- ※信の設定が特殊です。
- めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
- 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
- 昌平君×信/蒙恬×信/嫉妬/特殊設定/All rights reserved.
苦手な方は閲覧をお控え下さい。
初めての友人
信がようやく自分に興味を抱いたことを察し、蒙恬は目を細めている。
「名前教えてよ。駒犬が名前ではないでしょ?」
簡素な自己紹介の後、蒙恬が名前を尋ねて来た。
「………」
昌平君からの許しを得ていない信は、蒙恬に見せつけるように、自分の手の平に名前を書く。
「…信?信って名前なの?」
指で書いた名を読み、蒙恬が小首傾げる。そうだと肯定するために、信は大きく頷いた。
「良い響きだね」
この名は顔も知らぬ親につけられたものだ。戦で命を失ったとされる両親がどんな思いを込めてつけたのかは信には分からない。
しかし、字の読み書きも出来なかった信が、昌平君から名前の書き方と意味を教わった時、不思議と温かい気持ちで胸を満たされた。
生まれてから、信が親からもらったのはこの名だけである。信にとってこの名は特別なものだった。
主以外の人間から名を褒められたことが今まで一度もなかったので、どういった反応をするべきか分からずに信は戸惑った。
「…信は、口が利けないの?」
困惑している信に、蒙恬が心配そうに声を掛けて来た。今度は否定するために首を横に振る。
声を出せない訳でもないのに、なぜ言葉を話そうとしないのか、蒙恬は不思議で堪らないらしい。
「………」
身振り手振りで理由を告げようかとも考えたが、信は諦めて蒙恬に向かって背中を向けた。
先ほどの騒ぎを広めず、円満に解決をしてくれたことに恩は感じていたが、これ以上つるむつもりはなかった。
感謝の言葉を伝えられない代わりに、蒙恬の疑問を一つ解消させてやったのだから十分だろう。
たとえ蒙家の嫡男だとしても、自分と関わりのある立場ではないし、ここで会えたのは単なる偶然で、もう会うことはないはずだ。
屋敷に戻るために歩き始めると、
「信、待って」
後ろから蒙恬が腕を掴んで来たので、信はうっとおしそうに視線を返した。
話さないくせに、感情は随分と豊かなのだと分かった蒙恬が意地悪な笑みを深める。
「ねえ、俺と友人になってよ」
(はっ?)
そんなことを言われるとは思わず、信は思わず声を出して聞き返しそうになった。
驚いて振り返ると、蒙恬はにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている。
「別に友人になるだけなんだから、先生の護衛役には支障ないでしょ?」
彼の問いに、信がたじろぐ。その反応を見て、蒙恬が目をきょとんと丸めた。
「え?もしかして、それも先生の許可がいるの?」
頷くことも首を横に振ることも出来ない信は、困ったように目を泳がせていた。
信に友人と呼べる存在は一人もいない。常に昌平君の護衛役として付き添っていることで、同年代の者たちと関わる機会が一度もなかったのだ。
そもそも友人という関係性について学んで来なかった信には、昌平君からの許可が必要になるのかさえ、自分で判断が出来ずにいる。
しかし、友人という存在を望んだことはない。
駒犬としての役目を果たすことが信の全てであり、友人と関わる機会など今後もないだろうと思っていた。
どうやら信の考えを見抜いたのか、蒙恬が意味深な笑みを浮かべる。
「俺が初めての友人?」
「………」
友人という関係性は、お互いが認識して成立するものなのだろうか。
信が返事に躊躇っていると、
「…それじゃあ、もしも先生に叱られるようなことがあったら、俺が先生を説得してあげる。どう?」
その言葉を聞いても、信の表情は優れない。この場に昌平君がいたのなら、主に選択を委ねることが出来たのにとすら思った。
いつも昌平君からの命に従っているせいで、自分で判断する能力が著しく衰えているのだ。しかし、そのことに何ら支障はない。
駒犬には不要なものであると昌平君からも言われていたし、その分、主に忠実で従順であることを示すことが出来る。今後も変わる必要はないと教わっていた。
意を決した信が、再び蒙恬に背を向けた時だった。
「信の知らない先生のこと、教えてあげようと思ったんだけどなあ」
その言葉は、見えない杭となって、信の両足を地面に打ち込んだ。
信の知らない昌平君の姿。それは信が出入りを許されない軍師学校と謁見の間で執務こなす主のことを指す。
長い月日を共にしていても、未だかつて、信は一度もその姿を見たことがない。
誰よりも昌平君の傍についているのは他でもない自分だというのに、その自分が知らない主の姿を軍師学校の生徒たちは知っている。それを考えるだけで信の腸は煮えくり返りそうだった。
その感情の名を嫉妬だということを、信はまだ主から教えられていない。
「どう?悪い話じゃないでしょ」
ようやく信が話に興味を持ったのだと気づき、蒙恬は後ろから信の肩に腕を回し、顔を覗き込んで来る。
楽華隊の隊長である蒙恬は、あの蒙武将軍の息子だと聞いていたが、この華奢な体つきを見ると、本当に親子なのかと疑ってしまう。
「…交渉成立ってことで良いのかな?」
どうやら友人というのは、交渉の末に獲得する関係性らしい。
昌平君も自分の教え子なのだから、こんなことに口を出してくるようなことはしないはずだ。
「………」
信は諦めて頷いた。その返事に気を良くしたのか、蒙恬の口元に笑みが深まる。
「それじゃあ、ゆっくり話せる場所に行こう!」
「ッ…!」
ぐいと腕を掴まれて、信は引っ張られていく。
逃げないように首輪でもつけたつもりなのだろうかとも考えたが、友人という関係はこれが普通なのかもしれないと無理やり自分を納得させた。
初めての友人 その二
(え…?)
ゆっくり話せる場所として蒙恬が選んだのは、なんと軍師学校だった。
門を潜る手前までは、信も昌平君に同行しているのだが、この先に行ったことは一度もない。
軍師学校は厳しい警備がされている宮廷のすぐ傍にあるせいか、門番は初めからいない。盗まれて困るような機密事項は学校に置いていないので、警備する必要がないのだそうだ。
しかし、立ち入りが出来るのは関係者と、厳しい試験を潜り抜けて来た優秀な生徒たちだけである。
不意に立ち止まり、ぽかんと口を開けながら軍師学校を見上げている信に、蒙恬が不思議そうに振り返った。
「どうしたの?」
「……、……」
首を横に振って、自分は入ることが出来ないと訴える。
掴んでいる腕を引っ張られても、信は両足に力を込めてその場から絶対に動こうとしなかった。
「…ここは許可がないと入れないんだ?」
頑なに進もうとしない信に、蒙恬が納得したように頷いた。
「それじゃあ、信って…先生が軍師学校にいる時の様子は何も知らないんだね」
その言葉を聞き、信のこめかみに鋭いものが走った。
護衛役として他の者たちよりも、昌平君と長い時間共に過ごしている自分が唯一知らない姿だ。小馬鹿にされたような気がして、信は唇を強く唇を噛み締める。
蒙恬にはそのようなつもりはないのだと分かっているのだが、信は主の姿を全て把握出来ていないことに劣等感さえ覚えていた。
「なら、俺の付き人ってことにして入ろう」
それなら何も問題はないと明るい声で提案されるが、それでも行けないと信は首を横に振った。軍師学校の敷居を跨ぐ許可を得ていない。
主が傍に居ない時であっても、主の命に逆らうことは許されない。今までそうして生き続けて来たのだ。安易な事情で、駒犬の規定を破る訳にはいかなかった。
信が頑なに規定を守り続けるのには、もしも昌平君の命に背いたことを本人に気付かれれば、躊躇うことなく斬り捨てられるかもしれないという不安があった。
斬り捨てられるのならまだ良い。斬り捨てる価値もないと見放されたら、そう思うだけで、信は恐ろしくて震え上がってしまう。
昌平君に捨てられれば、もう自分は一人では生きていけないのだと、信は骨の髄まで理解していた。
「ッ…!」
急に項を指でするりと撫でられて、信は小さく跳ね上がる。くすぐったくて、思わず声を上げそうになったが、寸でのところで飲み込んだ。
何をするんだと蒙恬を睨みつけると、彼はこちらを挑発するかのようにあははと笑った。
「そんなに怯えなくても大丈夫。もし、信が先生に捨てられちゃったら俺が飼ってあげるから」
慰めるように声を掛けられると、ふつふつと怒りが込み上げて来る。
自分が主だと認めたのは昌平君だけであり、誰であっても彼以外の人間を主として認めるつもりなどない。
むっとした表情を浮かべている信に蒙恬が軽快な笑い声を上げる。よく笑う男だと思った。
先に門を潜った蒙恬が振り返り、おいで、と手招かれた。
「…………」
不安げに瞳を揺らしている信を見て、蒙恬は昌平君の命令を背くことになるのを怯えているのだろうと考えた。
「…あ、それじゃあさ、これはどう?」
戻って来た蒙恬が、坐買で男に絡まれて助けてくれた時ように、信の肩に腕を回す。
何をするんだとすぐに険しい表情へ変わった信の顔を見て、蒙恬が声を潜める。
「俺が軍師学校の前で倒れてたのを、信が助けて救護室に運んでくれた。…これなら先生だって叱らないでしょ?」
これが名も知らぬ者であるならともかく、蒙家の嫡男を助けたとなれば、さすがに昌平君も文句は言わないだろう。
信はしばらく躊躇っていたが、意を決したように顔を上げて頷いた。
「…良かった」
満足そうに蒙恬が口角をつり上げる。
「じゃあ、行こうか。場所は俺が案内するから」
具合が悪そうな演技をするために、蒙恬は信の肩に腕を回したまま俯いた。その手を掴み、信は初めて軍師学校の門を潜ったのだった。
「…、……」
「入り口はこの奥」
門を潜った後、簡素な装飾が施されている軍師学校の入口を通り、長い廊下を歩いた。
今は生徒たちが一つの教室に集まって軍略について学んでいる時間帯であるからか、廊下には信と蒙恬以外誰もおらず、静けさが満ちていた。
蒙恬の話だと、生徒同士で軍略囲碁を打ち合ったり、過去の戦の記録を読み返すこともあるのだそうだ。
「…突き当たりを右に進んで」
案内に従いながら、信は救護室を目指した。
昌平君が救護室にいないことは分かっていたが、もしも遭遇してしまったらどうしようと身構えてしまう。
倒れていた蒙恬を助けたことを責められはしないと思うのだが、勘が鋭い主がこの偽装工作を気づいたらと思うと、背筋が凍り付いた。
自分の意志で命令に背いたのだと気づかれて、どこにでも行ってしまえと捨てられかもしれないと、信は思わず唇を噛み締めた。
「………」
引き返すなら今しかない。もう一人の自分が叫ぶが、進み出した足は止まらなかった。
今まで一度も見たことがない主の姿を、信はどうしても知りたかったのだ。主に捨てられる代償を伴うとしても。
「…大丈夫だよ、信。俺がついてるから」
罪悪感のあまり、顔色を悪くしている信を見て、蒙恬が優しい声色で囁いた。
彼は本当に戦に出ているのか疑わしいほど華奢な体つきをしており、着物に花のような甘い香を焚いている。声を聞かなければ、信は蒙恬を女だと思い込んでいただろう。
秘め事
救護室を覗き込むが、中には誰もいなかった。
設置されている寝台も机も綺麗に整っており、誰かが使った形跡どころか、誰かがいた形跡も見当たらない。
もしかしたら常に無人なのだろうか。これでは急病や怪我人の対応が出来ないのではないかと信が不振がっていると、
「たまに軍略囲碁で頭を使い過ぎて倒れる生徒がいるくらいだからね。そんな頻繁には使われていないんだ」
軍師学校に常駐している医師はおらず、宮廷に常駐している医師団が時折見回りにやって来るのだと蒙恬が教えてくれた。
救護室に足を踏み入れるなり、蒙恬はいくつか並べられている簡素な寝台の一つにごろりと横たわる。
もしも昌平君がやって来たとしても、すぐに演技が出来るようにしているのだろう。
「信、こっち来て」
手招きをされて、信は彼が横たわる寝台の隅に腰を下ろした。
「何が訊きたい?信が知らない先生のこと、なんでも教えてあげるよ」
「っ、…」
軍師学校で仕事をする主のことなら何でも知りたかった。すぐに質問をしようとして、寸でのところで声を飲み込む。
出入りを禁じられている軍師学校に入ったのだから、せめて普段の言いつけは厳守しなくては。
それに、もしも主がここに現れたとして、蒙恬と口を利いている姿を見られたらと思うと、安易には話せなかった。
開きかけた口を慌てて噤んだ信が、訊きたいことを声に出す以外で伝えようと狼狽える。辺りを見渡すが書き物に使う道具も見当たらない。
名前を教えた時のように、手のひらに指で文字を書こうとした信を見て、蒙恬はにやりと笑った。
「信が喋らないなら教えてあげない」
「…、…っ…」
なんだと、と信が歯を食い縛る。その反応を見て、蒙恬がまた軽快に笑った。
「せっかく二人きりなんだから声くらい聞かせてよ」
「………」
許可を得ていないのだから、自らの意志で発言は出来ない。信は腕を組んで、蒙恬から顔を背けた。
こちらは昌平君に捨てられる代償を背負っているというのに、蒙恬の機嫌一つで安易に命令違反をする訳にはいかなかった。
ただでさえ立ち入りを禁じられている軍師学校に入ってしまったのだから、これ以上の違反行為は出来ない。
だんまりを決め込んだ信を見て、蒙恬は諦めたように肩を竦めた。
「…先生はね?全然表情変わらないんだよね。褒めてくれる時も、お説教する時も、ずーっとあの顔なの」
昌平君の真似をしているのか、蒙恬が自分の目尻を指でつり上げる。それが主に似ているのか信にはよく分からない。
しかし、彼の話を聞いて、今まで知らなかった軍師学校での指導員としての主の一面を初めて知ることが出来た。
「…あ、やっと笑った」
指摘されて、信は慌てて口元を押さえた。つい頬が緩んでいたようだ。俯いて前髪で顔を隠すが、蒙恬にはしっかり見られてしまったらしい。
「もっと聞きたいでしょ?先生のこと」
「っ…」
甘い誘惑に信は分かりやすく狼狽えた。
その反応を見て、蒙恬が追い打ちを掛けるように言葉を続けた。
「それじゃあ、喋らないで良いから、もっとこっち来て?」
寝台に横たわったまま、蒙恬が自分の太腿を二回叩いた。
「っ…?」
いつも主が自分を呼び寄せる時と同じ仕草だったこともあり、信は驚いて目を見開く。
反射的に立ち上がりかけた体を制し、信は蒙恬を睨みつけた。
「…先生のこと、もっと知りたいでしょ?ほら、こっちおいでよ」
穏やかな声色で、太腿を二回叩いて再び信を呼び寄せた。
自分を呼び寄せる仕草が昌平君と同じだったのは偶然だと頭では理解しているのだが、信はあからさまに動揺を見せていた。
「ふうん?俺には懐いてくれないんだね」
つまらなさそうな口調で呟かれたので、信は機嫌を損ねてしまっただろうかと顔色を窺った。
「あーあ、せっかく良い友人になれると思ったんだけどなあ」
(…まさか、こいつ…)
信はここに来てようやく、この男の機嫌によっては、今の秘め事を主に告げ口するつもりなのではないかと危惧した。
軍師学校を入学するには難易度の高い試練を合格しなくてはならないし、卒業となればまたそれに相応しい努力をしなくてはならない。それを蒙恬は首席を卒業したと聞いていた。
そんな優秀な男の機嫌を損ねれば、腹いせに明晰な頭脳を使って信の立場を引き摺り下ろすかもしれない。
自分が軍師学校に手引きしたことは気づかれぬように、昌平君に告げ口をするだろう。
共に軍師学校に足を踏み入れた時から、蒙恬にとって有利な状況が完成されていたのだ。信の立場で見れば、蒙恬に従わなければ主に捨てられることに直結してしまう。
もっと警戒するべきだったと信は今になって後悔した。昌平君の教え子ということと、甘い条件に誘惑されたことで、油断してしまった。
ここで信が逃げ出せば、間違いなく残された蒙恬は昌平君のもとへ向かうだろう。
代償を覚悟でここまで来たのだから、何としてでも主に気付かれる訳にはいかない。お互いにとって良い条件を満たし、不満なく終わることさえ出来れば、取引は成立するのだ。
秘め事 その二
「……、……」
きゅっと唇を噛み締めた信は一度立ち上がって、横たわる蒙恬の身体に跨った。
「あは、やっと懐いてくれたんだ?」
腹筋を使って起き上がった蒙恬は、嬉しそうに信の腰元に腕を回して来た。
簡単には離れられないようにしっかりと抱き締められてしまい、信はしきりに扉の方へ目を向ける。
誰かが救護室の前を通る気配は相変わらずないのだが、もしも昌平君が来たらどうしようという不安はなくならない。
「そんなに心配しなくても、滅多に使われない場所だから大丈夫だよ」
信の視線を追い掛け、蒙恬は安心させるように声を掛けた。
「友人らしいことしようか」
「?」
そんなことを言われても、それが何であるか信には想像がつかなかった。
あからさまに狼狽えている信に、いきなり蒙恬が顔を近付けてくる。
「ッ!」
不意に首筋に唇を寄せられて、信は反射的に逃げようとした。しかし、それよりも早く蒙恬の手が項に回された。
後ろから首を押さえられて、逃げ道を奪われると、首筋に小さな痛みが走る。
「ッ、ぅ…?」
少ししてから蒙恬が顔を離すと、赤い痣が浮かび上がっていた。じんと疼くような痛みが首筋に残っていた。
昌平君と身を交える時も、時々される行為だったので、どうしてそんなことをしたのだろうと険しい表情を浮かべる。
自分の唇をぺろりと舐め回すと、蒙恬は得意気に笑みを深めた。
「だって、先生も信にしてるでしょ?こういうこと」
「っ…」
不意に項を撫でられて、信はくすぐったさに肩を竦める。そういえば昨夜の情事で、昌平君に項を噛みつかれた。蒙恬に背を向けた時に気付かれてしまったのだろう。
「…信は知らないだろうけど、これは友人同士なら普通なんだよ?先生は教えてくれなかったでしょ?」
信の項を撫でつけながら、蒙恬がそう教えてくれた。
(これが、普通?)
自分と昌平君は主従関係で結ばれているというのに、なぜ友人にすることを自分に行っていたのだろう。
今の蒙恬と自分のように身を寄せ合う行為が友人なのだとしたら、昌平君は自分以外の誰かとも同じことをしているのだろうか。
昌平君の着物から他の者の匂いを嗅ぎ取ったことはなかったが、蒙恬の言うことが本当だとしたら、自分が傍にいない間に誰かと会っているのだろうか。
初めて外の世界を教えられた信は大いに戸惑い、その胸に不安を募らせた。
「…あ、そうだ。言い忘れてた」
「?」
何かを思い出した蒙恬がその口元に意地悪な笑みを深めたので、信は嫌な予感を覚えた。
この時、救護室に近づいて来る足音に気付いていれば、蒙恬の腕の中から抜け出すことが出来たのかもしれない。
しかし、信は蒙恬の言葉の続きが気になり、行動が遅れてしまったのだ。
「…ここの救護室なんだけど、先生がよく息抜きに来るんだよね」
「えッ!?」
予想もしていなかった返答に驚愕し、信が間抜けな声を上げた途端、無情にも背後で扉が開かれた。
現行犯
反射的に振り返ると、今だけは一番会いたくなかった主の姿がそこにあった。
いつも見ている切れ長の瞳と目が合うと、信の顔から血の気が引いていく。
「………」
重い沈黙が救護室を包み込んだ。苦しいほどに息が詰まってしまう。
昌平君は普段のように表情こそ変えなかったものの、その瞳は研ぎ澄まされた刃のように鋭かった。
軍師学校での執務を終えるまで待っていろと命じたはずの駒犬が、教え子である蒙恬の膝に跨っているのだから驚かないはずがない。
立ち入りを禁じているはずの軍師学校にいることと、なぜ蒙恬と共にいるのか。二人きりの空間で何をしていたのか。さまざまな情報が視界に飛び込んできて、脳が処理をするまで時間がかかっているようだった。
「何をしている」
当然の疑問を向けられ、硬直していた信の身体が弾かれたように竦み上がった。
「あ、あの、これ、は」
発言の許可も得ていないというのに、信の唇に言葉が押し寄せて来る。
すぐに弁明をしようと、信は蒙恬の身体から退こうとしたのだが、二本の腕がそれを許さなかった。
「せっかく二人きりの時間を満喫してたのに、もう行っちゃうんだ?」
残念だなあと、少しも残念がっていない声色で、蒙恬が信の身体を抱き締める。
「はっ、放せ!騙したんだなッ!」
ここには誰も来ないと言ったではないかと、信が怒りのあまり、発言の許可を得ていないことも忘れて怒鳴りつける、蒙恬はとぼけるように小首を傾げた。
「え?先生がここに来ないなんて、一言も言ってないけど?」
「~~~ッ!」
昌平君に気付かれてしまったことに対する焦燥と、蒙恬に対する怒りによる混乱で、信は瞳に涙を浮かべていた。
「信」
いつもの低い声で名前を呼ばれ、信は怯えたように顔を歪ませた。
突き刺さるような視線はずっと背中に感じていたのだが、その視線とその声色から昌平君が怒っていることは顔を見なくても理解していた。
(へえ…)
顔から血の気を引かせたまま動けずにいる信と、不自然なまでに表情を崩さないでいる昌平君を見て、蒙恬は二人の関係を改めて理解した。飼い主と犬の上下関係が根強く刻まれているらしい。
「よしよし。先生怒ったら怖いよね」
腕の中で縮こまっている信を慰めるようと、蒙恬は穏やかな笑みを浮かべた。
まるで昌平君に見せつけるように、蒙恬は優しい手付きで信の頭を撫でる。
昌平君の怒りを察したからか、先ほどと違って信は蒙恬の膝の上から動けず、大人しく頭を撫でられていた。動けないでいるという方が正しいだろう。
それに気を良くした蒙恬はそっと信の耳元に唇を寄せる。
「…あーあ。信、捨てられちゃうね?」
捨てられるという言葉に反応したのか、信がひゅ、と息を飲んだ。
「もし、先生に捨てられちゃったら、俺のとこにおいで?俺が飼ってあげるから」
昌平君に聞こえる声量でそう言った蒙恬は、未だ震える信の身体を優しく退かしてから立ち上がった。
何事もなかったかのように、蒙恬は救護室を出て行こうとする。
扉に手を掛けた途端、そうだ、と彼は思い出したように振り返った。
「公私混同は良くないですよ、先生?」
咎めるように、からかうように明るい声色を掛けられ、昌平君は僅かに眉根を寄せる。
(…知っているのか)
その後は振り返ることなく救護室を出て行った蒙恬がどのような表情を浮かべているのかは見えなかったが、あの声色から、恐らく笑っていたに違いない。
蒙恬が出て行った後、室内には相変わらず息苦しいほどの重い空気が満ちていた。
言い訳を考えているのか、信が落ち着きなく目を泳がせている。謝罪よりも言い訳を述べようとしているその態度に、昌平君はますます苛立ちを覚えた。
発言の許可を得ていないものの、その罰を恐れることなく、すぐに謝罪をしてくれたのならば多少は気が紛れたかもしれない。
「っ…」
睨みつけると、寝台に腰掛けていた信が分かりやすく硬直した。
一人で行動する際も発言の許可を出していなかったことから、恐らくは蒙恬が無理やり連れて来たのだろうと仮定する。
―――はっ、放せ!騙したんだなッ!
―――え?先生がここに来ないなんて、一言も言ってないけど?
二人の会話のやりとりを思い返せば、口の上手い蒙恬に信が唆されたことは明らかだ。
しかし、こうも簡単に信が唆されたのには、もう一つの理由があった。
信は心に踏み入って来た人物を疑うということを知らないのである。
常日頃から相手を疑うよう躾をしなかったのには、そもそも信の心に踏み入れる人物は、主である自分だけだと自負していた。
まさか、よりにもよって蒙恬に付け入れられたのは予想外であったが。
信と蒙恬には何の接点もない。それゆえ、蒙恬が信に興味を持つはずがないと油断していた。
軍師学校に足を踏み入れたことはもちろんだが、何よりも主以外の男に身を寄せ、口を利いた。
これは命令違反であると、信にも自覚があったに違いない。
もしも自分がこの場に訪れなければ、信はこの事実を隠し通そうとしていたかもしれない。
主に隠し事をする悪知恵はどこで覚えたのだろうか。
もしかしたら自分が信と離れている間、蒙恬と何度も密会をしていたのではないかと不審に眉根を寄せてしまう。
命令違反と罰
「……、……」
無言の眼差しを向けられ続けた信がいよいよ恐れをなしたのか、寝台から立ち上がった。
昌平君の前に膝をつき、立ち膝の状態になる。しかし、目を合わせるのも恐ろしいのか、青ざめた顔のまま俯いていた。
「っ…!」
昌平君が僅かに右手を動かすと、怯えたように信が目を強く瞑った。
暴力による恐怖で押さえつけるような躾をした覚えはないのだが、きっと殴られても仕方がないと感じているのだろう。此度の命令違反の罪が重いことを自覚している証拠とも言える。
「……、……」
昌平君の手は、信の頬を打つことなく、するりと撫でた。
しばらく目を伏せていた信だが、ゆっくりと瞼を持ち上げると、怯えた瞳で見上げて来た。
「す、捨てな、ぃ、で」
発言の許可を得ていないのは分かっているだろうに、信は双眸にうっすらと涙を浮かべながら必死に訴えた。
紫紺の着物を掴んで来て、文字通り自分に縋りつく姿を見下ろし、思わず笑みが零れそうになる。
主従関係を結んだあの日から、捨てるつもりなどないというのに、信は粗相をすれば見放されると思い込んでいるようだ。
それはそれで都合が良いことで、昌平君は彼の思い込みを修正することをしなかった。
本当の犬のように頭を擦り付ける姿に、つい絆されてしまいそうになる。
捨てるつもりはないとはいえ、躾は大切だ。二度と自分以外の者に唆されることのないよう、その身に教え込まなくてはならない。
蒙恬が信に近づくとは予想外であったが、発言をしない命令を忠実に守っていたのだとしても、主以外の人間に尻尾を振ったことは許されない。
「………」
頬を撫でていた手を動かし、今後は顎を掴んで持ち上げた。指でその唇を何度かなぞってやると、意を察したのか、信がこくりと喉を鳴らす。
いつまでも言葉を掛けないのは、機嫌を損ねていると錯覚させるためだ。
全ての決定権は主である自分にあり、信の態度一つで慈悲を掛けてやることも、容赦なく捨てることも出来るのだという態度の表れでもあった。
信もそれを察しているからこそ、こんなに怯えているのだろう。ともすれば簡単に口角がつり上がってしまいそうになり、昌平君は笑いを堪えるのに、歯を食い縛らなくてはならなかった。
信が涙目で昌平君を見上げる。許しを乞う視線を向けられるが、昌平君は何も言わずに彼の後頭部に手をやった。
「っ…」
狼狽えている信が扉の方に視線を向けていたことには気づいていたが、構わなかった。
催促するように後頭部に添えた手に力を込めると、信が震える手で、着物の帯を解いた。
飼い犬の戸惑う表情を見ていただけだというのに、男根は僅かに上向いている。それをゆっくりと手の平で包んだ信が顔を赤らめた。
「は、…」
口を開けた信が艶めかしい赤い舌を覗かせた。先端を咥え込み、柔らかい頬の内側を擦り付けられる。鈴口を掃くように舌が動いた。
しかし、信の視線と意識は未だ扉の方に向けられており、誰か来る前に早々に終わらせようとする意志がおのずと伝わって来た。
いつもなら口淫だけで、その先のことを期待して上向いている信の男根も、今は何の反応を見せていない。
自分に捨てられたらという不安と、誰かにこの場を見られたらという不安のあまり、口淫に集中出来ていないのは明らかだった。
根元を手で扱き、敏感な先端を口と舌を使って愛撫される。
「ん、…ん、ぅ……」
信の口の中の唾液が泡立つ卑猥な水音が響いたが、その音さえも誰かに聞かれたらと不安なのだろう。切なげに寄せられている眉がそれを語っていた。
「もういい」
「ッ…」
低い声で信の髪を掴み、口淫を中断させると、信の瞳が恐慌したように顔を歪める。
乱れた着物を整えていく主の姿を見て、信は今にも泣きそうな弱々しい瞳を向けて来た。
「ちゃ、ちゃんと、する」
紫紺の着物を掴んで、先ほどのように縋るような眼差しを向けられる。
もはや発言の許可を得ていないことは、信の頭から抜け落ちているらしい。
普段から忠実に命令に従っている駒犬がこれほど取り乱す姿を見るのは珍しいことで、つい意地悪をしたくなってしまう。
「何をだ」
主語のないその言葉がどういう意味かと聞き返すと、信は羞恥に顔を赤らめてはいるものの、立ち上がって自ら着物に手をかけて肌を見せ始めた。
体の線に沿って着物が床に落ちていき、一糸纏わぬ姿となった信に思わず口角がつり上がりそうになったが、あえて表情を崩さずに、冷たい視線を向け続けた。
「ッ、あ、の…俺…」
戸惑ったように瞳を揺らし、再び扉の方に視線を向けていたが、拒絶することは許されないと信自身も頭では理解しているらしい。あとは余計な理性だけを消し去ってしまえば良い。
一歩前に詰め寄ると、同じ分だけ信が後ろに下がる。何度かそれを続けると、膝裏に寝台がぶつかって、呆気なく座り込んでしまった。
先ほどと同じように主を見上げる体勢となり、信が生唾を飲み込んだのが分かった。
「っ……」
まだ何も命じていないというのに、信は全身の血液が顔に集まったのかと思うほど顔を赤くして、膝を折り曲げ、その足を開き始めた。
命令違反と罰 その二
「何をしている」
主に向かって両足を開く行動の意図は一つしかないし、その意図が何たるかは手に取るように理解していたのだが、あえて昌平君は問い掛けた。
主に意図を探らせようとするのは、駄犬のすることである。
少しでも気を許せば、堰を切ったように涙を流してしまいそうな信に、昌平君は変わらず冷たい眼差しを向けていた。
躾に手を抜くつもりはないし、甘やかして調子に乗るような駄犬など不要である。もちろんそんな風に成長してしまったのなら、それはそれで調教のやりがいがあるというものだが。
「つ、使って、く、ださい…」
緊張と羞恥のせいで、途切れ途切れに、今にもかき消されてしまいそうなほど小さな言葉が紡がれる。
しかし、視線だけは決して主から逸らすことはなかった。
必死に捨てられまいとするその態度に愛おしさが込み上げて来て、昌平君は堪らずその体を抱き締める。
「信…」
震えているのは分かっていたが、腕の中で縮こまる駒犬の姿に、このまま喉笛を食い千切ってやりたいとさえ思った。
(捨てるわけがないだろう)
それを言葉にすれば、安堵して泣き喚くのは目に見えていた。
蒙恬との会話の内容から察するに、信の方にも言い分があったに違いない。
もしも信一人だけが軍師学校に立ち入ったのならば、自分に会いたかったのだろうと錯覚し、そんな可愛らしい理由ならばもちろん許していた。
しかし、蒙恬と共に過ごしていたことだけは、見逃すわけにはいかなかった。
飼い主にしか懐かない忠実な犬であったとしても、他人を疑うことを知らぬ無知な子供だ。
今までは主である自分以外の人間と関わらせないようにしていたが、今後は言葉巧みに近付いて来た者に心を許せば、恐ろしい目に遭うのだと骨の髄まで分からせてやる必要がある。
躾を建前として、蒙恬に対して嫉妬の感情を抱いていることを、醜いまでに歪んだ独占欲を抱いている自覚はあった。
発言に許可を必要とするようになったのも、自分以外の者と口を利かぬ意図があったのに、信は初めてそれを裏切ったのである。
自分だけの駒犬であるはずの信が、何を餌につられたのかは知らないが、こうも容易く主を裏切るとは思わなかった。
それでいて粗相をしたことを咎めれば、捨てないでくれと泣きついて来る信に、傲慢さを覚えてしまう。しかし、自分以外の人間に尻尾を振ることはないだろうと慢心していた自分にも反吐が出そうになった。
「つ、つか、使って、くだ、さ」
哀れみを誘うほど弱々しい声で懇願する信に、昌平君は結び直した帯を再び解いた。
「っ…」
僅かに安堵した表情を浮かべた信が腕を伸ばし、先ほどまで口で咥え込んでいた主の男根を手で愛撫する。
手の平で扱き、尖端の鈴口を指の腹で擦り、完全に勃起させてから、信はその先端を自分の後孔に擦り付ける。
根元を掴んだまま、まるで自慰をするかのように男根を扱われ、どこでそんな術を覚えたのかと瞠目した。やはり蒙恬と今日だけでなく、逢瀬を重ねていたのだろうか。
こめかみに熱いものが駆け抜け、昌平君は信の腰を掴むと、容赦なくその体を貫いた。
「ぁああぁッ」
何度も受け入れているとはいえ、指で解すこともせず、強引に入り口を押し開かれて、悲鳴に近い声が上がった。
「ぁ、がっ…かは」
寝台の上に腰掛けていたその体に圧し掛かり、最奥まで男根を打ち付けると、信がはくはくと口を開閉させている。
最奥まで男根が入り込んだ衝撃に目を白黒とさせていたが、決して抵抗はしない。目尻から涙が伝ったのが見えたが、信は健気に足を開き続け、体から力を抜こうと懸命に呼吸を繰り返していた。
中で男根が馴染んだのを確認してから、腰を引いていくと、信が縋るような眼差しを向けて来た。
震える手が昌平君の背中に伸ばされる。抜かないでと訴えているのか、その行動が愛らしく、つい口角がつり上がってしまう。
「ぐううぅ、んんッ」
亀頭と陰茎のくびれの辺りまで引き抜き、勢いよく奥を突くと、信が口からくぐもった悲鳴のような声が迸る。これが処女だったのならば、痛みに泣き喚いていたに違いない。
しかし、信の男根は触れてもいないのに、確かに上向いていた。
「信」
名を呼ぶと、涙で濡れた瞳で見上げて来る。
「ぅ…?」
昌平君は彼の髪を後ろで結んでいる紐を解き、あろうことかその紐を使って、陰茎をきつく括りつけた。
何をしているのかと不思議そうな顔で、自分の男根と昌平君を交互に視線を向けている。
背中を掴んでいた信の両手を寝台の上に押さえつけ、指を絡ませ合う。いつものように手を握り合ったせいか、強張っていた表情が僅かに和らいだのが分かった。
唇を重ね、舌を差し込むと、すぐに舌を差し出して来る。
「ッ、んん、ふ、ぅ」
口づけを交わしながら腰を前後に動かすと、信がもっとしてほしいと強請るように両脚を腰に巻き付けて来る。
唇で舌を挟んで、しゃぶり、嫌われまいとする健気な態度に自分の躾は間違っていなかったのだと安堵した。
「んッ、ん、ぅッ…んんッ…?」
口づけと後ろの刺激だけを続けていくと、信の眉がどんどん切なげに寄せられていく。
視線を下ろすと、髪紐できつく結んだ男根が苦しそうに張り詰めているのがわかった。勃起と射精を禁じるように髪紐が食い込んでいるのだ。もちろんその目的で縛り上げたのだが、信は初めての経験に狼狽えている。
「ひ、た、ぃぃ」
口づけの合間に訴えられるものの、昌平君は聞こえないフリをして腰を律動させる。
腹の内側を突き上げる度に、快楽の波が押し寄せているのか、信が荒い息を吐きながら目を剥いていた。
「やっ、やら、ぁ、外し、て」
髪紐を外して欲しいと訴え、何とか男根の紐を外そうと試みるが、寝台の上で押さえつけられた手は使い物にならない。
「信、まだだ」
寝台の上で押さえつけていた手を放すと、昌平君自身も息を切らしながら、信の腰を掴んで強くその体を引き寄せた。
「~~~ッ!」
これ以上ないほど奥を突かれ、信の身体が大きく仰け反る。
「待てだ」
待てを強制され、信は口の端からみっともなく唾液を垂らしながら、命令に従っていた。
「ぅぅうう…」
がちがちと打ち鳴っているだけで、少しも噛み合わない上下の歯の隙間から苦しそうな声が洩れている。
内腿が痙攣しているのを見る限り、もう限界に近いらしい。絶頂に駆け上ろうとして、しかし、男根を戒めた紐が邪魔をしているのだ。
止めどなく涙を流しながら、男根をきつく縛り付けている紐を解こうと、震える手を伸ばす。
まだ許可を出していないというのに、無断で動いた悪い両手を捕らえると、頭上に一纏めにして押さえつけた。
「はぁあッ、ぁあぅ、う、ぅぅ」
上ずった声を上げる信は、もはや満足に言葉も紡げず、目の焦点も合っていない。
首を横に振って、許しを乞うように、もう限界だと訴えている。
自分を受け入れていることをさらに意識させるために、男根が出し入れされている薄い腹を手の平で圧迫してやる。
「んんぅ、ぁぐッ」
信がくぐもった声を上げながら、力なく首を振った。
もう誰かが来るのではないかという不安に意識は向けられておらず、ただひたすら快楽の波に呑まれ、絶頂に上り詰めることしか考えられなくなっているらしい。
性の獣に成り果ててしまったその姿が、自分のことしか考えられずにいる今の信が堪らなく愛おしくて、昌平君は喉奥で低く笑った。