絶対的主従契約(昌平君×信)

絶対的主従契約(昌平君×信)中編①

絶対的主従契約2
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/年齢操作あり/主従関係/ギャグ寄り/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

 

勝負前夜~昌平君~

茶器を片しに部屋を出て行った信を見送った後、昌平君は再び寝室へと向かった。

執務を終えた後に一度寝室に戻るフリをしたものの、ふと思い立って引き返してみれば、信はやはり悪さをしていた。本人は気づいていないようだが、奴隷解放証の存在を知ってからの行動は目に余る。

主が傍にいなくなると、こそこそと奴隷解放証を探しているのだ。あからさまに媚びを売ってくるのではなく、何としても自分の力で見つけ出そうとしているところが彼らしい。

以前からずっと信が下僕の身分を脱したいことは知っていたが、だからと言って奴隷解放証は簡単に渡せるもの代物ではない。

あれは正式な機関に提出する書簡で、偽造や不正取引で入手したことを知られれば、当然厳しい処罰が与えられる。

膨大な機密情報や、書簡やり取りを日常的に取り扱っているのを傍で見ていることから、恐らくは信も理解しているだろう。だからこそ彼は本物の奴隷解放証を見つけ出そうとしているのだ。

昌平君が記した奴隷解放証に印章さえ押してしまえば、偽造も入手経緯も疑われることはないと考えているようだが、詰めが甘かった。

そう簡単に渡せないものだからこそ、彼の手の届く場所には置いていない。執務室を探すだけ無駄という訳だ。

どうにか手を打って、早急に諦めさせなくてはと昌平君は溜息を吐いた。

彼に勝負を持ち掛けたのも早急に奴隷解放証を諦めさせる手段の一つにしか過ぎない。屋敷に来てから剣を握ったことさえない彼が、自分に指一本触れられるとは思えなかったし、勝敗はすでに目に見えていた。

信の方はなぜか勝利を確信していたが、昌平君も手を抜くつもりはなかったし、なにより奴隷解放証を諦めさせるきっかけをずっと探していたのである。

 

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「…豹司牙か」

廊下を歩いていると背後に誰かが立ったのを感じ、昌平君は振り返るよりも先に、信頼のおける配下の名前を口に出した。

ゆっくりと振り返ると、近衛兵団の団長である豹司牙が片膝をついて供手礼をしていた。
目が合うと、豹司牙は何度か瞬きを繰り返した。

頼んでいた件の報告だろうと考えていたのに、報告を始めないどころか、不思議そうに主の顔を見つめる豹司牙に昌平君は疑問を抱く。

主と同じで無駄な時間を好まない豹司牙がそのように時間を費やすのは珍しいことだった。

「…私の顔に何かついているか?」

「いえ。…先に何か、良い報告でもございましたか」

その問いに思い当たることはなく、昌平君は首を横に振った。

指摘されたということは、どうやら顔が緩んでいたらしい。長年傍で仕えている豹司牙だからこそ、主の些細な変化に気づいたのだろう。

昌平君の脳裏に信の姿が浮かび上がった。

「餌を目当てに寄って来た野良猫がようやく懐いて来たところだ」

「懐いて…?」

野良猫が信のことを比喩していることは彼も分かっている。
しかし、納得出来なかったのか、豹司牙が僅かに顔を強張らせる。あれで懐いていると言えるのだろうかと疑問を抱いている顔だ。

「報告を聞こう」

昌平君が声をかけると、豹司牙がすぐに報告を始めた。

 

勝負前夜~信~

茶器を片づけた後、信は下僕たちが寝室として利用している広間へ向かった。

その広間では全員が布団を敷いて川の字になって寝るため、かなり窮屈である。まだ下僕の中では子どもに分類される信は、隅の方で休んでいるのだが、手足を伸ばして眠った記憶は一度もなかった。

屋根があって夜露が凌げて、布団まで与えられているのだから、それ以上の贅沢は望めないと分かっているが、いつかゆっくりと手足を伸ばして眠ってみたいと思う。

同じ下僕でも、男女で部屋は分けられている。
雑魚寝をする男部屋と違って、女性の下僕部屋には寝台があるのだから、羨ましいとも思う。

しかし、人数の少ない女性の部屋でも窮屈なのは変わらないと、仲の良い下僕仲間の女性から教えられたことがあった。

寝台があっても、全員で並んで窮屈に眠るのは男部屋と同じだし、朝の支度には化粧道具や着物を広げるので、男の部屋と窮屈さはそう変わらないのだという。

もしも自分が昌平君との勝負に勝つことが出来たのなら、奴隷解放証をもらうついでに、下僕たちの寝室を一つずつ増やしてもらうことを交渉しようと信は考えた。

自分がこの屋敷を出ていけば一人分は広くなるが、すぐに新しい下僕が雇われて、窮屈になるのは目に見えている。

そっと広間を覗くと、すでに下僕仲間たちは眠っていた。大きないびきをかいて眠っている彼らの見慣れた顔をざっと眺め、もう会えなくなるのだと思うと、胸がきゅっと締め付けられるように痛む。

昌平君の屋敷に連れて来られてから、仕事を教えてくれたり、色々と面倒を見てくれたのだ。そう長い付き合いではないとはいえ、家族同然とも言える。

女性の下僕仲間たちも、弟や息子のように接してくれたし、寂しい気持ちが湧き上がるのは当然だった。

 

 

「ふわあ…」

大きな欠伸が零れる。早く休んで明日の勝負に備えなくてはと、眠っている下僕仲間たちを起こさぬよう、足音を忍ばせながら自分の寝床へと向かった。

「………」

先に眠っている仲間の誰かが自分の分の布団を敷いていてくれたことに気づき、信は思わず唇を噛み締める。

(…どうせ、明日からはもう屋敷にいないんだ。俺も自由にさせてもらうから、今夜から少しでも広く使ってくれよ)

大勢が眠っている窮屈な寝室で、少しでも広く使えるよう、信は敷かれていた布団を両手に抱きかかえる。

またもや足音を忍ばせながら、信はさらに寝室の奥へと向かう。そこにはただ布団を収納するためだけに作られた小間があった。

ここなら大人でも手足を伸ばして広々と眠ることが出来るのだが、もちろん良い寝床となれば奪い合いになる。

奴隷たちの朝は早いし、そんな口論で貴重な睡眠時間を削る訳にはいかず、不公平にならないように誰も使わないという、奴隷たちの中の暗黙の規則があった。

しかし、明朝から昌平君との勝負に備えなくてはならない信は、この屋敷に来て初めてその規則を破ったのである。

明日は奴隷たちの誰よりも先に起きて寝室を出るつもりだったし、昌平君との勝負にはもちろん勝つと信じて止まなかったので、この寝室で眠るのも今夜限りの付き合いだと考えていた。

(ああ、手足を伸ばして眠れるって良いな…)

布団を被ると、上下左右の誰にもぶつかることを気にせず手を伸ばせ、それだけで気分が良い。

もしも奴隷解放証を手に入れて、下僕の身分を脱したのなら何をして生きていこうかと心が沸き起こる。

仲間たちとの別れに惜しんで寝付けないのではないかと思っていたのだが、疲労している体は無情にも睡眠を優先した。

すぐに瞼が重くなっていき、信はすぐに眠りへ落ちたのだった。

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明朝

日が昇り始めた頃、窓から差し込む薄白い光が瞼にさしかかり、昌平君はゆっくりと目を開けた。

再び瞼を下すことはせず、寝台から起き上がると身支度を始める。

他の高官たちは侍女を呼び寄せて着物を着たり、髪を結わせ、身支度一つにも従者に依存している者もいるのだが昌平君はそうではない。

右丞相と軍の総司令官としての執務は膨大な量であり、たかが身支度一つに時間をかける訳にはいかないのだ。

着物の袖にはもちろん自分で腕を通すし、帯も自分で締める。僅かに寝ぐせの残る髪を櫛で乱雑に梳き、邪魔にならないように簪で留める。

日が昇る前から侍女が用意しておいてくれた桶の水で顔を洗ってから、今日の執務の予定を確かめるために、寝室を出る。朝食を摂るのは執務室に寄った後だ。

執務室に向かいながら、信と奴隷解放証をかけた勝負があることをすぐに思い出した。

明朝というだけで他のことは決めていなかったが、いつものように執務室にいるだろう。

廊下を歩いていると、執務室の前に黒衣に身を包んだ従者が立っていることに気が付いた。昌平君に気づいた従者は、すぐに供手礼を行う。

「報告を聞こう」

毎日のように届けられるのは、他国に潜入している密偵の報告だ。

少しでも戦の気配を感じたのならば、領土を奪われぬようにすぐに対策を打つ必要がある。軍の総司令官を担っている昌平君は、日々届く膨大な情報量から、軍政を操作しなくてはならなかった。

今日の報告では特に動きはなさそうだったが、水面下で侵攻を企てている可能性も考えられるため、決して油断は出来ない。

軍政を担うということは、民や兵たちの命だけではなく、国そのものの命運を司る重責がある。

過去に信から、仏頂面で何を考えているのか分からなくて怖いと指摘されたことがあったが(偶然その場にいた豹司牙にぶたれていた)、気が休まる暇がないのだから仕方がない。

「…?」

執務室に入るものの、まだ信の姿はなかった。

下僕としての生活が長いせいか、あれだけ憎まれ口を叩く小生意気な性格をしているものの、実は信が過去に遅刻をしたことは一度もないのだ。

奴隷解放証を喉から手が出るほど欲しがっていたし、信の性格を考えると自ら勝負事から手を引くとは思えない。

これから来るだろうと思い、昌平君は先に今日の執務予定を確認することにした。

 

 

(……遅い)

予定を確認した後、今日の執務に必要になりそうな書簡に目を通していたのだが、いつまで経っても信が来る気配がなかった。

いつもならすでに来ている時刻のはずなのだが、一向に姿を現さない。それどころか、朝食の報せまで来てしまった。

過去に一度も遅刻をしなかった信が今日に限って来ないことに、昌平君は思わず表情を曇らせる。

(まさか)

昌平君はすぐに席を立つと、少し遅れてから朝食を摂ることを従者に告げて足早に寝室へと戻った。

印章を置いてあるのは執務室だが、奴隷解放証の原本を置いてあるのは寝室だ。信が悪さをするのを防ぐために、原本を盗まれぬよう、保管場所を移していたのである。

正式な機関に提出する書簡であるため、奴隷解放証には定型文がある。奴隷解放証を作成するには、その原本を書き写し、最後に印章を押すのが習わしであった。

寝室に入ると、侍女が寝床を整えており、部屋の清掃を始めているところだった。主の訪室に気づいた侍女がすぐに頭を下げる。

「この部屋に入る前に、先に誰か来ていたか?」

「いいえ、どなたも見かけておりません」

彼女が部屋の清掃を始める前に、何者かが寝室に来ていたか問うものの、寝室を訪れた者や主を尋ねにやって来た者はいなかったという。

頭が締め付けられるように痛み、昌平君は思わず額に手をやった。

(…だとすれば、私が部屋を出た直後か)

昌平君はこれが信の策であると考えていた。
昨夜だけじゃない。昨日まで、ずっと奴隷解放証を探して見つからずにいたのだから、執務室に置いていないことに信も気づいたのだろう。

だとすれば、次に信が目をつけるのは、この屋敷の中で昌平君が次に過ごす時間が長い寝室になる。しかし、夜間は見張りがついているので侵入することはまず不可能だ。

それに昌平君が物音と気配に敏感であることにも信は知っているだろうし、もしも侵入が叶ったとして、眠っている昌平君の傍を捜索して気づかれる危険性も分かっていただろう。

主だけではなく、見張りや侍女が確実にいない隙を狙うのなら、身支度を終えた昌平君が執務室に向かうあのわずかな時間だ。

寝室の清掃が始まるのは朝食を摂っている間で、それまでは誰も部屋に訪れない。下僕仲間たちからその情報を事前に得ていたとすれば不可能ではない。

確実に昌平君のいない隙を狙って、信はこの部屋で奴隷解放証を探したとみて間違いないだろう。

すでに原本を持ち去ったとしたら、あとは印章を押す機会を狙っているはず。

先ほど執務室に寄ったときには印章はまだあったので、盗んだとは考えににくい。この屋敷の敷地内のどこかで、今度は執務室に誰もいなくなるのを待っているのかもしれない。

そこまで考えて、昌平君は軽率に寝室へ戻って来たことを後悔した。

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脱走?

(やられたな)

無意識のうちに重い溜息を吐いてしまった。

もしも予想通りならば、明朝に昌平君が身支度を終えて寝室を出た直後、入れ違いで信が寝室に潜入し、奴隷解放証を手に入れたことになる。

その後、昌平君がその事態に気づいて、奴隷解放証を確認するために執務室を出て寝室へと戻った。

対して信は、またもや昌平君と入れ違う形で執務室に潜入する。誰もいない執務室で印章を押せば、奴隷解放証が完成するという訳だ。

今頃は、主からお使いを頼まれたとでも言って、怪しまれることなく屋敷を抜け出していったかもしれない。

下僕たちには、以前から信に字の読み書きを教えたり、余計な知識を与えるなと口酸っぱく教育していたので、協力者はいないだろう。

それに奴隷解放証は一枚につき、一人しか使えない。
信一人を助けるために、処罰を覚悟で脱走計画を協力するような下僕がいるとは思えなかった。

不思議そうな顔をしている侍女に、部屋を出るように指示する。背後で扉が閉められてから、昌平君は隠していた奴隷解放証の原本を確認した。

奴隷解放証の原本は、容易に見つけられぬよう、机の裏に忍ばせていたのである。

身を低くして机の下に潜り込まなければ見当たらない仕掛けにしていたが、小柄な信ならば、簡単に見つけたのかもしれない。

「…?」

しかし、ここで予想外の出来事が起こった。
机の裏には以前より移しておいた奴隷解放証がそのまま残っていたのである。

手に取ってまじまじと確認するものの、本物の原本だ。差し替えられた様子はない。

時間稼ぎという目的があったとしても、字の読み書きが出来ぬ信が事前に偽物を用意しておくことは出来ないだろう。

では、なぜここに原本が残されているのか。

「………」

昌平君はそれまで考えていた仮説を一度すべて否定した。見方を考えなくては、いつまでも疑問に縛られてしまうからだ。

部屋を出るなり、昌平君は廊下で待機していた侍女に目を向けると、

「信はどこにいる?」

自分でも驚くような低い声で尋ねたので、侍女は青ざめ、信を探すために廊下を駆け出して行った。

 

 

早朝からの主命令のせいで、屋敷内は不穏な空気に包まれていた。

家臣も下僕も全員が一丸となり、敷地内で一人の下僕を探す光景はまさに異様だった。主命令ということもあって、全員が普段の業務を放ってまで信を捜索しているのだ。

たかが下僕一人にここまで労力をかけなくてもと家臣に文句を言われたが、気持ちは分からなくもない。下僕の脱走は珍しいことではないし、ここまで騒ぎにする必要は確かにないからだ。

ましてや、奴隷解放証の原本はそのままだったし、執務室にある書簡が盗まれた形跡もないのだから、機密事項の漏洩を心配する必要もない。

しかし、昌平君は家臣たちの言葉を一蹴して、信の捜索を続けるよう命じた。

まだ屋敷の敷地内にいるとすれば、これだけの騒ぎになっているというのに、出て来ないはずがない。もしくは処罰を恐れて隠れているのだろうか。

昌平君が想像している最悪の結果・・・・・でないことを祈りながら、彼自身も屋敷の部屋を一つずつ探していく。

男の下僕たちが寝床として使っている広間に入り、中を見渡した。

すでに布団は収納されているようで、見渡す限りは何もない。ここにはいないかと考えて部屋を出ようとした時だった。

「~~~!~~~…!」

奥の方からくぐもった声が聞こえて、ぴたりと足を止める。

その声に引っ張られるように、昌平君は広間の奥へと進んだ。
そこには布団を収納するためだけに作られた小間があり、今はぎっしりと下僕たちが使った布団が押し込められている。

くぐもった声がするのは、その隙間からだった。

「………」

布団が収納されている小間の前に片膝をついて、その声によく耳を澄ませる。

かなり下の方から聞こえて来て、よく観察すれば、積み重なった布団が僅かに動いているではないか。

まさかと思い、昌平君は声が聞こえるあたりの布団を両手で掴み上げた。

見覚えのある自分よりも小さな手が隙間から現れたので、昌平君は思わず目を見開く。
布団の隙間から覗くその小さな手が、縋るように昌平君の手を掴んで来る。

「だ、だずげ、で、くれぇ…」

布団を動かしたせいか、先ほどよりも声がはっきり聞こえた。

両手で布団を押しのけて、中を覗き込むと、そこには顔を真っ赤にして悶え苦しんでいる信の姿があった。

 

救出

本当に脱走してしまったのではないかという予想が外れた安心感と、呆れの感情が一気に襲い掛かって来た。

「…何をしている」

顔に動揺が出ないように取り繕うものの、昌平君の胸は早鐘を打っていた。

大量の布団に挟まれた信は、昌平君の姿を見つけると、今にも泣き出してしまいそうなほど顔を歪める。

「と、とりあえず、まずはここから出してくれ…動けねえ…」

布団に挟まれているせいで身動きが取れないのだという信に、それは見ればわかると昌平君は溜息を吐いた。

どうしてこうなってしまったのか状況を聞くには、まずは彼を布団の中から救出しなくてはならない。

「つかまっていろ」

昌平君は信の両手をしっかりと握り、力任せに彼の体を引っ張った。

「ぷはあッ」

まるで水から上がったかのように信が大口を開けて呼吸する。ずっと大量の布団に挟まれていたその体は汗だくだった。

力任せに引っ張り上げた勢いで、布団の隙間から飛び出した信の体が、昌平君の体の上に覆い被さってくる。

尻もちをついて、信の体をなんとか受け止めた昌平君であったが、不意に落ちて来た影に気づいて顔を上げる。

そして次の瞬間、昌平君はまたもや己の軽率な行動に後悔した。

信の体を挟んで安定を保っていたはずの大量の布団が、まるで雪崩のように覆い被さって来たのだ。

「~~~ッ!!」

「ぎゃーッ!またかよッ!!」

派手な音を立てて、布団に飲み込まれてしまう。たかが布団とはいえ、重なればかなりの重さだ。男の下僕たちの人数分あるのだから相当な量だろう。

さらには自分の胸の上にいる信の重みも合わさって、肺が押し潰されそうになる。

どうして自分までこんな目に遭うのかと、ひたすらに行き場のない怒りがこみ上げた。
冷静になって、布団を少しずつ退かしていくべきだったと後悔するものの、もう遅い。

物音を聞きつけた従者たちがすぐに救出に来るはずだと頭では理解しているものの、大量の布団の下で待機するのはこの上なく不快だった。布団の重さだけでなく、布団に染み込んでいる匂いも混ざり合って、それもまた不快である。

「おい!なにしてんだよッ、俺を助けに来たんじゃなかったのかよ!」

布団に覆われた暗闇の中、昌平君の胸の上で信が咎めるように声を荒げたので、昌平君も怒気を込めて反論した。

「お前が約束の明朝に現れていればこんなことにはならなかったッ」

約束の明朝という言葉に反応したのか、信が愕然とする。

「は!?まさかもう過ぎちまったのか!?」

「私の不戦勝だ。約束は守ってもらうぞ」

「仕切り直しだ!俺だってこんなことにならなきゃ間に合ってた!」

何重にも重なった布団の下で言い争う度に息が苦しくなる。

喋れば喋るほど苦しくなるだけだと察した二人は、従者たちに救出されるまで、お互いの吐息がかかる距離で睨み合いながら堅く口を閉ざしていた。

 

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…結局のところ、信の言い分を要約するとこうだ。

明朝の勝負に備えて、昨夜は誰も使用していない小間で就寝していた。頭まで布団を被って眠っていたこともあり、明朝に起きた下僕仲間は気づかずに、小間で眠る信の上に布団を重ねる。

窓から日の光が差し込んでいたとはいえ、奥の小間は薄暗いままで、信がそこに眠っていることに誰も気づかなかったのだ。

もちろんその時点で気づかれなかったせいで、他の下僕たちも気づかずに、次々と布団を積み重ねていき…。

重みと苦しみのあまり信が目を覚ました時には、すでに布団から抜け出せなくなっていて、明朝から仕事をこなす下僕たちは誰一人として気づくことなく寝室を出て行った。

明朝の勝負のためになんとしても布団から抜け出そうとした信だが、子ども一人の力であの大量の布団から抜け出せるはずがなかった。

大人である昌平君も、従者たちに救出されるまで身動きが取れなかったのだから、確かに納得は出来る。

しかし、そんな経緯があったにも関わらず、昌平君は無情にも、今回の勝負は信の遅刻により、自分の不戦勝であると告げたのだった。

もしかしたら圧死していたかもしれないのだから、今回の勝負は無効にして日を改めろと信は騒いでいたが、昌平君が不戦勝を撤回をすることはしなかった。

その後、昌平君は信の捜索のために、仕事を後回しにして協力してくれた従者たちへ感謝の言葉を贈った。

命令なのだから逆らえなかったとは誰も言わなかったが、昌平君の感謝の言葉を聞くと、従者たちも恐れ多いと頭を下げ始める。

最後まで信だけは納得がいかない顔を浮かべていたが、昌平君がゆっくりと拳を振り上げる仕草を見るや否や、すぐに頭を下げて迷惑をかけたことを全員に詫びたのだった。

 

不戦勝

予想外のこととはいえ、執務の遅れが生じたのは変わりない事実だ。

信は未だに不戦勝に納得出来ておらず、ずっと文句を言っているのだが、確かにあのまま昌平君が気づかなければ夜になってから遺体で発見されたに違いない。

だが、振り返ってみれば小間で眠っていた信の自業自得である。

救出してから楽に呼吸が出来るようになり、顔色の悪さは随分と改善していたものの、念のため侍医に診せた。

命に別状はないらしいが、かなりの汗をかいたことが原因で衰弱しているのは確かだ。汗で失った分を補うために、塩気のあるものと水を存分に摂るように勧められた。

下僕なのだから塩水を舐めさせておけばいいと家臣に言われたものの、昌平君はそれを許さず、食事の用意をするように命じる。

普段なら下僕の身分のことを言われると、相手が主であろうが誰であろうが関係なく反論する信だが、さすがに今は何も言い返す気力もないようで、ぐったりと座り込んでいた。

「信、来なさい」

低い声で命じると、抵抗する気力もない信は返事もせず、のろのろと立ち上がる。

今日の執務は休むように命じたものの、昌平君が普段通りに信を執務室に連れて来たのは、きちんと食事を摂らせるためであった。

 

 

「はあ…」

むくれ顔のまま、信は執務室の隅に座り込んで溜息を吐いている。
今、信の目の前には、下僕が普段口に出来ない食材がうんと使われた食事が並んでいたが、手を付ける気配がまるでない。

保存用に塩漬けにしていた豚肉を食事に用意させたものの、まるで興味がないようだった。ずっと布団に挟まれていた疲労のせいで、食欲がないのだという。

執務をこなしながら、昌平君は時々横目でその様子を観察していた。
食欲がないとはいえ、食べなくて良いとは命じない。その食事を完食するよう、事前に命じていたのである。

水は多く飲んだようだが、溜息を吐くばかりで、食事はまだ一口も進んでいない。

信の年頃ならば、食事に肉が出れば大いに喜ぶものだが、今はそうではないらしい。よほど疲れ切っているのだろう。しかし、それは昌平君とて同じだった。

かといって、昌平君は安易に執務を投げ出すことは出来ない。その重責ゆえ、代役がいないので一日でも執務を怠れば、翌日に負担がかかるのは自分自身なのである。

「…食べないのなら下げさせるぞ」

一向に食事に手をつけないことに見兼ねて声をかけると、普段は滅多にお目にかかれない馳走を取り上げられると分かり、信は慌てて箸を取った。

下僕の立場では、肉はただでさえ貴重な代物なのだ。それも贅沢に塩漬けにした豚肉だなど、次に食べられるのはいつになるかわからない。

「んっ…!」

塩漬けにされていた豚肉にかぶりついた途端、それまで虚ろだった信の瞳が輝き出す。
一口食べただけでも、あまりの美味さに活力が湧き上がったようだった。

塩気と旨味が染み込んだ豚肉の味が口内に強く残っているうちに粟飯を豪快に掻き込んで、再び豚肉に噛り付いている。

次に骨付きの鶏と薬味を長時間煮込み、味を整えた鶏湯ズイタンを啜った。
この周辺の水は硬水であり、重い口当たりや独特な苦みを消すために、わざと濃い味付けにされている。

昌平君はあまりその汁物を得意としなかったが、常日頃から汗水流して働く下僕たちには評判が良いらしい。信も美味そうに啜っていた。

それから、細切れにして煮びたしにした野菜を口に運ぶ。豚肉や鶏湯と違って、さっぱりとした味付けになっており、それがまた塩気の強い料理の旨味を強めるのである。

(食欲は戻ったようだな)

全身で「美味しい」を訴えている信のその食いっぷりを見ているだけでも腹が満たされてしまう。

そういえば、信が食事をしている姿を見たのは、随分と久しぶりであることを思い出した。

「………」

気づけば昌平君は筆を動かす手を止めたまま、信の前にある膳が全て空になるまでずっと見つめていたのである。

食事に夢中になっていたせいで、信は自分に向けられている主からの視線も、その瞳が今まで見たことがないほど穏やかな色を浮かべていたことに気づくことはなかった。

 

勝敗の約束

「あー、食った食った!」

あっという間に食事を平らげた信は、ようやく普段通りに大らかに笑った。塩気の強い食事を摂ったことで、すっかり元気を取り戻したらしい。

空になった膳を片づけようと立ち上がった彼に、昌平君が静かに筆を置く。

「美味い茶を淹れるのは明日で良い。今日はもう休め」

美味い茶という言葉に反応したのか、信がぎくりと動きを止めた。
言葉を選んでいるのか、何か言いたげに視線だけを向けて来たので、昌平君はわざとらしく小首を傾げる。

「お前が負ければ、毎日・・私の気に入る茶を淹れるという約束だった」

「いや、毎日とは言ってねえよッ!?」

すかさず反論されるものの、此度の不戦勝が撤回されることはない。

「文句言わねえでお前の気に入る茶を淹れてやるって言ったんだよ!」

記憶力に乏しいくせに、自分の発言はよく覚えているらしい。
昌平君が普段のように鋭い眼差しを向けると、信が頭を掻いた。

「ったく…なら、今から街に降りて良い茶葉を買って来てやるよ。…助けてくれた礼もあるしな」

問題は茶葉ではなく、普段の茶の淹れ方にあるのだが、昌平君は寸でのところで言葉を飲み込んだ。

こちらが命じていないというのに、信が自主的に茶を淹れてやると言ったのは初めてだった。信が勝負に負けた時の約束であるとはいえ、その気持ちはありがたく受け取ろうと考える。

「…街へ行くなら豹司牙と行け」

茶葉を買いに行くだけとはいえ、一人で行かせるわけにはいかず、昌平君は自分の近衛兵の名前を口に出した。

「ええっ、なんでだよ!逃げたりしねえよ

あからさまに信の表情が曇る。
普段、信が街へ行くときは昌平君の供であったり、他の従者たちと買い出しを目的に行くことがほとんどで、豹司牙と二人だけで行くことは滅多にない。

逃げ出さないように厳しい監視をつけられるとでも思っているのだろうか。そのように誤解しているのなら都合が良いと考えた。

「豹司牙がいると、なにか困ることでもあるのか」

豹司牙は有能な配下だ。無駄口を叩くことはないし、何より主の命令がなくとも、主の意志を読んで行動に移すことが出来る忠義に厚い男である。

「だって、あのオッサン、お前と一緒で仏頂面だし、何考えてるかわかんなくて怖えんだよ」

この場にいない豹司牙と目の前にいる主に向かって堂々と無礼なことを言う下僕は、恐らく信だけだろう。
他のところで雇われていたら、即座に笞刑ちけい ※笞で打たれることにされるか、斬られていたに違いない。

前の主のもとでも、よく無事に生き延びていたものだと昌平君は感心してしまった。
扉の向こうにある気配を感じ、昌平君はそちらへ向き直る。

「…だそうだ、豹司牙」

「へっ?」

この場にいないはずの人物の名前を口に出され、信の顔が凍り付く。

すぐさま扉が開けられると、豹司牙が立っていた。
信が話していた言葉通り、仏頂面で何を考えているのか分からない彼だが、今だけは誰が見ても怒っていることが分かった。

 

主の心遣い

げんこつを落とされて痛む頭頂部を擦りながら、信は半泣きのまま馬に揺られていた。

背後には、子どもで小柄な信を抱きかかえるように手綱を握り、馬を走らせている豹司牙の姿がある。

「まだ痛え…おい、オッサン!頭割れてたらどうするんだよっ!ちっとは加減しろよッ」

背後にいる豹司牙を睨みつけるものの、彼は前方を睨みつけるように馬を走らせているばかりで信と目を合わせようともしない。

主である昌平君からの命令で信の買い出しに付き合っているだけで、相変わらず必要最低限のことしか話さない寡黙な男だ。

(おお、怖え…)

こちらの言葉など一切耳に入っていないという態度に、信は縮こまる。

奴隷解放証を賭けた勝負の件や、布団の中に閉じ込められて屋敷で大騒動になっていたことも聞いたのか、普段よりも豹司牙の威圧感が倍増していた。

豹司牙は背丈も主と近いし、昌平君に似ている部分がいくつかあった。

全身から漂う威圧感も相当酷似しているが、あの鋭い目つきは特に昌平君と近いものを感じさせる。

近衛兵の団長を務めている彼は忠義に厚く、昌平君は深い信頼を寄せている。宮廷や屋敷でも二人でいる姿もよく見るが、少しも会話が盛り上がってるのを見たことがない。

必要最低限のことしか話さない、無駄話を一切好まない似た者同士であることから、それがお互いに落ち着くのかもしれないと信は勝手に推察していた。

「…お前は」

「えっ?」

いきなり声を掛けられたので、信は驚いて振り返った。
豹司牙の方から話しかけて来たのはこれが初めてだったかもしれない。

「自分の名を書けるようになったのか」

初めて話しかけられたかと思いきや、いきなりそんなことを問われたので、信は目を丸めていた。

「いや、書けねえよ?習ってねえもん」

下僕が字の読み書きを習得していないのは特段珍しいことではない。

それに、昌平君が自分を傍に置くのは、機密情報の漏洩や盗難を防止する目的として、字の読み書きが出来ないことを買われたからだ。

そんなことは豹司牙も分かっているだろうに、どうしてそのような質問をして来たのだろう。

自分の名を書くことが出来ないと答えた信に、豹司牙が向けて来たのは、バカにしてるような目つきではなく、呆れた顔だった。

昌平君と同じで仏頂面だと思っていたが、そんな人間らしい表情も出来ることに信は驚いた。

小さく溜息を吐いた豹司牙が手綱を引き、馬の足を止めた。

「な、なんだよ?」

「次は主の目を盗んで、奴隷解放証を盗む気か」

信はひくりと頬を引きつらせたものの、否定はしなかった。

それを勘付かれてしまったから此度の勝負(不戦勝で終わってしまったが)を持ち掛けられたのだ。しかし、奴隷解放証を手に入れることを諦めた訳ではない。

屋敷のどこかにある奴隷解放証に印章を押せば、確実に下僕の身分を脱することが出来る。信の中で、下僕の身分を脱する熱意はますます高まる一方だった。

「…あの御方がお前を嘲笑うために、奴隷解放証を隠していると思っているのか?」

なんだか棘を感じさせる言葉に、信が眉根を寄せる。

「そりゃあ価値のあるもんだから、簡単に盗まれちゃ困るんだろ」

昌平君から教わった通りの言葉を返すと、豹司牙は首を横に振った。

「お前が奴隷解放証を見つけ出したとしても、それは効力を持たない」

「昌平君が持ってる印章を押せばいいんだろ!それくらい知って…」

「そうではない」

今までずっと信じていた言葉をあっさりと否定され、信は言葉を失った。

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「もしもお前のやり方で関門を潜ろうとすれば、即座に首を刎ねられるぞ」

まるで氷のように冷え切った豹司牙の言葉に、信は思わず固唾を飲み込んだ。

「だ、だって…印章も押してんのに…」

確かに下僕の身分である自分が奴隷解放証を盗んで印章を押せば、盗みや偽装の罪に問われることは間違いない。しかしそれは、その場を目撃された場合だろう。

右丞相である昌平君の印章が押してあるのだから、正式な書簡として通るはずだと信は反論した。

「お前は何も分かっていない」

豹司牙にぎろりと睨まれて、信はその威圧感に言葉を発することが出来なくなってしまった。

「…奴隷解放証には、対象となる下僕の名を記さなくてはならない」

「え?」

豹司牙が淡々と説明を始めた。

奴隷解放証は定文で、対象となる奴隷の名前を記している。
もしも信が計画通りに奴隷解放証を盗み出し、昌平君の印章を押したところで、字の読み書きを習得出来ていない彼は自分の名前を記すことは出来ないし、そもそも、名前の記載が必要になることも知らなかった。

…よって、名前の記されていない奴隷解放証の効力は無効となる。

印章を押した奴隷解放証を入手して、昌平君のもとから逃げ出したとしても、効力の持たない奴隷解放証を見せれば、不正入手だと即座に取り押さえられてしまう。

だからこそ、昌平君は奴隷解放証を隠しているのだと教えられ、ずっと知らなかった真実に、信は開いた口が塞がらずにいた。

「…じゃ、じゃあ…俺が奴隷解放証を見つけて、印章を押したところで、名前が書いてないそれを届けたら、すぐに殺されるって、…昌平君は、それで隠してたのか…?」

「あの方の心遣いに感謝せよ」

豹司牙は頷くことも肯定もしなかったが、主のおかげで信が犬死をしなかった事実を伝えた。

手綱を握り直した豹司牙が馬の横腹を蹴りつける。

すぐに走り出した馬に揺られながら、信は口の中に苦いものが広がっていくのを、どこか他人事のように感じていた。

 

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