はそれが蒙恬だと認識はしていないようだった。

「喧しい。何事だ」

信に続いて天幕から出て来たのは王賁だ。蒙恬の声を聞きつけてやって来たのだろう。

王賁の声に反応するように、信の肩が大きく竦み上がったのを蒙恬は見逃さなかった。

「も、蒙恬…?」

ここに来てようやく蒙恬の存在に気付いたように、信が怯えた目で見上げて来る。蒙恬は安心させるように黙って口角をつり上げた。

それから信を自分の背後に隠すようにして、蒙恬は王賁の前に立つ。

「信に何をした?」

「お前には関係ないことだ」

教えるつもりはないと王賁は相変わらず鋭い目つきを向けて来る。負けじと蒙恬も睨み返した。

「飛信隊は今回、俺の下に配属されてる。関係ないのはそっちだろ」

苛立った口調は喧嘩腰であるものの、告げたのは事実だ。
だが、それを気にする様子もなく、王賁は何も言わずにその場を去ろうと前に出た。

「良い身分に昇格したものだな」

すれ違いざまに、彼は信に低い声で皮肉としか受け取れない言葉を囁いた。

「………」

その場に残された信は、俯いたまま顔を上げない。

「…信」

蒙恬が呼び掛けると、信は弾かれたように顔を上げた。まだその顔は青ざめており、身体は小刻みに震えている。

王賁に対する怯えた態度が以前よりも増しているような気がして、蒙恬の心に不安が重く圧し掛かった。

このままではいずれ、王賁に心を壊されてしまうのではないだろうか。憂慮に堪えない。

これから先も王家から脱することは叶わなくとも、王賁と離れさせなくてはならないと蒙恬は思った。

此度の武功で信が将軍昇格となれば、少なくと玉鳳軍の下につくことはなくなるだろう。

意図的に信の昇格を邪魔するような動きがなければ良いが、過去にそういった情報操作は一度もなかった。

信の昇格が気に食わないなら、彼が五千人将になるまで何もしないはずがない。

一度も昇格の邪魔をせずにいるのは信の実力を認めているからなのか、それとも情報操作をする行為自体が王家という名家に相応しくない行為だからなのか。

(…きっと後者だろうな)

名家の嫡男という共通点はあっても、王賁は蒙恬と正反対の性格であり、王賁自身が王家嫡男であることに強い誇りを持っている。

自尊心も高い彼が、情報操作など汚い真似をして相手を蹴落とす真似が出来ないのは安易に予想が出来た。

だからこそ、こうして信を呼びつけては、信自身が将の座を退くように何か事を起こしているに違いない。

過程がどうであれ、信が自ら将の座を退けば、名家の嫡男が手を下したとは誰も思わないからだ。

きっと信が昇格をする度に、王賁の加虐が強まっていたに違いない。
そうでなければ、心根の強い信がこんなにも怯えることはなかっただろう。

「…戻ろうか」

自分たちの野営地への帰還を促すと、信は小さく頷いた。
未だ震えている彼の肩を抱くと、信がひゅ、と笛を吹き間違ったような音を唇から洩らす。

「信ッ!?」

その場に崩れ落ちるようにして膝をつき、信は胃液を吐き出した。

吐いても吐いても、吐くものがなくなっても、信は嘔吐えずき続けている。

口元を唾液と胃液で汚しながら、瞳からはとめどなく涙を流していることに気付き、蒙恬はその痛ましい姿にしばし言葉を失った。

もう彼の心は壊れる一歩手前まで追いつめられているのだと、すぐに理解出来た。

「…一人で、戻る…」

王賁の天幕から出て来た時と同様に、立ち上がった信はおぼつかない足取りで行ってしまう。

すぐに追い掛けて彼の腕を掴むことは出来たはずなのに、蒙恬はその場から動けずにいた。

 

 

伝令

先に野営地に戻って信のことを待っていたが、彼は一向に姿を現さない。

何かあったのだろうかと不安が募る中、此度の戦に出陣していた桓騎軍から、蒙恬のもとに伝令が来た。

「蒙恬はいるか?」

馬上の男は軍で支給される鎧は見に纏っておらず、目の周りに刺青が刻まれていた。その外見から、元野盗である桓騎軍の兵だと分かった。

「お頭からの伝令だ」

(なんで桓騎から伝令が…?)

あとは帰還するだけだというのに、伝令を寄越すとは何かあったとしか思えない。

しかも此度の戦では持ち場が異なる桓騎からということで、伝令の内容を聞く前から嫌な予感がしていた。

他言無用だと指示があり、二人は他の兵たちの目をはばかるように場所を移動した。
天幕に通し、生唾を一つ飲み込んでから伝令を聞く。

桓騎からの伝令を聞き、蒙恬の頭の中は真っ白に塗り潰された。

「信、が…?」

もしかしたら野営地に戻って来ない彼が関係しているのではないかという予感は的中してしまった。

同士討ちは禁忌とされているにも関わらず、信は桓騎軍の兵たちを殺したのだという。

「そんな…なんで…」

どうして先ほど、無理やりにでも彼を引き留めなかったのだろうと後悔の念に駆られた。

玉鳳軍の野営地を出た信は、恐らく目的もなく歩いていたのだろう。ただひたすら、王賁を意識させる場所から離れたかったのかもしれない。

桓騎軍の野営地の辿り着いた信は、そこで娼婦を手籠めにしている兵たちの姿を目撃する。

元野盗の集団で、素行の悪さは噂で聞いていたが、戦にも娼婦を連れ込んでいたらしい。
凌辱の場を見たことが起因となったのか、信はいきなり剣を振るい始め、その場にいた兵と娼婦もろとも皆殺しにしたというのだ。

信の行いはすぐに軍法会議に掛けられることだろう。

同士討ちの罪は重く、さらには戦と関係のない者を殺したということで、今回の武功を挙げたことによる将軍昇格が取り消しになるどころか、その地位の剥奪、最悪の場合は斬首を言い渡されるかもしれない。

「信…!」

伝令からの報告を受けた蒙恬はすぐに野営地を飛び出して、信の身柄を捕縛している桓騎軍の野営地へと向かった。

副官や護衛に声を掛けず、単独で馬を走らせたのは、これ以上事態を大きくさせないためだ。

本来ならば勝利の喜びを噛み締めながら帰路を辿っている中で、まさかこんなことになるとは思わなかった。

これまでも残虐な行いをして来た桓騎軍ならば、軍法会議に掛けられるのを待たずに信の首を撥ねるはずだ。

しかし、それをしなかったのは、蒙驁に恩のある桓騎の判断に違いない。

自分が蒙驁の孫でなければ、此度の戦で飛信隊が楽華軍の下についていなければ、こちらに伝令を出すこともなく、信をとことん甚振ってから殺していただろう。

だが、命を保証されたとして五体満足である可能性は低い。

もしかしたら信が軍法会議に掛けられて、厳しい処罰を受けることを前提とした上で、手か足の一本は既に落とされているかもしれない。

(無事でいてくれ…)

手綱を握る手が動揺のあまり、震えていた。

 

 

捕虜

桓騎軍の野営地に来ると、兵たちから鋭い視線を向けられた。

きっと初めて彼らと遭遇した者たちならば、竦み上がりそうになるほどの威圧感を秘めている。

「信を迎えに来た」

しかし、蒙恬はそんな彼らを前にしても怯える素振りは微塵も見せなかった。

信が無事なのかという不安でいっぱいになっている心では、彼らを恐ろしいと思う感じるの余裕もない。

ただ、信の安否を心配していることを表情に出すこともしない。

桓騎は信と同じで下賤の出でありながら、頭の切れる男だ。
蒙驁の副官として支えてくれたことには感謝しているが、普段の素行は褒められるものではない。そんな男に、動揺を見抜かれるのは癪だった。

信がいる場所の案内をする兵は一人もおらず、蒙恬は一人で桓騎軍の野営地を回って信の姿を探していた。檻の中にでも閉じ込められているのだろうか。

「…!」

紫の鎧に身を包んでいる桓騎の姿があり、そして彼の近くで座り込んでいる信を見つける。

青い着物が真っ赤に染まっているのが遠目でも分かり、蒙恬は全身から血の気を引かせた。まさかすでに手か足を落とされたのだろうか。

「信ッ!」

駆け寄ると、気怠そうに桓騎がこちらを見た。彼は椅子に腰を下ろしており、信は地べたに座り込んでいる。

信の体は確かに血塗れではあったが、縄で拘束されているだけで、欠けている部分はない。全て返り血なのだと分かり、蒙恬は安堵した。

「…信?」

呼び掛けるが、蒙恬が迎えに来たことにも気づいていないようだった。王賁の天幕から出て来た時と同じだ。虚ろな瞳で俯いている。

信の縄を解こうとしても、桓騎は何も話さなかった。

機嫌が悪いようにも見えないし、仲間を殺された怒りを信に向ける様子もない。きっと信にも蒙恬にも、殺された仲間たちにさえ興味がないのだろう。

「…信を殺さないでいてくれたこと、感謝する」

供手礼をしながら礼を告げても、桓騎は静かに酒杯を口を運ぶばかりだった。

さっさと失せろとでも言いたげな空気を察し、蒙恬は信の肩を抱きながらその体を立ち上がらせる。

「…そいつ」

「え?」

桓騎が口を開いたので、蒙恬は驚いて聞き返した。ようやく目が合い、存在を認知されたような気がする。

「王翦のガキと面白ェことをしてるな。今度俺にも貸せよ」

まるで物のように扱う言葉だった。蒙恬のこめかみに鋭いものが走り、桓騎を睨みつける。
しかし、桓騎はその睨みにも挑発的な笑みを返し、蒙恬の怒りを煽った。

これ以上、彼の挑発に乗れば殴りかかってしまいそうだ。蒙恬は自分を制すると、何も答えずにその場を後にする。

桓騎軍の兵たちには手を出さないように指示を出していたのか、兵たちは悔しそうな視線を向けて来るものの、蒙恬と信の前に立ちはだかる者は一人もいなかった。

 

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隠蔽

血塗れの信を抱えて戻って来た蒙恬に、楽華軍の兵たちは何事かとどよめいた。

桓騎が寄越した伝令の内容を知っているのは蒙恬一人だけである。信が同士討ちをした話を広めようとしないのは、桓騎の計らいだろう。

もしかしたら軍には黙っておいてやるという意図があるのかもしれない。あとは蒙恬が伝令の内容を広めずに情報操作を行えば、信は処罰を免れる。

人目をはばかるように自分の天幕に連れて行くと、蒙恬は湯の準備を頼んだ。
着物は着替えればなんとでもなるが、肌に付着した血は洗い流さねばならない。

「………」

信は薄く目を開けているものの、起きているのか眠っているのか分からなかった。もしかしたら、ずっとこのままなのではないだろうかという不安を覚える。

「信…」

名前を呼びながら、蒙恬は湯で絞った布で顔の血を拭ってやる。

もちろん他の者に頼むことは出来たのだが、同士討ちの話を広めないためにも、蒙恬自ら返り血を拭ってやっていた。

殺された兵と娼婦は何人いたのだろう。一人や二人ではないことは、この返り血の量を見れば明らかだった。

捕虜や女子供を殺さず、弱い命を守ることを信念として掲げていた信が、どうしてそんな真似をしたのだろう。

娼婦を手籠めにしていたという桓騎軍の兵ならともかく、その娼婦まで斬り捨てたことを、蒙恬はどうしても信じられなかったのだ。

だが、桓騎に嘘を吐いている様子はなかった。
自分の利になることには目ざとい男なのは蒙恬も知っていたが、信の同士討ちの事実を偽ったところで桓騎の利になることなど何もないはずだ。

それどころか、一人の将が同士討ちの罪で斬首になろうが、興味など示さないと思っていた。

信の同士討ちの罪を隠蔽しようとする桓騎の意図が蒙恬には分からなかった。

後で口止めに協力したことから何か強請られるのかもしれないなと苦笑を浮かべながら、蒙恬は信の返り血を拭い続ける。

心の中で詫びを入れ、蒙恬は帯を解いた。真っ赤に汚れた着物を脱がせるために襟合わせを押し開くと、包帯に包まれた胸が覗く。

此度の戦で致命傷となる傷は負っていなかったと思うのだが、これだけ頑丈に巻かれているということは深い傷を負ったに違いない。

着物と同様に、その包帯も真っ赤に染まっていた。着物の裏地にまで沁み込むほど、大量の返り血を浴びたことが分かる。

結び目がやや緩んでいるが、これだけ汚れているのなら着物だけではなく、胸の包帯も替えた方が良さそうだ。

「…え?」

結び目を解き、包帯を外した時に、蒙恬はある違和感・・・に気が付いた。

 

中編はこちら