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毒酒で乾杯を(桓騎×信)後編

キングダム 毒酒で乾杯を3 桓騎 信 桓信
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/ツンデレ/毒耐性/ミステリー/秦後宮/IF話/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話はアナーキーの後日編・完全IFルート(恋人設定)です。

はこちら

 

大王の寝室

侍女頭が后の毒殺疑いで身柄を拘束されたことを受け、向の身柄は宮廷で保護されることになった。

向に襲い掛かった侍女頭を射止めたのは何者だったのだろう。結局それは分からずじまいだった。恐らく桓騎はその正体に気付いているようだが、味方だとも敵だとも告げなかった。

宦官に扮した桓騎が侍女頭の件も報告するとのことだったが、桓騎の正体が気づかれないかも心配だ。

信も自らの目で見たことを嬴政に伝えたかったのだが、宮官長たちに此度の騒動の説明をしていると、あっという間に時間が経ってしまった。

夜になると、宦官からの呼び出しは来なかったが、信は後宮を抜け出した。秦王から伽に来るよう命じられたのは事実だ。抜け出しても何ら問題はないだろう。

後宮を出て、宮殿を通り、嬴政の寝室へ向かう。

いつもなら目隠しをされて寝室の場所が分からないように配慮されるのだが、何度か繰り返すうちに、信は嬴政の寝室を突き止めていた。それは本能型の武将としての直感だったのかもしれない。

向の身柄は宮廷へ移されたのだから、もう後宮に留まる必要もないだろう。着物は後宮で着ていたものではあるが、もう女官を演じる必要はない。久しぶりに背中に携えた剣の重みが懐かしかった。

「おい、政ッ!」

返事を待たずに扉を開ける。無礼なのは十分承知しているが、事情は事情だ。

もしかしたら今宵、本当の犯人が襲撃に来るかもしれない。向が襲われた報告と同時に、その可能性も告げられただろうが、なぜか寝室の前どころか廊下には護衛の兵が一人もいなかった。

犯人を誘き出す作戦があったとしても、大王の身に危険が迫っているのだと分かれば、さすがに護衛の兵は配置させるだろう。あまりにも無防備過ぎると、信は苛立った。

いつもなら書簡に目を通している時刻だが、今は布団を被っている嬴政に、信は目をつり上げる。

「なに呑気に寝てんだよっ!」

上質な寝具を引き剥がし、叩き起こそうと思うとしたのだが、そこに居たのは嬴政ではなかった。

「―――よお」

桓騎が頬杖をついて、信のことを見上げている。

「…はッ!?」

状況が理解出来ず、信はただ愕然としていた。

宦官に扮していた時もそうだったが、一体どうして彼がここにいるのか。

「なッ、なんで…!?」

ようやく振り絞った声に、桓騎がにやりと笑う。

「お前に会うのに理由なんて必要ねえだろ」

「いや、そうじゃなくてッ、ここ政の寝室だろッ!」

咸陽宮を出入りできる立場だとはいえ、どうして彼が大王の寝室にいるのか。

しかも我が物顔で寝台に横たわっていることに、信は驚愕することしか出来なかった。

「政はどこにいるんだ?」

まさか無断で寝室に忍び込んだ訳ではないだろうが、だとしたら嬴政はどこにいるのだろう。

向の身柄を宮廷へ移した際に、宦官に扮した桓騎が嬴政に事情を伝えたというから、もしかしたら今は向と共にいるのかもしれない。

信が嬴政の居場所を気にしていると、桓騎がわざとらしく溜息を吐いた。

「…つれねえなあ。せっかく愛しの男に会えたってのに、違う男の話を出すのかよ」

本当にそう思っているのか、感情の籠っていない声で返される。

「お前がこんな所に来れる訳ないだろっ!何考えてんだよ」

まさか周りの目を欺いて後宮に侵入しているとは予想外だったが、桓騎であったとしても、大王の寝室に入れるはずはない。

信が問い詰めると、桓騎の口の端が怪しくつり上がった。

「俺が考えなしに動く男だと思ってんのか?」

「それは…」

信は言葉を濁らせる。

それなりに長い付き合いであり、桓騎が何も考えずに動く男でないことは分かっていた。

「…なら、最後まで付き合えよ」

「………」

どうやらこれも彼の策の内らしい。しかし、いつまでも策の内を明かさないことに、信は複雑な表情で頷く。

桓騎がここにいるということは、もしかしたら嬴政と向の命を狙った犯人を誘き出そうとしているのかもしれない。

諦めて信が寝台に腰を下ろすと、桓騎の手が伸びて、寝具の中に引き摺り込まれた。

「な、おいっ!?」

あっと言う間に抱き締められて、信が困惑した表情を浮かべる。

後宮にいた期間を考えると、彼と触れ合うのはとても久しぶりのことだった。だが、今は感傷に浸っている場合ではなかった。まるで緊張感が感じられない桓騎の普段通りの態度に、信は苛立ちを覚える。

「桓騎、真面目にっ…」

「後宮にいる間、大王とは何度寝た?」

嬴政との情事を疑われ、信は瞠目する。

「はあッ?な、なに言って…!?」

予想もしていなかった言葉を投げ掛けられ、信は大口を開けた。愕然としている隙を突かれ、体を組み敷かれる。

確かに嬴政から伽に呼ばれたことは幾度もあったが、それは後宮での様子を伝える報告会である。

情報漏洩を防ぐために、嬴政と二人きりになるには伽を装うしかなかったのだ。てっきりそれも分かっていたのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。

今宵の呼び出しは桓騎の策の内なのかと信は考えていたのだが、もしかしたら本当に嬴政からの呼び出しだったのだろうか。だとすれば、桓騎が苛立っている理由も納得出来た。

 

刺客

「…誓って、政とは何もしてねえよ。伽を装って、後宮での様子を報告してただけだ」

信がそう言うと、桓騎はまだ納得していない表情を浮かべていた。嫉妬しているのだろうか。

桓騎が自分のことを想って嫉妬しているのだと思うと、悪い気分ではない。むしろ、優越感を覚えた。

ついにやけてしまいそうになる口元を必死に押さえ込みながら、桓騎を見上げた。

何を思ったのか、桓騎の手が着物の帯を解きにかかり、信はぎょっとする。

「えっ、お、おいっ?」

両手で桓騎の手を押さえ込みながら叫ぶと、桓騎がつまらなさそうに目を細める。

「…これ以上、待ては出来ねえぞ。俺は犬じゃねえんだ」

身を屈めた桓騎が首筋に唇を寄せて来たので、信は言葉に窮した。

いかに天下の大将軍である信であっても、所詮は女であり、男の腕力には敵わない。両手首を桓騎に片手で押さえられながら、帯を解かれてしまう。

首筋にちゅうと吸い付かれ、信は顔から火が出そうになった。

「バカッ、こんな時に何考えて!」

「こんな時だからこそ盛り上がるんじゃねえか」

策を成している途中だろうに、どうしてそんなに余裕たっぷりの笑みを浮かべていられるのか。

ぬるりとした舌を鎖骨に這わせられると、信の背筋に甘い痺れが走った。

こんな時でも反応してしまう桓騎に抱かれ慣れた体が恨めしい。唇を噛み締めて、溢れそうになる声を堪えた。

「…で?誰が孕めないお前が都合が良いって?」

「へっ?」

信は頭の中に疑問符を大量に浮かべる。突然冷たくなった彼の声色に、顔を見なくても桓騎が憤怒していることはすぐに分かった。

責め立てられるような言葉と目つきに、一体何の話だと信が戸惑う。しかし、後宮に行った初日に、向へ話した話したことを思い出したのだった。

―――…あいつには、孕めない俺が都合良いんだろうな。

まるで陸から上がった魚のように、口をぱくぱくと開閉させ、信は青ざめた。あの場には向しかいなかったはずなのに、どうして桓騎がその話を知っているのだろう。

(いや…待てよ…)

あの部屋にいたのは確かに向と信の二人だった。しかし、扉の前にはもう一人いたはずだ。

見張り役と護衛を担っていた宦官の姿を思い出し、信はひゅっ、と笛を吹き間違ったような声を喉に詰まらせた。

「ま、まま、まさか、お前っ、俺が後宮に行った日から・・・・・・・・・・・…!?」

「今さらかよ」

その言葉と苦笑は肯定だった。まさか後宮へ行った初日から、桓騎が宦官に扮していたのだと分かり、信の頭に鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。

「俺がそんな理由で、お前を抱いてると思われてたとはな」

「え…あ、あの…違う、のか?」

泣き笑いのようなぎこちない表情で言葉を返すと、桓騎が不機嫌に舌打つ。

「心外だな」

「う…」

戸惑った信が目を泳がせていると、桓騎はわざとらしく溜息を吐いた。

桓騎が怒る時は、あからさまに怒鳴るようなことはしない。嫌がらせをして相手を逆上させるようなことの方が多いのだが、信に至ってはもうやめてくれと懇願させられるほど抱かれる。

まさか嬴政の寝室で襲うつもりなのだろうかと信が狼狽えていると、桓騎が扉の方にちらりを目線を送った。

「…来るぞ。構えとけ」

そう言って、桓騎は寝台の上に転がっていた信の剣を乱暴に放り投げる。

咄嗟に両手で柄を掴むと、剣の重みを感じて、一気に現実に引き戻された。そうだ。嬴政の命を狙う刺客を誘き出していたのだ。

先ほど解かれた帯を慌てて結び直していると、背後で乱暴に扉が開かれた。

 

刺客 その二

扉を開けて入って来たのは、黒衣に身を包んだ男だった。

後宮の宦官のように顔のほとんどを覆っており、素顔は見えないが、体格から男であることは分かる。手には短剣が握られていた。

「誰だ、てめえ」

帯は結び直したが、僅かに着物が乱れたまま、信は鞘から剣を引き抜く。

男の背後に他者の気配はない。どうやら一人だけのようだ。正体が誰であろうと、嬴政を狙う不届き者であることは間違いない。

向を狙っていた侍女頭を弓で撃ったのもこの男なのだろうか。

どうやら男の方はこの状況が想定外といった様子だった。僅かに見える目元に動揺が浮かんでいる。

嬴政が一人でいるところか、後宮の女とまぐわっているところを、まとめて片付けるつもりだったのかもしれない。

こんな状況だというのに、桓騎は寝台の上から微塵も動かない。

頬杖をつきながら、男と信が対峙しているのをじっと見据えていた。まるで余興でも眺めているかのような態度に、信は呆れてしまう。

「嬴政、覚悟ッ!」

剣を構えている信の方には見向きもせず、男は桓騎に短剣の刃を突き出すと、勢いよく駆け出した。

どうやら桓騎のことを嬴政と勘違いしているらしい。

嬴政の姿も見たことがなければ、恐らく信と桓騎の姿も見たことがないのだろう。中華全土に名を轟かせている将が、それも二人も秦王の寝室にいるだなんて普通は考えない。

「このッ!」

咄嗟に信は男の前に出て、桓騎にその刃が届くのを防ごうとする。持っていた剣で短剣を弾いたつもりが、男の動きは早く、あと一歩のところで届かない。

「ちぃッ」

咄嗟に信は剣を持っていない方の腕を伸ばした。短剣の刃が彼女の左腕を傷つける。切り裂かれた痛みが脳に届くよりも早く、信は思い切り男の腹部を蹴りつけた。

「うぐっ」

苦しそうに呻いた男が短剣をその場に落として、床に転がる。

「大人しくしろッ!」

その隙を見逃さず、信はうつ伏せになった男の背中に跨って、暴れる体を押さえ込む。
男女の力量差はあっても、この体勢に持ち込めたのなら、信の勝ちはほぼ確定だった。

「殺すなよ」

寝台の上から優雅に指示を出す桓騎を、信が恨めしそうに睨み付ける。

「お前は本当に高みの見物ばっかりだなッ!」

未だ暴れている男を大人しくさせるために、信は剣の柄で男の首筋を鈍く打ち付けた。

「ぐ…うう…」

男の体がずるずると沈み込み、動かなくなる。死んでないことを確認すると、信は長い息を吐いた。

今になって切り裂かれた左腕が痛み始めた。心臓の早鐘と共に、血が溢れ出る。

懐に入れてあった手巾を取り出し、左腕の出血を押さえる。ようやく寝台から降りて来た桓騎が、その手巾を奪って、傷口をきつく結んでくれた。

部屋に訪れた沈黙に、信がようやく終わったのかと考えていると、

「…何が起きている?」

自分の寝室にやって来た嬴政が愕然とした表情を浮かべていた。

 

桓騎の策

腕の傷を押さえながら、信がふらふらと立ち上がった。

「…よお、政。とりあえず終わったぞ」

嬴政に声を掛けるが、彼は自分の寝室に広がっている光景に呆然としている。

倒れている男の手元に短剣が転がっているのを見て、彼は理解したように頷いた。

「刺客が来たのか。ここまで侵入を許すとは…」

「護衛を外させたのは俺だがな」

桓騎が腕を組みながら、挑発するように嬴政に声を掛ける。

そういえば信が嬴政の寝室に来る時も、護衛の兵がいなかった。まさかそれも桓騎が手配していたというのか。

秦王の護衛を外させ、もしも暗殺をされていたとすれば、桓騎も処刑されていたに違いない。桓騎は自分の命を天秤にかけてまで、刺客を誘き寄せたということである。

(…ん?)

そこまで考えて、信はふと疑問を浮かべた。

向の身柄を後宮から宮廷へ移したのは宦官に扮した桓騎であり、侍女頭の件も嬴政に話しておくと言っていたはずだ。

桓騎が嬴政の寝室にいたのも、犯人を誘き寄せる策だったとして、嬴政も強力していたのではないのだろうか。

まるで何も知らないといった嬴政の反応に、信は嫌な予感を覚えた。

「……桓騎から、後宮のことも、今のことも、全部聞いてたんじゃねえのか?」

「何の話だ?」

嬴政の返答に、嫌な予感が当たってしまい、信は目頭を押さえながらその場にしゃがみ込んでしまった。

「おい、終わったぞ」

桓騎が声を掛けると、嬴政が入って来た扉から、彼の配下である砂鬼一家が数名現れた。気配もなく現れたが、恐らく近くで待機していたのだろう。

刺客が来る前の桓騎とのやり取りは、全て筒抜けだったに違いない。桓騎軍のほとんどは自分たちの関係を知っているらしいが、信はますます溜息が止まらなかった。

桓騎の配下であったとしても、男女のやり取りを聞かされて、決して良い気分にはならないだろう。刺客の登場によって未遂ではあったものの、砂鬼一家が近くにいるのに、抱かれていたと思うと信はぞっとした。

しかし、桓騎は少しもそんなことを気にしていないようで、気を失っている男に目配せをした。

「朝までには吐かせておけ。侍女頭の方も殺すなよ」

「ああ。あの女は拷問にかける前に全部吐いたぞ」

拷問に長けている砂鬼一家とのやり取りに、信が顔をしかめる。

刺客と侍女頭に繋がりがあるのだろうか。恐らくそれを吐かせるために、桓騎は侍女頭を砂鬼一族に預けていたのだろう。

気を失っている男の体を拘束し、砂鬼一家は部屋から出て行った。恐らく、数刻後にあの男は地獄を見ることだろう。

「……桓騎」

腕を組み、信は桓騎を睨み付ける。信が怒っている理由が分からないらしく、桓騎は小さく首を傾げていた。

「あの後、侍女頭をどうしたんだよ。政にも伝えるって言ってただろ」

「んなこと言ったか?」

わざとらしく桓騎が信から目を背ける。やられた、と信は呆れた表情を浮かべた。

「最初から全部話してもらおうか」

この状況を一番理解していないのは嬴政だ。詰問するように、嬴政は二人を睨み付ける。端正な顔立ちでも、鋭い眼差しを向けられるとそれだけで凄まじい威圧感がある。

これ以上、秦王の機嫌を損ねる訳にはいかないと、桓騎は諦めて話し始めたのだった。

…向の身柄を宮廷に移した後、桓騎は後宮で起きた出来事を嬴政に告げなかった。

しかし、それはあの刺客を誘き寄せるためであって、護衛を強化することで逃げられる可能性があったからだったという。

桓騎の見立てでは、侍女頭と刺客に繋がりがあったようだが、砂鬼一家の拷問によって、その答えが分かるだろうと睨んでいた。

味方に作戦を告げないのは桓騎のいつものやり方だが、まさか秦王にすら作戦を告げないとは、その度胸に感心してしまう。

恐らく桓騎は侍女頭と刺客にある繋がりを予想していたのだろう。それで今回の作戦を企てたに違いない。

砂鬼一家の拷問によって真相は明らかとなるだろうが、信は桓騎の口からその答えを聞きたかった。

ここまで桓騎の策通りに動いたのならば、これから明らかとなる真相も、桓騎は既に読んでいるに違いないからだ。

「侍女頭とあの男に、なんの繋がりが…」

言いかけて、信はその場に膝をついた。

「信ッ!?」

それまで普通に話をしていた信が苦しそうにしている姿を見て、嬴政が目を見開いた。

 

副作用

「はあっ…ぁ…」

苦しそうに肩で呼吸をしている信を見て、桓騎が思わず舌打った。

先ほど男に切りつけられた腕を痛がる様子はないだが、それでもこの反応はおかしい。まさかと思い、床に落ちている短剣を手繰り寄せ、その刃を見た。

「毒か」

信の血で刃が汚れていたが、目を凝らすと白い粉のようなものが付着している。向の匙に塗布されていたものと同じ毒が塗られていたのだ。確実に嬴政を殺すつもりだったに違いない。

刃を受けたのが信でなければ、きっと傷口から毒に蝕まれて死に至っただろう。毒に耐性を持っている信でさえ、この有り様だ。相当な猛毒を仕込んでいたに違いない。

「ぁ…か、桓騎…くる、し、ぃ…」

涙を浮かべた瞳が縋るように桓騎を見据え、弱々しく着物を掴んだ。

「信ッ!しっかりしろ!」

何も知らない嬴政からしてみれば、毒の耐性を持っているはずの彼女が毒を受けて苦しがっているだなんて、瀕死に直結しているとしか思えないはずだ。

しかし、信が激しく息を乱しているのは、決して毒による苦痛でない・・・・・・・・・ことを、桓騎だけは見抜いていた。

「すぐに医師団を呼ぶ!死ぬな!」

「いらねえよ」

医師団を呼び出そうとする嬴政を制止し、桓騎が呆れたように肩を竦める。

「…こうなりゃ毒が抜けるまで付き合うしかねえな」

「は?何を言っている?」

―――嬴政が聞き返した時には、すでに桓騎は信と唇を重ねていた。

「ん、ぅ、…ふぁ…」

同じ空間に嬴政がいるにも関わらず、信はまるで彼の姿が見えていないかのように、桓騎の首に両腕を回して舌を絡めている。

こんな状況で一体何をしているのだと嬴政は愕然としていた。秦王の視線を受けながら、桓騎も恥じらうことなく、信の口づけに応えている。

「んぁ…」

唇を離すと、名残惜しそうに信が切なげに眉根を寄せた。

未だ互いの唇を繋いでいる唾液の糸すら逃がしたくないと、舌を伸ばして絡め取る信の姿は、娼婦にもない妖艶さを兼ね備えていた。

桓騎は彼女の腕を止血していた布を外し、毒が塗られた短剣で切り付けられた傷口に唇を寄せた。

「ひゃぅ…」

傷口にきつく吸い付くと、信の体がびくりと跳ねる。彼女が身を捩らせたのは、痛みだけではないことを桓騎は分かっていた。

「桓騎…か、んきっ…」

喘ぐような呼吸を繰り返す信の身体を軽々と抱きかかえ、桓騎は彼女の体を寝台に横たえる。

部屋の隅で固まったままでいる嬴政を振り返り、桓騎は邪魔だと言わんばかりに、しっしっと手を払った。

「…毒の副作用・・・・・だ。命に別状はないから安心しろ。責任持って俺が最後まで相手する」

その言葉を聞いた嬴政は全てを察したように、憤怒の表情を浮かべる。しかし、何も言うことはなく、足早に部屋を出て行った。命を助けられた手前、信と桓騎のことを無下に出来なかったのだろう。

思い切り扉が閉められると、ようやく邪魔者がいなくなったと桓騎は苦笑を浮かべる。

「ぁ…桓騎…」

涙で潤んでいる信の瞳には、もう桓騎の姿しか映っていなかった。そんな風に見つめられると、下半身がずしんと重くなる。

―――毒耐性を持っている信ではあるが、一定量を超えた毒を摂取すると、まるで媚薬を飲まされたのかと疑うほど性欲が増強するのだ。

初めて体を重ねた時も、普段以上に鴆酒を飲んだことで、彼女の体に今のような異変が起きた。

酒に酔ったかのような陶酔感と、感度の上昇、性欲の増強。薬には良い効果だけでなく、副作用があるように、毒にもそのようなものがあるらしい。

もしかしたら信の特殊な体質が影響しているのかもしれないが、淫らに自分を求める信の姿は滅多にお目に掛かれない。桓騎にとって、今の信はご馳走だった。

「ん、ぁ…」

顔を赤らめた信が膝をすり合わせている。

唇を重ねながら、彼女の帯を解き、性急に着物を脱がしていく。

先ほど、信の腕の傷から毒を直接吸い出したことで、桓騎自身も息を乱していた。信と同じように、桓騎も毒を一定量以上摂取することで、同じ作用が起こるのだ。

短剣の刃に塗布されていた毒がそれだけ強い効力を持っていることが分かる。刺されても致命傷になっただろうし、僅かに傷をつけられただけでも、確実に死に追いやられただろう。

信もそれを分かっていて、自分の体を盾にして庇ったのだ。

だが、心臓を一突きされていれば、毒の体勢を持つ信であっても死んでいたに違いない。自らの命を顧みず、信が自分を庇ったことに、桓騎は複雑な気持ちを抱いた。

「…俺の許可なく、勝手に死ぬんじゃねえぞ」

「え、な、なに…?」

とろんとした瞳で見据えられ、桓騎は何でもないと首を振った。

「ひゃぅ…」

足の間に手を伸ばすと、既に淫華は蜜を零していた。指の腹で擦ると、信は切ない声を上げて、白い太腿を震わせる。

 

副作用 その二

足を開かせて、間に腰を割り入れた桓騎は彼女の下半身に視線を下ろした。

親指と人差し指で花襞を押し広げると、艶めかしい薄紅色の粘膜が見える。

蜜を零しているせいで、光沢を帯びているそこは男を求める雌の匂いを漂わせていた。すぐにでも男根を飲み込ませたい衝動を押さえつけ、桓騎は身を屈める。

女の官能をつかさどる珊瑚色の小さな花芯に、ふうっと熱い吐息を吹き掛けると、信の体が大きく跳ねた。

初めて身を繋げた時も、鴆酒の毒のせいで、処女とは思えないほど淫らな声を上げていたことを思い出す。

「はあっ、ぅ、ん…」

花芯や花襞を舌で愛撫していくと、どんどん蜜が溢れて来る。導かれるように桓騎は淫華に舌を這わせた。

雄としての本能を目覚めさせる雌の匂いと味わいが、舌から体内に染み込んでいく。

「ああぁっ」

尖らせた舌先で敏感な花芯を突くと、信が悲鳴に近い声を上げる。

無駄な肉など微塵もついていない引き締まった腰がくねる姿は、それだけで男を誘惑させる魅力を放っている。

「やぁっ…」

蜜を溢れさせている淫華に指を二本押し込むと、信が頬を紅潮させて首を横に振っている。もう何度も桓騎と体を重ねたはずなのだが、その初々しい態度に桓騎は思わず苦笑した。

「は、はやく…」

切なげに声を振るわせ、信が桓騎の腕を掴む。恥じらっているのではなく、指じゃないものが欲しいと催促していたらしい。

毒が回り始めたせいで、桓騎の男根も苦しいまでに反り立っていた。

指を引き抜いて、蜜に塗れた手で自分の男根を何度か扱く。自分の手の平の刺激だけでも容易に達してしまいそうなほど、今の桓騎には余裕がなかった。

「信…」

信の肩を抱き締めて体を被せて、唇を重ね合う。舌を絡ませながら、桓騎が自分の男根を掴んで、その切っ先を淫華に宛がった。

幾度も体を重ねていたからか、入り口を探し当てるのは簡単だった。

「ん、んうぅ、んーッ…!」

唇を重ね合いながら、腰を前に押し出す。淫華に飲み込まれていく切っ先が、溶けてしまいそうなほど強い快楽に包み込まれた。

「ふっ、んんっ、んんんぅッ」

奥に進んでいく度に、唇の間から信のくぐもった声が洩れる。

互いの下腹部が隙間なく密着すると、桓騎は唇を離して、長い息を吐いた。男根が燃えてしまいそうなほど熱い。

「ぅっ…ふ、ぁ…」

敷布の上で手と手を繋ぎ合い、しばらく動かずに桓騎はじっと目を瞑っていた。
気を許せば、信の体を気遣うことなく好きなように動いてしまいそうだった。

「ぁ…桓騎…」

名前を呼ばれて、桓騎は信の目尻から伝う涙に気付き、舌を伸ばした。

桓騎が動き出すのを待てなかったのか、信が自分の腰を揺らし始める。一体どこでこんな淫らな技を覚えて来たのだろうかと桓騎は瞠目した。

嬴政とは身を繋げていないと彼女自身が話していたが、他の男の手垢に染められたのではないかという嫌な想像が脳裏を過ぎった。

「信、覚悟しろよ」

細腰を掴んだ桓騎が律動に没頭し始めると、信はひっきりなしに声を上げることになったのだった。

もしも身を繋げたまま、互いの心臓が止まっても、きっと後悔はしないだろう。

 

一件落着?

…夜が更けて毒が抜け切ってからも、情事に夢中になっていた二人が目を覚ました時には、既に昼を回っていた。

信がもらい湯をしている間に、桓騎は砂鬼一家から、侍女頭と刺客の情報を聞いていた。

概ね、桓騎が予想していた通りだったが、秦王である嬴政に報告しなくてはなるまい。
桓騎は信と共に、嬴政の下へ向かった。

「よう」

「桓騎…!?」

信の体を横抱きにしながら玉座の間に現れた桓騎に、嬴政だけでなく官吏たちも驚いていた。

なぜ信の体を抱きかかえているのかというと、朝方まで続いていた情事のせいである。

下半身をがくがくと震わせながら、まるで生まれたての小鹿のように、ぎこちなく歩く信を見兼ねて、抱えた方が早いと判断したらしい。

全員の視線を受けて、信は顔を真っ赤にさせていた。

飛信軍の兵たちと共に厳しい鍛錬をこなしている信でさえ、さすがに一晩中の情事は堪えたらしい。しばらくはまともに歩くことが出来ないだろう。

桓騎の腕の中で借りて来た猫のように縮こまっている信を見下ろすと、あれだけ自分を求めていた女と同一人物とは思えないなと桓騎は苦笑してしまう。

「…侍女頭と昨日の奴が全て吐いたぜ」

頭を下げることもせず、用件だけ伝えると、嬴政の綺麗に整った顔が僅かに強張った。

向が後宮で再び毒殺されかけた事件については情報操作を行っていたため、刺客を捕らえてから宮廷で広まったらしい。

その話をしていたのだろうか、官吏たちは桓騎が情報を知っていることに不思議そうな顔をした。

 

…玉座の間に残ったのは、嬴政と信と桓騎の三人だけである。

嬴政と長い付き合いである信ならばともかく、元野盗である桓騎までいる状況は初めてのことで、人払いをする時には官吏たちが警戒していた。

しかし、人払いをしなければ話すつもりはないという桓騎の態度を、嬴政は察したらしい。嬴政は彼らを宥めて玉座の間から退室させた。

「…それで、侍女頭と昨夜の刺客は何を企んでいたのだ?」

玉座に腰掛けた嬴政が桓騎にさっそく尋ねる。

未だ体をふらつかせてる信の腰を支えながら、桓騎はゆっくりと話し始めた。

侍女頭は、以前から向が正室となったことに、嫉妬の念を抱いていたらしい。

そこで、正室である彼女を毒殺すれば、嬴政の伽に呼ばれるよう手配をすると、刺客が侍女頭に取引を持ち掛けたのだという。

一度毒殺に失敗してしまったため、時機を見計らっていたようだが、信が毒見役として現れて、警戒心が薄れた頃に同じ手法を用いて向を毒殺しようとした。しかし、桓騎と信が見抜いたことで二度目の毒殺も失敗に終わる。

その後、桓騎が向の身柄を宮廷へ移し、侍女頭の身柄は砂鬼一家へ渡したことで、刺客の男と意図的に連絡を取らせなかった。

失敗の合図を送ることも出来ず、向の毒殺に成功したのだと勘違いした刺客は、手筈通りに秦王の寝室で暗殺計画を実行する。

あの事件の直後、桓騎が信に伝えたのは、本来ならば侍女頭に掛けられる伽の呼び出しだったのだ。

刺客の計画通りに進んでいたのなら、侍女頭が嬴政の伽を行っているところに現れ、毒の塗った刃で嬴政と侍女頭を一突きし、凶器を残して立ち去っていたという。

致命傷に至らなかったとしても、少しでも傷をつけることが出来たのなら、体に毒が回って死に至らしめることが出来る。

二人の亡骸と凶器だけが残った現場を見れば、侍女頭が秦王と無理心中を図ったと判断されるという筋書きだったらしい。

侍女頭は嬴政からの寵愛を受けたい気持ちと、向に対する嫉妬心を良いように利用されたという訳だ。

「………」

桓騎から事件の真相を聞いた嬴政は、千人以上の女官や宦官がいる後宮の中から、たった一人の真犯人を引き摺り出した桓騎の策に、驚愕と感嘆が入り混じった吐息を零した。

向の毒見と護衛を頼まれていた信も、まさか桓騎がここまで協力してくれるとは思っておらず、目を丸めている。

真相を説明する中で、もしかしたら嬴政は、桓騎が宦官に扮して後宮に潜入していたことに気付いたかもしれないが、咎めるような言葉は発しなかった。

桓騎が協力してくれなかったら、侍女頭に向の命は奪われていたかもしれない。そして、無理心中に見立てて嬴政の命も奪われていたかもしれなかったのだ。

そのことに比べたら、宦官に扮して後宮に潜入していた罪など見逃されて当然である。

向は騒動が落ち着き次第、後宮へと戻ることが決まっていたが、あの侍女頭はもう二度と後宮に足を踏み入れることはない。

后暗殺の証拠がこれだけ出揃っているのだから、厳しい処罰を下されるに違いない。秦王暗殺を企んだ刺客の末路は、言うに及ばないだろう。

侍女頭のように、向を気に入らないと思っている女官は他にもいるかもしれないが、今回の騒動をきっかけに手を出すような真似はしないはずだ。

「…さて、これで大方解決のはずだ。こいつはもう連れて帰っても構わねえんだろ?」

信を見下ろしながら桓騎が嬴政に問う。ああ、と嬴政が頷いた。

「此度の件、感謝する。二人のお陰で、向も子も無事だった」

秦王の感謝の言葉を、桓騎は鼻で笑った。

「元はと言えば、てめえの管理不足だろうが。自分の女くらい自分で守れねえのかよ」

「桓騎ッ!」

処罰を言い渡されてもおかしくない無礼な言葉に、信が慌てて制止を呼び掛ける。しかし、桓騎は構わずに言葉を続けた。

「女一人も守れねえで、よくもそんな野郎が民だの国だの守るなんて大口叩いたもんだな」

「お前、政になんつー口の利き方を…!俺以上に無礼だぞ!!」

長い付き合いであり、嬴政に敬語を使わない信でさえ青ざめる桓騎の無礼に、嬴政は憤怒することも、処罰を言い渡すような真似もしなかった。

「…いや、桓騎の言う通りだ。此度の件、後は俺に任せてくれ」

嬴政の言葉を聞き、信はほっとする。しかし、嬴政が怒っていないからと言って、桓騎の発言は許されるものではない。

「…俺だって…」

俯いて、信は落ちて来た前髪に自分の表情を隠した。

「一人で、後宮にいた時は、辛かった」

絞り出すように、切れ切れに言葉を紡ぐと、嬴政と桓騎の視線が向けられたのが分かった。

誰が向の命を狙っているか少しも分からない状況で、誰を信じるべきかも判断出来ず、後宮にいる間、信は孤独感に苛まれていた。

信じられるのは自分だけだと勝手に壁を作っていたのだが、桓騎が宦官に扮していたことに気付いた時、自分は一人ではないのだと気づき、冷え切っていた心が温かく満たされた。

信じられる仲間がいると思えば、それだけで活力になる。

「…後宮の女官や宦官たちが、全員、敵に見えて…でも、政が抱えてんのは、そんなもんとは、比にならない重みなんだよ」

秦王の座に就いているとはいえ、嬴政だって一人の人間だ。誰よりも多くの命を背負う重荷で押し潰されそうになる時だってある。

全ての責任を嬴政に押し付ける訳にはいかない。将軍である自分たちだって、その重荷を共に背負わなくてはならないと信は思った。

強く拳を握り、苦しげに眉を寄せて、信が顔を上げる。

「だから、政にばっかり責任を押し付けんなよ。俺たちみんなで、政の重みも支えてやんねーと」

ようやく顔を上げた信が真っ直ぐな瞳で桓騎を見据える。桓騎は何も言わなかったが、口元にはいつもの余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。

弟の成蟜から政権を取り戻す時からの付き合いである信の言葉は、嬴政の胸に染み渡ったらしい。

「信、お前には本当に救われる」

嬴政の言葉に、信は照れ臭そうに頭を掻いた。

「…さっさと帰るぞ」

信は再び桓騎に身体を横抱きにされて、二人は玉座の間を後にしたのだった。

 

帰還

咸陽宮を出て、桓騎の屋敷に向かう途中で、信は今日までのことを走馬灯のように思い返していた。

桓騎の背中に頬を押し付けて、馬に揺られながら信の口元に苦笑が浮かぶ。

「なんだ?」

背後で恋人の笑った気配を察したのか、桓騎が振り返った。

「いや…色々あったけど、お前が来てくれて本当に助かった。ありがとな」

首を竦めるようにして微笑むと、桓騎がにやりと笑った。

「ちょうど良い機会だったからな」

「?何のだよ」

「秦王に媚を売る機会だ」

どういう意味か分からず、信は頭に疑問符を浮かべた。あれだけ嬴政に無礼な大口を叩いておきながら、媚を売るというのは、やや矛盾がある。

しかし、結果論で見ると、桓騎のおかげで向も嬴政も命拾いした。秦の未来が救われたと言っても過言ではない。

大王と后、そして秦王の血を継ぐ子の暗殺を阻止した桓騎の活躍は、これから秦国中で広く知れ渡ることになるだろう。

「何か欲しい物でもあんのか?」

王族を守った褒美についてはまた追って伝えると嬴政は言っていたので、信は安易に尋ねた。

しかし、その線は違ったらしく、桓騎の瞳に不機嫌な色が浮かぶ。

「まさか、お前…俺が褒美目当てに動いたと思ってんのか?」

手綱を握り直しながら、桓騎が眉根を寄せた。

桓騎は考えなしに動く男ではない。それは信も分かっていた。

だからこそ、策を用いて侍女頭と刺客を引き摺り出したし、その先にある欲しい物も手に入れようとしているのだと考えたのだ。

「じゃあ、政に媚を売るって何だよ」

聞こえないふりをしているのか、桓騎は何も答えない。

こうなれば策を成す時と同様に、味方であっても、恋人であっても、とことん口を開かないだろう。

「…それにしても、よく手がかり見つけたよな。宦官に変装してても、そんな自由に歩けないだろ」

話題を変えると、桓騎が「あー?」と気だるげに聞き返した。

桓騎が宦官に扮していたのは向の護衛と、部屋の見張り役だ。常に后の傍につかなくてはいけないため、それほど自由に動ける立場ではなかったはず。その中で侍女頭と刺客の繋がりを見抜いただなんて、とても信じられなかった。

情報の受け渡し・・・・・・・なんていくらでも出来るだろうが」

受け渡しという言葉に信が目を見張る。情報の受け渡しというものは、決して一人で出来るものではない。

「は?受け渡しって…まさか…」

表情を強張らせながら、信が聞き返した。

「黒桜は面倒見が良いからな。お前の監視の兼ねて快く引き受けてくれたぜ」

「黒桜だとッ!?」

後宮に侵入していたのは桓騎だけではなかったのだ。桓騎軍幹部の一人である黒桜まで動かしていたのだという。

桓騎本人が宦官に扮していたとなれば、黒桜は女官に扮していたのだろうか。確かに千人以上の女官がいる後宮に、一人の女が混ざったとしても、気付く者はいない。

青ざめながら、信は黒桜が弓の使い手でもあることを思い出した。

それじゃあ、まさか…あの時の弓矢って、黒桜が撃ったのか!?」

「ああ、そうだ」

つい声を荒げて桓騎を問い詰めると、彼はあっさりと首を縦に振る。

向の食事に用意されていた匙に毒が塗られていると気づいた時、侍女頭の敏が隠し持っていた短剣で向に襲い掛かった。

信は彼女を取り押さえることが出来なかったが、向を救ったのは、宮殿の庭から放たれた一本の弓矢だったのだ。

てっきり侍女頭の口封じのために撃たれたのだとばかり思っていたが、弓の扱いに長けている黒桜が撃ったのならば納得がいく。

桓騎が匙に毒が塗られていることを助言してくれたことと、黒桜の弓矢のおかげで、向の命を守ることが出来た。

「はは…」

全て桓騎の策通りに動いていたのだと分かった信は乾いた笑いを浮かべながら、桓騎の背中に額を押し付ける。

屋敷が見えて来たというのに、桓騎が手綱を引いて馬の足を止めたので、信はどうしたのだろうと小首を傾げた。

「ん、ぅ…!?」

振り返った桓騎が急に顔を寄せて来て、唇を重ねて来たので、信は驚きのあまり目を見開く。

「…もう二度と、俺以外の男の褥に呼ばれんじゃねえぞ」

低い声で囁いた桓騎の瞳に憤怒の色が灯っている。

嬴政の寝室に行った時もそうだったが、どうやら嬴政の伽をしていたことが相当気に食わなかったらしい。

実際には後宮での様子を報告するだけだったのだが、眠るために褥を共にしたのは事実だ。だが、誓って男女の一線は超えていない。

あの時も伝えたはずだったのだが、桓騎の嫉妬の炎は未だ消えていなかった。

先ほどは答えを誤魔化されたが、もしかしてと信が桓騎を見上げる。

自惚れかもしれないが、信は自分が関わっているのではないかと考えた。

「…なあ、政に媚を売るって、まさか、俺との関係を…んっ、うんッ、ん」

言葉を紡ごうとした信の唇に、まるで黙れと言わんばかりに、再び桓騎の唇が覆い被さって来た。

―――嬴政が、信と桓騎の関係を知っているのは向から聞いていた。

元野盗である桓騎は、嬴政だけでなく、側近たちからもあまり良く思われていない。そのことで、信は桓騎軍の素行調査を依頼されたこともあった。

しかし、王族を助けた此度の桓騎の行いは、彼の実力を見直すきっかけになったに違いない。

どこぞの馬の骨に、親友を渡すものかと嬴政が逆上しないように、桓騎は此度の騒動を利用して、己の実力を示したのだろうか。

…考え過ぎかもしれないし、限りなく自惚れに近いが、信は何となくそう思ったのだった。

「俺以外の男に足開くのは許さねえからな」

その言葉を聞いて、信は桓騎の嫉妬を確信した。

宦官に扮して後宮にいた時も、報告のためとはいえ、嬴政の伽に呼ばれる自分を歯痒い想いで見ていたに違いない。

申し訳ない気持ちと、桓騎が嫉妬してくれたのだという嬉しい気持ちに、信はぎこちない笑みを浮かべた。

「ふぅ…ん、ぅ、んッ…」

薄く開いた口の中に舌が入り込んで来て、信の舌を絡め取る。歯列をなぞられ、舌をくすぐられているうちに、信の瞳がとろんとなっていく。

「返事が聞こえねえぞ?」

耳元で熱い吐息と共に囁かれると、信の腰にぞくぞくとした甘い痺れが走る。

毒を受けたせいとはいえ、昨夜あれだけ体を重ねたというのに、まだ自分の体は目の前の男を求めている。

「わ、わか、った、からぁっ…」

「…よく出来ました」

まるで子どもを褒めるような口調に、信が奥歯を噛み締めた。

唇をするりと指で撫でられると、お預けを食らったような気分になる。

「…続きは褥の中でだな。その前に鴆酒で乾杯だ」

桓騎が馬を走らせた。彼の背中に顔を埋めながら、信は猛毒の味を思い返す。

そして、その後に嫌というほど与えられるであろう快楽の味を想像して、うっとりと目を細めるのだった。

 

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