駒犬の愛で方(昌平君×信←桓騎)

駒犬の愛で方(昌平君×信←桓騎)中編①

駒犬の愛で方2
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  • ※信の設定が特殊です。
  • めちゃ強・昌平君の護衛役・側近になってます。
  • 年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 昌平君×信/桓騎×信/執着攻め/シリアス/特殊設定/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

 

作戦会議

桓騎が部屋を出て行ってから、信から怯えた眼差しを向けられた。命令もなしに桓騎を引き留めたことを咎められると思っているらしい。

経緯がどうであれ、信の咄嗟の行動によって桓騎が軍馬盗難の件に協力(と言っていいものか悩ましいものだが)してくれることになったのは間違いない。

「………」

昌平君は腕を組むと、しばし瞼を下ろした。

桓騎という男が扱いにくいのは、今に始まったことではない。しかし、今回の軍馬盗難の件に関して、関わっていないという線が濃そうだ。

もしも桓騎が主犯としてこの件に関わっていたとすれば、わざわざ犯人探しに協力するだろうか。自ら手の内を明かすようなものである。

だが、もしかしたらそれも桓騎の策なのかと思うと、事実をはっきりさせるまで疑うしかない。腹の内を一切見せない桓騎だからこそ、昌平君は中途半端な調査は出来ないと考えた。

「…、……」

着物の袖を軽く引っ張られ、昌平君は目を開いた。

信が戸惑った視線を向けている。次の指示を仰いでいることは、その表情を見てすぐに理解した。

しかし、昌平君は桓騎の次の行動を予見することに思考を巡らせており、駒犬への指示を考える余裕をなくしていた。

「………」

何も指示を出さない昌平君に、信がその顔に不安の色を浮かべる。

その場に膝をつき、信は縋るように、昌平君の足元に頭を摺り寄せた。二人きりとはいえ、人の出入りが多くある宮廷でそのような態度を取るのは珍しいことだったので、昌平君の意識は駒犬へと引き寄せられた。

「……、……」

昌平君が何も話し出さないことから、怒っているのだと誤解しているようだ。

怒ってはいないし、咎めることもしないと、昌平君は信の頬を撫でる。今すべきことは駒犬を叱責することではなく、明日からの軍馬盗難調査についてだ。

桓騎は人を欺くのを得意をする男だが、律儀にも約束は守る面がある。無理やりこじつけた約束とはいえ、彼の中で信を連れて行くことはもう決定事項になっている。

規律に則るのならば、軍馬百頭の行方を追い、売買をした者や他国へ密通をした者を裁かなくてはならないのだが、右丞相である昌平君が同行することは不可能だ。

それは決して私情ではなく、国政に関しての他の執務を優先しなくてはならないためであって、今回の軍馬盗難の件に関してはこれ以上の指示を出すことは出来ない。
きっと桓騎もそれを分かった上で、信を連れて行こうとしているのだろう。

自分の目の届かない場所で桓騎が信に何をするつもりなのか、昌平君は大きな不安に駆られた。

 

 

出来ることなら、信を桓騎の傍に置くことはしたくない。

何か上手い言い訳を考えるものの、あの男のことだから信を同行させないとなれば、今回の軍馬騒動の件をあっさりと見限るに決まっている。

どうしてこうも面倒なことになってしまったのかと、昌平君はこめかみに手をやった。

いっそ不慮の事故に見せかけて、信の手や足の一本を折って同行出来ない理由を作り上げようとも考えたのだが、あまりにも折が良すぎると、かえって桓騎から疑われることになるだろう。

軍馬盗難の犯人捜索の合間に、また厄介事を増やされるのではないかという心配もあるのだが、信の身に危険が及ばないかが一番心配だ。

桓騎軍の悪行については、昌平君もよく知っている。戦の最中、敵国の領地にある村を焼き払い、そこに住まう人々に暴虐の限りを尽くし、捕虜や投降兵たちの首も容赦なく斬り捨てたという。

相手が味方ではなく、そして敵の領地だったからという安易な理由であったものの、視察した兵の話ではまるで地獄のような光景が広まっていたのだという。

皮肉にも、桓騎の存在は秦軍には欠かせないものであり、それを咎めることが出来ない。

もしも信を調査に同行させ、戻って来た時に手や足の一本が無くなっていたらと思うと、それだけで昌平君は心臓の芯まで凍り付きそうになった。

信に手を出すなと自分が命じたところで、桓騎が素直に従うとは思えないし、彼は誰を敵に回そうが何も恐れない男だ。

警戒すべきは桓騎だけでなく、元野盗の仲間たちもだ。桓騎軍の兵たちの横暴な態度については以前から報告を受けていたし、桓騎軍の何者かが戯れに信を弄んで傷つけるのではないかという心配が絶えない。

昌平君は強く拳を握ると、深い溜息を吐いた。
私情はともかく、出立は明日だ。今日のうちに出来ることをやっておかなくては。

信も自分の身を守ることは出来るほどの武力を供えているとはいえ、知将の才を持つ桓騎が相手ではどうなるか分からない。

 

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準備

「信、来なさい」

昌平君は信と共に部屋を後にする。
まず向かったのは医師団たちのいる仕事場、それから近衛兵である黒騎団が鍛錬場としても利用している軍拠点、最後に昌平君が普段から出入りしている軍師学校だ。

「………」

軍師学校にやって来ると、信が落ち着きなく辺りを見渡し、それから戸惑ったように昌平君の紫紺の着物を掴んだ。

普段は立ち入りを許されていない場所だというのに、どうして自分を連れて来たのかという視線だった。

普段は立ち入りを禁じられている信は同行させていない。だからこそ、なぜ連れて来られたのかが分からないのだろう。

「足を踏み入れるのは初めてではないだろう」

「………」

信は体の一部が痛むように、僅かに眉根を寄せた。

事実を言ったまでだが、棘のある言い方をしてしまっただろうかと昌平君は内心後悔する。信が蒙恬に唆されて、立ち入りを禁じているはずの軍師学校に足を踏み入れたのはそう昔の話ではない。

それは蒙恬の父であり、昌平君の旧友である蒙武の指示だった。素性も分からぬ信が大人しく付き従っているのを怪しんでいたようだが、あの一件以来、特に蒙恬が信に接触して来るようなことはない。

どうやら蒙武も息子からの報告を受けて、信が昌平君を裏切る可能性はないと納得したのだろう。

建物の中には入らず、昌平君は校舎の裏へ回る。信も大人しく後ろをついて来た。
今の時刻、生徒たちは教室で軍略囲碁を行ったり、戦術の書に目を通しているのだろう。校舎裏には誰もいなかった。

 

 

「右手を貸せ」

「?」

昌平君は先ほど黒騎団の軍拠点から持ち出した墨玉ぼくぎょくの腕輪を懐から取り出すと、それを信の右手首に嵌め込んだ。

普段、装飾品など身に着けない信の手首に、重厚感のある漆黒の墨玉は不釣り合いだったが、今回は仕方ないだろう。

見た目に反して墨玉の腕輪はそこまで重くないし、剣を振るうのにも邪魔にならないはずだ。あくまでこれは御守り・・・である。効力が発揮しないことを祈るばかりだ。

「…信」

墨玉の腕輪ごと信の手を握り込み、昌平君は真っ直ぐに彼の目を見た。

「…相手が誰であろうと、どういう状況であろうとも、身の危険を感じたらすぐに退け」

「………」

「桓騎のことも軍馬盗難のことも気にしなくて良い。自分を優先しろ」

桓騎と軍馬盗難のことを付け足したのは、その責任感の強さから信が自分の安全を後回しにするかもしれないという危惧からだった。

ただでさえ独断で桓騎を引き留めたことを気にしているようだし、その根本にある主の執務負担を減らしたいという気遣いが駒犬に無理を強いてしまうことを昌平君は知っていた。

「…、……」

しかし、主の気持ちを知ってもなお、信はなかなか頷こうとしない。
信の頑固さは忠実で従順な駒犬であるからこそだと昌平君も分かっているのだが、今に限ってはその反抗的な態度が苛立たしかった。

「自分の命を軽視するような駒犬に育てた覚えはないぞ」

「………」

「軍馬盗難の犯人を目撃したという桓騎の証言が嘘か事実か、そんなことはどうでもいい」

「?」

昌平君は墨玉の腕輪に視線を落とし、溜息を飲み込んだ。

まだ信の中では自分が面倒を起こしたせいで、軍馬盗難の解決が遠のいてしまったという後悔が消えていない。

いつだって主の顔色と言動に敏感な駒犬に、これ以上不安を抱えさせたくなかった。

「必ず無事に戻れ。必要なら命令違反など厭わぬ。…ただし、桓騎だけは殺すな」

「………」

信が力強く頷いたのを見ても、昌平君の胸の内が晴れることはなく、ただ無事を祈ることしか出来なかった。

隙を突いて桓騎の首を斬るのは容易いだろう。しかし、桓騎という存在はこれからも秦軍には必要不可欠だ。私怨で命を奪うことは許されず、昌平君は何度目になるか分からない溜息を飲み込んだ。

 

出立前

翌朝。桓騎は約束通りに信を宮廷へ迎えに来た。

軍馬盗難の犯人捜索以外にも、将軍は執務を多く抱えている。
戦がなくとも、兵権と給金が発生する以上、軍政に関しての執務や兵たちの指揮を行わなくてはならない。いかに自由奔放に過ごしている桓騎も例外ではなかった。

「十日だ」

だからこそ、昌平君は今回の犯人捜索に期限を設けたのである。

軍馬盗難の報告を受けてからすでに数日経過しており、もしかしたらすでに軍馬がどこかへ引き渡された可能性も考えられる。

「進展がなければすぐに撤退しろ。無駄に時間を掛ける必要はない」

昌平君が低い声で命じると、桓騎はつまらなさそうに頷いた。
宮廷を出て馬陽へ向かうまで数日かかる。正確にいえば、犯人捜索に費やせる日数は十日ではない。

桓騎が犯人を目撃したという周辺で犯人捜索を行うのだろうが、昌平君は桓騎が犯人を捕らえて来るとは微塵も思っていなかった。

そもそも軍馬盗難の現場を目撃しておいて、自分には関係ないと放置した男に期待など出来るはずがない。

ただ、信さえ無事ならそれでいい。それ以外は何も望まなかった。

 

 

昌平君から見送りを受けたあと、信は用意された軍馬を渡された。

その馬は主の髪と同じ色をしており、目つきが鋭いところも何となく主に似ていた。軍馬としてよく訓練されているようで、信が触れても抵抗するどころか、気持ちよさそうに鬣を撫でられている。

しかし、荒い鼻息を吐いているところを見ると、初対面である信のことを警戒しているようだった。

訓練されている軍馬の中にも、人間嫌いの性格の馬がいる。厳しい訓練を強いるせいで、人間を背に乗せたくないと思う馬もいるが、この馬はどちらかといえばあまり人間が好きではないらしい。

戦になれば将も兵も馬との相性など気にしていられない。気性が荒く、誰も背に乗せないような馬は戦で使い物にならないため、農耕や運搬に利用されることもある。

この馬は厳しい訓練の末に人間に屈したのだろう。どこか怯えにも似た色が瞳に浮かんでいるのを見て、信はなんとなくそう思った。

主以外の人間は顔に靄が掛かったように映るのだが、動物はそうではない。だから信は動物の表情の変化に気づくことに敏感だった。

(短い間だけど、よろしくな)

言葉を発せない代わりに、信は動物の目をよく見て、耳や尻尾の動き、ちょっとした仕草から動物の感情を読み取ることに長けていた。

信が動物の中でも、一番触れ合うことのあるのは馬だ。
宮廷から急きょ呼び出しがあった時には、信が御者を務めることがあるし、主と二人で遠乗りをすることもあるので、馬の扱いは特に慣れている。

時々野良犬や野良猫の類は屋敷の裏庭で見かけることもあるが、昌平君は常に機密情報を周囲に置いているため、台無しにされないように屋敷内で動物を飼育することは許されない。

(ああ、悪いな。そろそろ出発だ)

馬の鬣を撫で続けていると、馬の片耳が退屈そうに揺れた。鼻息が落ち着いたところを見ると、どうやら信に向けていた警戒心は薄まったらしい。

 

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首輪

「おい、犬っころ」

桓騎に名前を呼ばれ、信は反射的に振り返った。この男はよく口角がつり上がっている。

昨日、昌平君に呼び出しを受けた時も、軍馬盗難の事件の話をしている時も、彼は口元の笑みを崩さなかった。

どんな状況であれ、常に優位に立っているのは自分だと主張しているのかもしれないが、感情の変化の幅が狭いように見えた。

感情がないというワケではないが、桓騎という男は昌平君とは別の意味で感情の変化が乏しいように感じる。

顔には靄が掛かっているので、口元と同じように瞳も笑っているのかは分からないのだが、声の調子からすると愉悦を感じていることは明らかだ。

「後ろを向け」

「?」

いきなりそんな指示をされ、信は戸惑った視線を向けた。もう馬に乗って出立する時刻だろうに、何をするつもりなのだろうか。

「早くしろ」

桓騎の指示の意図が読めなかったが、低い声で催促されてしまったので、信は警戒しながらも彼に背中を向けた。

「…!?」

瞬間。首に何かが巻き付いた。
金属独特のひんやりとした感触と、ずっしりとした重みを感じる。何事かと首に手をやりながら桓騎の方を振り返ると同時に、ちりんと鈴の音が鳴り響いた。

桓騎があの嫌な笑みを浮かべているのを見ながら、信は自分の首を覆うように取り付けられた輪っかを手で掴み、同時にそれが何であるかを理解した。

獄具の一種であるかなぎ ※鉄製の首枷だ。ご丁寧に鈴までついている。
しかもその鈴は、妓女が舞を踊る時に着物や手足に取り付けるような音色の良い鈴ではなく、薄汚れた銅の鈴だった。

「似合うじゃねえか。野良はともかく、飼い犬には首輪がねえとな?」

(ふざけやがって!)

銅の鈴は罪人がつけるものだと主から教えられていた信は憤怒のあまり、桓騎の顔面に蹴りを入れそうになった。

本来、銅の鈴がついた釱は、囚人が労役を行う際に逃亡を阻止する目的で使用される。または公衆の面前で釱を装着させ、見せしめとして刑罰を加える目的もあった。

そんなものをご丁寧に用意して自分の首に嵌めた目的といえば、単純に信を辱めるためであり、その延長で桓騎自身が楽しむためだろう。

 

 

「~~~ッ」

両手で釱を外そうとするものの、鉄製のそれはとても頑丈で、外れる気配がない。
信が動けば動くほど耳障りな鈴の音が鳴り、首の薄い皮膚に釱が擦れてひりひりと痛む。

「ああ?俺からの贈り物だってのに、気に入らねえのか?」

信の瞳には桓騎の口元から上は靄が掛かって見えるのだが、きっと憎らしいほどにその瞳も笑っているに違いない。

なんとか外せないか釱を触っていると、項の辺りに鍵穴のようなものがあった。恐らく鍵は桓騎が持っており、その鍵を使わないとこれは外せない。

顎が砕けるほど歯を食い縛り、信は桓騎に今すぐこれを外せと目で訴える。

「お前が迷子になったら俺が総司令から怒られるだろ」

「!?」

その口調から、桓騎に脱走を疑われていることを信はすぐに察した。

身の危険を感じたのならばすぐに退却しろと昌平君から指示を受けていたが桓騎はそれも見越しているのかもしれない。

もしかしたら、自分の楽しみのために適当な理由をつけて外さないだけなのかもしれないが。

とにかく、釱に銅の鈴を取り付けてたのは、信を辱めるためと脱走防止の二つの目的があるらしい。

「………」

幸いだったのは、釱に取り付けられているのが鈴だけだということだ。

もしもこの釱に引き紐が取り付けられていて、桓騎がその引き紐を握っていたのなら、信は事故を装って桓騎の腕を切り落としてでも逃げ出しただろう。

 

出立

結局、桓騎はかなぎ ※鉄製の首枷を外すことなく出立準備を進めた。
釱の鍵を持っているのはきっと桓騎だ。今すぐにでも鍵を手に入れなくてはと信は慌てて駆け出す。

「っ…!」

馬に乗ろうとする桓騎の腕を掴み、信は自分の首を指さして、早くこれを外せと訴える。

「心配しなくてもよく似合ってるぜ」

こちらの怒りを煽るように桓騎がそう言ったので、信はその腕に噛みついてやろうかと思った。
もしも昌平君からの許可があったのなら、躊躇わずに指を噛み千切るくらいはしてやるつもりだった。

顎が砕けそうなほど歯を食い縛って睨みつけるものの、桓騎といえば信から向けられる殺意にこちらを振り向くことさえしない。

(くそっ…あの野郎…!)

きっと昨日のうちに、信が昌平君の命令なしでは話せないことを悟ったのだろう。反論しないのと出来ないのでは怒りの度合いが大違いだ。

さっさと馬に跨った桓騎が手綱を上下に叩いて馬を走らせたので、信も慌てて自分の馬に乗った。

すぐに彼の背中を追い掛けるのだが、馬に体を揺れる度に銅の鈴が耳障りな音を立てる。
苛立ちの感情に流されながら、信は主が桓騎に苦労している理由を改めて理解した。主が普段から堪えているのだから、駒犬である自分も耐えねば。

信は手綱を強く握り締めることで、前方を走る桓騎の背中に殺意を向けるのを控えることにした。どうせ殺意を向けたところで、あの男は薄ら笑いを返すだけだろう。

こちらが反応すれば桓騎を楽しませるのなら、何の反応も示さないでいれば彼の興味を削ぐことが出来る。

昌平君は相手に動揺を悟られぬために普段から感情を表に出すことはない。(もともとそういう性格なのもあるかもしれないが)
いつだって冷静に物事を対処する主の姿を瞼の裏に思い返し、信は苛立ちで乱れていた呼吸を整えた。

もしも身の危険が迫った時は命令違反も厭わないと昌平君から言われていたが、それは最終手段だ。もしも自分が任務を投げ出せば、最終的に昌平君が面倒を引き受けることになる。それだけは何としても避けたかった。

 

 

馬陽へ向かっている最中に、ある村に辿り着いた。村人が全員で百人もいないとても小さな村だったが、なぜか桓騎たちはその村で馬を止めたのだ。

(今日はこの村で休むつもりか…?)

日が沈み始め掛けていたので、この村で休むことにしたのだろうか。しかし、これだけ規模が小さい村なら寝床を借りられるとは思えない。

こちらは桓騎と信を含めてたったの十人だったが、将軍という高い地位に立つ桓騎が指示すれば、村人たちは拒絶出来ずに寝床を用意することになる。

野営の備えもあるというのに、村に立ち寄るということは物資を消費したくないという気持ちの表れなのだろうか。

突然現れた桓騎たちを見て、村人たちが驚いた様子で一斉に頭を下げた。

桓騎の後ろに控えている桓騎軍の兵たちも、軍で配給されている鎧を身に纏っているものの、顔の一部には刺青が彫られている者がほとんどだ。言葉で名乗らずとも悪人を物語っている威圧感に村人たちがあからさまに怯えていた。

信も同じように怯えた視線を向けられていることに気づいた。
首に巻かれている釱と薄汚れた銅の鈴を見れば、罪人だと誤解されても仕方ないだろう。しかし、こんなやつらの身内だと思われてしまったようで複雑な気持ちになる。

「この村を取り仕切ってるやつを呼べ」

馬上から指示をすると、村人の一人がすぐに村長を呼びに走り出した。
桓騎は馬から降りる様子もなければ、その場から動き出す様子もない。他の兵たちは桓騎の前に出て、村人たちが妙な動きをしないか目を光らせている。

(今なら釱の鍵を取れるんじゃ…)

こちらに背中を向けている桓騎を見て、信は首に巻かれた釱の鍵を奪い取ろうと考えた。

桓騎だけでなく彼に付き従う兵たちも、今は村人たちに意識を向けており、こちらを振り返る様子はない。

鍵を手に入れるなら今しかないと考えて、信はまず釱の鍵が入っていそうな場所を考えた。鎧には衣嚢※ポケットのことはついていないし、そう考えれば着物に忍ばせたと考えるのが普通だろう。

鍵があるのは袖の中か、それとも着物の衣嚢か分からない。しかし、村長が来てしまったら鍵を手に入れる機会を逃してしまうと思い、信は一か八かで桓騎の袖の中を探ることに決めた。
信は鈴ごと釱を握り締め、音を立てぬように馬の横腹を蹴りつける。馬が一歩ずつ前に進み、手を伸ばせばすぐ桓騎の背中に触れられる位置に到着した。

こちらを振り返らないか、しきりに桓騎の後頭部に視線を向けながら信はゆっくりと手を伸ばした。

あともう少しで鎧の隙間から着物に手が入る、その時だった。

「慣れてねえくせに盗みなんざするんじゃねえよ」

「―――ッ!」

こちらを振り返ることもせず、桓騎に手首を掴まれてしまい、驚きのあまり悲鳴を上げそうになった。

「盗みなんざやったら、飼い犬の目印がになっちまうだろ?」

骨が軋むくらい手首を強く掴まれ、苦痛に顔を歪めた信に桓騎が笑いながら囁いた。

声に怒りの感情は感じられなかったが、余計に桓騎の愉悦を煽ってしまったと思うと、信はますます腹立たしくなる。

お前の飼い犬になった覚えはないとその手に噛みついて、無理やり鍵を奪ってやろうかと思ったが、先ほどの村人が村長を連れて戻って来たので諦めるしかなかった。

 

村の事情

村長の男は足腰が弱いのか、村人に手を引かれた状態で桓騎たちの前に現れた。

頭に白髪が多く混じっており、村人の中では年老いている方だ。
村にいるのは女子供や老人ばかりで、若い男が少ないのは先の戦で徴兵に掛けられたからだと分かった。ほとんどが帰って来なかったのだろう。

「このような村に将軍様が何用でございましょうか」

桓騎の前で深々と頭を下げると、村長の男は僅かに声に怯えを含ませながら用件を尋ねて来た。

「この辺りで軍馬百頭が盗まれた。なにか見聞きしてる奴はいるか?」

「…?」

信は思わず眉をひそめた。
昌平君に尋問された蕞、桓騎は軍馬盗難の手引きを行った現場を見た――すなわち、犯人を知っていると答えた。だというのに、どうして村長にそのようなことを尋ねたのだろう。

しかし、自分が途中で口を挟むわけにはいかない。信は黙って桓騎が何をするのかを見守っていた。

「い、いいえ、何も知りませんが…見てお分かりいただけるように、女子供や年寄りばかりですから、村の外に出ることがほとんどなく…」

桓騎と兵たちが放つ威圧感に、村長も村人たちも相変わらず怯えている。

問い詰めるまでもなく、この村は無関係だろうと信は考えた。しかし、桓騎があえてこの村に立ち寄った理由が何なのか分からない。

「一つ頼みがあったんだが…ここじゃ話しにくいな」

(何言ってんだ、こいつ)

急に桓騎が下手に出るようなことを言い出したので、信は気味が悪そうに顔をしかめた。

 

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その言葉を聞いた村長が戸惑ったように狼狽える。

「しょ、将軍様…申し訳ございませんが、この村は見ての通り、御客人を受け入れる余裕はなく…」

「一夜の宿なんざいらねえよ。少し聞きたいことがあるだけだ」

村に泊めることは出来ないという村長の言葉を桓騎が遮る。桓騎がこの村で宿も食事も不要だと言ったことに、正直信は驚いた。

あれだけ横暴な態度で村人たちを怯えさせていたのだから、きっと好きに仲間たちと飲み食いして、自分が満足するまで気兼ねなく過ごすのだろうと思っていたのだ。

桓騎から他の者には聞かれたくないという意志を察したのか、村長は屋敷の客間を準備すると言ってくれた。

「行くぞ、犬っころ」

(なんで俺も…)

桓騎に声を掛けられ、信は不満気に口を尖らせる。

しかし、気分次第でこの男が村長を手に掛けるのではないかと不安になり、信は大人しく桓騎に同行することにしたのだった。

馬から降りて兵に手綱を預けると、信の馬は不満気に耳をぱたぱたと動かし、何だか落ち着きなく辺りを見渡している。

威圧感のある桓騎軍の兵たちのもとに残していくのだから、不安があるに違いない。

(少し待っててくれ。すぐに戻るからよ)

鼻頭を撫でてやったものの、馬は何か言いたげにぶるると鼻を鳴らし、信のことをじっと見据えていた。

 

更新をお待ちください。

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昌平君×信の軍師学校のお話はこちら

桓騎×信←那貴の桓騎軍潜入捜査のお話はこちら