- ※信の設定が特殊です。
- 女体化
- 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
- 王賁×信/蒙恬×信/シリアス/甘々/ツンデレ/ハッピーエンド/All rights reserved.
苦手な方は閲覧をお控え下さい。
見舞い
王賁の治療が始まってから三日目。信は昨日よりもさらに体調の悪化を自覚していた。
微熱が続いているせいか、倦怠感が取れない。水を飲むのに体を起こすのも一苦労で、ひたすら寝台に横たわっていた。
しかし、王賁の方は抗毒血清が効き始めたおかげで症状も改善して来ているという。
王賁が快方に向かっているのなら毒を受けた甲斐があるものだが、今や王賁のことを心配する余裕もなくなってしまうほど、信の体調は悪化していた。
一番つらい症状は倦怠感だが、その次は左手が腫れており、思うように動かなくなっていたことだった。
さらに今朝、目を覚ましてから舌がもつれて、上手く発音が出来なくなっていたのである。
医者によると随分毒が回って来たという。倦怠感が強いのは脈が乱れ始めて来ているのも影響していると言っていた。
王賁の治療が終わるまであと二日。時間が経過するにつれて今よりも体調が悪化するのかと思うと、信は億劫な気持ちに襲われていた。
もう少しだと自分を激励するものの、倦怠感のせいか頭がぼうっとして、何かを考えることさえも億劫になっている。
「…?」
扉が叩かれた。返事をするのも億劫で、信は寝台の上から扉の方を見つめる。
「信?入るよ」
聞き覚えのある声がして、扉が開かれる。蒙恬だった。
「おー、蒙、恬…」
寝台の上から返事をすると、蒙恬は信の姿を見て、言葉を探すように唇を震わせた。
いつもなら、手を振りながら笑って挨拶をするのだが、今は声を出すのが精一杯で、腕を持ち上げることも、笑みを繕うことも出来なかった。
早足で近づいて来た蒙恬は、言葉を選ぶように何度か視線を泳がせてから、ようやく唇を動かした。
「…賁のことも、医師団から全部聞いた」
「あ、ああ…」
そういえば蒙恬の屋敷で宴の最中に抜け出してしまったのだった。その時のことを謝らなくてはと思い、起き上がろうとするのだが、体に上手く力が入らない。
毒に苦しむ信の姿を目の当たりにして、蒙恬は体の一部が痛むように顔をしかめた。
「信…前からバカなのは知ってたけど、本当にバカなことをしたんだな」
まるで慈しむように、しかし棘を持たせた言葉を蒙恬から掛けられる。
医師団から話を聞いたというが、二人で宴を抜け出してから宮廷に向かったことも、王賁が毒を受けた話も、どこで知ったのだろうか。
しかし、それを探ることも、問いかけることも出来ないほど、今の信は衰弱し切っていた。
「バ、バカって、言うな、…んな、バカなこと、しねえと、王賁が、し、しん、死んじ、まう、から」
舌がもつれてしまうせいで、不自然に言葉が途切れ途切れになってしまう。なんとか言葉を紡ぎ切ったものの、ちゃんと伝わっただろうかと不安を覚える。
痛々しい信の姿に蒙恬は顔を歪め、それからゆっくりと口を開いた。
「信はそう思っているのかもしれない。…でも、俺は自分の知らない間に、大切な友を二人を失うかもしれなかったんだよ。…俺だけじゃなくて、信と王賁のことを大切に思う人たちのこと、一度でも考えてくれた?」
「………」
低い声で、まるで信を諭すように、しかし、詰問されているようにも感じた信は思わず眉根を寄せてしまう。
蒙恬の言うことはもっともだ。
しかし、信の中では、王賁も自分も死ぬという結末は、可能性として考えもしなかった。絶対に王賁を助けてみせると誓っていたし、自分もたかが毒如きに負けるつもりはなかったからだ。
しかし、憤怒の表情を浮かべている蒙恬の瞳に悲しみの色を見つけた信は、ここに来て罪悪感を覚えた。
王賁を助ける気持ちを優先し過ぎたあまり、他のことを何も考えていなかったことに気づいたのである。
嬴政はとやかく言うことなく、信の選択を肯定してくれたが、きっと葛藤していたに違いない。
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見舞い その二
「…わ、悪、い…俺…」
反省したように信が縮こまり、もつれた舌で謝罪する。顔色の悪さも伴って、今にも泣きそうなほど弱々しい態度だった。
蒙恬は小さく溜息を吐いてから、首を横に振った。そんな顔をさせるつもりはなかったと、彼は俯いて前髪で表情を隠す。
王賁の体が毒に侵されていたことも、信が嬴政と医師団を頼って王賁と共に宮廷に向かったことを、蒙家の息がかかった者たちからの報告で知った。
自分の力を過信しているからか、昔から人を頼ることを知らない王賁のことだから、毒に侵されていることも重臣くらいにしか口外しなかったのだろう。
恐らくは信が彼の蛍石を届けに行った際にそのことを知り、嬴政と医師団のいる宮廷へ直行したに違いない。
そして、医師団を頼るということは、もはや簡単には解毒出来ないほど、毒が進行してしまっている証拠だ。
その結論に行きついた時、どうして黙っていたのだと蒙恬はやるせなくなった。
王賁にも名家である嫡男としての自尊心であったり、色々と思うことがあったのだろう。気持ちはわからなくもないが、偶然にも毒を受けたという事実を知った信が、自分を犠牲にして抗毒血清たる解毒剤を製薬しようとしたことにも驚いた。
命を落とす危険があるかもしれないのに、信が我が身を差し出したのは、きっと王賁に残されている時間が少なかったからに違いない。
友人だというのに、どうして二人はそんな大切なことを自分抜きで決断してしまうのかと、蒙恬は子供のように拗ねている自分を自覚し、そして恥じた。
少し言葉を選ぶように間を置いたあと、蒙恬はゆっくりと顔を上げる。
「…俺も、大人げなかったね。二人が死ぬかもって知って、怖くなったから…ごめん」
謝罪を受けた信は首を横に振った。
「お前は、悪く、ない」
「………」
薄く笑みを浮かべた蒙恬は彼女の冷え切った左手に自分の手を重ね、包み込むように握り締める。
「じゃあ、これで仲直り」
「……、……」
信もなんとか口角を持ち上げたものの、強烈な倦怠感のせいで、その手を握り返すことも出来ない。瞼が重く、すぐに目を閉じてしまう。
「信」
その様子を見た蒙恬が切なげに眉根を寄せて、信の手を握り直した。
「なにか、俺に出来ることある?」
自分に出来ることなら何でもしてあげたい。
それは友人として出来ることなら何でもやってあげたいという善意であって、決して見返りを求めるようなものではなかった。
「…風呂、入り、たい…」
信は瞼を閉じたまま、ゆっくりと色の悪い唇を開いた。
「えっ?お風呂?」
まさかそんなことを頼まれるとは思わず、蒙恬は呆気に取られる。
毒を受けてからずっと横になっていて、風呂に入れていないのだという。
これで信の性別が自分と同じだったのなら、もちろんと手を貸していたのだろうが、さすがに女性を風呂の介抱をするわけにはいかなかった。
信とは友人関係にあるが、異性であることには変わりない。もしもそんな現場を誰かに目撃されたら、確実に誤解されてしまう。
「いや、それは…ほら、今はふらふらだから、お風呂に入るより、拭いてもらったら?頼んで来るよ」
さりげなく入浴の介助を断って、別の提案をしてみる。
「…なら、からだ、拭いて、くれ…」
まさか頼まれることになるとは思わず、蒙恬はぎょっと目を見開いた。
「お、お湯を持ってくるのは頼んで来るけど、さすがにそれは、うん、俺はそういうのに不慣れだから、侍女にやってもらった方が良い」
体を拭くだけとはいえ、着物を脱がせなくてはならないのは同じだ。
女性の裸体を見ることに抵抗がある訳ではないのだが、蒙恬の中では女性が肌を曝け出すというのは、夜の二人きりの褥の中であると決まっていた。
看病の一環だと自分に言い聞かせても、やはり信の裸体を見ることには抵抗がある。きっと信は何も気にしないだろうが、蒙恬の中ではこれまで築いて来た友人関係に亀裂が入ってしまうのではないかという心配があった。
「汗かいて、気持ち悪ぃんだ…頼む…」
蒙恬の返事を聞いていないうちに、信は寝台の上で着物を脱ぎ始めた。
呼吸を圧迫させない目的で今は帯は閉められていない。胸元がはだけないように着物の内側に紐が取り付けられていて、その紐を解けばすぐに前が開くようになっていた。
「わわわッ!し、信!前隠して!」
普段と違って今はさらしも巻いていない信の胸が露わになり、蒙恬は驚いて両手で自分の目を隠す。
両手で目を覆った上に、蒙恬は強く目を閉ざして顔を大きく背け、絶対に見ない意志を訴えた。
「はあ?な、なんだよ、体、拭くだけ、だろ」
大袈裟と言っても過言ではないくらいに友人の裸体から目を背ける蒙恬に、信はもはやからかう余裕もなく、早くしてくれと催促する。
「いや、まずは湯の準備をしなくちゃいけないだろ!?風邪引くからまだ着てた方がいい」
「あー…それも、そうかあ…」
諭されるように声を掛けられて、信はようやく納得したように頷いた。
彼女の判断力が普段以上に鈍っているのは蒙恬も察していたし、もし体調が悪くなければ自分に体を拭いてほしいなどと頼むことはなかったかもしれない。
「そ、そう。だからまずは着物を着て…」
前が開きっぱなしになっている着物を何とか着直してもらおうと思ったのだが、信は「んー」と気怠げな声を上げる。
しかし、着物の紐を再び結ぶのも億劫なようで、信は胸元を露わにしたまま静かに寝息を立て始めていた。
「し、信ッ!そんな恰好で寝るなよ!」
僅かに目を開いた蒙恬が指の隙間から、まだ彼女が半裸であるのを見つけ、慌てて声を掛ける。
一夜を共にする美女だったなら喜んでその豊満な胸に飛び込んでいたが、信は昔からの友人だ。異性を相手にするのに慣れているはずなのに、どうしていいか分からず、蒙恬は困惑していた。
秦王の見舞い
その時、背後で扉が開く音がして蒙恬は反射的に振り返った。
てっきり信の様子を見に来た医者か世話係だろうと思っていたのだが、そこにいたのは秦王嬴政であり、蒙恬は息を詰まらせてしまう。
「だ、大王様ッ!?」
慌てて拱手礼をして頭を下げるものの、今度は冷や汗が止まらなくなった。
信と嬴政は親友で、彼女のために見舞いに来たのだというのはすぐに分かったものの、こんな状況で秦王が来るとは思わなかった。
「…何をしている?」
寝台の上で半裸で眠っている信と青ざめている蒙恬を交互に見て、当然の疑問を投げかけられる。
「おっ、恐れながら!あの、これには事情が…!」
毒で弱っており、抵抗も出来ない信を襲おうとしていたと誤解されても仕方のない状況だ。
元下僕の身でありながら、信が嬴政の親友であることは秦国では広く知られている。親友が寝込みを襲われていると誤解されたら、蒙恬の首どころか、蒙一族の末裔まで処刑にされてしまうかもしれない。
蒙恬は自分の名誉と首を守るため、即座に弁明しようとした。
「おー、政じゃねえか…悪ィけど、体、拭いて、くれねえか…」
どうやら見舞い客が増えたことに気づいたらしく、信が寝台の上からか細い声を掛けた。
その言葉を聞き、嬴政は呆れたように肩を竦める。
「お前というやつは…」
それから嬴政は自らの手で、乱れている信の着物を整えてやった。
大王自らが妃でもない女性の着物を整えるなど前代未聞だろう。相変わらずの態度に、蒙恬はあんぐりと口を開けていた。
もしも信の着物を整える嬴政の姿を昌文君が見たら、きっと彼は激昂するだろう。いくら信が毒に弱っていたとしてもだ。
汗でべたつく体が気持ち悪いから拭いてほしいと訴えた信に、嬴政はこれまでの経緯を察したのだった。
「毒に蝕まれていても中身は相変わらずだな。少しだけ安心した」
肩まで布団をしっかりと掛けてやりながら、嬴政は溜息交じりに呟いた。
「んー…相変わ、らず、難しい、こと、言ってんな…」
「いくら毒を受けて弱っているからといって、そのようなことで蒙恬に面倒を掛けるな」
蒙恬は供手礼を崩さず、恐れ多いと言わんばかりに頭を下げる。
多忙な政務の合間に、親友の顔を見に来たらしい嬴政が部屋を出て行ってから、蒙恬はようやく安堵の息を吐いたのだった。
その後、様子を見に来た医者から、入浴は体力を大きく消耗することを理由に禁じられ、代わりに侍女が清拭を行うということに話が決まった。
「風呂は…?」
医者とのやり取りを聞いていなかったのか、信が蒙恬の方を見る。
「しばらくはだめだって。侍女に頼んでおくから、あとで体を拭いてもらおう」
真っ青な顔に虚ろな瞳をしたまま信が頷いたので、蒙恬はこんな状態であと二日も耐えられるのだろうかと不安を覚える。
弱気になっている様子は見られないが、体が衰弱と疲弊しているのは誰が見ても明らかだった。
毒は彼女の体を蝕んでいく一方だ。
このまま体力だけでなく気力までも落ちてしまえば、王賁は助かっても、信が犠牲になってしまうかもしれない。
二人の友人として、それだけは何としても回避したかった。
先ほど様子を見に来た医者が置いて行った食膳を見て、蒙恬は信に声を掛ける。
「信、食事にしよう?」
「んー…飯は後でいい…」
いつもなら食事と聞いたなら目を輝かせて喜ぶというのに、今の彼女は少しも食欲がないらしい。休ませてあげたい気持ちもあったのだが、少しでも体力をつけてもらいたかった。
それに、きっと今少しでも食事をさせなければ、すぐに眠りに落ちてしまうに違いない。次に目を覚ました時、今よりも毒が進行しているのは間違いないだろうし、食べさせるなら今しかないと考えた。
蒙恬は寝台の傍に椅子を引き寄せて腰を下ろすと、粥の入った器と匙を手に取った。
「…食欲がないのは分かるけど、少しでも食べて」
粥をすくった匙を信の口元に近づける。すると、信が大人しく口を開けてくれたので、蒙恬はほっと安堵した。
口の中に粥を入れると、信がもくもくと咀嚼する。噛み砕かなくても飲み込めるほど柔らかく煮込んであるのだが、たった一口の粥を飲み込むまでにかなりの時間を要した。
「信、ほら、口開けて」
「……、……」
二口目の粥を口元に運ぶが、信はなかなか口を開けない。
食べたくないと拒絶をしているのではなく、すでに瞼が半分落ちかかっており、眠気に負けそうになっているのだ。
こんなにも弱っている信を見るのは初めてのことだった。
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蒙恬の看病
蒙恬は一度食事を中断し、匙と粥を机に置いた。
ほとんど意識の糸を手放しかけている信に向き直り、彼女の耳元に顔を寄せる。思い切り息を吸い込み、
「信、起きろッ!!」
「どわあッ!?」
耳元で叫ぶと、信が飛び起きた。
「な、な、なっ、何だよっ!?」
いきなり耳元で叫ばれて、半ば強引に起こされた信は蒙恬を見上げた。
いつも薄ら笑いを浮かべ、女性たちから黄色い声援を浴びているはずの端正な顔立ちの蒙恬が、珍しく怒りを剥き出しにしていたので、信は驚いた。
「王賁を助ける代わりに信が犠牲になるなんて、俺は許さない」
「……、……」
反論する気もなくさせるほど、蒙恬は低い声でそう言い放った。顔を真っ赤に染めて、肩で息をしている蒙恬を見れば、本気で怒っているのだと分かる。
それほどまでに蒙恬が怒りを剥き出しにしているのを見るのは初めてのことだったので、信は罪悪感に襲われた。
「…悪い…」
信は力なく謝罪をすると、気まずい沈黙が二人の間に横たわる。
わざとらしく溜息を一つ吐いてから、蒙恬は椅子に腰かけ直した。粥の入った器と匙を再び手に取る。
「それじゃあ、これ全部食べるなら許してあげる」
「………」
許してもらうために条件を飲むしかない。
食欲がないのは確かだが、これ以上蒙恬を心配させるわけにはいかなかったし、王賁の回復を見届けるためにも、少しでも食べて体力をつけなくては。
頷くと、蒙恬は匙で粥をすくって信の口元に宛がった。
「ほら、口開けて」
「う…」
こんな風に人に食事を食べさせてもらった経験がなく、戸惑ってしまう。
それに、名家の嫡男ともあろう男が、元下僕である信に看病をしている姿なんて見たら、きっと従者たちは驚くだろう。
「………」
食べてくれないのかと蒙恬が切なげに見つめて来るので、信は諦めて口を開けた。ぱくりと匙を口に含み、粥を啜る。
粥はすっかり冷めていたのだが、一口飲み込んだだけでも胃が温まるような感覚があった。
ずっと食事を摂っていなかったせいで、空腹だったことを思い出したのか、もっとよこせと腹の虫が鳴る。その音を聞いた二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
信が粥を飲み込んだのを確認してから、蒙恬がすぐに二口目を差し出した。
「…なんか犬猫に餌付けしてる気分。変な感情芽生えそう」
「馬鹿、言うなよ。俺は、人間だ」
まだ少し食べたばかりだというのに、蒙恬の冗談にもちゃんと反応が出来るようになって来た。
本当ならこんな風に食べさせてもらわなくても良かったのだが、左手を上手く動かせないせいで、蒙恬の好意に甘えることにしたのだ。
こんな風に誰かに看病をしてもらうなんて、いつが最後だっただろう。
物心がついた頃にはもう親はいなかったし、下僕仲間であった漂と肩を寄せ合って生きてい
た。漂がこの世を去ってからは、天下の大将軍に一歩でも近づくために、武功を挙げるのに必死で、王賁や蒙恬に後れを取るものかと意固地になっていた。
特に王賁の前では欠点や弱みといったものを見せないように努めていた。生まれながらの身分差というものを口うるさく指摘する王賁に、これ以上馬鹿にされたくなかったのである。
共に武功を競い合う好敵手だったというのに、いつからか安心して背中を預けられる味方になり、今では肩を並べて酒を飲み交わす友人にまで関係が発展していた。
王賁を失いたくないという気持ちに嘘偽りない。
抗毒血清を作ると決めたときに、どれだけ苦しんでも王賁を救い出し、絶対に自分も生きると誓ったのに、危うく意志が揺らぎかけていた。
毒の進行によって、苦痛も比例していくことは事前に聞いていたものの、これほど辛辣なものだとは正直思わなかったのである。
蒙恬が喝を入れてくれなかったのなら、きっと今も食事を抜いて眠り続けていたことだろう。
「…王賁には、会いに行ったのか?」
なんとか粥の半分ほどを食べ終えた頃、信は思い出したように蒙恬に問いかけた。わざわざ宮廷に来たのは自分と王賁の見舞いのためだろう。
「ああ、ここに来る前に顔を見て来た」
粥を匙で掬いながら、蒙恬が失笑する。
「少なくとも、今の信よりは元気だった」
王賁の様子については医者から聞かされていたものの、蒙恬の目から見ても元気だったというなら、本当に回復へ向かっているに違いない。
「良かっ、た…」
安心するとまた瞼が重くなってくる。
「信、まだ残ってる」
まだ粥を食べ終えていないのに眠るなと叱られてしまい、信は苦笑を深めた。
自分の毒治療は王賁が治療を終えたあとだ。三人でまた酒を飲み交わす日々を夢見て、信はなんとか粥を食べ切った。
「それじゃあ、また明日も来るから」
粥を全て食べ終えてくれたことで蒙恬は安心したように微笑んだ。
「蒙、恬」
立ち上がった蒙恬を引き留めようと、信が右手を伸ばす。上手く力が入らず、彼の着物を掴むことは叶わなかったものの、用があるのかと気づいた蒙恬が顔を覗き込んでくれた。
「王賁には、薬の、ことを、言わないで、くれ」
王賁が飲んでいる抗毒血清が、百毒を受けた自分の血であることを知られたくなかった。
抗毒血清を作ると決めたのは自分の意志であり、誰に頼まれたものでもないし、決して王賁に貸しを作ったわけでもない。もちろん彼を救うために自分を犠牲にするつもりもなかった。
だが、王賁がその事実を知ればきっと憤怒するのは分かっている。こちらが何を言おうとも、王賁はきっと許してくれないだろう。彼が義理堅い男なのは、蒙恬も信も知っていた。
「…うん、わかった」
なにか蒙恬は考える素振りをみせたものの、信の気持ちを考慮して頷いて、静かに頷いてくれた。
「気をしっかり持てよ。王賁の治療が終わり次第、次はお前の番なんだ」
その言葉を聞いて、信は返事の代わりに何とか笑みを繕った。
こんなところで負けるわけにはいかないと何度も誓ったものの、蒙恬が部屋を出て行ってから結局、気持ち悪さに耐え切れず、食べ切った粥をすべて戻してしまうのだった。
五日目
その後、信は深い眠りに落ちてしまい、目を覚ますと五日目の朝を迎えていた。
この時には信の左手の感覚はほとんどなくなっており、指の曲げ伸ばしどころか、腕を持ち上げることも出来ないほど、左腕は指先まで醜く腫れ上がっていた。赤紫に腫れ上がった指はまるで人間のものとは思えず、化け物の手のようだった。
「……、……」
反対に、顔と唇はまるで死人のように血色を失っており、天井を見上げながら呼吸を繰り返すのがやっとである。
(今日で、何日目だ…?)
これまで感じたことのない強い倦怠感に、信は今日が何日目であるのか、どうして自分がここにいるのかも思考を巡らせることも億劫になっていた。
時折、瞼の裏に王賁の姿が浮かび上がる度に、信の意識は夢の世界から引き戻される。
嬴政や蒙恬とも約束したのに、こんなところでくたばる訳にはいかない。
(でも…)
しかし、信はいよいよ死の気配を察するようになっていた。
戦場で強敵と戦った時とは違う、静かに迫って来る死の気配に、信は成す術もなく、今では弱々しい呼吸を繰り返すのが精一杯である。
もしも自分の命を代償に、王賁が助かったとして、王賁がそれを知ったらどう思うだろうか。
相手に借りを作るのを良しとしない王賁のことだから、怒鳴りながら自分の亡骸をぶん殴るのではないだろうか。死者への冒涜だと化けて出た自分にも、怯えることなく掴みかかってくるかもしれない。
「…はは…」
乾いた笑いを浮かべ、信は王賁の無事を祈ることしか出来なかった。