初恋のまじない(蒙恬×信)

初恋のまじない(蒙恬×信)前編

初恋のまじない1
記事内に商品プロモーションを含む場合があります
Pocket

  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/嫉妬/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話は「初恋は盲目」の後日編です。

 

婚儀

蒙恬と信の婚儀は、秦王自らが参列して祝辞を述べるという盛大な式となった。

秦王であり親友の嬴政から、蒙恬は秦国に欠かせない将であると婚儀で祝辞を述べられたとき、信は自分のことのように喜んだし、その言葉には蒙一族全員が感涙していた。

蒙恬を幼少期から世話していたじィこと胡漸は、顔が上げられないほどむせび泣いていたし、それを見た蒙恬も、珍しくもらい泣きしそうになっていたことを覚えている。

嬴政が式に参列することは以前から決まっていたので、盛大な式になるのは予想していたのだが、王一族の参列はないと思っていた。

王騎と摎の養子であった信だが、馬陽で二人を失ったこともあり、今では王一族との繋がりなどないに等しいからだ。

しかし、信の予想に反して、婚儀には王翦を筆頭に王一族も参列することとなった。その中には王賁の姿もあった。

…結果として秦王や高官や将軍たち、蒙一族と王一族、それから二人を祝福する仲間や民たちが集い、国の行事にも負けないほどの賑わいを見せたのである。

秦王が参列するだけでも天下の珍事だというのに、大勢が祝福をしてくれ、一生思い出に残る婚儀となった。

婚儀を終えた夜、二人は夫婦として初めて共に夜を過ごす…いわゆる初夜を迎えた。
しかし、婚前に何度も身を交えていたので初夜とは呼べないのかもしれないが、改めて夫婦となったことに気恥ずかしさを感じる。

それでも蒙恬に抱き締められ、愛を囁かれると、これからもこの国を守っていかなくてはという気持ちが深まり、信は将としての責務を誇らしく感じた。

どうやら蒙恬も同じことを考えていたようで、武功の話で盛り上がってしまい、婚儀の後だというのに、寝台の上でこんな泥臭い話をするのは中華全土で自分たちだけだろうと二人は笑い合った。

 

元下僕の身分である信にも、蒙家の家臣たちは親切にしてくれる。

王騎と摎の養子とはいえ、元下僕の身分である信が名家に嫁ぐことは、色々と支障があるのではないかと考えていたのだが、その心配は杞憂だったらしい。

名家の嫡男である蒙恬の結婚相手として相応しくないと、中には結婚を反対していた家臣もいたと思うが、そういう連中から面と向かって何かを言われることはなく、かといって陰で何か言われている気配もなかった。

六大将軍二人の養子でありながら、信自身も大将軍の座に就き、さらには秦王の唯一無二の親友であることが味方したのか、婚前になって蒙恬の屋敷へ移り住んでからも、あからさまな嫌がらせには遭わずにいた。

幼い頃、蒙恬は軍師学校を首席で卒業して将軍になったなら、信を妻に迎えるという約束を信本人だけでなく、父の蒙武とも交わしていたという。

見事に有言実行した蒙恬は、あれこれ血筋に口を出す蒙家の人間たちどころか、信自身さえ黙らせたのだ。

蒙武も武人であり、将である立場ゆえに、約束を破るような無粋な男ではない。蒙家の当主である彼が、息子と信の婚姻を認めたことで、家臣たちも婚姻に口を出すことはしないのだろう。

自分の見ていないところで蒙恬がどのような裏工作をしていたのかは知らないが、こうなれば諦めて、素直に彼の愛情を受け入れるしかないだろうと信は思った。

晴れて正式に夫婦と認められた蒙恬と信は、その後も将として活躍をしていた。

 

【話題沸騰中!】今なら無料で遊べる人気アプリ
ステート・オブ・サバイバル_WindowsPC版
PROJECT XENO(プロジェクト ゼノ)
ムーンライズ・領主の帰還
宝石姫

 

軍務

軍政のことで昌平君からの呼び出しがあり、蒙恬は咸陽宮に滞在していた。

軍師学校を首席で卒業し、あっという間に大将軍にまで上り詰めた蒙恬の知将としての実力は重宝されており、先日の侵攻戦で手に入れた領土と城の防衛設計について依頼されたのである。

それを依頼したのが軍の総司令を務める昌平君で、彼からの信頼が厚い証拠でもあるのだが、蒙恬といえば憂鬱な気分でその軍務をこなしている。

防衛設定についての話がなんとか形になった頃、蒙恬は溜息を吐きながら机に突っ伏した。

「あー…奥さん不足が極まりない…今日中にでも信に会わないと死んじゃう…いてっ!」

不吉な独り言を零した弟子の頭を軽く叩き、昌平君は城の防衛設計についてまとめられた書簡を手に取った。

今も師と称えている昌平君が書簡の内容に目を通し、小さく頷いたのを見て、蒙恬の表情に笑顔が戻る。

「もう帰っていいですか!?いいですよね!?」

「城壁の設計が甘い。この端にある侵入経路を突かれれば、簡単に開門されて乗り込まれるぞ」

帰宅許可が出るかと思いきや、やり直しだと言われてしまった。ようやく信が待つ屋敷に帰れると思ったのに、蒙恬はがっくりと肩を落とす。

もう咸陽宮に来てからそれなりの日数が経過していた。
信に限って、夫の不在中に不貞行為をするだなんて思えなかったのだが、離れている時間が長いと色々な不安が込み上げて来る。

一人で寂しがっていないだろうか、自軍の鍛錬に精を出し過ぎて無理をしていないか、きちんと食事をしているか、風邪は引いていないか、自分の見ていない場所で嫌がらせをされていないか…色々なことが気になって仕方がない。

早く帰還するためには、一刻も早く執務を終わらせれば良いだけだと頭では分かってはいるものの、少しも気力が湧かない。

「…先生、もしかして、新婚の俺たちに嫉妬してますか?だから俺と信の時間を邪魔しようと…いでっ!」

淀んだ瞳を向けながら、師である彼に棘のある言葉を投げかけると、丸めた木簡で頭を軽く叩かれた。

「将軍昇格となった自覚が足りんようだな」

(ちぇ…さっさと終わらせよう)

口を尖らせながら、蒙恬は渋々昌平君から指摘された部分の修正案を検討する。

敵からの侵入経路を完全に塞いだ設計を提示すると、ようやく帰宅許可を得ることが出来たので、蒙恬は一刻も早く妻に会うために、颯爽と馬車へ乗り込んだ。

 

再来

蒙恬が咸陽宮に行ってから、どれだけの日数が経っただろう。

まだひと月は経っていないと思うが、婚儀を終えてからしばらくはずっと一緒にいたこともあって、何だか気持ちが落ち着かない。

現況を知らせる書簡の一つも来ないのはそれだけ激務なのか、それとも昌平君の許可が出ないのか。恐らく後者だろうと考えた。

互いに将という立場で、大勢の兵や軍政を任されている立場なのだから、長い期間会えなくなるのは珍しくない。しかし、寂しい気持ちを抱いてしまうのは、それだけ蒙恬に絆されてしまった証拠だろう。

(あー、やめやめ。集中しろ!)

握っている剣に意識を戻し、信は鍛錬に集中するように自分に喝を入れる。
正式に夫婦となってからは蒙恬の住まう屋敷の母屋で過ごすようになったが、広い庭で剣を振るう習慣は以前と変わりない。

戦の気配があればすぐに駆け付けなくてはならないので、軍の指揮だけでなく、自分自身も力を備えておかなければならないのだ。

気を抜いていると、あっという間に蒙恬に先を越されてしまう。

この屋敷で暮らすようになってから、信は蒙恬に頼まれて、手合わせに付き合うことがあった。

もちろん信が勝利した回数の方が圧倒的に多いのだが、本当の戦場で相見ればどうなるか分からない。

武力より知略の才に長けている蒙恬といえど、彼は男にしては身のこなしが軽い。こちらの剣筋を確実に見極めて回避されるので、なかなか一撃があたらないのだ。

さらに反撃の一撃は重く、ただ武器を振るうのではなく、的確に急所を狙ってくる。
彼が武力よりも知略に優れていることに慢心して接近戦に臨めば、いつか泣きを見るだろう。

外見はともかく、蒙恬はあの蒙武の息子なのだから、武器を持たせればその実力は確かだと分かる。

「…はあ…」

握っていた剣を下ろし、信はまた無意識のうちに溜息を吐いていた。

自分がこれだけ寂しいと感じているのなら、蒙恬はその倍は寂しがっているに違いない。普段から家臣たちの目も気にせず愛の言葉を囁いてくるし、執務とはいえ、離れなくてはならないことにさんざん駄々を捏ねていた。

最終的には信が馬車に蒙恬を無理やり押し込んで見送ったのだが、帰って来たら犬のようにまとわりついてくるに違いない。そこまで考えて、早く会いたくて堪らない気持ちでいる自分を認めるしかなかった。

 

 

「ふう…」

額の汗を拭いながら、今日はこの辺で終わろうかと考えていると、正門の辺りが何やら騒がしいことに気が付いた。

蒙恬が帰宅したのだろうかと考えたが、騒ぎに耳を澄ませると、あまり平穏な雰囲気ではなさそうだ。

迷うことなく信は正門へ向かった。
この屋敷の留守を任されているのだから、何か問題が起きたのなら自分が対処しなくてはならない。妻としての責務を全うしなくてはと意気込んだ。

「蒙恬様はご執務で留守にされております。どうかお引き取りください」

正門に辿り着くと、幼い頃から蒙恬の世話をしていた年老いた侍女が来客の対応しているのが見えた。

何があったのだろうかと近づいていくと、侍女に声を掛けられても引き下がろうとしない若い女の姿があった。

身なりから、それなりに裕福な出であることが分かる。どこかの令嬢だろうか。

「いいえ、蒙恬様が戻られるまでずっとここで待っています!」

(げっ)

あの女性がどんな目的があってやって来たのかは分からないが、まさか蒙恬が一方的に関係を断ち切った婚約者候補ではないだろうか。そう直感した信はあからさまに顔をしかめた。

信自身は蒙恬の婚約者となった時も、婚姻を結んでからも、婚約者候補であった女性たちから妬み恨みの感情を向けられたことはなかった。

この中華全土で名を知らぬ者などいない秦の大将軍であり、王騎と摎の養子、さらには秦王嬴政の親友という唯一の無二の存在であることから、怒りを買うわけにはいかないと思われたのかもしれない。

しかし、蒙恬の方には恨みつらみが記された書簡が送られて来たと聞いたことがある。

彼女たちとの過去の関係を、蒙恬はすっかり清算した気になっているのかもしれないが、そう簡単に人の心というものは動かせるものではない。

いつかは元婚約者候補の女性が屋敷に乗り込んで来るのではないかと危惧していたことがあったのだが、見事にそれは実現されたということだ。

隠れてやり過ごそうかとも考えたが、やはり蒙恬の妻という立場で屋敷の留守を任されている以上は介入せざるを得ないだろう。

それに、一向に帰ろうとしないあの女性の対応に、侍女の方もすっかり困り果てているようだ。仕方ないと信は覚悟を決めて前に出た。

 

【話題沸騰中!】今なら無料で遊べる人気アプリ
ステート・オブ・サバイバル_WindowsPC版
PROJECT XENO(プロジェクト ゼノ)
ムーンライズ・領主の帰還
宝石姫

 

謎の来客

「おい、何があった?」

「信さま」

声を掛けると、侍女が一礼をし、言葉を選びながら状況を説明し始める。

「その、来客がいらしたのですが…蒙恬様が不在だとお伝えても、お帰りにならず…」

信が視線を向けると、来客の若い女性がはっとした表情になった。
どうやら信という名前を聞きて、彼女こそが飛信軍の将、そして蒙恬の妻だと気づいたのだろう。

「突然のご訪問、失礼いたしました。お会いできて光栄ですわ、信将軍」

礼儀正しく一礼した女性が、幼い頃からしっかりと教育を受けている、つまりはそれなりに身分の良い娘であることが分かった。裕福な家庭育ちの者は身なりだけでなく、言葉遣いや態度にも表れる。

しかし、蒙恬の婚約者候補の女性であったのならそれも納得できた。高官の娘か、名のある商人の娘だろうか。

屋敷まで押しかけて来たということは、てっきり婚約者の座を奪われ、婚姻を結んだことを妬まれているのかと思ったのだが、そうではないらしい。
その礼儀正しい態度や眼差しから、こちらに対する怒りは少しも感じられなかった。

この場に蒙恬がいたのなら、彼に直接怒りをぶつけていたのかもしれないが、妻として蒙恬がそんな目に遭うのは嫌だった。ここは穏便に解決させなくてはと使命感に駆られた信は夫を真似て、人の良さそうな笑みを繕う。

「何か蒙恬に用か?」

もしかしたら蒙恬が居留守をしていると思われているのかもしれない。嘘ではなく、本当に不在であることを告げたものの、令嬢の表情が崩れることはなかった。

「実は私、蒙恬様が幼少期に家庭教師をしておりましたの。近くを通りましたので、ぜひご挨拶をと思い…」

「家庭教師…?」

蒙恬は幼い頃から家庭教師がつけられていた。王賁もそうだが、どうやら名家の嫡男というのは初陣を出る前から立ち振る舞いであったり、勉学を義務付けられているらしい。

(ん?なんか、引っ掛かるな…)

何となく胸に突っかかりがあり、その正体を探ろうと信は記憶を巡らせた。

 

 

―――初恋が失恋に終わって良かったって、そう思ったんだ。

いつかの蒙恬の言葉を思い出し、信は冷水を浴びせられたように青ざめる。まさか、この女性が蒙恬の初恋相手ということだろうか。

振り返って、侍女を見ると、彼女は困ったように眉根を寄せて小さく首を横に振った。どういう意味か分からず、思わず顔を寄せると、侍女は信の耳元で、蒙恬に家庭教師がついていたことは確かだが、この女性ではないと教えてくれた。

この侍女は胡漸と同じく、蒙恬が幼い頃から蒙家に仕えている。家庭教師の女性とも面識はあったという。ただ何年も前のことなので、顔についてはよく覚えていないそうだ。

だが、あれから何年も経過している・・・・・・・・・のに、まるであの当時から年を取っていないような外見をしている。

童顔で実年齢よりも若く見えるのとはまた違う。これは確実に別人で、蒙恬の家庭教師だと偽っているに違いないと侍女は小声で信に訴えた。

外見だけなら蒙恬や自分よりも若く見えることに、たしかに信も違和感を覚えていた。
たしかに侍女の話を聞く限り、この若い女性が家庭教師に成り済ましているとしか思えない。

相手が野蛮な男ならともかく、可憐な女性を無理に追い返すのは良心が痛む。ここは穏やかに帰ってもらおうと、信が顔に笑みを貼り付けながら口を開いた。

「悪いが、あいつは軍の総司令に呼ばれて宮廷に行ってるから、いつ帰って来るか分からないぞ」

それは嘘ではないし、侍女もずっと彼女へ告げていた事実だ。

「そうだったのですか…」

先ほどから侍女も同じことを言っていたのに、どうやらその女性は蒙恬と会わせないための口実だと思い込んでいたのか、ここに来てようやく引き下がる気配を見せた。

蒙恬がこの場にいなくて良かったと、信は顔に出さずに安堵する。

この若い女性の正体が蒙恬の初恋相手である家庭教師とは思えないのだが、ただでさえ今も胸がもやもやとしていて、笑顔を繕ったままでいるのがやっとだった。

家庭教師の女性は別の男性のもとに嫁いだという話を聞いていたのに、それでも嫉妬の感情が湧き上がってしまう。
もう蒙恬と自分は婚姻を結んだ正式な夫婦だし、毎日のように愛を囁いてくれるとはいえ、過去の恋愛をなかったことには出来ないからだ。

自分が知らないだけで、蒙恬には自分以外に愛していた女がいたのではないか、そして今もその女を愛しているのではないかという不安に襲われてしまう。

まるで蒙恬を信じていない自分に嫌気がさす。

大将軍を目指していたときの、仲間たちと武功を競い合っていた時のような嫉妬とはまた種類が違うし、自分の独占欲が絡むせいか、醜い感情だと思ってしまう。

 

蒙恬の初恋相手

「…ん?」

その時、屋敷の外から物凄い勢いでこちらへ向かってくる馬車が見えて、信は思わず首を傾げた。
屋敷の前に停まるや否や、御者が扉を開けるよりも先に馬車の扉が開けられる。

「信、ただいま!」

満面の笑みを浮かべた蒙恬だった。

(こんな時に…!)

確かに夫の帰宅をずっと待ち侘びていたがよりにもよって今帰って来るとは。動揺を悟られないように冷静でいようと思う者の、つい顔が引きつってしまう。

「やっと帰って来れた~!先生がなかなか許可をくれなくてさ…でもこれでしばらくは大丈夫だから」

再会を喜ぶように、信を抱擁しようと蒙恬が両腕を広げた時、

「蒙恬様!」

「ん?」

家庭教師を名乗る女性が目を輝かせ、彼の前で一礼する。
誰だか分からずに、蒙恬は何度か瞬きを繰り返し、それから信と侍女の方へ困ったような視線を向けて来た。

これまでの経緯を伝えようと侍女が口を開きかけて、それよりも先に女性が自己紹介を始める。

「私です!幼少期の蒙恬様の家庭教師をしておりました」

「……えっ?」

いきなりそんなことを言われた蒙恬はただ驚愕の表情を浮かべるばかりである。

それはそうだろう。蒙恬がまだ十にも満たぬ時に家庭教師をしていたというのに、外見は蒙恬とそう変わりない年齢なのだから、すぐには信じられるはずがない。

厄介なことになったとは思いながらも、信は正直安堵していた。
きっと蒙恬のことだから、こちらが言わずともすぐに目の前の状況を理解し、言葉巧みに彼女を追い返すと思っていたのだ。

「…本当に、先生…?」

信じられないと言った表情で、しかしその瞳に僅かな歓喜の色が浮かんでいる蒙恬を見て、信は嫌な予感を覚えた。

 

 

「ご立派になられましたね、蒙恬様」

家庭教師を名乗った女性は蒙恬の言葉に大きく頷いて、穏やかな笑みを浮かべた。
将軍昇格や、戦での活躍を労う言葉をつらつらと並べていくその女性に、蒙恬の表情が綻んでいく。

(おい、まさか、本当に家庭教師だって信じてんのかよ?)

信は家庭教師の女性と面識はないのだが、面識のある侍女が彼女ではないと否定したことに絶対的な自信を持っていた。

「…先生こそ、よくいらっしゃいました。久しぶりにお会いできて嬉しいです」

しかし、蒙恬はまるで再会を喜ぶかのような言葉までかけ始めたことに、信も、信の後ろに仕えている侍女も蒙恬の反応に驚いた。しかし、侍女の方は主が丁重にもてなしている手前、何も口を出せずにいるようだった。

「………」

信は静かに唇を噛み締めて、言葉を飲み込んだ。

心配しなくても、自分は正式に蒙恬の妻になったのだから、他の女性に夫を奪われるようなことはない。何度も自分にそう言い聞かせるものの、目の前で談笑する二人のせいで、胸のざわつきが一向に落ち着かない。

それが嫉妬という名の感情だと分かったのは、信にも経験があったからだ。

婚姻が決まったばかりの頃、宮廷で蒙恬が自分以外の女性と密会している現場に出くわしてしまい、破談の危機に陥った。結局のところ、あれは誤解だったのだが。

それでも、自分以外の女性と身を寄せ合っている蒙恬の姿を思い出しただけでも気分が悪くなってしまう。

たかがその程度で嫉妬するなんて、自分の心の余裕のなさに信は呆れてしまったのだが、それでも彼と夫婦になってから日に日に独占欲は増していく一方だった。

婚前から変わらず、蒙恬は自分を好きだと言葉にして伝えてくれるのだが、それでも不安になってしまうことがある。

こんなにも想い合っているのは今だけで、いずれ蒙恬は自分以外の女性を選んでしまうのではないかと。

 

 

嫉妬

「…信さま?お加減が優れないのですか?」

物思いに耽っていると、心配した侍女が声を掛けられて、信ははっと我に返る。
傍にいる二人の会話を聞きつけ、蒙恬の意識がようやくこちらに向き直った。

「信?具合悪いの?」

「え、あ…ええと…」

体調が悪い訳ではなかったのだが、これ以上ここにいたくないという想いがあったのは事実だった。

返事に戸惑っていると、蒙恬が心配して顔を覗き込んで来る。

「俺がいないからって、無茶な鍛錬してたんだろ」

「べ、別にそういうんじゃ…」

蒙恬の肩越しに、家庭教師の女性がこちらとじっと見据えていることに気づく。

幼い頃から戦に出ているせいか、信は他人から向けられる負の感情や視線には敏感なのだが、特に彼女の視線からは羨望や嫉妬などの感情を向けられている気配はなかった。

蒙恬の初恋相手だということで嫉妬をしてしまったのだが、彼女からすれば純粋に教え子の成長や再会が嬉しかったのだろう。

彼女が蒙恬を異性として見ている訳ではないのだとわかり、ほっと安堵する。同時に、自分の幼稚な部分が浮き彫りになった気がして、途端に恥ずかしくなった。

「さ、先に部屋に戻ってる」

「えっ?信?」

蒙恬から逃げるようにして、信は足早にその場を立ち去った。

部屋に戻ると行っておきながら、彼女は普段生活をしている母屋の方ではなく、婚前に暮らしていた別院の方へと向かう。とにかく今は、一人になれる場所に行きたかった。

 

【話題沸騰中!】今なら無料で遊べる人気アプリ
ステート・オブ・サバイバル_WindowsPC版
PROJECT XENO(プロジェクト ゼノ)
ムーンライズ・領主の帰還
宝石姫

 

以前まで過ごしていた別院は、今も侍女たちが丁寧に清掃をしてくれているので、埃一つなく綺麗だった。

母屋では蒙恬との寝室が用意されているのだが、別院で使っていた寝室は今もそのままになっている。

婚姻を結ぶ際、蒙恬がそのままにしておくように従者たちに指示を出していたのだ。

別に母屋で生活するようになるのだから構わないのにと思ったのだが、蒙恬は首を横に振った。

―――だって、信は一人でどこか遠くに行っちゃいそうなことがあるから。もし、一人になりたい時はこの部屋を使って。約束だよ。

こちらは何も言っていないというのに、勝手に約束を取り付けられた。

あの時は蒙恬の取り越し苦労だろうと思っていたのだが、その通りになっていた。
本当は愛馬に乗って何も考えずに遠くを走りたいと思っていたのだが、無意識のうちに別院の寝室に駆け込んでいたのである。

「………」

丁寧に寝具が整えられている寝台に腰を下ろし、信は落ち着きなく自分の両手を組んだ。

「…っくしゅ!」

肌寒さを感じて、信は大きなくしゃみをしてしまった。
鍛錬の後で湯浴みをしたいと思っていたのだが、来客の対応をしていたうちに汗が引いており、体が冷えてしまったのだろう。

「………」

屋敷のどこにいても、自分がくしゃみや咳をしたら、すぐに飛んで来てあれこれ心配してくれるはずの蒙恬が今日は来てくれなかった。

それに寂しさを覚えながら、信は寝台にごろりと横たわる。

何も考えないように眠ってしまおうと瞼を下ろすものの、頭の中では蒙恬とあの女性のことばかり浮かび上がった。

蒙恬と彼の師である昌平君が話をしている時には何も感じないというのに、どうしてだか複雑な感情が波立つ。

あの女性が本当に蒙恬の家庭教師だったのかどうかは、もはや信の中ではさほど問題ではなくなっていた。

幼い頃からきちんとした教養を受けている女性を見ると、無意識のうちに自分に欠けている部分を羨望してしまう。
さらには蒙恬が自分に向けるものと同じ笑顔を振り撒いていると思うと、それだけで胸が苦しくなるのだ。

もちろん蒙恬と出会ったきっかけになったのは、信が養父である王騎のような大将軍を目指していたからなのだが、それでも考えてしまうことがある。

蒙家のような名家で生まれ育ち、淑女としての教養を受けていたのなら、こんな劣等感を抱くことはなかったのかもしれないと。

 

中編①はこちら