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蝸牛角上の争い(蒙恬×信・王賁×信)後編

蝸牛角上の争い2
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/王賁×信/ギャグ寄り/ほのぼの/咸陽宮/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

蒙恬と王賁の協力

その後も、信は王賁と蒙恬を避ける日々が続いていた。

王賁はともかく、どうして自分まで避けられることになったのか分からない。
困惑した蒙恬が、彼女の屋敷にまで赴いて話を聞こうと思ったのだが、門前払いを受けただけで何も進展はなかった。

(なんでだ?王賁を避けるように言ったのがまずかった?)

王賁への恋心に信は自覚がなかったはずだが、まさかそれに気づいて、王賁から遠ざけようとした意図に気付かれてしまったのだろうか。

しかし、もしそうだとしたら、王賁まで避け続ける理由が分からない。

自分だけを除け者にするのではなく、王賁と蒙恬の二人を避け続ける信は何を考えているのだろうか。

(ああ、もう無理…!)

信に避けられるようになり、一月近く経過した頃、蒙恬はいよいよ我慢の限界を迎えようとしていた。

想いを寄せている女性に避けられるという状況がこれほどまでに辛いものだとは思わなかった。

普段、女性に甘い言葉かければ、すぐに自分のもとへ寄って来ること慣れていたこともあり、こんなにも靡かない信に、蒙恬は混乱していた。

もしもこれが、こちらの心を搔き乱す作戦だったとしたら、信はとんでもない悪女であり、とんでもない数の男との場数を踏んで来たことになる。

まさか信に限ってそんなことはないと信じたいのだが、それを確かめる術さえも蒙恬は持っていなかった。

軍師学校を首席で卒業し、その聡明な頭脳で秦軍を勝利に導いた実績を持つ蒙恬であっても、女心だけは分からないのである。

寝不足が続き、肌と髪の調子も、機嫌もすこぶる悪い。

普段の蒙恬を知っている家臣たちからも病気ではないかと心配されてしまうほど、蒙恬はこの短期間でやつれてしまっていた。

一刻も早く信と話をしたいのだが、彼女の方からこちらを避けているのが問題だ。

「…王賁、信のことで作戦会議しよう」

屋敷を訪ねて来た蒙恬の顔色の悪さに王賁は驚いていたが、どうやら彼も信の態度にはこれ以上我慢ならないようで、作戦会議に応じてくれた。

作戦と言っても、それは子供でも思いつきそうなほど単純なものだった。

話し合いをする前に、まずは何といっても信を捕まえなくてはならない。そこで、蒙恬と王賁は二人がかりで彼女を取り押さえることにした。

将軍になってからも、今まで通り護衛をつけずに行動している信を二人で囲むのは容易いはずだ。

これまでの信の行動を振り返ると、自分たちの姿を見た途端に逃げ出していた。

だとすれば、あらかじめ退路を断っておき、袋小路に彼女を追い詰めさえすれば逃走は出来ず、話し合いに応じてくれるに違いない。

密偵から信が咸陽宮へ訪れる日は報告を受けている。後はこの単純かつ確実な作戦を遂行するだけだった。

 

 

二人の作戦決行

信が咸陽宮に訪れたのは、親友である嬴政に会うためだった。

論功行賞で将軍昇格を伝えたのは嬴政であるが、その後に行われた宴では二人きりで話すことはできず、日を改めて彼から祝いの言葉を掛けられることになったらしい。

五千人将から将軍昇格になると、率いる兵の数も圧倒的に増えるだけでなく、多くの隊を指揮することになる。

信は嬴政と会話を終えた後、総司令官である昌平君から、軍の動かし方を伝授されていた。

今まで以上に多くの命を預かる重責に、信は身を固くしながらも、将軍の座に就いたことで、今は養父と養母に一歩近づくことが出来たのだと実感する。

一通りの話を聞き終えた信は、まるで機嫌を伺うように昌平君へ目を向けた。

「なんだ」

「…王賁と蒙恬も、もう少しで将軍昇格か?」

まさか二人の名前がここで出るとは思わなかったのだろう、昌平君が瞬きを繰り返した。

「次の戦での武功によっては、昇格も検討している」

その言葉を聞き、信はほっと安堵したように笑った。

「じゃあ、油断してると、すぐに抜かれちまうな」

「その通りだ」

あっさりと頷いた昌平君に、本当に物事を客観的に見ていると信は感心してしまう。

「…先に昇格したせいで、彼らと喧嘩をしたのか?」

部屋を出て、二人で宮廷の廊下を歩いていると昌平君が前を向きながら疑問を口にした。
何のことか分からず、信はきょとんと目を丸めた。

横目でその反応を見た昌平君は補足するように言葉を紡ぐ。

「確か、王賁に殴られていただろう」

「ああ!」

あの日のことを思い出したように、信が大きく頷いた。
頭を掻きながら照れ笑いし、信が言い訳をするように話し始める。

「王賁のやつ、俺が将軍になったこと、よっぽど気に食わねえんだろうな!」

高らかに笑う信の顔が引きつっていることに、昌平君はいち早く気づいた。

二人が幼馴染であるということは昌平君の耳にも届いていた。

下僕出身である信が、名家の一員になったことを認めていない王賁が彼女を毛嫌いしていることも、そして信もそんな彼に喧嘩を売られればすぐに買ってしまうということで、二人の仲の悪さは秦国では有名だった。

そんな二人の緩衝材の役割を務めているのが蒙恬であり、喧嘩を止めるのも彼の役割だった。

信が王賁に殴られて失神したあの日、偶然三人の姿を傍で目撃していたことから、昌平君は一応気に掛けていたのだ。

その後の三人の関係は、明らかに変化していた。

蒙恬と王賁の、どちらか片方の姿を見れば、まるで逃げ出すように去っていく信の姿を、昌平君も実際に何度か目撃している。

一方的に信が二人を避けるようになったことを、昌平君は不思議に思っていた。

先ほどの二人の将軍昇格を気にする発言から、二人を嫌悪しているようには思えないのだが、あそこまであからさまに避けるようになった理由が分からない。

今までは蒙恬を間に挟むことで、何とか均衡を保っている関係に見えたが、今回の信の将軍昇格によって、その均衡が崩れたのではないかと予見していた。

性格上の不釣り合いというものは誰にでもあるが、戦でそれが綻びとならないようにしてもらいたい。

二人と無理に仲良くする必要はないが、最低限の連携はしてもらいたいと助言をしようとした時だった。

「信ッ!」

「うぇッ!蒙恬!?」

どこから現れたのか、前方で蒙恬が仁王立ちをしている。
目の下に隈を作り、髪の艶も失っている蒙恬の姿に驚いたのは、信だけではなく昌平君もだった。

友人のげっそりとやつれた姿に驚きはするものの、やはり逃げようと信は背中を向ける。

「げえっ、王賁ッ!?」

しかし、振り返った先には王賁が同じように仁王立ちをしていた。いつの間に現れたのだろう。

 

 

確保

「あっ、わっ!うわっ!?なんで王賁までここにッ!?」

途切れ途切れの悲鳴を口から零しながら、信はあたふたと退路を探していた。

しかし、前後にしか道がないこの廊下で、前方を蒙恬、背後を王賁に塞がれていることに気付くと、彼女は隣を歩いていた昌平君の後ろに身を潜める。

長身の昌平君の背中にぴったりとくっつき、冷や汗を浮かべながら二人の様子を伺っていた。

こんな状況下で逃げられないのは目に見えているというのに、まだ逃げようと隙を伺っている彼女に、蒙恬が重い溜息を吐いている。

「………」

まさか壁のように扱われるとは思わなかったのだろう、昌平君が何か言いたげな表情で信を見下ろしていた。

しかし、信は昌平君の後ろにぴったりとくっついたまま離れようとしない。
退路がないと理解つつも、未だ諦めず抵抗する彼女に、蒙恬がひくりと顔を引きつらせた。

「往生際が悪いってこのことだね」

低い声でそう洩らすと、信がびくりと肩を竦ませた。

「…信、今すぐこの手を放せ」

「いっ、いやだ!」

蒙恬と王賁から只ならぬ気配を察したらしく、昌平君はその場を去りたいようだったが、信が行くなと言わんばかりに着物を掴んで離さないので動けないようだった。

まさかここに来て巻き込まれることになるとは、聡明な昌平君でさえも思わなかった。

こほん、と蒙恬は咳払いを一つしてから、

「ねえ、信?提案があるんだけど…まずは俺と王賁と三人で話さない?」

怯えさせないよう、穏やかな口調で笑顔を繕った蒙恬が信に声を掛けた。しかし、額に青筋が浮かんでいるのを見つけたのか、信は大きく首を横に振る。

「こ、ここで話せばいいだろッ」

小癪にも、信が昌平君の着物を掴んだまま叫ぶようにして言った。昌平君から離れた途端、取って食われるとでも思っているのだろうか。

このままでは埒が明かないと察した王賁と蒙恬はじわじわと距離を詰め、昌平君の背後にいる信を取り囲むように近づいた。

腕を組み、鋭い眼差しを向けて来る二人に信が青ざめている。

「なんだかよくわからないことになっているから、まずはどうしてこうなったのかちゃんと話し合おう?俺、子供みたいなケンカはしないから、絶対に手は出さないよ」

彼女の前にいる昌平君をいないものとして扱い、蒙恬は説得を試みた。

手は出さないと断言しているものの、彼の黒い笑みからは、暴力以上の威圧感があった。むしろ威圧感しかない。

昌平君の紫紺の着物を掴んだまま、すっかり怯えた信がようやく首を縦に振ったので、蒙恬の黒い笑みが安堵の笑みに変わった。

「…王賁はともかく、なんで俺のことも避けるの?」

一番気になっていたことを低い声で尋ねると、信は恐る恐るといった様子で顔を上げた。

「だ、だって…」

本当に言っても良いのだろうかという不安を込めた瞳で見上げられる。
王賁と蒙恬は黙って彼女の言葉の続きを待った。

「……お前ら、付き合ってるんだろ?」

彼女の言葉を聞き、蒙恬と王賁が石のように硬直した。
口を挟まずにいた昌平君も、まさかと言った表情で二人に視線を送っている。

「は…?なに、なに言ってるの…?」

乾いた声で聞き返した蒙恬と、あんぐりと口を開けている王賁に追い打ちをかけるかのように、信が言葉を続けていく。

「だ、だから、俺を王賁から引き離そうとしたんじゃねえのかよ。近づくなって、そういう意味じゃなかったのか?」

「はああッ!?」「…どういう意味だ」

蒙恬は驚愕し、王賁は鋭い眼差しで信を睨みつけている。
三人の間に挟まれている昌平君は眉間にますます皺を寄せて沈黙を貫いていた。

 

弁解

謎の頭痛に襲われながら、蒙恬は信の話を整理しようと何度か深呼吸を繰り返した。

「…俺が王賁と付き合ってるから、その恋路を邪魔するまいとして避けてたってこと?」

あっさりと首を縦に振った信を見て、蒙恬はいよいよその場に膝をついてしまう。王賁も珍しくぽかんと口を開けて愕然としている。

…確かに信に王賁を避けるよう話したのは事実だが、それがどうして王賁と恋仲だからだと結びついたのか、信の考えが少しも理解出来なかった。

信への想いが微塵も通じていなかったどころか、まさかこんな風に誤解されるなんてと蒙恬は脱力してしまい、もはや自力で立ち上がることが困難だった。

「このバカ女ッ!」

普段以上に目つきを鋭くさせた王賁が信の頭に鉄拳を落とす。
突如襲った激痛に涙を浮かべながらも、信は負けじと王賁を睨みつけた。

「いってーなッ!お前らこそ隠してねえで、とっとと言えば良かっただろうが!男同士だからって、別に隠すようなことでもねーだろッ!?」

まさかここまで話しておいて、未だに信は蒙恬と王賁が恋仲であることを信じているらしい。

「…俺は王賁とそんな仲じゃないって…!なんで俺が男なんかと…!しかも、よりにもよって王賁なんだよ…!?」

蒙恬が今にも泣きそうな顔で信を睨む。その言葉を聞き、信の目が真ん丸になる。

「…へっ?じゃあ、お前ら…ほんとにそういう仲・・・・・じゃないのか?」

当たり前だと蒙恬と王賁が頷いた。なぜか昌平君までもが頷いている。
三人の無言の返答に、それまで驚愕していた信の顔が、険しい表情に切り替わった。

「…それじゃあ、なんで王賁に近づくなって言ったんだよ?」

てっきり自分たちの恋仲を邪魔するなという理由で、王賁を避けるように言われたのだと思っていた信は頭に疑問符を浮かべた。

蒙恬は未だその場に膝をついたまま、信を見上げる。すぐ傍から王賁の視線を受け、ばつが悪そうに蒙恬は目を逸らした。

「…信が、不憫だから」

「え?」

不憫という言葉を聞き、その場にいた全員が蒙恬を見た。

「だって…信は努力して将軍昇格したのに、王賁は相変わらず態度変わんないし…」

「…蒙恬」

恋心をあることを隠しながら蒙恬が打ち明けると、信は感動したように目を輝かせ、鼻を啜った。

そこまで自分のことを想ってくれていたのかと言わんばかりの瞳を向けられたので、蒙恬は心の中で信の気持ちが自分に向けられたことを察した。

しかし、その喜びを顔に出すことはしない。この場ではあくまで純粋に友人想いな男を演じるのには理由があった。

いずれ、信と二人きりになってから、男としての自分を意識させるためである。

昔から蒙恬のことを知っている昌平君は、信を見つめる蒙恬の視線から真意を察したようで、呆れた表情を浮かべている。しかし、口を出さないところを見れば、面倒事には関わりたくないようだ。

誤解が解けたことに安堵したものの、王賁は何か言いたげに信を見つめている。
しかし、頑固者である王賁が、改めて信に将軍昇格を祝う言葉を掛けることはなかった。

「…そろそろ素直にならないと、俺に取られちゃうよ?」

「ッ!」

王賁にしか聞こえないほど声を潜めて蒙恬がそう言うと、彼の瞳に怒りの色が浮かび上がった。

言葉数が少ない分、王賁も分かりやすい部分がある。

信は気づいていないようだが、蒙恬は王賁が信を気に掛けていることを知っていたし、信が王賁に想いを寄せていることにも気づいていた。

何かきっかけがあれば平行線である二人の想いが交差するかもしれないが、同じく信に想いを寄せている立場としては、なんとしてもそれを阻止しなくてはならない。

これからも目を光らせ続けなくてはいけないかと思う反面、蒙恬は三人で過ごす時間が好きだということを改めて思い出した。

王賁に隠れて、信を遠ざけようとしてみたものの、やはり姑息なやり方は性に合わない。

戦ならともかく、愛しい女を手に入れるのならば正々堂々と戦い、そして自分の力で勝利を掴み取りたい。

姑息な手は使わず、恋敵である王賁と真っ直ぐに戦おうと蒙恬は心に誓ったのだった。

 

 

弁解 その二

「…さて、これで誤解は解けたワケだけど…」

新たな決意を胸に秘めた蒙恬だったが、一つだけ心残りがあった。

腕を組み、蒙恬は改めて信を見やる。
先ほどまで縮こまって昌平君の後ろに隠れていた彼女は、ようやく安堵したのか、二人の前に姿を現した。

「い、いやあ、悪かったな!てっきり二人がそういう仲だと思っててよォ」

蒙恬と王賁が恋仲ではなかったのだと知り、すっかりいつもの調子に戻ったようで、明るい笑顔を見せてくれた。

「あーあ…さすがに信から一月近くも避けられて、本当に傷ついたな…」

わざとらしく溜息を吐くと、信がきっと目をつり上げる。

「だからぁ、悪かったって!仕方ねえだろッ!お前らがややこしいことするから!」

「これでお前が正真正銘のバカだと証明されたな」

同じく腕を組み、鋭い目つきを向けて来る王賁を、負けじと信が睨み返す。

「いつもバカ、バカって…ほんと、お前は昔から変わらねえよなッ!」

「事実を言っているだけだ」

なんだとっ、と信が今にも掴みかからんばかりに、王賁の前に出る。
誤解が解けて安堵したのも束の間、いつもの不穏な空気が漂って来た。

「ああ、また始まった…!」

頭を抱えながら、二人の間に割り込む蒙恬は、二人の喧嘩を止められるのは、この中華全土で自分しかいないのかもしれないと考えた。

しかし、その考えとは裏腹に、彼の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。

「放せ、蒙恬!やっぱり、一発殴らねえと気が済まねえ…!」

「立場を弁えろ」

「信、落ち着け。王賁も煽らない!」

顔を真っ赤にして憤怒した信が王賁に殴り掛からないよう、蒙恬が彼女の肩を押さえていた。

「……ふ」

何はともあれ、どうやらいつもの三人に戻ったようだ。保護者のような優しい眼差しで昌平君が三人を見つめている。

力強く蒙恬に身体を抑え込まれている信は、顎が痛むほど歯を食い縛っていた。

しかし、火の吐いた怒りを鎮火することは叶わなかったようで、信が大きく口を開く。

「…ああ、もうっ、てめえら、女を抱いたこともないくせに・・・・・・・・・・・・・、イキがってるんじゃねえぞ!」

「はっ?」「なんだと?」

…その一言で、やっと訪れたはずの平穏が崩れ去った。王賁も蒙恬の顔から表情が消えている。まさに一瞬の出来事であった。

まさかこの流れで異性と身体を繋げていない、いわゆる童貞扱いされるとは思わなかったのだろう。

二人の喧嘩を止めようとした蒙恬にまでその怒りが飛び火したことで、辺りには息苦しいほど重い空気が広まっていく。

「……えっ?」

急に無表情になった二人が沈黙したことに、信は眉根を寄せて身構えていた。

しかし、もう容易く鎮火出来ぬほど、見えない炎は燃え盛ってしまったらしい。

 

 

身から出た錆

「…やっぱり、込み入った話になりそうだから、場所を変えようか」

不自然なまでに引き攣った笑みを浮かべている蒙恬がそう言ったので、信は冷や汗を浮かべた。

「あ、いや、俺はそろそろ帰らなきゃ…」

二人の背後から滲み出ている異様な空気に恐れをなしたのか、信が後退る。しかし、二人からがっしりと腕を掴まれ、逃亡は簡単に阻止された。

いっそ怒鳴ったり殴ってくれたのならと思うのだが、蒙恬も王賁もそうはしなかった。
まるで口づけでもするかのように、信に顔を寄せた蒙恬の瞳は暗く淀んでいる。

「…誰が童貞だって?」

本当に蒙恬かと疑ってしまうほど、恐ろしいほどに低い声で問われる。

「どっ…童貞、とは言ってない…」

動揺と緊張のあまり、声を裏返しながら、信は首を横に振った。

確かにその単語を口に出していないが、それに類似した言葉は口に出していた。

今まで数多くの女性を虜にして来た蒙恬には、そちらの経験がない・・・・・・・・・と誤解されることが何よりの屈辱だったのだろう。

蒙恬ほど表立って、女性を侍らせている訳ではないが、王賁も名家の嫡男として、そういったことに経験がない訳ではない。

なぜ二人がこれほどまでに怒りを募らせているのかといえば、信の軽率な発言によって、名家嫡男の自尊心に傷がついたからである。

ただし、性格も信念も正反対である王賁と蒙恬だが、共通点はあった。

二人の共通点は、やられた分はきっちり報復を行うこと・・・・・・・・・・・・・・・・・である。

「それじゃあ、信に手ほどきをしてもらおうかな?俺にそんな言い方するんだから、信は相当な場数を踏んでるってことだよね?」

口元には優しい笑みを携えているが、瞳は一切笑っていない蒙恬に問われ、信が顔を強張らせた。

王賁も笑みは浮かべていないのだが、普段の鋭い目つきにより磨きがかかっており、見る者の背筋を凍らせるほどの威力を秘めていた。

「おっ、おい?なんか、お前ら…顔怖いぞ…?さっきのは冗談で…」

「下僕の分際で冗談を言うとは良い度胸だな。口で言っても分からぬのなら、行動で教えてやる」

二人にそう囁かれ、青ざめた信はぱくぱくと口を開閉させていた。

「…あ、先生、ご協力ありがとうございました!」

普段のような人懐っこい笑顔を浮かべた蒙恬が、思い出したように昌平君に頭を下げた。
それまできっと、昌平君がここにいたことを王賁も蒙恬も忘れていただろう。

「しょ、昌平君、た、たた、助けてっ…」

信が涙目で昌平君に手を伸ばすが、その手はすぐに二人によって取り押さえられてしまった。

右腕を蒙恬、左腕を王賁を掴まれながら、信が引き摺られていく。

「いーやーだー!はーなーせー!」

まるで処刑台にでも引き摺られていくような悲鳴を上げる信の姿を横目で見ながら、その場に残された昌平君が何も言うまいと口を噤む。

もうこれ以上、三人の面倒事に関わるのはごめんだった。

 

その後、宮廷のある一室から、信の断末魔の悲鳴が咸陽中に響き渡ったという…。

 

 

王賁×信←蒙恬のヤンデレバッドエンド話はこちら