毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)

毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)後編

毒も過ぎれば情となる4
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/毒耐性/ギャグ寄り/野営/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

中編②はこちら

 

事後処理

宮廷に到着するなり、信は軍の総司令官である昌平君のもとへと向かった。

国境調査の目的は趙国の動きを探る目的であったが、撤退日に襲撃に遭ったことを報告すると、昌平君も予期していなかったようで大層驚いていた。

しかし、文字通り無傷である信の姿にも驚いているようだった。

「兵の犠牲はなかったのか」

「ああ。反撃をしてから撤退した。追撃はなかったから、一掃出来たんじゃねえか?」

桓騎が救援に来てくれたことは内密にして、早々に反撃と撤退の指示を出したことで大きな被害はなかったと伝えると、昌平君は安堵したように頷いた。

「趙軍の襲撃を回避するだけでなく、一掃するとは…やはり、此度の国境調査は飛信軍に任せて正解だった。大王様から褒美を与えられることだろう」

称賛の言葉をかけられるものの、信の胸の内は晴れない。

それは当然だ。趙軍の襲撃を回避出来たのも、それどころか一掃出来たのは自分の武功ではなく、すべて桓騎の策なのだから。

「どうした?」

称賛の言葉を掛けても、憂いの表情を浮かべている信を見て、昌平君が不思議そうに問い掛ける。

桓騎が来てくれたから助かったのだと素直に伝えればどれだけ良かっただろう。今回の件で褒美を与えられるのは、自分ではなく桓騎こそ相応しい。

しかし、それを打ち明けるということは、桓騎が無断で屋敷を不在にしていたこと、すなわち軍法違反を犯したと告発するのと同じである。

「…褒美は、いらねえ。俺にもらう権利はない」

強く拳を握り、そう答えるのがやっとだった。

余計なことを喋れば勘の鋭い昌平君に、桓騎が救援に来たことを気づかれてしまうかもしれない。せっかく自分たちを助けてくれた彼に罰則が科せられることは何としても避けたかった。

「報告は以上だ。じゃあな」

何か言いたげな昌平君の視線を背中に感じていたが、信は振り返ることなく宮廷を後にした。

 

桓騎の策~前日譚~

調査報告を終えてから、信は国境調査を同行してくれた兵たちに労いの言葉を掛けた。

自分たちを襲撃しようと企んでいた伏兵を一掃したことから、恐らくは趙軍もしばらくこちらの出方を探るようになるだろう。戦の気配は一先ず遠ざかったと言っても良い。

冷え込みが激しい中での野営生活が続き、疲労しているだろうから、ゆっくり休むように声を掛ける。それから信は桓騎と那貴が引き連れた兵たちを探した。

二十名ほどの少人数部隊だったが、彼らが的確に火矢を放ってくれたおかげで桓騎の策が成り立った。
趙軍の襲撃を聞かされて不安の中、桓騎の指示に従ってくれたことに礼を言わなくてはと考えたのである。

しかし、ここで驚くべきことが起きた。

今回の国境調査に連れ立った兵たちの誰もが口を揃えて、その部隊を知らない・・・・・・・・・と言ったのである。

「…は?知らないって…どういうことだよ!?」

信も驚いて兵たちの番号呼称を行ったのだが、軍師の河了貂と副官の羌瘣や那貴を抜いて、三百の兵は一人も欠けることなく揃っていた。

(…じゃあ、那貴と桓騎についてたあの兵たちは…)

そこまで考えて、信の中でふつふつと怒りが込み上げて来た。
背後で素知らぬ顔をする那貴の方を振り返り、今にも掴み掛かる勢いで彼に詰め寄った。

「那貴ぃッ!てめェ、全部知ってるな!?」

怒鳴り声を上げると、那貴はまるで降参だと言わんばかりに潔く両手を上げた。

「あの兵たちは何だったんだよ!?」

「桓騎軍の密偵だ」

あっさりと答えた那貴に、信は驚いて大口を開けた。

「密偵だと!?」

「ああ」

飛信軍の救援に来たのは、桓騎一人ではなかったというのだ。
驚愕のあまり言葉を失っている信に、那貴が薄ら笑いを浮かべる。

「あそこに来たのがお頭一人だけなんて言ってたか?」

信は思わず顔をしかめる。

桓騎がやって来たのは撤退する三日前だったが、拠点にやって来たのは間違いなく桓騎一人だったはずだ。

――― 一人で来るなんて危険なことすんなよ!

―――ガキじゃねえんだから一人で来たって問題ねェだろ。

単騎で来るなんて危険なことをするなと咎めたことは覚えている。あの時の桓騎は一人で来たことを否定していなかった。

…いや、会話の内容を思い返す限り、桓騎が一人で来たのは事実だろう。
だが、桓騎が一人で来たのが事実なら、密偵は一体いつから・・・・拠点に来ていたのだろうか。

 

 

狼狽えている信を見て、那貴は困ったように笑うと、正解を教えるために口を開いた。

「国境調査を始めたばかりの頃、夾竹桃が増えていることが気になってな。お頭に書簡を送ったら、返事の代わりに密偵を送ってくれたんだよ」

「~~~ッ!?」

那貴曰く、桓騎の指示によって送り込まれた密偵というのが、あの少人数部隊だったという。

国境調査を始めた初日から、那貴は夾竹桃の存在に気づき、兵たちに毒性があるから気を付けるように呼びかけていた。

まだ桓騎軍に身柄を置いている時の国境調査の時では、あの地に夾竹桃はそこまで生えていなかった。
人為的に栽植されたとしか思えないと考えた那貴は、趙軍の罠である可能性を考えて桓騎に見解を求める書簡を送ったのである。

国境調査中は定期的に物資が届けられるため、那貴が桓騎に書簡を出すのは決して難しいことではなかった。

そして那貴から書簡を読んだ桓騎は、返事の代わりに密偵を送り、飛信軍の拠点周囲を探らせたのである。

もちろん密偵がヘマをすれば趙軍の襲撃が始まり、飛信軍は壊滅するほどの被害を受けることになる。

そのため、趙軍に動きを悟られぬよう、かなり迂回した場所から密偵は調査を行い、崖下に趙軍の拠点を見つけたのだった。

すぐさま密偵は桓騎に報告の書簡を送ったが、その時にはいつでも飛信軍の襲撃が出来るほど趙軍の準備が整っており、早急に反撃の策を練らなければ飛信軍の壊滅は免れない危機的状況にあった。

密偵からの書簡を受け取った桓騎はすぐさま状況を把握し、反撃の策を講じるため、自らの目でその地を確認する必要があると、単騎で拠点に駆け付けたのである。

(桓騎の野郎…)

桓騎が拠点に駆け付けてくれるまでの経緯を知り、信は愕然とするしかなかった。

将が無断で屋敷を空けるのは重罪だと分かっていながら駆け付けてくれたのも、それだけ日進軍が危機的状況に陥っていたということだろう。

結果的に桓騎の策のお陰で助かったのは事実だし、那貴が夾竹桃の存在を不審に思い、桓騎に書簡を送ったことが此度の勝利に繋がった。

趙軍の伏兵どころか、桓騎軍の密偵の存在を見抜けなかった自分の不甲斐なさに、信の胸に悔恨が湧き上がる。

「…つーか、何で桓騎に書簡を送ったことを俺に教えねぇんだよ!?」

八つ当たりだとは自覚していたが、書簡を送ったことや密偵が送られたことを黙っていた那貴に、憤りが抑えられない。

那貴は少しも悪いと思っていないのか、表情を変えることなく、肩を竦めるようにして笑った。

「お前の考えていることも言いたいことも分かる。…だが、襲撃に気づいたと向こう趙軍に知られたら、その時点で俺たちの敗北は決まっていただろ」

「~~~ッ」

もしも那貴が夾竹桃が増殖していたことから、趙軍の策かもしれないと伝えていたのなら、きっと信は兵たちに警戒するように呼びかけたはずだ。

こちらが警戒態勢を取ると言うことは、すなわち趙軍に伏兵による襲撃に気づいたと知らせるのと同じことである。

だからこそ那貴と桓騎は、あえて信に伝えず、密偵を送り込んで偵察を行っていたのだという。

結果だけ見れば、桓騎のおかげで被害を出さずに趙軍を一掃したのだから良しとしたいところだが、複雑な気持ちが拭えない。

 

 

そんな彼女の心情を察したかのように、那貴はゆっくりと口を開いた。

「…お頭がお前を信頼してなかったワケじゃない。今回は状況が悪かっただけだ」

薄い笑みを顔に貼り付けたまま、那貴は言葉を続ける。

「策を講じる時間がなさ過ぎたんだ。一歩でも間違えれば、趙軍の襲撃で俺たちは壊滅していた。そうならないよう、お頭は最大限の警戒をしてたってことだろ」

「………」

慰めるように、那貴の大きな手が信の肩をぽんと叩く。

「それに今回は、」

那貴が言葉を紡いだ途端、背後から河了貂の大きな声が響き渡った。

「信~!腹減ったぞ!俺と羌瘣にたらふく美味い飯食わせてくれる約束だろ!?」

「あ?ああ、そうだったな」

桓騎の策に従う代わりに、河了貂と羌瘣が満足するまで飯を食わせるという約束をしていたことを思い出した。

長旅を終えて疲れているだろうに、河了貂と羌瘣は早く食事をしたいと信の腕を引っ張った。

「飯は逃げねえんだから慌てんなよ」

「ご飯は逃げなくても、お前は逃げるかもしれないだろ」

羌瘣に鋭い眼差しを向けられ、信があははと笑う。どうやら約束を破るのではないかと疑われていたらしい。

女子二人に囲まれて、すっかりいつもの調子を取り戻した信は、笑顔で那貴に手を振った。

「じゃあな。那貴もゆっくり休めよ」

「ああ」

河了貂と羌瘣に引っ張られて、城下町の飯屋へ向かっていく信の後ろ姿を眺めながら、那貴は小さく息を吐いた。

これは告げるべきだと思っていたのだが、無事に帰還出来た喜びを邪魔するわけにはいかない。
桓騎に口止めをされた訳ではなかったが、黙っておいた方が信のためだろうと那貴は考えた。

―――…趙の宰相に好き勝手させるのは癪だからな。

桓騎が送り込んだ密偵が趙軍の拠点と伏兵を発見した時、隙を見て趙兵の一人を連れ去り、拷問にかけて機密情報を吐かせた。

夾竹桃を薪代わりさせることで早々に壊滅を狙うつもりだったようだが、それは叶わず、次の策を実行に移すことに決めたという。

第二の策。それは長い野営生活によって疲弊している飛信軍の撤退を狙って襲撃をするというもので、夾竹桃の栽植も合わせ、それを指示していたのは趙宰相の李牧だったのである。

桓騎は以前から李牧のことを敵視していたが、彼が企てる軍略に関しても目を光らせていた。

密偵の報告によって、飛信軍の壊滅を企てたのが李牧だと知った桓騎は、飛信軍だけでは対応出来ないだろうと即座に判断したのである。

桓騎自らが救援に駆け付けたのも、今回の趙軍の背後に李牧という強敵がいたからだ。
しかし、それを伝えていたら彼女は逆上したに違いない。憤怒の感情のままに趙の伏兵部隊に突っ込んでいっただろう。

李牧は信の養父である王騎の仇に等しい存在だ。復讐のために、信が自分の手で討ち取ると決めている男でもある。

だが、李牧を討ち取るのは至難の業だ。夾竹桃を栽植していたところから李牧が手を回していたというのに、信はそれに気づきもしなかった。その時点で、埋まらない実力差があり過ぎる。

言葉には出していないが、桓騎が危惧していたのは、毒耐性を持っている信に李牧が夾竹桃を差し向けたことだろう。

秦趙同盟のあの夜、信に毒耐性があることを知ったならば、夾竹桃の毒は効かないと分かっているはず。
それはすなわち、他の兵たちを一掃し、毒が効かぬ信を孤立させる目的があったということになる。

味方を失った彼女を討ち取るのは安易なことだろうが、信を孤立させることには何かほかに目的があるに違いない。

そこで桓騎は、李牧が信を捕らえようとしているのではないかと危惧したのである。

以前、情報操作によって抹消させた信との婚姻を諦めていなかったのかもしれないし、秦軍に欠かせない将である彼女を利用することで、趙国が優位に立つような交渉を行うつもりだったのかもしれない。

どちらにせよ、桓騎は信が趙軍の手に渡らぬよう、何としても李牧の企みを阻止しなくてはならなかった。

風向きと地の利を活かして夾竹桃を燃やし尽くし、炎と毒煙で趙兵を容赦なく一掃したのは、桓騎なりの李牧に対する宣戦布告でもあったのだ。

 

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謝意

河了貂と羌瘣に食事を奢る約束を果たしたあと、胃袋がもうこれ以上は入らないと悲鳴を上げていた。

二人と別れてから桓騎の屋敷に向かわず、信は一度自分の屋敷に戻り、泥のように眠りに落ちてしまった。長期間の野営生活によって、体がくたくたに疲れ切っていたのだ。

目を覚ました時にはすでに昼を回っていて、満腹だった胃袋はすっかり空になっていた。

どうせ桓騎の屋敷に行けば、摩論の上手い手料理が振る舞われるだろう。それに、毒酒をもてなしてくれるのも分かっていたので、空腹のまま信は愛馬の駿を走らせて桓騎の屋敷に向かった。

屋敷に到着した時にはすでに日が沈み始めていた。

「あっ、信だ~!」

馬を降りると、薪割りをしていたオギコが満面の笑みで駆け寄って来た。

もう冬が目前に迫っているというのに、いつだってオギコは裸に近い格好をしていて、風邪を引かないのか心配になる。頭はともかく、そこらの男よりも筋力はあるので寒さを感じないのだろうか。

「おう、オギコ。久しぶりだな」

馬を降りて手綱を厩舎に繋ぎながら、オギコに声を掛ける。

「お頭に会いに来たの?」

「ああ、世話になったからな」

そう言ってから、信はしまったと思った。先日、桓騎に礼を伝えたものの、手土産の一つくらい持って来るべきだっただろうか。

今回は桓騎のお陰で無事に生還出来たのだから、美酒や美味い食材でも用意しておけばよかった。
食材程度で返礼出来るような軽いものではないと分かっているものの、屋敷に来いと誘ってくれたのは桓騎の方とはいえ、手ぶらで来てしまったのは図々しいだろうか。

今から美味い食材でも買いに行こうかと思ったものの、この時刻ではもう店はやっていないだろう。

どうしようかと考えていると、オギコが小首を傾げていた。

「お頭、信のこと待ってたよ?早く会いに行ったら?」

「へ?お、おいっ?」

「ほらほら急いで!」

オギコに背中を押され、信は屋敷の裏庭へと連れて行かれた。

いつもなら屋敷の一室で毒酒を交わすのにと不思議に思いつつ、顔を上げるとそこに桓騎がいた。相変わらず椅子にふんぞり返っている。

椅子に腰かけている桓騎の向かいには焚火があった。まさか外で自分のことを待っていたのかと信は驚いたが、桓騎のすぐ傍にある机にさまざまな食材が並べられていることに気が付いた。

 

 

焚火を挟んで桓騎の向かいの椅子に腰を下ろし、机の上に並べられている食材をざっと見渡す。

「おおっ、串焼きか!」

食材がすべて串に通されているのを見て、焚火で焼き料理をするのだと分かり、信は目を輝かせた。

肉と野菜が交互に刺さっている串がたくさん並べられていて、信はすっかり空腹だったことを思い出した。連動するように腹の虫が鳴き出す。

手土産を持って来るべきだったかと後悔していた信だったが、ご馳走を前にしたことで、そんな悩みなどすぐに吹き飛んでしまった。

桓騎の傍に酒瓶がいくつか置かれていたが、どれもまだ未開封だ。どうやら信が来るのを分かっていて用意していたらしい。

国境調査へ発つ前に、鴆酒を飲む約束をしていたことを覚えてくれていたらしい。

桓騎は意外にも約束を守るという律儀な一面がある。興味のないことは最初から約束は取り付けないようにしているらしいが、信と約束を交わすことは多かった。それがなぜかを信は知らない。

「お頭、薪はここに置いとくよ!」

「ああ」

オギコが脇に抱えていた薪を焚火の傍に置き、鼻歌を歌いながら去っていく。少ししてから向こうでまた薪を割る小気味いい音が響いたので、どうやらオギコは薪割りを再開したようだ。

「報告は無事に終わったのか?」

「あ、ああ…少し長引いたけどな」

国境調査の報告自体はすぐに終わったのだが、河了貂と羌瘣に食事を奢る約束をしており、そのせいで遅れたことは黙っておいた。

二人が桓騎を嫌っているのは、桓騎も自覚があるらしい。もしも河了貂と羌瘣に桓騎と男女の関係であると伝えたら、確実に怒鳴られて反対されるだろう。
面倒なことは極力控えたいので、信は二人に桓騎との関係については黙っていた。

 

 

「美味そう!」

「摩論特製の猪肉の塩漬けだ」

焚火に串料理を焼き始めると、煙と共に肉の脂の良い匂いが漂ってきて、涎が込み上げて来た。

分厚い猪肉が串に通されていて、薪の火で炙られていた。脂が滴り落ちると、火が勢いよく燃え盛る。良い脂である証拠だ。塩漬けされたこの肉もさぞ美味いことだろう。

肉の焼ける音と食欲をそそる良い匂いに、信の視線はその串料理に釘付けになっていた。

「焼けるまで待ってろ。間違っても生焼けで食うなよ」

信は待てを命じられた忠犬のように、ご馳走が焼き上がるのを待っていた。

(はー、すっげえ匂い…)

涎が溢れてしまいそうなほど、勝手に口が開いてしまう。

目の前のご馳走に意識を向けてしまうが、今日の目的はそれじゃない。信は咳払いをして、焚火を挟んで向かいに座っている桓騎を見た。

「…那貴から全部聞いたぞ」

「何をだ」

「那貴からの書簡を読んで、密偵に周囲を探らせてたんだろ。火矢を放つ部隊も全部お前のところの兵だったのかよ」

「別にどうでも良いだろ」

話を逸らそうとするということは図星、すなわち那貴の話はすべて事実だ。

隠し事をされるのは気分が良くないが、那貴が桓騎に書簡を出してくれなかったら、桓騎が密偵に指示を出して、自ら策を講じてくれなかったら今頃自分はここにいないだろう。

「…ありがとな。助かった」

再び信から礼を言われるとは思わなかったようで、桓騎は僅かに片眉を持ち上げた。

何も言わないところを見ると、もう今回の件はすべて終わったこととして処理したのだろう。信もまだ色々と考えることはあるのだが、今は無事に生還出来たことを喜ぶべきだ。

桓騎は台に置かれている酒瓶を一つ手に取ると、蓋を開けて用意していた二つの杯になみなみと鴆酒を注ぐ。

「ほらよ」

「おう」

桓騎から杯を手渡され、お互いに杯を傾け合う。言葉のない乾杯を交わすのはいつものことだった。

喉を鳴らして鴆酒を一気に流し込むと、酒の味を追うように喉が痺れた。やはりこの痺れに勝る旨味は他にないだろう。

「んんーっ!やっぱり鴆酒が一番美味いなッ!」

さっそくお代わりを注ぎ出す信を横目に、桓騎もゆっくりと鴆酒に口をつけている。
…わずかに桓騎の口角がつり上がっていることに、信は気づけなかった。

 

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祝宴の罠

しっかりと猪肉と野菜に火が通ったのを確認して、信は串を手に取った。

「よっしゃ!食うぞ!」

桓騎も串を手に取っていたが、ずっと空腹を抱えていた信は遠慮せずに串料理を頬張った。

猪肉の旨味が口の中いっぱいに広がる。塩漬けしていたと聞いていたが、そのおかげだろうか、これだけ分厚い肉なのに簡単に噛み切れるほど柔らかかった。

摩論の手料理を食べるのは初めてではないのだが、肉料理には大抵よくわからない調味料が添えられている。もちろんそれも美味いのだが、今回の串料理は肉を食べている充実感があり、信の好みだった。

飲み込んだ直後、喉に僅かな痺れ・・・・・を感じて、信は思わず小首を傾げた。

「とっとと食えよ。冷めちまうぞ」

桓騎も焼き上がった猪肉を頬張り、美味そうに眼を細めていた。

先ほどの痺れは鴆酒と一緒に味わっているせいだろうと考えながら、信は二口目を頬張る。猪肉を噛み締めると再び脂が口に溢れ出て来た。よく火を通したせいか、野菜も甘みを感じる。

鴆酒と串料理を交互に堪能しながら、信は満足するまで腹を満たすことに集中するのだが、

「…ん?」

何となく、喉の痺れが強くなって来たような気がした。

鴆酒を飲んだ時に感じる症状なのだが、まだ二人で一瓶を開けたくらいの量で、こんなに痺れを感じることはなかったので、信は違和感を覚えた。

猪肉は塩漬けだと話していたし、猪肉と一緒に串を通されている野菜にも毒が塗られているようには見えなかった。

この場にある毒物といえば鴆酒だけなのだが、普段よりも酔いが早く回っているのだろうか。

 

 

ちょうど焚火に当てていた串料理を全て食べ終わってしまったので、信は立ち上がった。

台の上にはまだ焼かれていない串料理が並んでいる。大食いの信のために摩論が多く用意してくれていたのだろう。

お代わりを焼こうと串料理に手を伸ばした時、

「…けほっ」

風が吹いて、信は目の前の焚火から上がっている煙を吸い込んでしまった。

ちょうど向かい風だったということもあり、先ほどから少し煙が目に染みていたのだが、食欲に勝てず、席を移動することなく串料理と鴆酒を堪能していたのである。

(煙のせいか?)

煙のせいで喉が傷んだのだろうか。早々に席を移動すれば良かったのに、猪肉が焼ける良い匂いに気を取られてしまっていた。

「薪が燃え尽きそうだな」

桓騎が小さく呟きながら、食べ終えた串を焚火に放り込んだ。さらにオギコが用意してくれた薪を焚火に放り込む。

信が屋敷に到着した時、オギコが薪割りをしていた姿を見ていたのだが、薪にしてはなんだか細い枝が多いように思う。この季節なので、木々がよく育たなかったのだろうか。

「…ん?」

薪割りをしていたオギコが切り忘れてしまったのか、薪の一つに竹のように長い葉・・・・・・・・桃色の花・・・・がついており、信は瞠目した。

見覚えのあるその薪をまじまじと見つめていると、まるで天が正解だと言わんばかりに、強い向かい風が吹き上げた。

「うぇっ、げほげほッ!」

向かい風のせいで、焚火から上がっている煙を思い切り吸い込んでしまい、信は激しくむせ込む。喉が焼け付くように痛んだ。

息を整えながら、信は薪を指さして桓騎を睨みつける。桓騎といえば口元に楽しそうな笑みを浮かべていた。

「お、お前っ!まさか…あそこに生えてたあの植物夾竹桃、持ち帰って来たのか!?」

「串と薪の代わりにするのにちょうど良いと思ってな」

あっさりと答えた桓騎に、信は愕然として眩暈を起こした。

まさか国境調査の拠点地に栽植されていた夾竹桃を持ち帰っていただなんて思いもしなかった。薪にするだけでなく、串にも利用していたなんて。

もしかしたら地の利を活かして趙軍の伏兵部隊を一掃したように、風向きを予想して、夾竹桃の毒煙を自然と吸い込めるこの位置に信の席を設置していたのかもしれない。

夾竹桃の伐採は密偵にやらせていたのだろうか。それとも日中ふらりと姿を消していたのは、屋敷に夾竹桃を持ち帰るために桓騎自らが夾竹桃を伐採していたのかもしれない。この男が木を切る姿など微塵も想像出来ないが。

しかし桓騎の意地悪な笑みを見れば、鴆酒と夾竹桃の毒を利用して、わざと信に毒の副作用を起こさせようと企んでいたのは明らかだった。

いや、それよりももっと先に気づくべきだったのだ。冬が目前に迫って来ているというのに、桓騎がなぜか外で串料理と鴆酒を振る舞った理由を。

「…く、くそっ…やられた…!」

ふらついた体を、立ち上がった桓騎が咄嗟に支えてくれたものの、信は体の異変を自覚してしまう。

 

祝宴の罠 その二

二人で鴆酒を一瓶開けたくらいなら酔うことはないのだが、串料理を堪能するために、夾竹桃の煙を吸い込んでしまった。

枝を燃やすと毒性の強い煙が出るのだと那貴から忠告を受けていたが、桓騎もそれを知っていた。だからこそ串と薪代わりに利用したのだろう。

過去に雷土がこの毒煙で苦しんだというが、毒への耐性を持つ信と桓騎の場合は別だ。
毒を摂取し過ぎると、毒の副作用――まるで媚薬を飲まされた時のように性欲の増強と感度が上昇する――を起こしてしまうのである。

「はあっ…あ…」

体の内側が燃え盛るような灼熱感に、呼吸が乱れてしまう。
自分の体を支えるために肩を抱いてくれている桓騎の手の感触が気持ち良くて、このままではまずいと危惧する。

「か、帰るっ」

毒の副作用を起こした時に、桓騎が何をして症状を抑えてくれるのか、信には分かり切っていた。

しかし、いつもと違うことがある。それは外にいるということだ。
いつもなら室内で鴆酒を飲み交わし、副作用が起きれば二人して寝台になだれ込むのだが、今日はそうもいかない。

外には薪割りをしているオギコもいるし、他の重臣たちが通らないとは限らない。桓騎と二人きりでいるならともかく、他の者たちに醜態をさらす訳にはいかなかった。

「はなせっ…帰る…!」

なんとか厩舎にいる愛馬のもとに辿り着けば、賢い愛馬は事情を理解して屋敷まで連れて行ってくれるだろう。信が手綱を上下に叩かなくても目的地へ連れて行ってくれる賢い馬だ。

「お前、そんな状態で馬に乗れると思ってんのか?」

「おわあッ」

軽々と横抱きに全身を持ち上げられ、急な浮遊感に信は悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「この前、馬に乗ったら股が擦れて気になるとか何とか言ってなかったか?」

「だ、だからっ、あれは、お前とそういうことするの、しばらくやめるって…!」

…国境調査に行く前に、信はしばらく毒物の摂取を控えると言い出したことがあった。

毒の副作用を起こせば、増幅した性欲を鎮めるために、体を重ねる行為が必須ともいえる。
しかし、信は毒の副作用を起こして桓騎と激しい一夜を(時には朝まで続くこともあるが)過ごしたあと、乗馬に支障が出るようになってしまったのだと訴えた。

どうやら馬に乗った時、鞍に股間が擦れるのが気になるのだという。妓女でも経験出来ないほど激しい行為が続くのだから無理もないのだが。

まだ体は重ねていないとはいえ、毒の副作用を起こした今の状態で馬に跨れば、それだけで情けない声を上げるのは目に見えていた。

信の愛馬である駿とはそれなりに良い関係を築いているものの、この女を快楽に導くのはこの世で自分一人だけでいい。

好きなだけ寝て良い・・・・・・・・・って言ったのはお前だろ。約束通り、俺が飽きるまで付き合えよ」

国境調査の最終日に信が自分に向けたセリフをそのまま言い返すと、信が悔しそうに顔を歪めた。

「あ、あれは、そっ、そういう意味じゃ、んんっ…!」

まだ抵抗を続けようとする体を抱き込んで、やかましい口を唇で蓋をしてやる。舌を差し込むと、信の体にぶわりと鳥肌が立った。

「ふう、ん、んんっ…!」

猪肉の塩辛い味に苦笑を深めながら、桓騎は彼女を抱きかかえながら歩き始める。

寝室に行くために屋敷の入り口へと向かう二人を、天が冷ややかな目で見るかのように冷たい風が吹いた。

夾竹桃の苦い毒煙を吸い込んでしまい、二人は小さくむせ込む。それから熱っぽい視線で見つめ合い、信は諦めて桓騎の胸に凭れ掛かるのだった。

…翌年。桓騎の屋敷の庭一面に、竹のように長い葉と、桃のような花を持つ特徴的な植物が育っていたという。

 

このお話の前日譚「禁毒宣言!(5700文字程度)」はぷらいべったーにて公開中です。
出会い編「毒を盛る(4900文字程度)」はpixivにて公開中です。

 

伏兵部隊の壊滅報告~趙国~

飛信軍に奇襲をかける予定だったはずの伏兵部隊が壊滅したという報告を受け、李牧はまさかと目を見開いた。

「…壊滅?それは本当ですか?」

「ま、間違いありません。どうやら、飛信軍が撤退間際になってから、こちらの伏兵に気づいたようで…」

死角となる崖下に隠れた兵たちに、飛信軍を殲滅させる機会を伺わせていたはずだが、まさか気づかれるとは思わなかった。

しかし、李牧の中では伏兵が壊滅することは決して想定外ではなかった。

伏兵が気づかれる可能性は絶対にないとは言えなかったし、相手はあの飛信軍だ。国境調査という名目で人数が少ないとはいえ、信を含め、副官も兵たちも強大な戦力を持っている。

そして飛信軍が国境調査を開始してから、特別大きな動きがなかったことに、李牧は違和感を覚えていた。

冷え込みが激しくなる夜に、薪の消耗は必須となる。飛信軍が拠点としたあの場所に生い茂っている木々を、彼らが薪代わりにするだろうと睨んでいた。

毒性を持つあの木々を薪代わりにすることで、飛信軍はその一夜のうちに毒煙にやられて壊滅すると李牧は考えていた。
…もちろん毒が効かぬ特殊な体を持っている彼女一人を除いて。

(考えが甘かったでしょうか)

今回の策は李牧が秦趙同盟を終えた後から企てていたものであり、そのために国境付近に生えていたあの木々――夾竹桃――を増殖させるよう指示を出していた。

この策が成功し、生き残るとすれば毒が効かぬ信だけであることも李牧は分かっていたし、彼女は生け捕りにして連行するように指示を出していた。

毒耐性を持つ信が、あの夾竹桃に毒があることを知っていたのだろうか、それともこちらの策に気づいた者がいたのだろうか。

秦趙同盟で彼女が堪能していたのは鴆酒と呼ばれる毒物であったが、仲間が誤って口をつけないように、日頃から毒を愛飲しているとは思えなかった。

毒に耐性があっても、そこまで毒物に対しての知識がないのではないかというのが李牧の見解で、今回の策はそれに対する賭けでもあったのだ。

しかし、こちらの部隊が壊滅をしたという事実は、信との賭けに負けたことを意味する。

「み、見張りの報告によると、飛信軍がこちらの伏兵を風下に誘導して、周囲の夾竹桃に火矢を放ち、毒煙によって壊滅させたと…」

「それは妙ですね」

その報告を聞いた李牧は思わず口元に手を当てた。

 

 

飛信軍の特徴はよく知っている。いつも戦の前線で戦い、道を切り開く彼女が使う策だとは思えなかった。毒煙を利用して部隊を壊滅させるなど、飛信軍の軍師が考えるだろうか。

地の利を生かした策を講じるのは別におかしなことではないが、信は正攻法で戦う将である。
もし軍師がこの策を講じたとして、投降兵や女子供には手を出さない彼女が、敵兵を抹殺するような策を許したとはどうも考えにくい。

毒の耐性を持っているとしても、秦趙同盟の際、彼女はそれを鼻にかけることはしていなかった。

だからこそ、毒を使った今回の策に、李牧は飛信軍ではなく、別の軍師か将の存在があったのではないかと考えた。

国境調査という名目で待機していた飛信軍に救援があったとは考えにくい。
しかし、結果だけ見れば、飛信軍以外の別の軍師か将の存在を疑わざるを得ないだろう。

自分も毒煙に呑まれる危険性を冒してまでその策を成し遂げたのだから、よほどの命知らずか、信と同じように、毒が効かぬ体質の者であった可能性も考えられる。

この広い中華全土であっても、毒が効かぬ者などそう多くはいるまい。
つまり、その者は毒の耐性という共通点を理由に、信と密接な関係にあると考えて良いだろう。

こちらの策に気づいて飛信軍の救援に来たのか、それとも、常日頃から信の傍にいるのかは不明だが、その者の正体を探る必要がありそうだ。

秦趙同盟の際、李牧は信の弱点を知った。
それは彼女が感情的になりやすいということであり、大切な仲間を傷つけられれば怒りで我を失い、簡単にこちらの罠にかかるということだ。

こちらが優位に立つために、秦軍に欠かせない存在となっている信を交渉材料として利用することには大きな価値がある。

だが、彼女の性格を考えれば、捕虜になったところで命乞いなどするはずがない。
交渉材料として利用されたり、敵国で無様に首を晒すくらいなら、自ら舌を噛み切ることを選ぶに違いない。それでは意味がないのだ。

以前、呂不韋から提案された信との婚姻話はいつの間にかなくなってしまっていたのだが、李牧は未だ彼女の存在を諦めていなかった。

「…り、李牧様?」

声を掛けられて、李牧は無意識のうちに自分の口角がつり上がっていたことに気が付いた。こちらの伏兵が壊滅したというのに、笑みを浮かべている李牧に兵が怯えている。

しかし、李牧はその笑みを崩すことなく、次なる命令を告げたのだった。

「今回の失態ですが、飛信軍に協力者がいたはずです。その協力者が何者であるか、必ず突き止めてください」

その協力者が信と密接な関係にあるとすれば、その者を人質に、信と独自に交渉をする機会が作れそうだと李牧は考えたのだった。

 

このお話の李牧×信のバッドエンド番外編はこちら

①毒酒で乾杯を(桓騎×信)

②毒杯を交わそう(李牧×信)

③毒を喰らわば骨の髄まで(桓騎×信←王翦)

④恋は毒ほど効かぬ(桓騎×信←モブ商人)