リプロデュース(五条悟×虎杖悠仁)

リプロデュース(五条悟×虎杖悠仁)前編

リプロデュース1
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  • ※悠仁の設定が特殊です。
  • 女体化(一人称や口調は変わらず)・呪力や呪術関して捏造設定あり
  • 五条悟×虎杖悠仁/ストーカー/ヤンデレ/バッドエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

 

家出少女

毒々しさを感じさせるピンクや紫のネオンの明かりに照らされている深夜の町並みは、見るだけで眼球がしくしくと痛む。

少女はマスクで鼻から下を覆い、パーカーのフードで目元まで深く被って、顔のほとんどを隠していた。

酒に酔った者たちがたむろしている中、その少女の存在だけはどこか浮いていた。

顔を隠しているその少女に、好奇心を持って視線を向ける者たちもいるが、すぐに目を背けてしまう。

僅かに覗く少女の顔の肌は、醜いまでに赤く爛れており、見る者の背筋をたちまち凍らせる。マスクとパーカーのフードを外せば、化け物のような顔が現れるだろうというのは安易に想像が出来た。

パーカーのフードを引き下げている手も包帯に包まれており、顔と同じように赤く爛れていた。

(…風が沁みるなあ…)

季節は晩秋になっていた。陽が沈むのも早くなったし、風も冷たくなって来た。

冷たい風は容赦なく少女から体温を奪っていく。特に赤く爛れた肌に、冷たい風はナイフで切りつけられる様な痛みを与える。

少女は、寒さにかじかむ手を擦り合わせるよりも先に、パーカーのフードを深く被り直して、人混みの中を掻き分けるように進んでいった。

 

家出少女 その二

深夜の公園は人気がなく、街灯の青い明かりに照らされていた。

先ほどの毒々しい色をしたネオンに比べると、随分と落ち着いた色合いで、ほっとしてしまう。

ベンチに腰を下ろし、ポケットに入れていたスマホを取り出すと、冷え切った指先で画面を操作する。

今回の依頼人の電話番号を表示すると、少女はスマホで電話を掛けずに、公園内にある公衆電話を使って電話を掛けた。

コール音が五回ほど響くと、相手が着信に応じた。

「…あ、祓いましたんで。それじゃ…」

必要最低限の連絡事項を告げると、少女は相手の相槌を待たず、すぐに電話を切った。登録していた電話番号を念のため着信拒否設定し、連絡先を削除する。

もう二度と関わることがないのだから、いつまでも連絡先を入れておいても意味はないのだ。少女は、同じ依頼人から二度目以降は仕事を引き受けないことを徹底していた。

十七という年齢でありながら、少女は呪術師という職業に就いている。呪術師とは、人の負の感情から具現化される呪霊と呼ばれる存在を祓う者のことを指す。

霊能力者とは似て非なるものであるが、大半の者はこの手の知識に疎いので、そのように依頼人に説明することも珍しくなかった。

呪術師というのは誰にでもなれるものではない。大前提として呪霊という存在を目視できること、それを祓う力を持っている者ではなくてはいけないのだ。

本来ならば日本国内に東京と京都の二校しかない呪術高等専門学校で、学生として任務をこなしていく年齢なのだが、少女は三か月前に東京の呪術高専を自主退学をした。

学長が不在の間に、退学届けを置いただけの一方的な行動だったが、退学届けを受理してもらえたかは分からない。

伝えていた連絡先も全て変更してしまったので、向こうとしても少女と連絡を取る手段がないのだから、受理せざるを得ないだろう。

呪術高専を自主退学した理由は、決して呪術師という職業が嫌になったからではない。

嫌になったのならば、今も呪術師として呪霊を祓うようなことはしていなかっただろう。

国内に二校しか呪術を学ぶ学校がないように、人手不足の業界であり、学生の頃から仕事は山ほどあった。組織に所属していなくても、十分に生きていける。よって、一人の少女が明日を生きるのに必要な賃金も余るほど支払われるのだ。

金銭の指定はしないが前払いで、呪霊を祓った後は二度と連絡をしないという条件をつけても、依頼は絶えない。

それだけ呪霊という存在は国内に湧いているし、冬が近づけば、その数も増えていく。少女のように、学校を卒業してから自由に仕事をしている者も珍しくはない。

学生であることのメリットとしては、経験者のもとで強さが磨かれていくことと、強さに見合った仕事を依頼されることだろう。

呪術師はその強さによって階級分けをされている。同様に、呪霊も強さによって階級が分けられており、その強さに対応出来る呪術師が派遣される仕組みになっているのだ。

少女の階級は特級であり、呪術師の中でも数えるくらいの人数しかいない最上級の階級である。

自主退学をしたのは、自分の強さに慢心している訳ではない。ある男から・・・・・逃げるためだった。

 

自主退学

少女、虎杖悠仁には恋人がいた。

悠仁が破瓜を捧げたのもその男で、通っていた呪術高専の教員だった。名前を五条悟という。

二人は生徒と教員の関係でありながら、男女の関係になったのだ。

悠仁には身寄りがなく、教員と生徒の関係を咎めるような者は誰もいなかった。呪術界には御三家と言って、代々その名を継いでいく名家が三つある。そのうちの一つに五条家があり、悟は五条家の嫡男だった。

由緒ある家柄の生まれである彼は、それを示すかのように、呪術界の中では最強だと言われている。

悠仁は悟と同じ階級だが、彼と戦うことになれば、手も足も出せぬまま敗北することは目に見えていた。同じ特級呪術師でも、悟とは天と地ほどの実力差がある。

呪術師としての経験だとか、呪霊を祓った数だとかは関係ない。生まれた時から、ずば抜けた力の持ち主だからこそ、五条悟は呪術界最強を名乗っているのだ。

悠仁は悟のことを呪術師としても尊敬していたし、確かに愛していた。

五条家の嫡男である悟に嫁ぎたいという女性はごまんといるのだが、そのような女たちには一目もくれず、悟も悠仁のことを愛してくれていた。

―――学校卒業したらさ、僕と結婚してよ。

悟にプロポーズをされたのは、何度目かの情事の後だった。程良い疲労感と甘い余韻に浸っている時にそんな言葉を掛けられて喜ばない女はいない。

最愛の男と恋人から夫婦になれるなんて、嬉しくないはずがない。

―――…考えとくね。

しかし、悠仁は言葉を濁らせた。

悠仁は謙虚で、自分の立場を弁えているつもりだった。

今後も呪術界の中心として活躍する御三家の一つ、五条家の嫡男との結婚。嫡男の悟が望んだことだとしても、お互いの意志一つで安易に出来るものではない。

両親は蒸発し、唯一の育て親だった祖父も病で亡くなった。身寄りのない悠仁が、由緒正しい家柄に嫁ぐなど、歓迎されるはずがないのだ。

特級呪術師である実力を持っていても、悟と結婚をするための条件が足りない。

言葉にせずとも悟は悠仁の不安を察したのか、何も気にすることはないと言ってくれた。
それでも、これからの呪術界と五条家の継続、そして悟の未来を想えばこそ、悠仁は身を引くしかないと考えた。

それが、虎杖悠仁が呪術高専を自主退学した理由である。

求婚の返事を悟に告げないままだったが、自主退学をして連絡を絶ったことで、悟もきっと分かってくれると悠仁は信じていた。

悠仁が悟の求婚を断った理由はもう一つある。

それは悠仁の呪力の源だ。

千年以上も前に存在したと言われる呪いの王、両面宿儺。呪術界では禁忌とされる強大な存在である。

悠仁は生まれながらに、両面宿儺の呪力を受け継いだ特殊な体質だった。

虎杖家の先祖に両面宿儺との繋がりはなかったことから、悠仁が両面宿儺の呪力を受け継いだのは奇跡に近い偶然だという。

受け継いだのは強大な呪力だけであり、凶暴な本体は依り代である悠仁の中で眠り続けている。

両面宿儺の本体に意識を奪われず、呪力を扱えるのは、千年に一人の逸材らしい。

しかし、悠仁が扱えるのは両面宿儺の力の全貌ではなく、一部に過ぎなかった。僅かな力だとしても、倒せなかった呪霊は一体もいない。それほどまでに両面宿儺の呪力は強大なものであり、人間も呪霊も恐れるものだった。

だが、悟には勝てたことは一度もなかった。力の全貌を扱えるようになったなら、悟に傷一つくらいはつけられるかもしれないが、試す機会は永遠に来ないだろう。

 

甘いもの

「はあ…」

深夜の公園には悠仁以外誰もおらず、彼女はようやくマスクを引き下げて、パーカーのフードを脱ぐ。

ようやくまともに呼吸が出来たような気がした。

「っ…いてて…」

冷たい夜風が吹き出し、悠仁は引き攣るような顔の痛みを覚えた。冬が近づいて来ているからだろう。火傷に冷たい風は容赦なく沁みるのだ。

右の額から顎にかけて、悠仁の顔の半分は赤く爛れていた。爛れているのは顔の半分だけでなく、手足もだ。

服の下のほとんどは包帯が巻かれているが、包帯が覆われている部分は全て赤く爛れている。

呪術界関係者ならば、呪霊との戦いで負った傷だと思うかもしれない。一般人から見れば醜いそれも、呪霊と戦って負った傷ならば勲章と呼べるものだった。

しかし、この火傷は勲章ではない。悠仁が自ら・・薬品を浴びたことで負った火傷である。

皮膚が焼かれるのは、気を失うほどの激痛を伴った。薬品を浴びた時に比べたら今感じている痛みなど些細なものだ。

しかし、危険を察知して回避するために、痛みに慣れないように、体というものは厄介に作られている。

今でも鼻にこびりついている薬品の匂いや、皮膚が焼け爛れる匂いには慣れたが、あのまま痛覚も一緒に焼かれてしまえば良かったのにと悠仁は思った。

「………」

冷え切った身体を気遣い、温かい飲み物を飲もうと思った悠仁は自動販売機へと向かった。

毒々しいネオンの明かりと違って、公園の街灯や自動販売機の白い明かりは心が落ち着く。
小銭を入れて、悠仁は幾つもある飲み物のボタンの前で指をうろうろとさせた。

ホットココアのボタンを押そうとして、何かに指が弾かれたように、すぐ横のホットコーヒーのボタンを押す。鈍い音と共に、取り出し口に缶コーヒーが落ちた。

無意識のうちに甘いものを求めていた自分に驚き、悠仁はしばらく動けずにいた。

悟は極度の甘党だった。悠仁も女という性別であり、甘いものを欲する気持ちは分からなくはないのだが、悟ほどではない。

彼は一人で堂々と女性客が多いカフェにも堂々と来店して季節限定の新作ケーキを頼むこともあった。悠仁に差し入れてくれる飲み物やお菓子も、彼がお勧めする甘い物がほとんどだった。

仕事の疲れは甘いもので取るのだと女性のようなことを言う悟と付き合っているうちに、悠仁も甘いものをよく摂取するようになっていたのだ。

無意識にココアを選ぼうとしたことに、自分はまだ悟のことを忘れられないのだと思い知らされた気がした。

取り出し口から缶コーヒーを取り出し、悠仁はすぐにプルタブを引き、コーヒーを啜った。

「…にが…」

口の中に広がった苦味に、悠仁は思わず顔をしかめる。しかし、構わずにコーヒーを流し込んだ。

この苦味が喉を通っていけば、悟との思い出を全て黒く染めてくれるかもしれないとバカなことを考えていた。

口の中の苦味に意識を向けていると、悠仁は身体が疲労していることを思い出した。

今日は廃工場に住み着いていた特級呪霊二体を相手にしたのだ。両面宿儺の呪力があれば、いかに最上階級である呪霊を祓うことは容易かったが、膨大に呪力を消費してしまった。

普通の人間と異なる力を持っていたとしても、肉体は人間である。動けば腹は減るし、疲労も溜まるのだ。

「……、…」

悠仁は目を伏せると、口の中で呪文を呟いた。みるみるうちに悠仁の足下に血溜まりが広がっていき、吸い込まれるように悠仁の体が落ちていく。

次に目を開くと、悠仁は大きな血溜まりの真ん中に膝を抱えて座っていた。

生得領域の中である。家とは異なるのだが、自分の中にある空間にやって来ると、ほっとしてしまう。

あちこちに人の骨が積み重なっており、血の池地獄のような光景が広がっているが、悠仁にとっては見慣れた空間であり、ここは今の彼女にとって唯一落ち着ける空間だった。

生得領域は心の中と言っても良い空間であり、自分が許可をしなければ他の誰も入って来れない。

今も悟が自分のことを探しているのかもしれないと思うと、公共のホテルなど、自分がそこにいたという足跡を残す訳にはいかなかった。

連絡を取る手段がないのだから、悟が悠仁を探していたとすれば、手探りの方法しかない。厄介なのはこの世界で悟しか持っていない六眼の能力だ。

呪力を詳細に見分けることが出来るというその能力を使って、悠仁が呪霊を祓う時に利用する呪力を見つけるかもしれない。

悟が自分に興味を失くしたと分からない以上、警戒はしておいて良いだろう。あと数年はこの生活が続くことを覚悟していた。

深く心に根を張っている思い出が簡単に消え失せることはないけれど、考えない時間が長ければ長いほど、思い出というものは風化していくものである。悠仁はそう信じていた。

五条家の嫡男という立場や、彼の端正な顔立ちに惹かれる女性は多い。

薬品に身体が爛れた自分とは違って、名家である五条家に相応しい美しい女性と家庭を作ってくれることを悠仁はひたすら願っていた。

(あれ…?)

頬を伝う涙に気付き、悠仁は瞠目した。

もう涙なんて枯れたと思っていたはずなのに、まだ悟のことを想っている自分がいる。

赤く爛れた皮膚に涙が沁みて、悠仁は痛みに顔を強張らせた。

早く止めなくてはと思うのだが、泣くなと自分を叱りつければするほど涙が止まらなくなってしまう。

「っ…せ、んせ…」

恋人同士になってからも、悠仁が悟を呼ぶ時は「先生」のままだった。

名前で呼んでくれて良いんだよと言ってくれたこともあったけれど、気恥ずかしさがあって、結局最後まで「悟」と呼んであげることは出来なかった。破瓜を捧げた時でさえも、名前で呼んであげられなかった。

心残りがあるとすれば、期待してくれていたのに、一度も名前で呼んであげられなかったことかもしれない。

彼のことを嫌いになって別れたのならば、どれだけ良かっただろう。

 

目覚め

生得領域の中で眠ったが、頻繁に目を覚ましてしまう。

この生活を始めてから、一年近くが立つが、一度も熟睡出来たことがなかった。

生得領域には誰も入って来ないと分かっているのに、いつまでも眠っていると悟に見つかってしまいそうな気がするのだ。

目を覚ます度に、自分に何度も大丈夫だと言い聞かせて、再びうつらうつらと眠りに落ちかけた途端、また目を覚ましてしまう。

明日も呪霊を祓う依頼が入っているのだから、しっかり体を休めなくてはと思うのだが、悟が自分のことを忘れてくれるまでは、ずっと寝不足が続くかもしれない。そもそも彼が自分を忘れる手段など確かめようがないのだが。

目の下の隈はいつまでも濃く残っており、公衆トイレの鏡を見た時に自分でも驚いたものだ。

すれ違う人々は自分の赤く爛れた肌に驚いたり、同情するような視線を向けて来るが、この隈の濃さも気味悪さを強調させているのかもしれない。

この前も、呪霊を祓い終えて、深夜に公園で休憩をしていると、若い男たちに声を掛けられた。

しかし、街灯に照らされた悠仁の顔を見るなり、化け物でも見たような悲鳴を上げて一目散に逃げ出していったのだ。

悟が今の自分の姿を見たら、あんな風に自分から遠ざかるのだろうか。

もしそうなら、過去に恋人だった立場として多少はショックを受けるに違いないが、きっとその方が悟のためだろうと悠仁は自分を納得させた。

…結局いつも通り、熟睡は出来なかった。日が昇り始める頃に、悠仁は生得領域を解除する。

冬が近づいているせいだろう、朝陽が昇るのは随分と遅くなっていた。

まだ薄暗い公園で両腕を伸ばして身体の凝りを解していると、座っていたベンチに缶が置かれていることに気付く。

「…ん?」

ココアだった。誰かがゴミ箱に捨てず置いていったのだろうかと、悠仁は缶を手に取った。

(誰のだろ…)

プルタブが開けられておらず、まだ購入したばかりなのか、缶は温かい。

反射的に辺りを見渡したが、自分以外に公園にいる者は誰もいなかった。誰かの忘れ物だろうか。

「…ッ!」

昨夜、悟と交際していた時の癖でココアを購入しようとしたことを思い出し、悠仁は火傷でもしたかのようにココアを手放してしまう。

缶が乾いた音を立てて地面に落ちたが、悠仁はとても拾う気にはなれず、逃げるようにしてその場から駆け出した。

悟がこんな場所にいるはずはないと頭では分かっているのだが、少しでも可能性があるのならいち早く逃げなくては。

外部に展開しない生得領域ならば呪力の気配は察知されないと思っていたのだが、六眼という能力を持つ悟なら、微弱な呪力であっても気づくかもしれない。

もしも自分を追い掛けて来て、どうして逃げたのだと迫られても、彼を納得させられるような言葉を持ち合わせていなかった。

納得するかどうかは悟次第だし、何も言わずに彼の前から消えた自分を悟は恨んでいるかもしれない。

彼のことを想うだけで罪悪感が胸に圧し掛かる。

これは贖罪だ。悟を傷つけたのは分かっているし、自分はその罪を一生背負って生きなくてはいけないのだと悠仁は思った。

この醜い傷痕は、自分への罰なのだ。

 

廃校舎の噂

冬が近づくと、日照時間に比例して人々の負の感情が増えていく。つまり、呪霊の数もその分増えるのだ。

同じ依頼人から二度と依頼は受けないようにしている悠仁でも、仕事は山ほどあった。

一般人は呪霊が何たるものかをよく分かってないのが大半だ。

呪術師たちの後方支援を行っている補助監督を通さなくても、ある程度の金を払えばきちんと祓ってくれる悠仁の存在は便利で助かるらしい。

呪霊との戦いによっては建物の損壊もあるし、そういった手配も国へ申請してくれるのならば補助監督を通した方が絶対に良いと思うのだが、素人にはその良し悪しはよく分からないものなのだ。

とにかく起こっている問題さえ解決出来れば、つまり呪霊という恐ろしい化け物さえ退治してくれれば良いと考えている人間も少なからずいる訳である。

今日の依頼は廃校舎にいる呪霊を祓うことだった。

以前から取り壊しが決まっているのだが、呪霊が悪さをするせいで作業員や、深夜に肝試しのために忍び込んだ若者が何人も被害に遭っているのだという。

取り壊し作業が始まってからそのような被害続き、今では誰も近づきたがらず、工事が少しも進まないのだという。

素人の話だけでは呪霊が何体いるのか、どの程度の階級なのかは少しも想像できない。

後方支援をしてくれる補助監督がいたのなら、窓と呼ばれる呪霊を目視出来る協力者からいくつか情報をもらえただろう。

しかし、悠仁の呪力をもってすれば、階級の高い呪霊が何体いたところで意味はない。目の前に現れる呪霊は全て祓うのみだった。

依頼人とは基本的に対面せず、メールや公衆電話でやりとりを行っている。顔を知られたくないのと、少しでも自分という呪術師の存在を広めないためだった。

送られて来た地図を頼りに、電車を幾つも乗り継いで廃校舎に到着した頃には、既に陽が沈みかけていた。

取り壊しが決定している廃校舎の周りには住宅もなく、この廃校舎だけが浮いて見えた。

立ち入る前から呪霊の気配を感じ、悠仁は琥珀色の双眸で廃校舎をじっと見つめた。この距離から気配を感じるということは、高い階級の呪霊なのかもしれない。

万が一にも一般人に見られないために、悠仁は口の中で呪文を唱え、結界の一種である帳を下ろした。

絵具を塗ったかのように、空が闇に包まれていく。帳が下りたのを確認してから、悠仁は廃校舎の中へと足を踏み入れた。

校舎には幾つもの教室がある。一つずつ回っていくのは億劫ではあったが、祓うためには仕方がない。

(なんか懐かしいな)

通っていた母校ではないにせよ、学校という空間に悠仁の胸は懐かしさでいっぱいになる。

休み時間に教室で友人らと他愛もないことで笑い合ったり、苦手な勉強をこなしたり、当たり前のことを当たり前だと思ってこなしていた日々が瞼の裏に蘇る。

「………」

教室の窓から見える校庭を見下ろして、悠仁は溜息を吐いた。

一つ上の先輩たちにボロボロになるまで挑んだことだって、任務帰りに数少ない同級生とファーストフード店で腹を満たしたことだって、色褪せない思い出として残っている。

そして、何よりその中心にはいつだって悟がいた。

自分よりずっと年上で、生徒の成長を導く教員という立場であるというのに、悟はいつだって子どものように無邪気だった。かと思ったら急に大人と呪術界最強の一面を見せつけてくれる。

そのギャップも悠仁は好きだった。口だけではなく、確かに実力を兼ね備えている尊敬すべき人間で、たまらなく愛おしいと感じる存在だった。

「っ…」

喉がきゅっと締まり、目頭が熱くなる。

忘れようと何度も努力しているというのに、ふとしたことをきっかけに悟とのことを思い出してしまう。

今でもまだ悟の存在は心に根が張っているのだと自覚せざるを得ない。

(集中しないと)

悠仁は深呼吸をして、呪霊の捜索に頭を切り替えた。

瞬間。身体に弱い電流が流されたような感覚に、悠仁の身体が小さく跳ね上がる。

「…えっ?」

それまで校舎内にあったはずの呪霊の気配が消えたのだ。

 

廃校舎の噂 その二

まだ呪霊の存在を見つけてもいないのに、一体どうして気配が消えたのだろうか。

この帳の中にいるのは自分と呪霊だけのはずだ。第三者の侵入があればすぐに気配で気づく。

まれに複数の呪霊がいた場合、呪霊同士で呪力を奪い取ろうと共食いのような行動が見られるというのは知っていた。

しかし、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませてみるが、呪霊の気配はどこにも感じられない。

呪霊の数がどれだけいたのかは分からないが、縄張り争いでもして、相打ちになったとでもいうのだろうか。

依頼を受けた以上は、本当に祓えたのか確かめる必要がある。依頼人に終了した連絡を入れる前に、悠仁は本当に呪霊がいなくなったのか捜索を続けることにした。

前金は既に支払われているのだが、持ち逃げするような真似はしたくなかった。

依頼人には連絡先しか知られていないので、追われるようなことはないのだが、この方法でしか生きていくことを知らない悠仁には、足を付かないようにしながらも、悪い評判を立てられる訳にいかない。

(本当に呪霊が消えたのか…?なんで…?)

疑問が拭えないまま、悠仁は一つ一つの教室を確かめていく。

一階の奥にある教室の扉を開け、中を見渡した。ここにも呪霊の気配はなかった。

呪霊のせいで取り壊し作業が少しも進まなかったと聞いていたが、その教室も机や椅子が残っており廃校舎というよりは深夜の学校という印象の方が強かった。

「…ん?」

中央にある机に何か置いてあることに気付き、悠仁は導かれるように近づいた。机の上に缶が置いてあった。

肝試しのために忍び込む若者も居たと言っていたし、ゴミをそのまま置いて帰ったのかもしれない。

しかし、プルタブを開けられていないココアの缶には見覚えがあり、悠仁は手に取って凝視する。

今朝、公園のベンチに置かれていたココア缶を落として逃げ出したことを思い出した。どこの自動販売機でも販売しているものだったので、同じ種類なのはきっと偶然だろう。

(…なんで、砂がついてんだ…?)

未開封の缶に砂が付着しているのを掌で感じて、悠仁は眉根を寄せた。

(いや、まさかな)

あの時のココアが独りでにこんなところに移動したというのか。そんな馬鹿なことがあるものかと悠仁は苦笑を滲ませた。

当然ながら持ち帰って飲む気にもなれず、悠仁は机にそのココア缶を戻す。

「―――甘いもの、好きじゃなくなったの?」

背後から囁かれた聞き覚えのあり過ぎる声に、悠仁の心臓は、その一瞬、確かに止まったのだった。

 

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