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初恋は盲目(蒙恬×信)前編

初恋は盲目1
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 蒙恬×信/ギャグ寄り/年齢差/IF話/嫉妬/ハッピーエンド/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話は「初恋の行方」の後日編です。

 

予行練習

その日は、昨夜の暗雲が嘘だったかのように、空は青く澄み渡っていた。

咸陽宮の城下町には多くの坐買露店が立ち並んでおり、大勢の民で賑わっている。

人混みの中で、唯一道が開けている場所があり、その道を歩んでいる男女がいた。秦将の蒙恬と信である。

秦国には欠かせない将の二人が歩いていることに気付くと、民たちはすぐに道を開けていく。

民たちは、二人に対して畏まるような態度を取るよりも先に、微笑ましい視線を向けていた。

彼らの視線に気づく余裕もなく、桃色の上質な布で織り上げて金色の刺繍が施された着物に身を包んだ信は、地面を睨みつけるようにして歩いていた。

それは大勢の民から向けられている視線に嫌悪したのではない。

「大丈夫?信」

ずっと傍で見守っていたが、いよいよ耐え切れずに蒙恬が信に声を掛けると、自分の腕を握っている信の手に、ぎゅっと力が込められたのが分かった。

「は、話しかけんな、今すげえ集中してるんだよッ」

ふんだんに桃色の布を使った女性用の着物に身を包んだ信は、髪にも高価な宝石が埋め込まれた髪飾りをつけており、美しい刺繍が施されている靴を履いていた。

頭のてっぺんから足の先まで美しく装飾された信が何に集中しているのかといえば、気品高い歩き方・・・・・・・である。

何故そんなことをしているのかというと、それは他でもない蒙恬との婚儀のための練習だった。

先に控えた婚姻の儀と祝宴の際、夫に恥を欠かせぬようにと、信は生まれて初めて女性らしい立ち振る舞いについてを学んでいるのである。

普段のように、着物の乱れを気にせずに大股で歩くのは禁忌だ。歩幅は控えめに、背筋をしっかりと伸ばし、視線は地面ではなく、ちゃんと前を見据える。

名家に生まれ育った者たちならば、そういった教育も幼い頃から受けるようだが、下僕出身である信には覚えがなかった。

王騎と摎の養子として名家に引き取られたものの、武の才を見初められて引き取られたことで、そういった教育はされなかったのである。

養子として引き取られた時には、歩き方や言葉遣いなどは子供ながらに確立してしまっており、今さら正そうとしても時間がかかると思われたのかもしれない。

信自身もまさかこの年齢になって嫁に貰われることになるとは思ってもおらず、今になって猛特訓を行っているという訳だ。

しかし、戦の才を見出されて王騎の養子となったので、そういった教養も不要だと判断されたのだろう。机上で何かを学ぶ行為を苦手とする信が、淑女教育を強要されていたら、三日と持たず逃げ出していたかもしれない。

 

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「…そんなに力むから、返って変な姿勢になる。足下じゃなくて、真っ直ぐ前を向いて」

さり気なく歩き方の助言を行う蒙恬は、喜んで信の練習に付き合うと自ら立候補した。

一人で練習させて怪我をさせるのは忍びなかったし、何より他の男に練習相手を務めさせるのが単純に嫌だった。
話を聞けば、飛信軍の副官や兵たちが何名か練習相手として名乗り出たんだとか。

めでたく信との婚約は決まったが、それでも自分以外の男と並んで歩く彼女の姿なんて絶対に見たくない。

ますます独占欲が深まっていく自分に呆れてしまうが、きっとそれは他の誰よりも信のことを愛しているからだ。

「お、おわッ!」

「信っ」

着物の裾を踏んづけて、前のめりに転倒しそうになる信を咄嗟に抱き止める。

柔らかい肢体をしっかり支えてやり、やはりこれは夫になる自分だけの大役だと蒙恬は確信した。

着物の乱れを整えてやってから、蒙恬はにこりと微笑む。

こちらに視線を向けている女性たちの多くがその笑顔に頬を赤らめていることに、蒙恬は気づいていなかった。

以前なら、気軽に手を振って黄色い声を上げさせていたのだが、信が傍にいる時の蒙恬は、これから妻になる彼女のことしか視界に入らないのである。

「もう一度やろうか。しっかり前を向いて」

蒙恬の助言を受けた信は足下ではなく前を向き、まずは一歩踏み出した。先ほどと違って背筋も真っ直ぐに伸びているし、不格好な歩き方が改善されている。

…しかし、また時間が経つと、裾を踏んでしまわぬか心配なのか、信は少しずつ視線を足元へ下ろしてしまう。

「…信?また下向いてる」

「あっ、お、おう!」

指摘された信はすぐに顔を持ち上げるものの、やはり時間が経つと同じように俯いてしまう。

とはいえ、以前は三歩歩けば裾を踏んづけていたし、その過程からみると、随分と成長したように思う。歩幅が狭まったことで女性らしい歩き方に少しずつ近づいて来たのだろう。

婚儀と祝宴さえ終われば、このような畏まった格好もする機会はないだろう。猛特訓と称した信の努力は今しか見ることが出来ない。

さらに婚姻の儀では今以上に華やかな嫁衣かいを身に纏うことになる。採寸は既に終えており、一流の職人が美しい絹で仕立てている最中だ。

値打ちを聞いた信が目を剥いて、一度しか着ないのだからそんな大金を掛けるなと説教じみたことを言ってくれたが、生涯で一度しか着ないからこそ特別なものに仕立ててもらいたかった。

戦場で鎧に身を包む信の姿も嫌いではなかったが、この世で一つしかない婚礼衣装に身を包んだ信の姿を、蒙恬は今からとても楽しみにしていたのである。婚儀を終えた夜に、その特別な婚礼衣装を脱がす楽しみも、もちろん忘れていない。

嫁衣を用意するのは本来、花嫁の実家であるが、今の信には後ろ盾がないのだ。

さらに、信は普段から着る物に無頓着であり、贔屓にしているような仕立屋がないらしい。
彼女自身は大将軍として多大なる給金を得ているものの、嫁衣を準備するにあたっては、夫となる蒙恬が用意すると名乗り出たのである。

蒙恬が信の嫁衣を依頼したのは、蒙家が昔から贔屓にしている仕立屋で、職人の腕は確かだ。

世界で一つだけの嫁衣に身を包んだ信の姿を想像するだけで、蒙恬は胸がいっぱいになってしまう。

「…信?」

信の眉間から深い皺が消えなくなって来た頃、蒙恬は一度足を止めた。

「そろそろ休もうか?」

「いいっ!しっかり支えてろ!」

ムキになって言い返す姿に苦笑を浮かべてしまう。彼女には随分と頑固な面がある。
しかし、夫となる自分の顔に泥を塗らぬよう猛特訓に励む姿が、堪らなく愛おしかった。

 

 

いくら体力のある信とはいえ、慣れていないことを続けるには集中力も体力も消耗しやすい。

彼女の顔に疲労の色が濃く浮かんでおり、裾を踏む回数も少し増えて来たので、今日はここまでにしようと練習を打ち切ることにした。

婚儀までは、まだ十分に月日がある。そう急ぐこともないだろう。

屋敷に戻るまでは普段の動きやすい着物に着替えることが出来ないので、蒙恬は待たせていた御者に指示を出し、馬車の手配を頼んだ。

馬車の扉が開き、先に階段を上がる。振り返って信に手を差し出す。

「足元に気をつけて」

「散々気をつけただろ…」

不服そうな表情で、信が蒙恬の手を取る。裾を踏まぬよう気をつけながら、数段しかない階段を上がると、二人して馬車に乗り込んだ。

「はあ、やっぱり慣れねえな…」

従者によって扉が外から閉められると、信が盛大な溜息を吐いた。

「最初の頃よりは大分進歩したと思うけど」

「んー」

どうやら、信にとって今日の出来栄えはあまり良くないものだったらしい。

「…そういや、前から思ってたんだけどよ。なんでわざわざ城下町で練習する必要があるんだ?歩くだけなら屋敷でも出来るだろ。どうせ婚儀は室内で執り行うんだし…」

「え?あー…」

蒙恬はさり気なく項を掻いた。

「ほら、婚儀には蒙一族が集まるし、王一族も飛信軍もみんな来るだろうから、普段とは違う大衆の視線や雰囲気に慣れておくのも悪くないかなって」

「ああ、それもそうだな」

納得したように信が頷いたので、蒙恬は内心安堵した。

歩く練習だけならば屋敷の敷地内でも出来るのに、わざわざ大勢の民衆が出入りしている城下町を練習場として選んだのは蒙恬だった。

建前として練習の一環であると答えたが、実際は違う。

信に悪い虫がつかぬよう、そして彼女は自分の妻になるのだということを大いに知らしめる目的があったのだ。

そんな子どもじみた独占欲を民衆に振りまいていると知られれば、確実にげんこつを食らうと予想出来たので、これは蒙恬だけの秘密である。

優秀な従者たちはもしかしたら気づいているかもしれないが、何も言わずにいてくれるのはありがたい。

「…自分で馬を走らせてえな」

窓から見える景色を眺めながら、信がぼそりと呟いた。
戦場でも普段の移動でも、自ら馬に跨ることの多い信は、馬車に乗るのは未だ慣れないようだ。

名家の生まれである蒙恬は幼い頃から乗り慣れている移動手段だが、下僕出身である彼女にしてみれば、お偉いさんの乗り物という認識をしている。

将軍の座にまで昇格した信も十分にお偉いさんの部類に入ると思うのだが、いつまでも高い地位に就いたことを鼻に掛けないところが彼女らしい。

戦場で手綱と武器を握って馬を走らせる信の姿は、後光が差しているように見えるし、まさにその姿は天下の大将軍であり、兵たちの士気を高め、軍を勝利へ導く戦の女神のようにも見えた。

蒙恬のもとに嫁ぐことが決まってから、信は多くの民と兵たちに祝福をされている。

下僕出身の身でありながら、天下の大将軍と称された王騎の養子となったことも、名家の嫡男に嫁ぐということも、下賤の者たちからは羨望の声が上がっているという。

(さすが、俺のお嫁さん)

 

思わず頬を緩ませながら向かいの席に座っている信を眺めていると、視線に気づいた信が不思議そうに首を傾げる。

「…何にやにやしてんだよ」

「ううん?好きだなあって」

さらりとそんな言葉が出てしまうのは、世辞ではなく本音だからだ。

突然の告白に信はぎょっと目を見開いていたが、すぐに視線を逸らして窓の方を向いた。顔が僅かに赤いのは決して気のせいではない。

恥ずかしがることもなければ、蒙恬は惜しみなく、信へ好意を告げるようにしている。

それは昔からの癖で、伴侶として迎える彼女を不安にさせないための愛情表現でもあった。

幼い頃にある事件をきっかけに出会ってから、本当は信もずっと同じ想いでいてくれていたはずなのに、元下僕と名家の嫡男という身分差を気にして、わざと自分から遠ざけるような態度を取っていたことがあった。

信は嘘を吐くのが苦手なくせに、本心を隠す悪い癖がある。

だから、彼女に本心を隠さなくて良いのだと知らしめるためにも、蒙恬はこれからも素直な気持ちを伝え続けるつもりだった。

男性経験に乏しい信は未だに蒙恬からの愛情表現に戸惑うことも多いが、それはそのうちゆっくり慣れていけばいい。

―――ねえ、俺が信より大きくなったら、信のことをお嫁さんにしても良い?

あの時の約束をようやく果たすことが出来る。
当時の信は子どもの約束を本気にしておらず、どうせそのうち忘れるだろうと思っていたようだ。

しかし、実際に軍師学校を首席で卒業し、初陣を済ませてからたちまち武功を挙げて昇格していった蒙恬に、あの時の求婚は本気であったことを理解したらしい。

だが、名家の生まれである蒙恬と、下僕出身である自分が共に生きることは出来ないと信は婚姻を拒絶した。

蒙恬の幸せを願うからこそ、信は自分との身分差を気にして、彼の想いを受け入れられずにいたのである。

その気遣いを知ってもなお、蒙恬は諦めることはなく、信に求婚を続け、ようやく承諾を得られたのだった。

蓋を開けてみれば、相思相愛であったのは蒙恬にとって嬉しい誤算であった。

こんな幸せなことがあって良いのだろうかと、蒙恬は毎日のように考えてしまう。

今までは信を妻に迎えたいという一心でがむしゃらに頑張っていたが、いざその願いが叶ってからは、今度は失わないたくないという気持ちが全面に押し寄せていた。

もちろん信と共に過ごす時間は幸せなのだが、その一方で臆病になってしまったように思える。

この幸せが、何かの拍子に泡のように消え去ってしまわぬことを蒙恬は毎日心の中で願っていた。

 

 

帰還

蒙恬の屋敷に帰還すると、信は侍女と共に離れにある別院へと向かう。

普段着慣れていない着物からようやく解放されると、信は疲労と安堵をその顔に滲ませていた。

戦で多くの武功を挙げている信も、褒美として屋敷は与えられているのだが、婚姻を終えるまでは蒙恬の屋敷で過ごしていた。予行練習のこともあるので、その方が都合が良いのである。

婚姻を結んだ後もこの屋敷に住まう予定だったので、今から慣れてもらった方が良いだろうと蒙恬も思っていたし、信も賛同してくれていた。

彼女が屋敷に来たのはここ数日前のことである。

信は従者を誰一人として連れて来ず、愛馬と共に訪れた。
持って来たのが幾つかの着物と、秦王から授かった剣だけだったという必要最低限の荷だけだったのは、思い出しただけでも笑ってしまう。

化粧品や簪の一つも持っていないと言われた時には蒙恬だけでなく、その話を聞いた侍女たちも大口を開けて驚いていた。

仮にも嫁入りに来たというのに、櫛の一つも持たずにやって来た信に、蒙恬は彼女らしいと腹を抱えて笑ったものだ。

信は下僕出身の出ではあるが、もともと物欲のない女性である。
親友である秦王嬴政の中華統一の夢を叶えるために、鍛錬に励むことを日常としており、論功行賞で授かった褒美のほとんどは手を付けていないのだそうだ。

野営の天幕の中であっても、信は横になればすぐに眠ることが出来る。外で休むことに不慣れな者だと、ただ体を痛めるだけで少しも休息など出来ないのだが、信はそうではなかった。

劣悪な環境下で眠ることが出来るのは下僕時代の時に慣れてしまったからで、風と夜露を凌げる場所なら、基本何処であっても眠ることが出来るのだと話してくれたことがある。

下僕時代の苦労が伺えて、その話を聞いた蒙恬はいたたまれなくなり、二度とそんな苦労はさせないと、つい彼女を抱き締めてしまった。

あれは確か、論功行賞を終えた後の祝宴の最中だっただろうか。もちろんその時は恋人同士でもなかったため、すぐに引き剥がされて人前で何をするんだとこっぴどく叱られたが、それも良い思い出である。

 

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食事と湯浴みを終えてから、蒙恬は信が住まう別院へと向かった。

別院は母屋から離れているのだが、屋敷の敷地内に建てられているので、護衛も連れずに歩いて行ける距離にある。

別院には信と彼女の身の回りの世話を任せている侍女たちが住んでいた。

「信、入るよ」

声を掛けてから、彼女の寝室に足を踏み入れる。信は寝台にうつ伏せで横たわり、静かに寝息を立てていた。

蒙恬が来たことにも気づかずに爆睡しているところを見ると、よほど疲れたのだろうか。布団も掛けずに眠っていることから、横になった途端にすぐ眠ってしまったらしい。

戦であらゆる感覚を研ぎ澄まされた彼女は、どれだけ深い眠りに落ちていても、人の気配を感じると反射的に目を覚ますらしいのだが、今は目を覚ます気配はなかった。

これだけ安心し切って眠っている姿を見ると、ここには危険が少しもないのだと思ってくれているようで嬉しくなる。

(…また髪乾かさないで寝てる)

信の髪が濡れていることに気づいた。湯浴みの後にそのまますぐ寝入ってしまったらしい。

侍女たちに世話は任せているものの、信はあまりあれこれ手を焼かれることは得意でないらしく、侍女たちには構わないでいいと言っているらしい。

下僕時代も王騎の養子として引き取られてからも、身の回りのことは自分でやっていたという。王騎も信を将の道に進ませるために養子にしたというのだから、名家の養子になってからも侍女たちの世話になることは少なかったらしい。

一度部屋を出ると、蒙恬は待機していた侍女に、絹布と櫛を持って来るよう指示した。

「信、風邪引いちゃうよ」

信が眠っている寝台に腰を下ろし、そっと肩を掴んで声を掛ける。

「…んー…」

寝言で返事をされて、蒙恬は苦笑を深めた。
疲れているというのに起こすのも可哀相だと思い、そのまま寝かせてやろうと思った。

未だ濡れている彼女の髪に、侍女が持って来てくれた絹布を押し当てる。

彼女の髪をこうして拭いてやるのは初めてのことではなかったのだが、蒙恬は喜びを噛み締めながら、丁重に彼女の髪に触れる。

しっかりと絹布で髪を拭いた後、櫛でゆっくりと髪を梳かしていく。

「…気持ち良いな…」

信が小さく呟く。顎の辺りで両腕を交差させてうつ伏せの状態でいるので、起きているのか、今も夢を見ているのか表情は見えないのだが、どちらにしても嬉しい感想だった。

髪の手入れをする習慣などないと彼女が過去に話していたことには驚いたが、信の初めてなら何だって欲しいと思うのは、惚れた弱みというものなのだろうか。

絹布と櫛を隅によけて、蒙恬は彼女の隣に横たわる。

「ね、今夜はここで寝てもいい?」

返事が来ないと分かっていながら、そして断られても聞こえないふりをするつもりで、蒙恬は自分たちの体に布団を掛けながら問いかける。

「いつまでも甘えただな」

仰向けに寝返った信が呆れながらそう言った。どうやら起きていたらしい。
布団の中で信の身体を抱き締めながら、蒙恬は頬を緩ませる。

「そりゃあ生まれた時から嫡男なんて立場やってると、人に甘える機会って全然ないんだよ」

だから今甘えてるのだと言うと、信が溜息を吐いて呆れた表情になった。

「嘘吐け。ガキの頃から副官のじいさんに甘えまくりだったじゃねーか」

「それは子どもの時の話」

蒙驁と蒙武から直々に蒙恬の世話を任されたじィこと胡漸は、幼少期の蒙恬のワガママぶりには随分と苦労していたらしい。

蒙恬の将軍昇格が決まった時も、信との婚姻が決まった時も、家臣の中で一番喜んでいたのは胡漸であった。

「変わったのは見た目だけかよ」

「良い男に成長したでしょ?」

小首を傾げながら問うと、信の溜息がますます深まった。しかし、その表情は慈愛に満ちている。

「悔しいが、そこは認めてる」

嬉しい言葉に、蒙恬は堪らず唇を重ねた。

人前で接吻を交わすとげんこつが落ちるのだが、こうして二人きりでいる時は許される。

婚姻が決まったのだから、人目など気にしなくて良いのに、まだ羞恥心が抜けないところも可愛いと思う。

思わず体を組み敷いてしまいそうになったが、婚儀の予行練習で疲れている信に無理はさせたくなかった。

 

 

何度か唇を重ねた後、蒙恬は信の髪の毛を指で梳きながら、思い出したように口を開く。

「そうだ。先日も言ったけど、明日から数日の間、咸陽宮で先生に会って来るから、ゆっくりしてて」

「ああ」

分かったと信は素直に頷いてくれた。
将軍として担っている仕事は軍の指揮以外にも多くあり、信自身もその忙しさはよく知っていた。

知将としての才を持つ蒙恬は、軍事政策の提言や、手に入れた領土の防衛における設計についての指揮を頼まれている。

軍師学校を首席で卒業したその実力は、恩師でもある総司令・昌平君も認めており、将軍昇格となってから、一気に執務の量が増えたのである。

そんな中でも婚儀の予行練習に手を抜く訳にはいかなかったし、自分以外の男が彼女の隣に並ぶことは許せなかったので、代役に任せることもしなかった。

しかし、自分に厳しい信のことだから、蒙恬が居ない間も一人で練習をこなすに違いない。裾を踏んづけて転ばないか心配である。

自分が怪我の心配をしたところで、信は気にしないだろう。
練習を始めたばかりの頃、派手に尻餅をついて転んでしまい、痣が出来たとしても、どうせ着物で隠れるから何も問題ないと大らかに笑っていたことを思い出した。

そうやって普段から無茶をするのが習慣になっているからこそ、心配が耐えないのである。

練習をする時は必ず侍女を呼ぶように伝え、そして一人で練習をさせることのないよう、彼女の身の回りの世話を任せている侍女たちには口酸っぱく伝えたので、留守中に何も問題が起きないことを祈っていた。

「…信?」

腕の中にいる信から、静かな寝息が聞こえて来た。
気持ち良さそうに眠っている彼女の顔を見て、蒙恬はそろそろ休もうと思い、彼女の体を抱きながらゆっくりと瞼を下ろしたのだった。

 

宮廷への出立前

目を覚ますと、まだ陽が昇り始めたばかりであったが、隣に信の姿はなかった。

未だ眠い目を擦りながら、蒙恬は寝台から抜け出す。

窓の向こうから風を切るような音が聞こえて、その音に導かれるように窓辺へと向かう。
寝屋を出ると庭院があり、その中でいつものように信が剣を振るっていた。

その身に似合わぬ強靭な剣を振るう姿を、蒙恬は幼い頃から何度も見て来た。やはり信には女性らしい家財道具よりも武器が似合う。

彼女は天下の大将軍と名高い王騎と摎の養子だが、信が今の地位を築いたのは彼らの縁故ではなく、彼女自身の努力の賜物である。

戦場で多くの敵兵を薙ぎ払い、そして同じだけの命を救おうとしている。全ては秦王の中華統一の夢のためだ。

幼い頃から大将軍を目指していた彼女は、夢を叶えた今になっても、慢心することなく武を極めようとしている。

「おはよう、信」

「ああ」

手の甲で額の汗を拭う姿は、太陽よりも眩しくて思わず目を細めてしまう。

「もう宮廷へ行くのか?」

「そうだね。支度したらすぐに出ようかな。先生を待たせる訳にはいかないし」

そっか、と信が頷いた。朝の鍛錬はこれで終いにするのか、慣れた手つきで剣を鞘へ戻す。

「俺も政のとこに顔出して来るかな。全然会ってねえし」

この国で絶対権力を持つ王の名を呼び捨てるのは、きっと信だけだろう。

嬴政自身も信とは昔からの付き合いがあるので、彼女の無礼は少しも気にしていないのだが、嬴政の傍にいる官吏たちはいつも信の青ざめている。

たかが無礼な態度くらいで、嬴政が容易に命を奪うことは絶対にないと分かっているとしても、信の態度は目に余るらしい。

目的は異なるが、共に宮廷へ行こうとする信に、蒙恬は眉間に不安を浮かべた。

「それはだめ」

本当に剣を握っているのか疑わしくなるほど細い手首を掴み、蒙恬が上目遣いで信を睨む。

「は?なんでだよ」

まさか宮廷への同行を拒否されるとは思わず、信がぽかんと口を開けた。

「…間違い・・・が起こったら大変だから」

「間違い?」

言葉の意味を少しも理解出来ずにいるらしい信はその円らな瞳をさらに真ん丸にする。まるで自分の発言を恥じるように目を逸らしながら、蒙恬が重い口を開いた。

「…婚儀の前に、信が大王様に見初められたら嫌だから」

「はあ~?」

そんなことを言われるとは予想もしていなかったらしく、信が大袈裟に聞き返す。

過去に似たようなやり取りをしたことがあることを蒙恬は思い出した。

将軍昇格が決まった論功行賞の夜、蒙恬は秦王嬴政に跪いて頭を下げ、信を後宮に入れないでほしいと懇願したのである。

秦王の権力は、この国で一番強大だ。もしも嬴政が信を妻にすると命じたのならば、いくら信であってもそれを断ることは出来ないし、後宮に連れて行かれれば、そこから出ることは叶わない。

側室であろうが正室であろうが、秦王の妻となったならば、他の男と関係を持つことは生涯許されない。

まだ嬴政は多くの妻を抱えておらず、それもあって、いつか親友の信を見初めるのではないかという不安を蒙恬は拭えずにいた。

信と婚姻を結ぶにあたり、きっかけを作ってくれた恩人でもあるのだが、もしも嬴政が手のひらを返したとしたら、大人しく従わざるを得ない。

それもあって、自分と信が夫婦だと世間から認められるまで、つまりは婚儀を終えるまで、なるべく嬴政に接触してほしくなかったのである。

 

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不安がる蒙恬の姿を見て、信が呆れたように肩を竦めた。

「政が俺を見初めるなんて、あるワケねーだろ!あいつは後宮で選び放題だってのに、なんでそんな心配してんだよ?」

「だって…」

あの時と同じように信本人が否定するものの、沸き上がった不安を拭うことは出来ない。

嬴政が秦王という絶対権力を持つ立場に就いている間、そして二人が親友関係で結ばれている限り、きっとこの不安を消し去ることは出来ないだろう。

「お前って、よく分かんねえことで悩むよな。政がそんなことするはずねーだろ」

「………」

信と違って安易に秦王のことを口に出せる立場ではないので、蒙恬はむっとした表情を浮かべて信に訴える。

「信だって、もしも秦王様に求婚されたら靡くだろ…」

「そんなのこっちから願い下げだッ!どう考えても国母って柄じゃねえだろ!?」

どうやら、信は国母の座に就く自分の姿が想像出来ないらしい。

後宮に入っていないにも関わらず、秦王に見初められることを夢見ている女性もいるというのに、秦王に見初められることがどれだけ幸せなことか、信には分からないようだ。

彼女に限って、浮気なんてものはあり得ないと断言出来るのだが、人の心というものは目に見えるものではない。

いずれ自分に嫌気がさして秦王を選ぶかもしれないと思うと、いたたまれない気持ちになってしまう。

信が嬴政に寵愛を求めれば、きっと嬴政は親友の気持ちを無下に出来ず、それを受け入れるに違いないからだ。

ずっと恋い焦がれて止まなかった信と両想いになったはずなのに、この幸せが崩れるのが怖いと臆病になってしまう。

そしてこの臆病な自分を曝け出すことで、信に嫌われてしまうのではないかという新たな不安が募る。これでは悪循環だ。

浮かない表情をしている蒙恬から話を逸らそうと、信は彼の肩をぽんと叩いた。

「ほら、早く支度して来いよ。昌平君との約束があるんだろ?」

催促されて、蒙恬は力なく口元に笑みを繕い、出立の準備を始めた。

 

出立

蒙恬の出立を見送った後、信は屋敷で暇を持て余していた。

女性らしい立ち振る舞いの勉強をしようかとも思ったが、朝は何かと侍女たちも忙しそうにしている。

着物の裾を踏んづけて転倒することを蒙恬から心配されていたのは知っていたので、蒙恬が自分のいない間に、一人で練習をしようとしているのなら必ず誰かが付き添うようにと指示を出していたことを信は知っていた。

しかし、婚儀の下準備にも何かと人手がが必要らしい。名家の嫡男の婚儀ともなれば、一族で盛大に祝うのだろう。

信も王一族の養子であることから、婚儀には王一族が参列することになっている。

まさか王一族が婚儀に参列するとは思わず、その話を知って驚いた信は、当主である王翦のもとを訪ねた。

王騎と摎が馬陽で討たれた後、王一族の一員から抜けるべきだとも考えていたのだが、王翦は婚儀の参列を取りやめることはしなかった。

蒙恬との婚姻をもって王一族から信を除名すると、穏やかな声色を掛けられ、普段は仮面の向こうで何を考えているのか全く分からない王翦のことがますます分からなくなったものだ。

下僕出身である信は王騎と摎の養子となってから、机上で何かを学ぶ経験は相変わらず乏しかった。

最低限の字の読み書きは教わったものの、ひたすらに鍛錬を重ね、死地に送り込まれるという地獄のような日々を送ったものだ。

それもあって、名家の養子といっても教養の類を一切教えられなかったのである。王騎も摎も、戦の才能を伸ばすために教養を不要としていたのだろう。

そんな礼儀知らずの娘がまさか名家に嫁へいくと知って、二人はあの世で驚いているに違いない。

未だに婚儀の重要性を少しも理解出来ないでいる信だが、夫となる蒙恬だけでなく、王騎と摎の顔に泥を塗ることだけは何としても避けたかった。

それに、一流の職人が繕っている嫁衣を着るのにも大きな緊張感と責任感が伴う。

信は上質な着物を普段から着慣れていない。上質な着物を着用するのは、宴の場や畏まった行事ごとに参列する時くらいだった。

王騎の養子となってからも、厳しい鍛錬で鎧と着物を汚すのは日常茶飯事であったので、後ろめたさのないように裏地のついていない麻の着物を着用することが多かったのである。

予行練習の際には、婚儀の時のような着物の方が良いと蒙恬が言うので、いつも上質な着物を着せられる。頭につける髪飾りや簪の類も毎度違うのは、きっと蒙恬の趣味だろう。
言葉にはされないが、自分を着飾らせるのが好きらしい。

予行練習で裾を踏んづける度に、信は着物を汚してしまう罪悪感に駆られた。

蒙恬も侍女も汚れたのなら洗えば良いと言ってくれるが、上質な着物を着慣れていないと結婚後の生活も苦労しそうだ。

(…政に秘訣でも聞いてみるか)

ふと親友の顔が頭に浮かんだ。
名家の嫡男たち以上に、普段から上質な着物を着用し、大衆の前に立つ彼ならば、何かしらの助言をくれるのではないだろうか。

蒙恬は婚儀が終わるまで嬴政には会ってほしくないと言っていたが、そんなのは杞憂に過ぎない。

親友はこの国を担う王であり、自分は彼の剣だ。間違っても恋仲になることはない。

宮廷で蒙恬は軍政の執務をこなしているのだから、会うことはないだろう。気づかれなければ、咎められることはないはずだ。

信は自分の身の回りの世話をしてくれる侍女たちに、これから宮廷へ向かうと声を掛ける。
無断で屋敷を外出してしまうと、侍女たちに心配をかけるだけでなく、不手際があったと彼女たちがお叱りを受けることになるらしい。

蒙恬が女性に声を荒げている姿は一度も見たことがなかったが、自分が不在の間、侍女たちに信のことを任せていることは知っていた。

宮廷へ向かうと聞いた侍女たちは、すぐに支度の準備や護衛の手配をしようとしてくれたが、信はそれを断って、厩舎で寛いでいる愛馬の駿のもとへと向かった。

毎日のようにその背に跨り、広い高原を走らせていたのだが、蒙家に来てから飛信軍の鍛錬は副官たちに任せているせいで、最近は駿をあまり外に出せないでいた。

もちろん蒙家に仕えている家臣たちが欠かさずに世話をしてくれるものの、普段から走り慣れている駿は随分と退屈そうにしているようだ。

「退屈させて悪いなあ、駿」

鬣を撫でつけながら謝罪すると、納得してくれたのかそうでないのか、ぶるると鼻息を鳴らされた。

背中に秦王から授かった剣を背負って愛馬に背に跨ると、信はそれ以外の荷を持たず、まるで初めて蒙家に来た時と同じ姿で宮廷へと向かうのだった。

 

発覚

宮廷に到着すると、信はさっそく親友である嬴政の姿を探しに回った。

彼も秦王としての政務があるので、決して暇ではない。しかし、少し顔を見るくらいなら許されるだろう。

蒙恬との婚儀には、嬴政ももちろん参列すると言ってくれた。
親友の門出を祝うのは当然だと言ってくれたのだが、蒙家の者たちからすれば、秦王が婚儀に参列するというのはこれまでになかったことで、婚儀の準備は抜かりないように手配しているらしい。

信にとっては親友でも、他の者からしてみれば天上の御方であり、滅多にお目にかかることはない存在だ。

見張りの兵からに嬴政の居場所を聞くと、いつもの玉座の間にいるらしい。愛馬の駿を厩舎に預け、信は我が物顔で宮廷を歩き出す。

玉座の間へと向かっている途中、ある一室から大きな物音が聞こえた。

「?」

茶器でも落としてしまったような小気味いい音と、男女の声だった。

「だ、だからっ、俺の話を聞いてって!」

「いいえ、もう我慢なりません!」

立ち聞きをするつもりはなかったのだが、扉越しに男女の声が響く。揉め事だろうか。

男の方が焦燥しており、女の方が怒気が籠っている声だった。もしかしたら浮気でも責められているのかもしれない。

修羅場になりそうだなと考えながら、信はさっさとその場から立ち去ることを決めた。盗み聞きをする趣味はないし、この手の揉め事に関わると面倒事しか待っていない。赤の他人である自分は一切関与しないのが一番安全だ。

そう思い、さっさと玉座の間へ向かおうとしたのだが、

(…なんか、聞いたことがあるような…?)

男の声の方に随分と聞き覚えがあるような気がして、信は思わず足を止めていた。

(き、気になる…!)

一つ気になることがあると、自分が納得するまでとことん調べ尽くそうとするのは、蒙恬の癖がうつったのかもしれない。

男女の揉めごとに関わるべきではないと頭では理解しているものの、信は正体を確認したいという好奇心が抑えられなくなってしまった。

少し覗くだけだからと自分の良心に言い聞かせ、信はそっと扉の隙間から中を覗き込む。

「……へ?」

 

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室内にいたのは、蒙恬と見知らぬ女性だった。

宮廷で昌平君と会うと話していたはずの婚約者がこんなところで何をしているのだろうか。気になるのは他にもたくさんある。

蒙恬と一緒にいる女性に、信は少しも面識がなかったのだが、その美しい見目麗しい外見から、どこぞの令嬢であることは分かった。

先ほど扉越しに聞こえた会話から、どうやら二人には面識があるらしい。

だが、信が一番驚いたのは、令嬢の方が侍女も護衛も連れておらず、この密室で蒙恬と二人きりでいたことと、女性の方が蒙恬の体に跨って、今まさに床に押し倒したばかりの体勢でいることだった。

令嬢の細い両手首をしっかりと掴んでいる蒙恬を見れば、なんとか抵抗を試みていることが分かったが…。
先ほど聞こえたやり取りを除けば、見方によっては蒙恬の方が令嬢を誘ったようにも見受けられた。

頭の中が真っ白になった信は、覗き見のつもりが勢いよく扉を開けてしまった。二人の視線が同時に信へ向けられる。

「えッ!な、なんでここに!?」

愕然としたのは信だけでなかった。蒙恬から予想通りの反応と言葉が返って来る。

一方、女性の方は蒙恬に両手首を掴まれたまま、不思議そうな顔で信のことを見据えている。

(この女…もしかして…)

もしかしたら彼女は、もともと蒙恬の婚約者候補だったのではないだろうか。蒙恬は信との婚姻のために、届いていた数多くの縁談を断っていたので、その可能性も考えられる。

それとも、信と婚約をする前に褥を共にしていた女性かもしれない。

結局のところ、信にはこの女性が何者なのか分からなかったが、二人が男女の関係であることは瞬時に察したのだった。

「し、信?」

黙り込んでいる信に、蒙恬が泣き笑いのような顔で名前を呼ぶ。

口角をひきつらせながら信は、

「―――破談だ」

それだけ言うと、廊下を駆け出していった。

 

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