絶対的主従契約(昌平君×信)

絶対的主従契約(昌平君×信)後日編①

絶対的主従契約5
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/年齢操作あり/主従関係/ギャグ寄り/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

このお話の本編はこちら

 

約束

いつものように昌平君が茶を一口啜った後、茶器を置いた。

また文句を言われるのかと反射的に信が身構えると、

「…約束はいつ果たすつもりだ」

「え?」

茶の感想以外の言葉を掛けられたので、信はつい聞き返してしまった。

「私が気に入る茶を毎日淹れるのではなかったのか」

「いや、だから毎日とは言ってねえって!」

あの勝負のことを言っているのだとすぐに分かったが、自分が負けた時の約束として、主の気に入る茶を淹れるという約束をしただけで、毎日とは言っていない。

一応約束を果たすつもりで良い茶葉を購入しに行ったものの、あのような事件が起きたこともあり、信は療養という名目でしばらく外出を禁じられていた。

茶葉屋の店主と庖宰の男がその後どうなったのかは分からないし、昌平君も豹司牙も答えることはなかったが、二度と会うことはないだろう。

「俺がどう淹れたって結局文句言うじゃねえか。最初から茶を淹れるのが得意なやつに淹れてもらえば…」

幾度となく提案した言葉を再び告げると、昌平君がじろりと信を見た。睨んだと言って良いだろう。

昌平君が信を傍に置いているのは、信の父との約束のこともあるが、表向きは機密事項の取り扱いをしているからだ。

字の読み書きが出来ない下僕という立場を利用し、膨大な機密情報を取り扱っているこの執務室の出入りを許可している。もちろんそれは情報漏洩を防ぐための配慮だ。

「あーあ、美味い茶葉さえ手に入ればなー」

信がわざとらしい独り言を洩らす。
いかに茶葉の質が良くても、淹れ方によって茶葉の旨味を掻き消すことも出来ると証明したのは信自身であった。

昌平君は静かに筆を置くと、腕を組んだ。

確かに屋敷の中で茶を淹れることを得意とする者はいる。その者に淹れ方を習わせるべきだろうか。信は物覚えが悪い方ではないのだが、熱意に欠ける面がある。

自尊心が高いようにも思えないが、誰かに命令されるのを好ましく思わないのだろう。特に自分の苦手分野であればなおさらだ。

昌平君も自ら頭を下げてまで信に茶を淹れてほしいとは思わない。しかし、国の行政と軍政を担当している昌平君の執務量は膨大で、合間に美味い茶を飲むくらいの休憩はしたいのである。

…あの日の勝負は、予想外の出来事による昌平君の不戦勝だったのだが、死にかけたところを侍医に診せたことに、信は少なからず恩を感じているらしい。

かといって普段の態度を改める気配はない。自分の素性を教えられて、もともと昌平君と面識があったと知ってから、その生意気な態度にさらなる拍車がかったように思う。
豹司牙にげんこつを落とされる回数が倍増していることから間違いないだろう。

 

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相変わらず主からのしつこい要求に信は溜息を零しそうになる。

(…ん?待てよ…)

信はふと考えた。約束を果たすのは今回限りであって、毎日ではない。

どうしてそこまで昌平君が美味い茶を飲みたがっているのかは分からないが、この屋敷にも茶を淹れる者を得意とする者はいる。

その者に美味い茶を淹れてもらい、自分が淹れたと主張すれば・・・・・・・・・・・・約束を果たすことが出来るのではないだろうか。

どうしてこんな簡単なことを今まで実行しなかったのかというと、それは昌平君のこだわりが強く、淹れたての熱い茶が飲みたいという要求されるからである。

しかし、本当に美味い茶ならば、多少冷めたところで味に変わりはないはずだ。だとすればさっそく他者に協力を要請しよう。

ずる賢い考えではあるが、良い手を思いついたことに信の口角が持ち上がる。

昌平君の背中に目があったのなら、今の表情だけで何を考えているのか見抜かれただろう。しかし、昌平君の死角に立っている信の考えは誰にも読まれることはなかった。

ゆえに信は、ずる賢い方法だと自覚しながら、その方法を実行することに決めたのである。

「よっし、それじゃあ美味い茶を飲ませてやる!今回だけだからな!?」

一度美味い茶を淹れる技術を身に着けたのなら何故それを継続しないのかと昌平君は不思議に思ったが、信のずる賢い考えをさすがの彼も見抜くことは出来なかった。

 

共謀

信は鼻歌交じりで厨房へと向かっていた。昼食も終えたばかりなので、庖宰 ※料理人たちは片づけを行っているものの、今はそれほど多忙ではない。

以前、報酬欲しさに密偵として屋敷に潜入し、信を手に掛けようとしたあの庖宰の男がどうなったのかは、昌平君も豹司牙も教えてくれなかった。

庖宰の男が以前、自分と同い年の息子がいると話してくれたことを思い出し、胸がきゅっと締め付けられるように痛む。

使用人たちの間では、母の危篤のため急な暇を出したという話で通っていたが、昌平君の情報操作だろう。本当は生きているのかさえ分からない。

あれから屋敷に出るのを禁じられているため、茶葉屋の店主もどうなったのかは信も分からないのだが、尋ねたところで昌平君が教えてくれないことは分かっていた。

(…っと、美味い茶を淹れてもらわねえとな)

思考を振り払うように、信は頭を軽く振った。

厨房の裏手に回ると、火を起こすのに使う薪が積んである。その傍に背凭れもついていない簡易な椅子と卓子が設置されていた。

ここは庖宰たちが休憩所として利用している場所であり、今は数人の庖宰が昼食を摂っていた。厨房で片づけをこなす者たちと交互に休憩を取っているらしい。

粥を啜っている若い女と目が合うと、彼女は笑顔を浮かべた。

「信じゃない」

「よっス」

手を上げて、信は彼女の隣に座る。ちょうど粥を食べ終えたところだったらしい。

彼女は信よりもいくつか年上で、下僕という立場ではあるものの、味付けや茶の淹れ方が丁寧なところを評価されて、今は庖宰見習いとしてこの屋敷に雇われていた。

年が近いということもあり、信が姉のように慕っている仕事仲間である。

「お昼を食べ損ねたの?」

粥の残りを持ってこようかと提案してくれた少女に信は首を横に振った。

「美味い茶を淹れてほしいんだ」

単刀直入に目的を告げると、少女があははと口を大きく開けて笑った。
幼い頃から礼儀を教え込まれる令嬢であれば絶対にしない豪快な笑い方だ。相手の笑い方や立ち振る舞いをみれば、下僕仲間であるかどうかがすぐにわかる。

「わかったわ。どうせまた怒られたんでしょう?」

信が昌平君に茶を淹れることも、毎回文句を言われることも、信自身が愚痴として下僕仲間に広めているので、今では笑い話の一つとなっていた。

「あいつのこだわりが強いんだよっ」

思わず反論すると、少女が慌てて自分の口元に人差し指を押し付ける。こんなところで主の悪口を言うんじゃないという仕草だ。

「ええっと、だから見本で美味い茶を淹れてほしいんだよ」

信が両手を合わせて少女に頼むと、彼女は困ったように肩を竦めた。

少女が淹れたお茶を自分が淹れたことにして昌平君に飲ませるという話をしなかったのは、絶対に断られるという確信があったからだ。

もしも作戦を打ち明けたとして、後で昌平君に知られてしまい、共謀した罰として仕事を失うのは恐ろしいと断られるに決まっている。

見本として淹れてもらった茶を昌平君に飲ませれば、きっと約束は果たせるだろう。そして信の狙いはもう一つあった。

自分ではなく、少女が淹れた美味い茶に文句を言うようだったなら、昌平君はただの味音痴・・・だ。茶の味など分からず、文句を言いたいだけではないかと反論する材料が出来る。

…もちろん少女のことを思えばこそ、共謀したことは内密にしたいのだが…。

とはいえ、聡明な昌平君でさえ見抜くことが出来なかった信のずる賢さを、同じ下僕である少女が見抜けるはずもなかった。

「いいわ。ついて来て。まだ茶葉が残っていたはずだから、それで淹れてあげるわよ」

空になった皿を片手に、少女は信を厨房へと呼びつける。

(よし!これで昌平君に一泡吹かせてやる!)

美味い茶を淹れるという約束から、主の味音痴を見極めるという目的にすり替わっていることに、信は気づいていなかった。

 

 

厨房にある戸棚を覗き込み、少女はいくつかの茶葉を取り出した。

信がいつも昌平君の茶を淹れているのはあの執務室で、茶葉もそちらで保管しているのだが、他の家臣たちに淹れる用に厨房でも茶葉は保管されていた。

騒動の後、茶葉屋の店主がどうなったのかは教えられていないのだが、街で茶葉を売っているのはあの店だけだ。今は特に何も言われていないが、もしかしたら今後は購入先を変えるのかもしれない。

取り出した茶葉は色んな種類があったのだが、その中には見たことのない茶葉もいくつかあった。少女が手に取ったのは黄色い茶葉だった。

「これにしましょう。私もちょうどお茶が飲みたかったの」

「なんだ、その茶葉?なんで黄色いんだよ」

茶葉と言えば緑が一般的だと思っていた信が黄色の茶葉を見るのは初めてだった。茶葉屋にも、その茶葉は売られていなかったように思う。
もしも見かけていたら物珍しさで覚えていただろうし、どんな茶なのか気になって尋ねていたはずだ。

少女は黄色の茶葉に顔を近づけて匂いを嗅ぐと、うっとりと目を細めた。

「菊の花のお茶よ。花のお茶はあまり男性に好まれないけど、美味しいの」

「花も茶になるのか!」

昌平君にそれなりの回数の茶を淹れて来た信だったが、花の茶があることは初耳だった。

話を聞くと、その少女は時々そういう花茶を淹れて、下僕仲間の少女たちに振る舞うことがあるそうだ。

「どこで手に入れたんだよ。店にそんなの売ってなかったと思うぜ」

仕入れ先を尋ねると、少女が首を横に振った。

「これは私が作った茶葉だもの。花を摘んで、乾かしたり、煎ったり、色々やり方があるんだけど…上の方にはとてもお出しできないわ」

茶葉の原料を摘むところから行っているという少女に、信は大口を開けた。そんな工程も経験しているからこそ、少女は茶の淹れ方が上手いのだろう。これはますます主に飲ませたくなってきた。

「…でも、信は男の子なんだし、飲むのは少しにしておきなさいね」

少女はそう言って湯を沸かし、菊の花の茶を淹れる準備を始めた。

さまざまな工程を通して乾燥させた菊の花から、爽やかな香りが漂ってくる。茶に詳しくない信でも、これは美味い茶になると確信があった。

丁寧に茶葉を蒸らしたり、茶器に注いでいく少女の手つきを眺めるものの、信は自分が普段やっている茶の淹れ方と何が違うのか少しも分からなかった。

「さ、できた」

菊の茶を淹れた少女が杯に茶を淹れようとしたのだが、他の庖宰から休憩の交代を告げられる。

もう仕事に戻らなくてはならないと、少女は申し訳なさそうに信を見る。しかし、信にとっては都合が良かった。

菊花の茶がどんな味がするのか気になったのは確かだが、この機を逃すわけにはいかない。

「あとは俺がやっとくから気にすんな!またな!」

少女を見送ってから、信は茶器を盆に載せた。自分も飲んで絶賛したという説得力を持たせるために、杯は二つ用意しておく。

せっかく淹れてもらった茶を零さぬよう、細心の注意を払いながら、足早に執務室へと向かう。普段は何とも思わない距離がとても長距離に感じられた。

なんとか茶を零さぬように執務室に到着すると、両手が塞がっているので、辺りに誰もいないことを確認してから足で扉を開ける。

以前これを豹司牙に見つかり、こっぴどく叱られてしまったことがあった。

昌平君は両手が塞がっていても扉を開けてくれる者がいるし、なんだったら荷を持ってくれる者だっている。偉い立場の者は両手が塞がって困るようなことはないのに、どうしてこうも立場が違うだけで不利益しかないのだろうと信は腹立たしくなった。

部屋に入るものの、そこに昌平君の姿はなかった。

「あれ?どこ行った?」

今日は宮廷へ行く予定はないと話していたし、屋敷にいる時の大半はこの執務室で過ごしているはずなのに、どこへ行ってしまったのだろうか。

菊花の茶が入っている茶器を盆ごと卓上に置き、信は辺りを見渡す。執務室の奥を覗き込んでも昌平君の姿はなかった。厠だろうか。

冷めても茶の美味さは変わりないはずだが、湯気が立っていないと見ただけで「冷めている」と文句を言われてしまうと思い、信は早く戻って来るよう促しに部屋を出て、主を探すことにした。

 

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旧友の来客

意気揚々と執務室を出て行った信が何か企んでいることは予想していたが、それが何かまではわからなかった。

以前のようにその辺に生えている草を積んで茶葉代わりしようとするのなら、恐らく豹司牙か家臣たちが制裁を与えるだろう。

「………」

信が部屋を出て行ってから昌平君は執務をこなしていたものの、なんだか落ち着かずに室内を見渡してしまう。

先日の密偵に誘拐された件もあって、自分の目の届かない場所でまた何者かに攫われていないだろうかという気持ちが沸き起こっていた。

二人の密偵を捕らえたことを黒幕に勘付かれぬよう偽装工作を行っているが、それもいつまで続くか分からない。

こうなれば自分が近くにいない時に何かあっても対抗できるよう、護身術の類でも学ばせた方が良いのだろうか。だが、それをきっかけに李一族の才能が開花するのは困る。

悶々と思考を巡らせるものの、結論は出なかった。

その時、扉越しに家臣に呼びかけられた。

「蒙武将軍がいらっしゃいました」

「蒙武が?」

旧友の来客の報せに昌平君はすぐに立ち上がった。
もともと約束をしていた訳ではないのだが、事前の報せも寄越さずに、蒙武が屋敷にやって来るということは何か急ぎの用があるのだろう。

「出迎える」

立ち上がると、昌平君はすぐに執務室を後にした。恐らくは軍政に関してのことだろう。誰が聞いているか分からない客間ではなく、人の出入りを制限している執務室の方が気兼ねなく話しやすい。

廊下を出て屋敷の門へと向かっていると、反対の廊下で信が盆を持って足早に移動している姿が見えた。盆の上には茶器が乗っていて、茶を零さぬよう手元に集中しながら進んでいる。

もしかしたら美味い茶を淹れて、冷めぬように急いで運んでいる途中なのかもしれない。

しかし、旧友を待たせるわけにいかなかったので、昌平君は信に声をかけることなく門へと向かった。

 

 

来客の対応をしているという話を聞き、信は思わず舌打ちそうになった。

主が執務室にいなかったのは、恐らくは客と共に客間にいたからだろう。
せっかく昌平君との約束を果たして、早々にあの勝負の再戦を仕掛けようと思っていたのに、台無しではないか。

あーあと肩を竦めながら、信はふらふらと廊下を歩いていた。

菊花の茶は盆ごと卓上に置いて来たものの、あのままでは確実に冷めてしまう。昌平君が飲まないのなら自分があの茶を飲めば良かったと考えた。

(…そういや、再戦したところで、何を賭ければいいんだ?)

あの時は奴隷解放証をもらうことを約束していたのだが、自分の素性を教えられてからはもう奴隷解放証に興味を失ってしまっていた。

李一族の生き残りであることを悟られぬようには、下僕でいる方が都合が良いらしい。自分がこの屋敷に置かれている理由が分かってから、信は以前のように外の世界への憧れを持たなくなっていた。

かといってこのまま一生この屋敷で過ごすことになるのだろうか。李一族の話を聞かせてくれた時、昌平君は特に語らなかったが、許してくれそうな気がした。

庖宰の男と茶葉屋の店主を動かしていた者に存在を気づかれまいと外出禁止令を出したのだろうが、そのほとぼりが冷めれば、この屋敷を出て一人で生きていくのも許してくれるような気もしていた。

「うーん…どうすっかなあ…」

つい独り言ちる。来客が帰るまで、下僕仲間たちの仕事の手伝いでもしようと考えた時、

「あ、信!」

裏庭で井戸の水を汲んでいた少女が信に声をかけて来た。菊の茶を淹れてくれたあの少女だと気づき、信が手を振る。

「あのお茶、どうだった?」

自分が作った茶葉の感想が聞きたいのだろう、少女が目を輝かせている。

実は一口も飲んでおらず、主に飲ませようとしていたのだと気づかれぬように、信は無理やり笑顔を取り繕った。

「あ、あー、えーと、俺、あんまり茶には詳しくねえんだけどよ、なんか、あー、そうだ、変わった味だったな!」

嘘だと気づかれないように、当たり障りない感想を言ってみるものの、どうやら少女はその感想が嬉しかったらしい。

「やっぱり花のお茶は、男の人の口には合わないかもしれないわね」

「そ、そうか?そんなことないと思うぜ。俺も今度花の茶葉見つけたら淹れてみっかな」

信の提案に少女は「それはいけないわ」と首を横に振った。

 

花茶の作用

「花茶の中には、陽の気・・・を消し去ってしまう作用もあるから、もしも花の茶葉を買う時には注意するのよ」

「陽の気…?なんだそれ?」

聞き慣れない言葉に、信はつい小首を傾げてしまう。
下女は辺りを見渡して近くに誰もいないことを確認すると、小声で囁いた。

「…ご子息に関わるものよ。もしも陽の気を失えば、お世継ぎが生まれなくなっちゃうの」

「えっ」

あまり意味が理解出来ていない信に、言葉の意味を知らしめようと、少女が手の甲でぽんと信の股間を叩く。教えられた言葉と仕草で、教養のない信も理解した。

陽の気を失うということは、男にとって宝同然である象徴を失うのだと。

(ん?そういや、あの茶葉って…)

記憶を巡らせて、信は先ほど淹れてもらった茶が、菊の花を乾燥させたものだと思い出した。

「なあ、さ、さっきの菊の花の茶は…その、陽の気?ってやつを奪うのか?」

「そうね。だからあまり男の人は多く飲まない方が良いと言われているわ。そういう理由があって、男の人に花のお茶は好まれないのかも」

「えッ」

全身の毛穴からどっと汗が噴き出た。

先ほどの茶は執務室に置きっぱなしにしているのだが、もしも昌平君が来客の対応を終えて一足先に戻っていたら、あの茶を飲んでしまうのではないだろうか。

「…まあ、色々言われているけれど、心配なら最初から飲まないのが一番安全ね…って、どうしたのっ!?」

会話の途中であるにも関わらず、信は全速力でその場から駆け出し、証拠隠滅のために慌てて昌平君の執務室へと向かうのだった。

 

 

蒙武を執務室に案内すると、てっきり信がいると思ったのだが、彼の姿はどこにもなかった。

先ほど茶器を抱えて廊下を歩いていたのを見ていたが、どこへ行ったのだろう。

卓上に置かれているのは信が抱えていた茶器だ。中には茶が入っているが、湯気はもう上がっていない。しかしまだ茶器自体は温かく、茶は冷め切っていないようだった。

「…?」

茶壷※急須のことの蓋を外すと、緑ではなく黄色の茶葉が現れる。花弁が混じっていることから、何かの花の茶だということはすぐに分かった。

少しだけ茶葉を掴み匂いを嗅ぐと、爽やかな香りがする。
念のため、茶葉を少量だけ口に含んでみるものの、舌に痺れも感じないし、毒の類は入っていないようだ。

過去に信が毒を盛ったことはないのだが、行政や軍政を担っている立場である昌平君は幾度も命を狙われたことがある。普段から口に入れる物を警戒するのは習慣になっていた。

(ちょうどいい)

来客も来ているのだから、茶を頼もうとしていたところだった。蒙武は食べ物や飲み物に少しもこだわりがないので、よほど不味い茶でなければ文句を言われることはない。

茶壷を傾けると、茶葉と同じように黄色みがかった茶が注がれた。普段飲んでいる茶と色も香りも異なるが、こんな茶葉をいつの間に用意していたのだろうか。

蒙武に茶を差し出すと、普段見かけない色の茶に何か言いたげではあったものの、昌平君が黙って茶を啜ったのを見て、後に続いた。

(悪くない味だ)

花の茶を飲んだことはなかったが、香りや味が普段と異なり、味わい深いものであった。どうやら蒙武も悪い気はしなかったようで、静かに茶を飲んでいる。

もしもこの茶を本当に信が淹れたのなら・・・・・・・・・・・、律儀に約束を果たしたことになるが、きっと次に淹れた茶の味で判断出来るだろう。

「………」

「………」

てっきり蒙武の方から用件を話し出すとばかり思っていたのだが、彼は口を噤んだままでいる。

何か用があって訪ねて来たことは昌平君も理解していたので、蒙武が話し始めるまで、昌平君も口を開かなかった。

気づけば無言で茶を啜る時間だけが経っており、茶壷も空になっていた。

武に一筋である蒙武がただ茶を飲みに屋敷までやって来たとは思えなかったのだが、ここまで本題を話さないことには何か理由があるのだろうか。

「…密偵が潜んでいたそうだな」

いよいよ茶が無くなって本題を切り出すしかなくなったのか、蒙武が静かにそう問いかけた。

昌平君は僅かに眉根を持ち上げたものの、彼が言わんとしていることが先日の騒動であると勘付き、小さく頷いた。

蒙武も昌平君と同じように李瑤りよう ※信の父を師として称えていた一人である。

李一族が先帝の勅令で処刑されることになったあの日、蒙武は遠方の領土視察を行っていた。

急報を聞き、李一族の救援に駆け付けた時にはすべてが終わっていた。昌平君と同じく、李瑤を慕っていた蒙武は、重臣を切り捨てた先帝に不信感を抱くようになったという。

今の秦王である嬴政にはどういう想いを抱いているのかは分からないが、少なくとも先帝の時のような不信感は持っていないだろう。
それは彼の嬴政に向ける眼差しを見れば明らかだった。

武に一途である旧友は、昔から権力争いに一切の興味を示さない。しかし、蒙武が今の地位を築いているのは紛うことなく、己の強さを証明出来たからだろう。

そういう真っ直ぐな性根が幼い頃から少しも変わっていない彼と言葉を交わす度に、昌平君は救われる気持ちになる。お前もそのままで良いのだと、認められたような気がするのだ。

しかし、蒙武が密偵の情報をわざわざ尋ねるとは何事だろうか。

蒙武は李瑤の息子である信の存在は知っていたが、一族が滅んだ後の信の行方については知らない。

昌平君も情報が漏洩がしないように徹底的に箝口を敷いていたので、旧友である蒙武にさえも、信をこの屋敷で匿っている事実を告げなかった。

もしかしたら密偵が潜入したという情報から、信の足取りを掴んだのではないだろうか。

いつまでも隠しておくのは不可能だと分かっていたが、こうなれば蒙武にも隠蔽の協力を要請しておくべきか。

昌平君が眉根を寄せながら考えていると、いきなり執務室の扉が開けられた。

 

 

信が扉を壊す勢いで思い切り開けると、中には昌平君と来客の姿があった。

「騒々しい。何事だ」

重要な話をしている訳ではなかったようで、咎められることはなかったが、信の形相に昌平君が小首を傾げている。

来客の男は座っているにも関わらず、信が首を上に向けなければ目を合わせられないほど、長身の男だ。背丈が高いだけでなく、腕の太さも足の太さも信の何倍もある。

体格だけで威圧感を覚えるが、鋭い眼光を向けられるだけで失神してしまう者もいそうだった。どうしてこうも主の周りには威圧感の強い連中が揃うのだろうか。

しかし、信は今、別の意味で失神しそうになっていた。

つい先ほど信が茶を注いだ茶器が二人の前にあって、どちらもすでに空になっていたのを見つけたからだ。

「の、の、の、飲んだのか…」

真っ青な顔で信が茶器を指さす。その指も震えていた。

「毒の類は入っていなかっただろう?普段口にしない味わいだったな」

信は二人の間に飛び込んで、茶壺を持ち上げた。

「ぜ、ぜ、ぜぜんぶ…全部…飲んだのか…?」

こちらも同じく中身が空だと知ると、信は水を失った魚のように口をぱくぱくと開閉させる。

驚愕のあまり、喉が塞がって言葉も出なくなっている信を見て、昌平君は何があったのかと問いかける。しかし、信は主の言葉さえ耳に入らないのか、その場で愕然と立ち尽くすだけだった。

「今は来客中だ。出ていきなさい」

主に促され、放心状態の信はふらふらとしたおぼつかない足取りで部屋を出て行った。

 

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回想

「なんだあいつは」

武が濃い眉を僅かに寄せる。少し迷ったが、昌平君は観念して打ち明けることにした。

密偵の潜入の件も感付かれているのなら、そのうち信の所在も掴むことになるだろう。
ならば、少しでも協力者は多い方が良い。蒙武が私欲のために自分を裏切るような男ではないことを昌平君は知っていた。

「…今のが、李一族の生き残りだ」

「まさか、李瑤りようの息子の信か?」

信が出て行った扉の方を見て、僅かに驚愕した表情を浮かべる。
あの勇ましい当主とは少しも似つかないことや、消息が不明になっていたということから、すぐには信じられなかったのだろう。

信が生きているということと、この屋敷にいるという事実から、蒙武はすぐに昌平君のこれまでの行動を察したらしい。

「…このまま匿う気か。お前の身も危ういぞ」

「李瑤との約束だ。容易には捨て置けん」

昌平君は静かに瞼を伏せた。

「…本当に骨折り損・・・・だな」

独り言ちる蒙武に、随分と上手いことを言うと昌平君は口角を持ち上げた。

先帝の勅令で李一族が襲撃されたあの日、昌平君は信を助けるために、姿を隠して兵たち戦っていた。もしも正体を知られれば先帝への謀反とみなされ、一族もろとも処刑となる。

李一族が根絶やしにされていく中で、昌平君は信の姿を見失ってしまったのだが、未だに遺体が見つかっていないことから、突如現れた協力者が嫡男である信を逃したという報告が王朝内で飛び交った。

未だ見つかっていない李瑤の息子が、それまで昌平君の屋敷にその身柄を預けていたという情報が漏れてしまい、昌平君は先帝に呼び出されたのである。

信を逃がす際に、素性を知られないよう細心の注意を払っていたものの、信が屋敷で療養していた事実は偽装出来ない。

至急、宮廷に来るよう呼び出されたのは、先帝がその事実を突き止めようとしているのだとすぐに分かった。李一族の嫡男を逃したとなれば一族の処刑は免れない。

昌平君は覚悟を決めたのだが、その危機を救ったのが蒙武であった。

処刑を言い渡されるのを覚悟しながら宮廷へ出立する前、屋敷に駆け付けた蒙武は言葉を掛けることもなく、そして容赦なく昌平君の利き腕を折った。

信を匿ったことや逃亡を協力したことを責めているのではなく、偽装工作に協力してくれるのだと、激痛に息を詰まらせながら昌平君は察したのである。

蒙武と共に拝謁した昌平君は、本題に入る前に、折れている利き腕について尋ねられた。
その問いに蒙武は、先日の自分との手合わせで負った怪我であると答える。

信が昌平君の屋敷に療養していた事実は確かだが、こんな腕で李一族を助けられるはずがないという蒙武の証言により、先帝を欺き、処刑を免れた。

それまで一族の命運がかかっていたこともあり、気を張り詰めていた昌平君であったが、先帝に向けられていた疑惑が晴れた安堵と右腕の激痛によって、謁見の間を出た途端に意識を失ったことは覚えている。

昔から武一筋である蒙武がまさか偽装工作に協力してくれるとは思わなかったし、容赦なく自分の利き腕を折ったことには彼らしいと思った。

処刑を免れるためとはいえ、先帝を欺いた罪は許されることではない。先帝が病で崩御してからも、互いにその話をすることはなかったのだが、今日初めて蒙武がそれを打ち明けたのである。

腕を折ってまで一族を守ったというのに、またもや災いの種となる信を保護したとなれば、蒙武と昌平君にとって、本当の意味で骨折り損であった。

しかし、昌平君は再び信と再会したことも、彼を保護していることにも、後悔はしていなかった。

 

手段

「…まだ見ての通り子どもだ。李の家を再び繁栄させようとは考えていない。復讐など考えず、静かに生きる道もあるだろう」

当時の記憶を失っており、信を狙う者たちを欺くために今は下僕として仕えさせているのだと告げると、蒙武は強大な筋肉を纏った太い腕を組んだ。

「あくまでお前の保護下に置くのは、徴兵に掛けられるを免れるためか」

鋭い友の考察を聞こえなかったふりをして、昌平君は空になった茶器を見つめた。
しかし、蒙武はそれを肯定と見て、静かに言葉を紡ぐ。

「李一族は、女も子供も、例外なく武の才に長けている。一度開花させれば、あの小僧もすぐに戦で活躍するようになるだろう」

「…何が言いたい?」

昌平君が瞼を持ち上げると、蒙武は肌を切りつけられるような感覚を覚えた。

それが昌平君から奮い立つ殺気だとは分かっているものの、少しも怯む気配を見せず、蒙武は言葉を続ける。

「信を蒙一族の養子として引き取ってやっても良い。生き残る術は一つでも多い方が良かろう」

今は下僕の身分である信を蒙家の保護下に置き、生まれつき芽吹いている信の才を開花させてやると蒙武は言った。

幼い頃の信は、李瑤に命じられて昌平君と蒙武に稽古をつけてもらったことがあった。

しかし、蒙武は当時から加減という言葉を知らず、あっさりと信の腕を折ってしまうので、李瑤は蒙武に稽古をつけさせるのはもう少し成長してからにしようと考えたらしい。それゆえ、当時の信の稽古担当は昌平君になったというわけだ。

今の信が武の才能を一度開花すれば、たちまち戦で活躍し、その名を広めることになるだろう。それに、蒙の姓を名乗っていれば、李一族の生き残りだと気づかれる可能性も低くなる。

何より、蒙武のもとで鍛錬を積めば、李一族の壊滅を企んでいる暗殺者たちから狙われたとしても自分で身を守ることが出来る。名家である蒙の姓を得たのならば、将軍昇格において支障もなくなる。

しかし、蒙武が己の一族の繁栄のために、信を欲している訳ではないのはすぐに分かった。

昔から武に一筋の男で、自分こそが中華一だと誇っているその実力も本物だが、優秀な二人の息子以外にも、自分の強さを受け継ぐ器が欲しいのだろう。

「ならん」

しかし、昌平君は蒙武からの提案を断った。

旧友がそう答えるのを分かっていたように、蒙武は反論も不機嫌な顔色も浮かべることはしない。

「この時代、戦は避けて通れんぞ」

「それでもならん。俺は信を戦に関わらせるつもりはない」

今は執務中でないというのに、珍しく早口で捲くし立てる昌平君の姿に、蒙武は本気で彼が信を守ろうとしているのだと察した。

蒙武、と昌平君が低い声で呼ぶ。

「…お前も理解しているだろう。李一族は強大な力のせいで、政治の道具として利用され、最後にはその力を恐れられ、切り捨てられた」

昌平君の顔に憂いの影が落ちる。

「…あの子が戦場に出れば、また同じことを繰り返すのは目に見えている。ここで終わらせるべきだ」

李瑤りようの遺言が何たるかは知らんが、李一族を最後に滅ぼしたのはお前ということになるぞ」

その言葉に、昌平君の胸は抉られるように痛んだ。

旧友の指摘通り、昌平君が信を守る方法は李一族を血を絶やす方法である。この中華全土で、一族の繁栄を望まぬ家などない。

いずれ信が妻を娶り、子を儲けたとしても、戦から遠ざけられた信では李一族の繁栄は望めない。
あの強さを引き継ぐのは李一族の血筋だけではなく、幼少期からの血の滲むような鍛錬も備わっているからだ。

「………」

当時の記憶が蘇って来て、師と仰いでいた男の死に際が瞼の裏に浮かび上がった。

強く拳を握り、目を逸らすことなく、真っ直ぐに蒙武を見据える。

「李瑤から受けたのは、何かあれば息子を頼むとの遺言だ。李一族のことは何も話していなかった」

すぐに蒙武が口を開きかけたが、言葉を遮るように、昌平君は続けた。

「もしもあの子が武の才を開花させたのなら、戦場に立てぬよう足を落とす。なおも武器を持とうとするなら腕を落とす。それが俺の、信を守る唯一の方法だ」

権力のための道具として二度と利用されぬよう、信を守る。そのためには武の才能を開花させぬよう傍で監視しておく必要があった。

蒙武は何も言わなかったが、納得したような表情を浮かべることもない。

「…お前は本当に、昔から不器用な男だ」

「………」

「お前の手に負えなくなったのなら、あの小僧は俺が引き取ろう」

そう言うと、彼は立ち上がって振り返ることもなく部屋を出て行ったのだった。

 

今後の課題と困難

蒙武が部屋を出て行った後、入れ違いで再び信が入ってくる。どうやらずっと部屋の外で待っていたらしい。

「しょ、昌平君…俺…」

ぐすぐすと鼻を鳴らして涙を堪えようとしている信を見て、昌平君はぎょっとした。

「何があった」

執務室は閉め切っていたので盗み聞きはされなかったはずだが、様子がおかしい。
まさか李一族を失った時の記憶を取り戻したのだろうかと不安に思ったものの、

「さ、さっきの…あ、あの、オッサンって…ガキはいるのか?」

少しも予見していなかった質問をされて、呆気に取られてしまう。

「蒙武のことか?息子が二人がいる」

その言葉を聞いて、信が安堵したように長い息を吐いた。
しかし、昌平君と目が合うと、再び鼻をぐすぐすと鳴らし始める。

「お、お前は、まだ、結婚してないけど、ほんとに、隠し子の一人や二人も、まだいねえのか…?」

どうしてそのようなことを問われなくてはならないのか。質問の意図がまるで分からない。

腕を組みながら、そんなものはいないと答えると、信はその場に膝から崩れ落ちてしまった。

未だ伴侶がいないことも、世継ぎがいないことも、以前から家臣に心配されているのは知っていたが、まさか信までもがそのような心配を、しかも泣きながらされるとは思いもしなかった。

右丞相と軍の総司令官として激務を極めている昌平君には、いちいち縁談話を聞くことも縁談相手を見極める暇などないのである。

「お、俺…自分がバカなのはわかってる…!そのせいで、お前に、とんでもねえものを、飲ませちまった…」

「は?」

大粒の涙を手の甲で拭った後、信はあろうことかその場で跪いて頭を下げ出した。

今まで生意気な態度を咎めても、これほどまでに頭を下げることのなかった信がどういうの風の吹き回しだろうか。

「信?」

呆然としている昌平君の視線を受けながら、信が涙の理由を語り始める。

「さ、さっきの茶…陽の気ってのを消し去っちまう茶で…だ、だから、昌平君は、もう…世継ぎを産めなくなるんだ…!!」

己の罪を自白した信が大声を上げて泣き喚く。
ようやく彼が謝罪した理由を理解した昌平君は腕を組んで、わざとらしい溜息を吐いた。

隠し子という言葉は知っているくせに、肝心な部分を間違えているのは、今までまともな性教育を受けなかったからなのだろうか。

「私が産む側なのは根本的に間違えているが、茶にそのような作用がある訳ないだろう」

ずっと思い悩んでいたそれを否定すると、信の瞳から涙がぴたりと止まる。
顔を上げた信が、泣き腫らした真っ赤な目で昌平君のことを見上げた。主の言葉の意味をその頭が理解するまでには、やや時間がかかった。

「え…?で、でも、陽の気を消し去っちまったら…」

「茶がそこまで強い作用を起こすはずがない。本当だとしても、あの量だけなら問題ないだろう。お前の勘違いだ」

不安を一蹴され、信は唾液を零してしまいそうなほと、ぽかんと口を開けていた。

 

 

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しかし、まだ納得出来ないようで、彼を包み込んでいる哀愁は消えていない。

「わ、わかってる…お前はいつも上手いこと言って、俺を守るために、俺を騙してんだ…!」

騙しているつもりはないのだが、否定はせずに昌平君は口を閉ざす。真実を告げないことで混乱を防いでいるだけだ。

「ほ、ほんとは、もう、ガキが産めなくなっちまったんだろ…!」

「だからどうして私が産む側になる」

何を言っても今の信には伝わらないと理解した昌平君は、ひとまず信が落ち着いてから諭すことにした。

しかし、黙り込んでしまった昌平君に、信がさらなる不安を覚えてしまったらしい。

「俺のせいで、お前が世継ぎを産めなくなったってんなら、せき、責任取って、俺が、お前の世継ぎを産むから…!」

呆れて言葉が出ないとはこのことだ。

誤解を招きかねないこのやりとりを他の者に聞かれていないことを願いながら、昌平君は来客のために中断した執務を再開しようとした。

「昌平君ッ」

椅子に腰を下ろした途端、それまで跪いていた信が四つん這いになって足元ににじり寄って来た。

「何をしている。仕事に戻れ」

「隠すなよッ!もう俺は騙されねえぞッ!」

主の足の間に体を寄せた信が、あろうことか下から着物を捲り上げようとした。

両手で力いっぱい着物を掴んで来るものだから、昌平君も咄嗟に彼の両手首を抑えて抵抗を試みた。

こちらは大の大人だというのに、信の力は思ったよりも強く、引き離すことが出来ない。

「信、放しなさい」

「お前はいつも俺に大事なこと隠してるだろッ!」

確かに、こんな昼間から大事なものを披露するのは道徳に反する行為である。

「信、放せ。二度は言わんぞ」

「俺だってこんなことしたくねえよ!でもお前が隠すんだから確かめねえと!」

互いに声を荒げながら攻防戦を繰り広げる。
いつも簡単に振り払えるはずなのだが、信の細い両腕には大の大人も敵わぬほどの力が備わっていた。

昌平君は歯を食い縛って両手首を抑える手に力を籠める。血管が浮き立つくらい力を込めているのだが、少しも怯む気配がない。

まさかこれをきっかけに李一族の武の才を開花させたらと思うと恐ろしくなった。

「何事ですか」

廊下から二人の大声を聞きつけたのだろう、豹司牙が腰元にいつも携えている剣に手を掛けながら部屋に飛び込んで来た。

昌平君の足の間で膝立ちになって、着物を下から捲り上げようとしている信と、それを抑え込んでいる昌平君の姿を見て、さすがの豹司牙も状況が分からずに呆然と立ち尽くしている。

重臣の登場によって一瞬だけ気を抜いた昌平君だったが、その油断が勝敗を分けたのだった。

えいやと信が勢いよく昌平君の着物を下から捲り上げ、無遠慮に中を覗き込む。

…嫌な沈黙が部屋の空気を鉛のように重くした。

「ん?あれ?…なくなってない…?良かった~!!」

しかし、信だけはその重い空気を感じていないのか、陽の気が消えていない物理的証拠を見つけ、大声で歓喜した。

すぐさま昌平君と豹司牙の両方からげんこつを落とされ、あまりの激痛に意識を手放した信はぐったりと床に倒れ込む。

立派なたんこぶを二つも同時に得た信を見下ろしながら、昌平君は乱れた呼吸と着物を整える。

まさか信がここまで性に関して無知だとは思わず、礼儀作法といった教育や、今後の身の振り方を考える前に、正しい性教育・・・・・・を施さねばならないかと考えるのであった。

隣に立つ優秀な配下に目を向け、昌平君はわざとらしく咳払いをした。

「…豹司牙。一つ、頼みたいことが」

「今回はお断りいたします」

「………」

気絶したままでいる信を見下ろし、二人は同時に重い溜息を吐き出した。

 

後日編②「宮廷道中記」はこちら

昌平君×信のバッドエンド話はこちら