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平行線の交差、その先に(桓騎×信←蒙恬)中編②

平行線の交差、その先に3
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/蒙恬×信/年齢操作あり/年下攻め/ギャグ寄り/甘々/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

中編①はこちら

 

独占欲の暴走

帯を外し、着物を脱がせていくが、信が目を覚ます気配は少しもなかった。

本当は僅かに意識がある状態で、体の自由が利かない程度のものを想定していたのだが、こればかりは仕方がない。

酒の酔いと合わさって、薬が強く効いているのだろう。量は調整したものの、ここまで効くとは正直予想していなかった。

本当ならば、信の意識がある中でこの身体を暴き、桓騎を裏切ったことと、その身を自分に差し出したことを彼女に教えてやりたかった。

着物を全て脱がせると、傷だらけの肢体が現れる。しかし、蒙恬はその傷だらけの体を少しも醜いとは思わなかった。

「信…」

名前を囁いて、蒙恬は彼女の肌に指を這わせた。
傷がある部分は凹凸を感じ、それ以外の場所はしっとりと吸い付いて来る。

「…ん…」

肌の上で指を滑らせ、胸の膨らみを撫でると、信の体がぴくりと跳ねた。

意識は眠りに落ちているというのに、体が反応しているのだと分かると、蒙恬の口角がにやりとつり上がる。

「信…好きだよ」

耳元で甘い言葉を囁くと、吐息がくすぐったいのか、信の顔がその刺激を避けるように傾いた。

「は、ぁ…」

もしかして耳が弱いのだろうかと思い、舌を差し込むと、僅かに身を捩って切なげに眉根を寄せている。

顔の横に力なく落ちている彼女の手に指を絡ませて、その体を組み敷き、恋人同士のように向かい合う。

もしも信が起きていたのなら、間違いなく蒙恬は殴り飛ばされていただろう。三日は寝込んでしまうくらいぼこぼこにされただろうし、罵声を浴びせられたに違いない。

それだけのことをされても仕方がないと言える凌辱を、蒙恬は今まさに彼女に行おうとしているのだ。

信を傷つけることがないように薬を盛ったのだが、結果的には心に酷い傷を負わせることになる。

決して傷つけたくないのに、結果としては傷つけてしまうというその矛盾に、蒙恬は自分の余裕のなさと醜いまでの独占欲を自覚するしかなかった。

どうせ桓騎の邪魔は入らないし、時間はある。

結果として傷つけてしまうことになるのなら、せめてその体を隅々まで味わって愛してやろうと思い、蒙恬は身を屈めて彼女と唇を重ねようとした。

 

 

「信ッ!ねえ、信ってばあッ!」

二人の唇が触れ合う寸前、激しく扉が殴打され、耳障りな甲高いが飛び込んで来る。

桓騎の配下であるオギコだ。再び邪魔が入り、蒙恬が乱暴に舌打った。

元野盗の集団で形成されている桓騎軍の千人将であるオギコは、特に桓騎に従順だった。
…とはいえ、有能とは言い難く、右腕というような立ち位置ではない。

その大柄な体格とは反対に、世間の立ち回り方の知らなさから仕方なく野盗として生きていたのか、はたまた世間知らずな面を良いように利用されて野盗になったところを桓騎に拾われたのか、とにかく桓騎のことを大いに慕っている男である。

桓騎が自分を敵視していることから、オギコにも警戒されていることは知っていたが、まさかここでも邪魔をされるとは思わなかった。

しかし、閂を嵌めた扉を通ることは出来ない。今のオギコに出来るのは、扉越しに眠っている信に呼びかけることだけだ。

「信!ねえ、摩論さんから聞いたけど、あの蒙恬って人とまだ一緒にいるの!?大丈夫ッ!?変なことされてない!?」

この機を逃せば信を手に入れることは出来ない。外野はやかましいが、このまま続けてしまおうと蒙恬が手を動かした時だった。

「信ってばー!返事してよッ!」

「…う、ん…?」

薬で深い眠りに落ちているはずの信の瞼が鈍く動いたのである。

酒の酔いもあって、声を掛けられたくらいでそう簡単には目覚めないと思っていたのだが、やはり幾度も死地を乗り越えている彼女はただの女ではない。

だが、もしも信が目を覚ましたところで、薬の効果が消えるわけではない。本来、蒙恬が狙っていた策通りに、意識がある中で自分にその身を犯されることになるだけだ。

むしろ目を覚ましてくれた方が都合が良いと心の中でほくそ笑みながら、蒙恬は再び身を屈めて唇を重ねようとした。

 

救出

「―――信ッ!どこにいるッ」

今度はオギコじゃない声が響き、蒙恬は反射的に顔を上げた。

間違いない。この声は桓騎だ。

ずっと想いを寄せていた女を手に入れられる興奮によって速まっていた鼓動が、今度は激しい動揺で、より一層速まった。

(もう戻って来た?一体どうして…!)

数日かかるあの距離をもう往復して来たのかと、蒙恬は眉間にしわを寄せた。

桓騎がこちらの企みに気づくとすれば、蒙驁の屋敷に到着してからとしか思えない。
祖父には信の補佐に行くと伝えていたから、話題の一つとして桓騎に告げのただろう。

そして鋭い桓騎のことだから、その話からすぐにこちらの目的を導き出し、大急ぎで引き返して来たのかもしれない。
しかし、彼が引き返して来たとしても、決して間に合わぬように蒙恬はこの状況を作り上げたのだ。

蒙驁の屋敷に向かっている桓騎と途中ですれ違わぬよう、細心の注意を払いながら、念入りに計画した策だったというのに、まさかもう戻って来るとは思いもしなかった。

(待てよ…)

どうして桓騎が予想よりも早く駆けつけることが出来たのか。蒙恬は口元に手をやって思考を巡らせる。口元に手をやるのは蒙恬が考える時の癖だった。

急いで引き返すとすれば、途中で馬を替える必要がある。だが、蒙恬の企みに気づいた桓騎は引き返すのに精一杯だったに違いない。

替えの馬を事前に手配しておくことなど、そんな状況では出来なかったはずである。ならばその替えの馬はどこで手に入れたのか。

桓騎が途中で替えの馬を手に入れる方法があるとすれば…。

(――王翦軍と会ったのか!)

蒙恬は再び舌打った。

城の制圧を終えて、秦国へ向けて帰還している王翦軍と道中すれ違ったのだ。
王翦軍は秦への帰還、そして桓騎は再び魏へ戻る。目的は違えど、通る道は同じだ。

まだ疲れ切っていない馬を王翦軍から拝借し(桓騎のことだから強引に奪ったに違いない)、彼は止まることなく、この魏の汲まで駆けつけたのだろう。

そういえば信は、危篤状態である蒙驁の見舞いには王翦と共に行くように、桓騎へ指示を出していたらしい。

―――桓騎の野郎…わざと声掛けなかったな…!

面倒臭がった桓騎が彼に声を掛けることなく、単独で蒙驁の見舞いに行ったことが、結果的に実を結んだということだ。

偶然に偶然が重なっただけではあるが、まるで天が桓騎の味方をしたかのような結果に、蒙恬はいたたまれない気持ちを抱いた。

「お頭!こっち!この部屋だよッ!」

オギコが桓騎を呼ぶ声がする。こちらへ向かって来る足音が聞こえ、蒙恬は深い溜息を吐いた。どうやら作戦は失敗に終わったらしい。

「おい、聞いてるかクソガキ」

扉をぶち壊す勢いで乱暴に殴打され、ドスの効いた声で脅迫される。もちろん恐ろしくはないが、このまま続けていれば本当に扉を壊されてしまうだろう。

「俺を出し抜いたことは褒めてやっても良いが、それ以上・・・・しやがったら、白老の孫でも容赦しねえからな」

それ以上というのは、きっと信をこの手で汚すことだろう。

残念ながら接吻の一つも出来なかったことを心の中で毒づきながら、諦めて信の上から身を退いた。

「おい、聞いてんのかッ!」

「…ん…ぁ…桓、騎…?」

聞き覚えのある声が微睡んでいた意識に小石を投げつけたようで、信がゆっくりと瞼を持ち上げていく。

薬で溶かしたはずの意識が蘇ったのも、やはり天が桓騎の味方をしているのだろうか。
未だぼんやりとしている信と目が合う。

「蒙、恬…?」

「おはよう、信。…ごめんね?」

乱れた着物を整えながら、蒙恬は目覚めの挨拶の後に謝罪する。

しかし、その言葉の意味が理解出来ないようで、信は寝ぼけ眼のまま、不思議そうに小首を傾げていた。

閂を外して部屋を出ると、殺気で目をぎらぎらとさせた桓騎と、そんな彼に狼狽えているオギコが立っていた。

「あーあ、せっかく信と良い気持ちで寝てたのに、台無しにされちゃった」

両手を頭の後ろで組みながら、蒙恬がちゃらけるように言う。

未遂であったものの、寝てた・・・という言葉に反応したのか、桓騎のこめかみにふつふつと青筋が浮かび上がった。

普段は冷静冷酷な桓騎がここまで感情を顔に出すのは珍しい。それだけ信のことが心配だったことも、彼女のことを大切に想っていることも分かった。

その余裕のない顔を見れただけでも良しとするかと、自分を無理やり納得させながら、蒙恬は部屋を後にした。

 

 

意外にもあっさりと部屋を出て行った蒙恬を横目で睨みつけてから、桓騎はすぐに部屋の中に飛び込んだ。

「信!」

信は寝台の上に横たわっており、薄目を開けていた。

着物に乱れはなかったが、桓騎がここに駆けつけるまでに、もしかしたら全てが終わってしまったのではないかと不安を覚える。

帯を外して強引に襟合わせを開き、念のため脚の間も覗き込んだが、どうやら本当に未遂だったようだ。

「おい…何してんだよ」

眠そうな顔で、しかし、寝起きの頭でも着物を脱がせられたことを察して、信の顔に怒りの色が宿る。すぐ傍ではオギコが桓騎の行動の意図が分からず、円らな瞳をさらに真ん丸にしていた。

「おい、放せ…」

未遂だったことに安堵しながら、着物を整えてやっていると、桓騎の手首を掴もうと持ち上げた信の手が途中でぱたりと落ちてしまう。まるで力が入らないかのようだ。

寝起きにしてはおかしいと感じた桓騎はまさかと目を見開いた。

「…オギコ、ありったけの飲み水持ってこい」

「う、うん、わかった!」

弾かれたようにオギコが部屋を出て行く。二人きりになると、桓騎は険しく目尻をつり上げた。

「あのクソガキに何された」

「え…?な、何って…?」

「何か飲まされたか?」

まだ頭が働いていないのか、それともそうなるよう仕組まれていたのか、信はぼんやりとしながら言葉を返す。

「ええと、あ…そうだ、寝る前に、酒…飲んだ…」

酒と聞いて、やはり薬を盛られたかと桓騎は舌打つ。

辺りを見渡すと、台の上には酒瓶が一つと、杯が二つ置かれている。二つの杯はどちらも空だったが僅かに濡れており、信も蒙恬も同じ酒を飲んだことが分かる。

信の酒の強さは、彼女と共に過ごす時間の長い自分がよく知っている。いつも余裕で酒瓶を数本空けるというのに、たかだか数杯飲んだところで眠りに落ちるはずがないのだ。薬を盛られたとみて間違いないだろう。

「あいつが持って来た酒を飲んだのか?」

「いや…ここの地酒だって、城に置いてあったのを、摩論がくれた…」

参謀の名前が出てきて、桓騎の溜息がますます深まる。
そういえば、この城を制圧した時に、摩論が地下倉庫にあったという地酒を見つけて持って来てくれたことを思い出した。

もしも酒自体に細工をしたのなら、蒙恬も薬を飲むことになる。信と二人きりになる状況を作り上げた張本人が、まさかそんな失敗を犯すとは思えなかったし、先ほどの様子を見る限り、彼が薬を飲んでいないのは明らかだ。

もしも蒙恬が薬が効かないという特殊体質なら、酒を飲んだとしても不思議ではないが、そんな話は聞いたことはない。

…だとしたら細工をしたのは信が口をつける杯の方・・・・・・・・・・だろうと、桓騎はすぐに答えを導き出した。

信が見ていない隙をついて杯に薬を盛ったのか、それとも杯を準備する段階から薬を仕組んでいたのか。

自分を出し抜くために策を企てた用意周到な蒙恬のことだから、後者の気がしてならない。そしてその場合、仲間の中に、杯を準備した協力者・・・がいることも考えられる。

元野盗の集団である配下たちのことを桓騎はよく知っていた。きっとその者に蒙恬が金目の物をちらつかせ、それを報酬として手渡すのを条件に協力を呼び掛けたに違いない。

その協力者には、後日厳しい制裁を与えるとして、今は信の身体から薬を抜かせることを考える。

酒と同じように、こればかりは大量に水を飲んで体外に流し出すしかないだろう。

「お頭っ、持って来たよ!」

飲み水の入った大きな水甕を両手で抱えたオギコが戻って来た。
もしもオギコがいなければ、信と蒙恬のいる部屋を隅々まで探し回っていただろうし、その隙に信が汚されてしまったかもしれない。

王翦軍から新たな馬を借りて走らせている間も、すでに信が蒙恬にその身を犯されているのではないかと思うと、気が気でなかった。

「…オギコ、よくやったな。偉いぞ」

「えっ?お頭に褒められたー!やったあー!」

水甕を台に置いたオギコが嬉しそうに目を細めた。

彼もこう見えて元野盗の一人なのだが、金目の物にはあまり興味を示さない男だ。素直で扱いやすく、愛着がある。

さすがに配下全員がオギコのような性格だと、それはそれで苦労しそうだが、桓騎は腹の内に黒いものなど何一つ抱えていない彼のことを気に入っていた。

オギコが部屋を出て行ってから、桓騎は寝台の上で信の体を抱き起こし、さっそく水を飲ませ始めた。

 

救出 その二

寝台の上で、信は桓騎に横抱きにされた状態で大量の水を飲ませられていた。

大きな水甕の中身がようやく半分になった頃、信が力なく首を振る。

「ん、んぅ…も、もう、飲めねぇ、よ…」

哀願されるが、桓騎は無慈悲にも水を汲んだ杯を彼女の口元に宛がう。

「飲め。薬を流すにはそれしかない」

きっと酒の酔いも合わさって、薬の効果は強く出ていることだろう。二日酔いの時のように、大量の水を飲んで排泄を促すことしか方法はないと桓騎は考えていた。

「も、ほんと、腹、いっぱい、だって…」

飲み終えたのは水甕の半分とはいえ、それでもかなりの量である。誰であっても全て飲むのは至難の業だろう。彼女の腹の膨らみを見れば、苦しがっているのも無理はなかった。

しかし、桓騎は新たに水を注いだ杯を容赦なく口元に宛がう。

「知らねえよ。とにかく飲め」

八つ当たりに等しい行為だと自覚はあった。

たとえ幼い頃から知っている蒙恬だったとしても、彼も立派な男だ。
これほどまでに手の込んだ策を企てるほど、信を手に入れようとしていたというのに、信は味方を疑うという警戒心が足りない。

もしもオギコが居なかったら、帰還中の王翦軍とすれ違わなかったら、確実に信は蒙恬に食われていただろう。想像するだけでも腸が煮えくり返りそうになる。

「ううーっ」

水を飲むのを拒絶しようと、信が目と唇をきゅっと閉じた。まるで苦い薬を嫌がる子どものようだ。

「ったく…」

飲まれなかった水が滴り落ち、顎から胸元まで濡らしてしまったので、桓騎は諦めて杯を離す。

やっと解放されたと言わんばかりに信が安堵の表情を浮かべている間に、桓騎は残りの水を口に含んだ。

今度は杯ではなく、桓騎の唇が押し当てられ、驚いた信は目を見開いて唇を薄く開いてしまう。

「ん、ふぅぅんッ!?」

何とか桓騎の体を押し退けようとするが、桓騎の唇が蓋の役割を担っているせいで、流れ込んで来た水を吐き出すことは許されず、信は泣きそうな顔で水を飲み込んだ。

「げほっ…桓騎、お前ッ…!」

涙目で睨みつけられるが、桓騎は肩を竦めるようにして笑った。

「まあ、これだけ飲んだなら大丈夫だろ」

自分を押し退けようとした両手には少しずつ力が戻って来ているし、一気に大量の水を飲んだこともあり、薬の効果はもう持続していないのだろう。これなら、明日動く分には差し支えなさそうだ。

明朝から撤退を始めることはオギコから聞いていた。どうせあとは撤退するだけなのだから、馬車の荷台に寝かせておいて良かったのだが、今回の蒙恬のこともあったし、できれば自分の目の届く場所にいてほしかった。

 

 

ようやく解放されたことに、信は長い息を吐いて、身体の芯から力が抜けてしまったかのように脱力した。

一度に大量の水を飲まされたことで、顔に濃い疲労を浮かべ、信がそういえばと桓騎を見やる。

「なあ、桓騎」

「ん?」

「…蒙恬は、なんで俺に、薬なんて盛ったんだ?」

桓騎の手から空の杯が滑り落ち、小気味良い音を立てて床を転がる。

「な、なんだよ…?」

まるで信じられないとでも言わんばかりの顔で視線を向けられて、信は狼狽えた。

「信…お前、それ本気で言ってんのか?」

冗談を言えるような女ではないと頭では理解しているものの、蒙恬の行動の意図が分からないと言った信に、桓騎は呆れを通り越して、呆然とするしかなかった。

信は、蒙恬から向けられている好意に、少しも気づいていなかったのである。

「………」

桓騎は自分の顎を撫でつけた。
ここで蒙恬が薬を飲ませて何をしようとしていたのかを告げるのは簡単だ。しかし、それは同時に信がこれまで気づかなかった蒙恬の好意を自覚させることになる。

異性として意識されていたのだと知れば、きっと信もこれからは蒙恬への態度を見直すことだろう。

しかし、信のことだから、自分に好意を持っている人間を無下には出来ないし、冷酷に遠ざけることなど出来るはずがない。

むしろ拒絶出来ないのを良いことに、蒙恬がまた信に襲い掛かるのではないかと危機感を抱いた。

あの男がそう簡単に信を諦めるとは思えない。信に好意を気づかれようが気づかれまいが、必ず手中に収めようとするはずだ。

「…お前に聞かれちゃまずい話をしてただけだ」

「ふうん…?わざわざ薬なんて飲ませなくても…」

苦しい言い訳ではあったが、半分は事実だ。それに、信自身はそれほど気にしていないようだったので、桓騎はそれ以上何も言わなかった。

(面倒だな)

こうなれば、一刻も早く信と婚姻を結ぶしか方法がない。

きっと蒙恬が此度の計画を企てたのは、信がまだ桓騎と婚姻を結んでいなかったからで、なおかつ邪魔者である桓騎が来ない絶好の機会を狙ってのことだったに違いない。

祖父の腹黒さを受け継いだあの男のことだから、信と桓騎が婚姻を結んだとしても諦めるとは思えない。

もしかしたら自分を亡き者にして彼女を手に入れようとするかもしれないし、可愛い孫の頼みとあらば、白老・蒙驁も容易に副官である桓騎を見放して、信が蒙家に嫁ぐように、あれこれ手回しをするかもしれない。

それはその時に考えるとして、今は彼女の無事を噛み締めようと、桓騎は信の体を強く抱き締めた。

 

思い出

桓騎がずっと抱き締めたまま放してくれないので、信は慰めるように彼の背中をそっと擦ってやった。

その手には先ほどよりも力が入っていて、目を覚ましたことと、大量に水を飲ませたことで薬が抜け始めていることが分かる。

「…寝てる間、ずっと、懐かしい夢見てたんだ」

抱き締められたまま、信は薄く笑みを浮かべていた。

「お前と出会った日、芙蓉閣に連れて行って、医者に診せたんだよ」

懐かしい思い出を夢で見ていたのだと、信が呟く。

「…生憎、そんな昔のことまで覚えてねえよ」

その言葉は半分本当であり、半分嘘だった。

どうやら信に拾われた時の話らしいが、その時の記憶にはところどころ靄が掛かっていて、覚えている部分とそうでない部分があるのだ。

朦朧としていた自分を、信が抱き上げてくれたことはかろうじて覚えているものの、その後の記憶は途切れてしまっている。

あの時は飢えと疲労で酷く衰弱していたし、雨に打たれ続け、指先まで凍えていた。
もしもあのまま信が助けてくれなかったら死んでいたに違いない。医者じゃない者でも分かるほど、当時は死ぬ寸前だったのだ。

次に覚えているのは、温かい布団の中で目を覚ました時だった。芙蓉閣へ保護されてから、五日も経っていたらしい。

自分の世話を任されていた芙蓉閣の者たちから、飛信軍の信将軍に保護されたという話を聞き、余計なことをしてくれたものだと立腹したのは覚えている。

あの雨の中で死んでしまった方が楽になれたに違いないと、桓騎は信じて止まなかったのだ。

その後、自分の様子を確かめるために、芙蓉閣を訪れた信に文句を言おうとして、言葉を失った。

―――桓騎、目が覚めたんだな。良かった。

世辞でもなく、本当に自分の回復を喜んでいるといった彼女の笑顔に、桓騎は文句を言おうとしていたことをすっかり忘れてしまったのだ。

そんな眩しい笑顔を見せられれば、余計なことをしやがってなんて、口が裂けても言えなかった。

思い返してみれば、桓騎はその時から、信のことを異性として意識していた。

それは命を助けられた恩ではなくて、単純にこの女を自分のものにしたいという、男の本能のようなものだったのだと思う。

当時のことを覚えていないという桓騎に、信が少し寂しそうに笑った。

「薬を飲ませてやったり、一緒に褥に入って身体を温めてやったのになあ」

「……はっ?」

桓騎がその言葉を理解するまでには、随分と時間が掛かった。

 

(薬の口移し?添い寝?)

慌てて記憶の糸を手繰り寄せるも、やはり思い出せない。どうやら意識がない時に、随分と信から手厚い看病を受けていたようだ。

信と初めて口づけを交わしたのは、彼女が風邪を悪化させた秦趙同盟の夜だとばかり思っていた。

まさか意識を失っている時に、彼女に薬の口移しをされていたなんて知らなかった。
さらには信自らが、素肌で冷え切った身体を素肌で温めてくれていたとは。

そんな貴重なことを断片ですら覚えていないだなんて、何て勿体ないことをしたのだと桓騎は自責した。

「なんで、たかがガキ一人にそこまで…」

つい愚痴のような口調で零してしまう。わざわざ問わなくても、桓騎はその答えを理解していた。

素性も分からぬ死にかけの子供を保護したのは、信に目の前の人々を救いたいという信条があるからだ。

あの雨の日に倒れていたのが自分でなかったとしても、きっと彼女は迷うことなく助けていただろう。

将軍という立場である信が手厚い看病までする必要はないのに、自らの手で目の前の人々を助けようとする。そんな彼女だから、多くの兵や民に慕われ、秦王からも厚い信頼を得ているに違いない。

そして、自分もそんな彼女だから、心を奪われたのだ。

「………」

桓騎に理由を問われた信は困ったように笑うばかりで、答えようとしない。

その反応を見て、桓騎は嫌な想像をしてしまった。愛おしさ余って独占欲が掻き立てられる分、心配が激しくなる。

「まさか、お前…俺の他にも保護したガキや女たちとも寝てたのか?」

「はっ?」

何を言っているのだと信が硬直する。

驚きのあまり言葉を失っている信を見て、桓騎の眉間に深い皺が寄った。

「…おい、お前は仕事として割り切ってるかもしれねえけどな、薬を口移しで飲ませて、人肌分け与えるなんて、そんな簡単に操売るような真似をしてんじゃねえよ」

「は、はあッ!?勘違いするなッ!」

低い声で説教じみたことを話すと、信がたちまち顔を真っ赤にさせて声を荒げた。薬を飲まされていたはずなのに、桓騎の言葉に怒りが込み上げたのだろう。

「他の奴らにはしてないし、それにッ、お、俺は口移しで飲ませたなんて言ってない!ちゃんと着物も着てたぞ!」

必死になって否定した信に、そういえば口移しをしたとも、素肌で温めたとも言っていなかったことに気づいた。それはただの桓騎の願望であった。

 

思い出 その二

(そういや…)

桓騎が知らなかったことと言えばもう一つある。
ふと、蒙驁から聞いた話を思い出した。

―――…ああ、そうじゃ。桓騎よ。縁談と言えば…。

それは桓騎がずっと知らなかった話で、しかし、信がずっと隠蔽していたらしい秘密である。

「…俺に届いてた縁談を、全部お前が断ってた・・・・・・・・・って、本当か?」

「えッ!?」

ぎょっとした表情を浮かべた信のその反応から、蒙驁から聞いた話が事実であると瞬時に理解する。

信の手配によって桓騎が蒙驁のもとへ身を寄せていた頃、初陣を終えてからみるみる知将の才を開花させていった桓騎のもとに、ひっきりなしに縁談が届いていた。

本来、縁談というのは両家の親同士で決めるものであるが、戦争孤児として身寄りのない桓騎には、縁談相手を自らで選ぶ権利があった。

知将として多くの武功を挙げていく桓騎が、今後も秦国で活躍をすることを見込んでいた家系が多いのだろう。届いた縁談はそれはものすごい数だったという。

桓騎に届いた縁談は、彼が付き従っていた蒙驁を経由して届いていた。

しかし、身内というわけではなく、副官として桓騎を傍に置いている蒙驁は判断に迷い、桓騎の縁談については保護者同然である信に任せたのだという。

きっと信のことだから、届いた縁談話に目を通すことなく「お前が決めろ」と全て丸投げするに違いないと、蒙驁の話を聞いた時、桓騎は考えた。

しかし、桓騎のもとに届いた縁談話が返って来ることはなかった。

つまり、信が桓騎の縁談を全て断ったということで、そしてそれが事実なら、信が桓騎を結婚させたくなかった・・・・・・・・・・・・・・・意志があったということになる

長年付き従っている白老は、冗談は言っても嘘は言わぬ男であった。

しかし、昔からずっと自分からの好意を適当にあしらっていたはずの信がそんなことをするはずがないと、蒙驁の話を聞いても、桓騎は半信半疑だったのである。

だが、どうやらそれは蒙驁の言う通り、事実だったことを確信し、桓騎の頬はみるみるうちに緩んでいく。

「あっ、いや、あれは、その…違うッ」

桓騎にからかわれまいと、信があたふたと言葉を紡いだ。

嘘が吐けないのは、この世の中を生き抜く上で損な性格だと思うが、信に限っては愛おしさしか感じられない。

顔を赤らめていくのがまた愛らしくて、桓騎は彼女の体を思い切り抱き締めてしまう。

「ど、どうせ断っただろ?なら、お前が断ろうが、俺が断ろうが、変わりないだろっ」

桓騎の腕の中で開き直ったかのように事情を始めるが、言い訳をすればするほど墓穴を掘っていることに信は気づいていないらしい。

「ふうん?」

ますます口角がつり上がってしまい、桓騎は懸命に笑いを噛み堪えていた。

 

「…聞いてもいねえのに、なんで俺が縁談を断るって分かってたんだ?一人や二人くらい、気に入る女がいたかもしれねえだろ」

届いていた縁談のほとんどは貴族の娘や、秦王の傍に仕えている高官の娘だったという。

知将の才を発揮した戦での活躍、それに加えて、街を歩けば女性からたちまち黄色い声を上げられる端正な顔立ちをしている桓騎に、下賤の出であることは目を瞑る娘たちは多かったらしい。

蒙驁の話を聞く限り、どれだけの縁談が来ていたのかは知らないが、とても指で数えられるほどではなかったのは明らかだ。

もしかしたら気に入る縁談があったかもしれないのに、桓騎が縁談を全て断ると確信していた信の気持ちを追求すると、彼女は困ったように顔を赤らめて眉根を寄せた。

「そ、それ、は…」

その反応に、信もその頃から自分と同じ気持ちでいてくれたのだろうと自惚れてしまう。

きっと桓騎は、縁談を全て断り、最終的には自分を選ぶ。
傲慢にも思えるが、信がそう思ってくれていたのかと、考えるだけで堪らなく愛おしさが込み上げた。

愛情には底がないということを、信と関わる中で初めて知った。…憎しみにも底がないということは、李牧と関わって知ったのだが。

「あ、あの時は、まだ、お前も将として未熟だったし、将軍昇格に向けて、武功を挙げている時だったから…その、邪魔にならないようにって…」

さっさと認めれば良いものを、小癪にも私情は挟んでいないと訴える信に、桓騎は素直じゃないなと苦笑を深めた。

そういう素直じゃないところも彼女らしいと思うのだが、たまには信の素直な気持ちが聞きたいと思い、桓騎は意地悪な質問をすることにした。

「…なら、今届いてる縁談には、お前は一切口を出さねえってことだな?」

「えっ」

信が呆気にとられたような表情になる。
桓騎のもとに届いていた縁談を信が断っていたのは、将軍に昇格する前だ。蒙驁の副官ではあったものの、一応、桓騎の立場は信の管轄下にあった。

その後、桓騎が将軍昇格をした途端、それまでのことが嘘だったかのように、縁談話が雪崩れ込んで来て、今まで一つも来なかった縁談が大量に届いたことで、大層戸惑ったことを覚えている。

恐らくは、桓騎が将軍に昇格したことで地位が確立し、蒙驁や信を経由しないで縁談が届くようになったのだろう。

しかし、自分の元へ直に縁談が届くようになったとしても、桓騎はそれをずっと断り続けていた。

信以外の女と結婚なんて、考えられるはずがなかったからだ。

 

後編はこちら

おまけ小話①過去編「宴の夜」(3600文字程度)はぷらいべったーにて公開中です。