毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)

毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)中編②

毒も過ぎれば情となる3
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/毒耐性/シリアス/野営/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

中編①はこちら

 

作戦決行前夜

桓騎が救援に来たことを趙軍に気づかれれば、間違いなく警戒を強められるだろう。彼が企てた策を成すためには、不用意にその存在を広める訳にいかない。

この拠点に桓騎がいると知っているのは、信と那貴だけだ。作戦決行まであと三日とはいえ、さすがに仲間たちに存在を隠し通すのは厳しい。

もしも見つかってしまえば飛信軍の中で大いに話が広まり、こちらの動きを警戒している趙軍にも桓騎が来たという情報が筒抜けになってしまうかもしれない。

そこでまず信は、副官である羌瘣と軍師の河了貂を呼び出し、桓騎が来ていることと、彼が知らせてくれた趙軍の動きについてを知らせた。

二人があまり桓騎の存在をよく思っていないことは知っていたのだが、案の定、桓騎がこの拠点に来たのだと告げると、二人は驚愕のあとに嫌悪の表情を浮かべたのだった。

河了貂は、桓騎の手を借りず、残して来た疎水たちや他の兵を救援に呼ぶ方法も考えたようだが、今から伝令を出したとしても撤退時には間に合わない。

現時点で今回の国境調査に連れて来た三百で趙軍に対抗するには、桓騎の策を採用する以外に対抗手段はないと諦めたのか、しぶしぶ承諾してくれた。

国境調査が終わってから、たらふく美味い飯を食わせるという約束を二人と交わして、信は桓騎から聞かされた策を告げる。
それから兵たちに桓騎が来たこと、趙軍の襲撃についてを水面下で報せ、撤退時の行動についてを指示したのだった。

しかし、それは策を成す上での自分たちの行動であり、策の全貌ではない。

桓騎は、相変わらず策の全貌を語らなかった。那貴の話によると、普段は重臣の中でも、ほんの一部の者にしか策の全貌を明かさないのだという。

信と那貴にも兵たちへの指示を告げただけで、その策がどのように趙軍を一掃するのか分からない。

桓騎が策の全貌を明かさないのは、奇策を成すために目の前のことに集中しろということなのかもしれないが、確実な勝利を手にするためには策の全貌を仲間たちで共有すべきではないのだろうか。

尋ねたところで桓騎が薄ら笑いを浮かべるばかりで答えてくれないことは分かっていたので、信は大人しく引き下がったのだが、本当に大丈夫なのだろうかという不安があった。

彼の策を信頼していないわけではないのだが、本当にあの指示通り・・・・・・に動くことで、趙軍の襲撃を回避出来るのか、先の見えない不安に駆られてしまう。

…その後、桓騎といえば特に策を成すために何かするわけでもなく、時々ふらっと姿を消すこともあったが、ほとんど信の天幕に入り浸っていた。

 

 

作戦決行を控えた二日目の夜。
信が見張りを終えて戻って来ると、桓騎はその体を腕の中に抱き寄せて眠り始めた。

きっと信が不在の間も、天幕で眠っていたのだろうに、まるで冬眠する熊のように桓騎は眠り続けている。

「…お前よくそんなに寝てられんな」

呆れ顔で、信は目の前にある桓騎の寝顔に語り掛けた。
話を聞くと、信が居ない間にも眠っているらしい。それほどまで惰眠を貪っているくせに、よく眠り続けられるものだと感心してしまう。

普段は眠りが浅くて寝酒が欠かせないと話していたくせに、こんな寒い地の、しかも普段使っているものとは正反対の固い寝床で眠る桓騎に信は驚いていた。

寝惚けているのか寝たふりをしているのか、信のことを抱き締めながら、桓騎の手が胸に伸びたり足の間に伸びたりすることもあった。その度に信が頭突きをして抵抗したので未遂で済んだものの、本当に人目を気にしない男である。

(…いよいよ明日か)

桓騎の腕の中で、信は明朝の作戦決行のことを考えていた。

もしも桓騎が来てくれなかったなら、国境調査を終えてようやく帰宅出来ることに安心して、今頃は仲間たちに労いの言葉を掛けて回っていただろう。そして撤退時に趙軍の襲撃を受け、もしかしたら壊滅させられていたかもしれない。

向こうもそのつもりで身を隠していたのだから、こちらが気づかないのも当然といえばそうなのだが、もしも壊滅したとなればそれは将の責だ。

この辺り一帯に夾竹桃が栽植されていたことから、自分たちがこの地を拠点にすることも見抜かれており、すでに趙軍が手を打っていたことに気づけなかった自分の力量不足を信は恨んだ。

 

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追憶

三日後の明朝。信は緊張のせいか、朝陽が昇る前に目を覚ました。冬が近いせいか、朝陽が昇るのは遅い。

戦時中であれば、体を休ませるためにすぐに眠りに落ちるのだが、今はそうではない。

桓騎は相変わらず信のことを湯たんぽか抱き枕だと思っているのか、両腕でしっかりと抱き締めたまま寝息を立てている。

普段、信でさえ桓騎の寝顔を見るのは珍しいというのに、桓騎がここに来て三日間、信はよく彼の寝顔を見ていた。

いつもは桓騎の方が先に目を覚ますのだが、趙軍の襲撃が迫っていると聞かされた信は緊張のあまり、目が冴えるようになっていた。

(こいつは本当に呑気だな)

この男には緊張感という人間の感情が欠落しているのではないだろうか。オギコとは違った能天気さに満ちている。

…桓騎には失敗や敗北といった恐れが存在していないのだ。だからこそ、戦の前でも、今日のような作戦決行前でも、余裕でいられるのだろう。

信は前線で敵兵を薙ぎ払うが、桓騎は後方で指揮を執ることが多い。養父である王騎が、将には本能型と知略型の二種があると話していたように、自分たちは種が異なる。

出会ったばかりの頃は、自分たちは平行線のように決して交わることはないと思うほど、険悪の仲だったというのに、毒という奇妙な共通点によって交わることが出来た。

きっとその共通点がなければ、桓騎という男の本質を理解しようと思わなかっただろう。

 

 

(毒がきっかけなんて、本当に変な縁だ)

桓騎の寝顔を見つめながら、初めて出会った日――親友に頼まれた桓騎軍の素行調査――のことを思い返し、信は思わず口角をつり上げる。

あの時は潜入調査だったというのに、あっさりと桓騎に気づかれてしまい、鴆酒でもてなされた。

桓騎は信に毒の耐性があることを知らずに毒酒を出したようだが、そんな事情は知らず、信は鴆酒を堪能していた。

初めて飲んだ美酒に気分を良くした信だったが、毒の耐性があることを告げた覚えはないのに、なぜ毒酒を振る舞ったのかと考えた時、桓騎は自分を苦しませる目的で毒酒を差し出したのだと気づき、信は憤怒した。

綺麗に毒酒を飲み干してから怒り始めた信に、桓騎は高らかに笑った。

噂で聞いていたように、残虐極まりない男だとばかり思っていたのに、その笑顔を見た途端、信の中で桓騎に対する印象が少しだけ変わった。

そして桓騎の方も、自分と同じように毒に対する共通点を持つ信に興味を抱いてくれたようだった。

毒酒や毒料理の味を分かち合える人物がいたのが嬉しかったのか、それから桓騎は信を屋敷に呼び出すようになり、必然的に二人で会う機会が増えていった。

酒が入れば酔いのおかげで話は盛り上がるし(桓騎が酔うことは滅多にないが)、毒料理の感想を言い合ったり、毒酒を製造している酒蔵の情報を共有し合う良い関係を築いていたと思う。

もしも桓騎と、毒に耐性という共通点がなかったら、互いに興味を抱くことはなかっただろうし、そして今のこの状況下で桓騎が来ることはなかっただろう。

救援という言葉は使わなかったが、桓騎が来てくれなかったら、今日という日に趙軍の襲撃を受けて、全員が命を失っていたかもしれない。

(…帰ったら、毒酒で乾杯だな)

無事に帰還して、また共に毒酒を飲み交わそうと、信は桓騎の寝顔を見つめながら心に語り掛けた。

 

出立前

信が微笑を浮かべたことに反応するように、桓騎の瞼が鈍く動いた。

ゆっくりと瞼を持ち上げていき、まだ眠気の引き摺っているとろんとした瞳と視線が交じり合う。

桓騎の寝顔を見るのが珍しいなら、寝起きのぼんやりとした顔を見るのも珍しいことだった。

「………」

睡魔に耐え切れなかったのか、桓騎が瞼を下ろしたので、信が慌てて彼の肩を揺すった。

「おっ、おい、寝てる場合じゃないだろ!」

趙軍の襲撃に備えなくてはいけないというのに、桓騎はまるで屋敷にいるかのような寛ぎぶりを見せている。

「…まだ時間がある。黙って寝かせろよ」

眠い目を擦りながら、桓騎が信の体を抱き締め直す。
彼が眠いと訴えるのも、二度寝をしようとする姿を見るのも、そういえば初めてかもしれない。

しかし状況が状況だ。安易に二度寝を許すわけにはいかなかった。

「おい、放せって。帰ってから好きなだけ寝れば良いだろ」

腕の中から抜け出そうとすると、信のせいで睡魔が消え去ったのか、桓騎が煩わしそうに顔をしかめた。

「好きなだけ?」

確認するように顔を覗き込んで来たので、信は頷いた。

「ああ。無事に帰還出来りゃ、どんだけ寝ようがお前の自由だろ」

そのために、何としても今日は趙軍の襲撃を振り切って撤退しなくてはならない。
信の言葉を聞いた桓騎は納得したように頷いた。

「…なら、何が何でも帰還しねえとな?」

急にやる気を見せた桓騎に、普段の信なら何か企んでいるに違いないと警戒するのだが、趙軍の襲撃のことで頭がいっぱいになっている今の彼女にはそんなことを考える余裕はなかった。

 

 

その後、信は桓騎の指示通りに撤退の指揮を行った。

事前に指示していた通りに、兵たちは趙軍の襲撃に警戒しつつ、撤退のために荷をまとめ始める。

襲撃があると分かっているのなら、荷を捨てて早々に撤退した方が良いのではないかと桓騎に提案したのだが、承諾されなかった。

襲撃を回避出来たとしても、ここから咸陽までの道のりは遠い。冷え込みが激しくなっている中で、十分な備えがないまま野営生活を続ければ、帰還中に余計な犠牲が出てしまう。物資の供給はあるとはいえ、届くまでには時間がかかるし、備えはあった方が良い。

かといって、こちらが撤退を決めていた今日よりも早い日に、荷を纏めて撤退準備を行えば、襲撃計画に気づいたと教えるようなものだ。そうなれば趙軍も飛信軍を逃がすまいとして、遠慮なく襲撃して来ることだろう。

だからこそ、桓騎は趙軍の襲撃計画を知りつつも、今日という日まで信たちに撤退を促さなかったのである。

「はあ…」

国境調査の目的でいるこちらは兵力も武器の備えも十分ではない。少しの犠牲を出さぬよう努めなくてはと、信は目を覚ました時から気が重かった。

しかし、嘆いてばかりもいられない。自分が弱気になっていれば、それは兵の士気にも自然と影響してしまう。養父にも幾度となく教わったことだ。

信は両腕を伸ばしながら、朝の冷え込んだ空気を存分に胸いっぱいに吸い込んだ。

「うおッ!」

息を吐こうとした途端、背後から二本の腕に抱き締められる。振り返ると、支度を終えた桓騎が信の体を抱き締めていた。

「むぐぐっ」

他の兵たちの目もあるのに、何をするんだと腕の中から抜け出そうとした途端、口の中に異物が突っ込まれる。それが桓騎の指だと気づいた信は驚愕し、くぐもった悲鳴を上げた。

「むぅーっ!」

桓騎は信の口に咥えさせた指に唾液を絡ませ、二本の指で舌を挟んだり、舌や口の中の感触をしばらく楽しんでいるようだった。いい加減にしろと思い切り噛みつくと、ようやく指を離してくれた。

「な、なにすんだよッ!」

顔を真っ赤にして桓騎を睨みつけるが、彼は朗らかな微笑を浮かべており、信の怒りなど気にしていないようだった。

指には綺麗に歯形が刻まれていたが、痛がっている様子はない。
それどころか、唾液に塗れて歯形の残るその指を頭上に掲げて、愛おしげに見つめているので、とても気味が悪かった。

 

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作戦決行

それから、撤退の準備が七割方進んだところで、崖の方から雄叫びが聞こえ、信は弾かれたように顔を上げた。

(来た!)

目を凝らすと、それは桓騎の予想通り、崖を昇って来た趙軍の襲撃であった。

兵力差はまだ明らかになっていないが、次から次へと崖を昇って来る兵たちの数を見れば、こちらの倍近くはありそうだ。

「後ろは振り返んじゃねえ!撤退だ!」

全員に声をかけ、信は馬を走らせた。兵たちを先導するために、ただひたすら信は前を走る。

後方の指揮は副官の羌瘣に任せている。荷を纏めていた兵たちが逃げ遅れないよう、彼女に援護を頼んでおり、安心して背中を任せられた。

「退くぞ!」

背後から迫りくる趙軍が弓矢を使わないことも桓騎の予想通りだった。

趙軍は崖を昇って来てから襲撃を開始するため、兵たちは複数の武器を所持出来ない。
かといって、弓兵だけに攻撃を任せれば、少人数でも接近戦に強い飛信軍の反撃を受けることになりかねない。それは趙軍が飛信軍を警戒している何よりの証拠だ。

そしてこちらの兵力が三百であることも事前に知られているのなら、数で潰しに来るだろう。よって、三百以上の兵が崖を昇って来ることも桓騎は予想していた。

事前に襲撃を知らされたおかげで、冷静に撤退を行うことができ、背後から迫りくる趙軍との距離が開いた。
もしも趙軍の襲撃を知らずにいたのなら、撤退も出来ないどころか、あっという間に壊滅させられていただろう。

趙軍は崖を昇るために馬を使えず、歩兵だけで構成されている。
対して、飛信軍も歩兵が中心だ。信や羌瘣たちは馬を使っているが、他の馬といえば荷を運ばせる馬車馬が十頭だけ。馬車馬は軍馬としての調教を受けておらず、速度は出せない。

よって、こちらは趙軍に追いつかれぬように、兵たちを前進させるしか方法はなかった。

 

毒も過ぎれば情となる 図2

「信!本当にこれで良いんだよなッ!?」

隣に馬を寄せて来た河了貂が必死な形相で問いかけて来る。桓騎の指示を告げた時、軍師である河了貂も不安な表情を見せていた。

桓騎が奇策を成そうとしているのは河了貂も信も分かっていたが、なにせ彼は策の全貌を明らかにしないので、飛信軍に指示した行動にもどのような意味があるのか、この場にいる全員が理解していないのである。

しかし、後方から迫りくる趙軍の襲撃は激しく、追いつかれて交戦が始まれば大きな被害を受けることになる。それこそ桓騎が予測していた通りに、壊滅という結果に追い込まれるだろう。

手綱を握り締め直した信は、向かい風に顔をしかめながら、力強く頷いた。

「桓騎を信じるしかねえ!あいつの言う通りにしてりゃあ、どうせ全部上手くいく!」

夾竹桃が生い茂る森を走りながら、後方では趙軍の兵たちが列を作り始めていた。多くの木々が道を阻むので、森の中を突き切るためには同じ道を通らなくてはならない。

「走れッ!」

信は声を大にして叫び、兵たちを急がせた。まるで信の指示に連動するかのように、強い向かい風が吹き上げる。

その瞬間、視界の端に赤い何かが横切ったのを、信ははっきりと見たのだった。

 

策の詳細

…桓騎がこの拠点に訪れた三日前の夜、信は真剣な顔で、桓騎の駒として動くことを決めた。

「俺は何をすればいい」

真剣な表情で指示を仰ぐと、桓騎はゆっくりと口を開いた。

何もしなくていい・・・・・・・・

「…はっ?」

信と那貴は大口を開けて桓騎を見た。二人が間抜け面を並べていることに桓騎が相変わらずあの意地悪な笑みを浮かべる。

策を成すにあたっては、敵を誘導したり、ある程度の敵の戦力を削いだり、囮役として引き際を見定めるなど、さまざまな行動がある。

しかし、桓騎が信に告げたのは何もせず、撤退に集中しろという命令だった。それのどこが策なのだろうか。

「い、意味わかんねえよ!分かるように説明しろ!」

納得出来ないと食い下がる信に、桓騎は呆れたように肩を竦めた。

「お前らは何もしないで撤退するだけだ。これ以上分かりやすい説明があるか?」

「逃げるだけかよ!?」

「そうだ」

「~~~っ…」

あっさりと桓騎が肯定したので、信はそれ以上尋問する気を失った。

納得したのではなく、これ以上何を言おうとも、桓騎が策の全貌を明かすことはないと理解したからだ。

那貴は桓騎との付き合いが長いせいか、信よりも早いうちに桓騎の言葉を吞み込んだようだった。
しかし、信は桓騎の策の全貌どころか、指示の意図が分からず、不安が募ってしまう。

桓騎の指示は、奇策を成すために必要な行動なのかもしれない。しかし、それだけで背後から迫り来る趙軍を撒けるとは思えなかった。

もしかしたら奇策など初めから考えておらず、潔く撤退に集中しろということなのだろうか。いや、桓騎に限ってそれはないだろう。考えもなしに動くような男ではない。

しかし、趙軍にこちらの行動が筒抜けである以上は、なにか対抗策を講じない限り、壊滅させられてしまうかもしれない。

桓騎が考案した対抗策が何なのか分からず、しかし、どれだけ食い下がっても桓騎が策の全貌を明かすことはなかった。

 

桓騎の策

兵たちに振り返るなと指示を出しておきながら、視界の端を横切った赤いものの正体を探るために、信は振り返ってしまう。

続けて、風を切るような音が幾度も聞こえ、赤いそれがまた信の視界の端を横切った。

「な、なんだ…?」

河了貂も信も手綱を引いて馬を止めてしまい、状況を把握しようと辺りを見渡している。
後方から迫りくる趙軍たちの雄叫びが、悲鳴に変わったのはその時だった。

殿しんがりを務めていた羌瘣や最終尾の歩兵たちを守るように、広い範囲で炎の壁が出来上がっていたのである。

「火の手が上がった!?」

こちらは反撃することなく、ただ撤退に集中しろという桓騎の指示を守っていただけだというのに、趙軍の行く手を阻もうと燃え盛る炎に信は愕然とした。

「あっ、信!あそこ!」

河了貂が指差す方に視線を向けると、桓騎と彼の背後にいる兵たちが火矢を構え、趙軍に向かって放っている姿が見えた。
桓騎と反対の方向には、同じように趙軍に火矢を放っている那貴の姿があった。

 

毒も過ぎれば情となる 図3
桓騎も那貴も、少人数の兵を連れている。策を決行するにあたり、数名の兵を同行させるというのは聞いていたが、合わせて二十程度のかなりの少人数の部隊だ。

たかがその人数で火矢を放っただけで、ここまで炎が燃え広がるなんて思いもしなかった。
事前に火矢を放つ場所に油を敷いていたのかと思ったが、油の匂いはしなかった。

それに、馬や歩兵たちの足を滑らせる原因にもなりかねないことから、飛信軍の撤退を阻害することに成り兼ねない。恐らく、油は使用していないだろう。

では、なぜここまで炎が燃え盛ったのか。

「うおっ!?」

信の疑問に答えるかのように、強い向かい風が吹くと、風下にいる趙軍たちに大きな炎が襲い掛かる。
どうやら風向きが味方をしたことで、趙軍たちを炎で足止めをすることが叶ったようだ。

(まさか、桓騎の野郎…!)

撤退準備を始める前に、桓騎が後ろから抱き締めて来て、自分の口の中に指を入れて来た不可解な行動を思い出す。

唾液で湿らせた指を翳していたのは、風向きを確かめるため・・・・・・・・・・だったのだ。自分の指でも確かめられるだろうに、信は腹立たしくなる。

風に煽られてたちまち炎が大きくなっていき、道を阻まれた趙軍が迂回しようとする動きが見えた。

再び風が吹き、燃え盛る炎がますます激しくなる。風向きを味方につけられなかったら、この策は成り立たなかっただろう。桓騎のことだから別の策も用意していただろうが。

「急げ!」

趙軍が迂回する隙を突き、自軍に撤退を急がせる。指示を出してから、信は思わず目を見開いた。

炎に阻まれた兵たちが次々と倒れていく姿が見えたのである。

 

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桓騎の策 その二

挟撃するように火矢を放った桓騎と那貴の姿はもう見えなくなっており、足止めをした趙軍を追撃している訳ではないらしい。
火の手は大きく、追撃するよりも避難した方が良いと判断したのだろうか。

だが、避難を優先したのなら、どうして彼らの姿が見えないのだろう。信の胸に不安が湧き上がり、思わず馬を止めてしまった。

「信ッ!何してんだよ!早く行くぞ!」

桓騎と那貴の姿を探す信の背中に、河了貂が怒号を浴びせる。
はっと我に返った時、後方で兵たちの援護をしていた羌瘣がちょうど戻って来た。彼女がここまで来たということは、趙軍から距離を取れたということだ。

「那貴と桓騎を見たか?」

いや、と羌瘣が首を横に振る。それから彼女は燃え盛る炎に視線を向けながら、捲くし立てるように言葉を続けた。

「夾竹桃の毒煙で趙軍は追って来れない。風向きが変わると、こちらも被害を受けるかもしれないから急いで撤退するぞ」

その言葉を聞き、信と河了貂は顔を見合わせた。
この周囲一帯に生えている夾竹桃の特徴は、燃やすと強力な毒煙を発生させる・・・・・・・・・・・・・・・ことだと思い出した。

「ほんとに…全部、上手くいった…」

これが桓騎の策の全貌だったのだと気づき、信はもちろん、河了貂も呆然としていた。

趙軍の襲撃を予想した桓騎は、那貴と共に趙軍を挟撃するように火矢を放った。風向きが味方し、さらには燃え盛る夾竹桃の毒煙によって趙軍の動きを完全に封じる。

―――お前らは何もしないで撤退するだけだ。これ以上分かりやすい説明があるか?

桓騎が自分たちに命じたのは、撤退に集中することだけ。
それに加えて、風向きと地の利を生かした桓騎の策によって、趙軍の襲撃を逃れることが出来た。

振り返っても、趙軍がこちらを追い掛けて来る様子はない。きっと夾竹桃の毒煙によって身動きが取れなくなり、迂回することも撤退することも出来なくなったのだろう。

夾竹桃の毒煙が強力であることは那貴から聞いていたし、あれだけ広範囲に火の手が上がり、周辺の夾竹桃を燃やし尽くしたとなれば、ほとんどの兵が毒煙を浴びたに違いない。
風によって毒煙が蔓延し、後方にいた兵たちも逃れられなかったはずだ。

…つまり、趙軍は桓騎の策により、ほぼ壊滅状態に陥ったと言っても過言ではないだろう。

 

 

「な、なんとか、逃げ切ったな…」

しばらく走り続け、趙軍が追って来ないのを確認した河了貂はようやく安堵の息を吐いた。

「あ、那貴たちもいたぞ!」

少し遅れて後方に那貴と桓騎、それから数名の兵たちの姿が見えた。彼らも無事に撤退出来たらしい。

もしかしたら夾竹桃の毒煙に巻き込まれないように、火矢を放ったあと、迂回して撤退をしていたのかもしれない。

特に怪我を負っている様子もなく、馬を走らせている二人の姿を確認した信も、ほっと胸を撫で下ろした。

「…信?」

信が安堵の表情ではなく、憂いの表情を浮かべたことにいち早く気づいた羌瘣が心配そうに声を掛けてくれる。

「いや、何でもねえよ。とっとと帰ろうぜ」

…結果だけ見れば、趙軍の襲撃を回避しただけでなく、地の利を生かした策で反撃し、壊滅状態に追いやった。桓騎の武功はきっと高く評価されることだろう。

もしも桓騎が来てくれなかったら、きっと自分たちが趙軍によって壊滅させられていたのだと思うと、やはりやるせない気持ちに襲われてしまう。

 

勝利

火矢を放った後、那貴は桓騎の指示通りにすぐさま迂回して、その場を離れた。風向きは趙軍の方に向いているとはいえ、夾竹桃の毒煙を吸い込めば身動きが取れなくなる。

趙軍の兵たちは毒煙のせいで、悲鳴を上げることも出来ず、身動きが取れないまま、そのほとんどが燃え盛る炎に飲み込まれていった。
炎に呑まれなかった後方の兵たちも、風に乗った毒煙で苦しんでいるに違いない。

あれだけ炎が上がったのは、風向きを味方につけただけではない。
飛信軍が行動している日中は、この周辺に敵兵が来ないことを知った上で、火矢を放つ場所の偵察と、火種の準備をしていたのだ。

飛信軍が撤退するためにこの道を通ることも、追い掛けて来る趙軍が、木々で阻まれた道を進むために、左右に広がらずに縦に列を作って進むことも想定した上で、桓騎は今回の策を企てた。

火種になる水分が抜けた枯葉を集め、それを火矢の的代わりに設置していたのも今日という日のためだ。
大きな火の手が上がれば、十分に趙軍の足止めは出来る。

風向きが味方しなかった時にはまた別の策で、さらなる足止めを考えていたに違いないが、どちらにせよ桓騎を敵に回した時点で、趙軍に勝機はなかったのである。

「…よし、俺たちも撤退だな」

那貴は趙軍の追撃がないことを確認し、毒煙を浴びないよう注意しながら森の中を大きく迂回し、撤退した飛信軍を追い掛けた。
前方には先に撤退を始めていた桓騎と兵たちの姿があった。

(さすがお頭だ)

襲撃を回避するどころか、地の利を生かして逆に趙軍を壊滅に追いやった桓騎には感服してしまう。

国境調査の名目で秦軍がこの地に拠点を作ると想定し、事前に夾竹桃を栽植していた此度の趙軍の策は、桓騎ほどの知将でなければ見抜けなかったに違いない。

さらに言えば、桓騎が信のことを気に掛けていなかったら、飛信軍は今頃壊滅していただろう。
夾竹桃の知識を持っていた那貴がいなければ、もっと早い段階で襲撃を受けて壊滅されていたかもしれない。

「…お頭、一つ聞いても良いスか?」

那貴は桓騎の隣に馬をつけると、にやりと笑みを浮かべながら問いかけた。

「聞き過ぎだ。次から金取るぞ」

今回はまだ支払わなくていいらしいので、遠慮なく問いかける。

「俺が飛信軍に行くのを許可したのって、今回みたいな危険を回避させるためだったんですか?」

手綱を握り締め、那貴は桓騎の瞳をじっと見据えながら尋ねた。

「…は?お前が勝手に抜けたんだろうが」

「ははっ」

その返答は予想していたものの、那貴は笑わずにいられなかった。

以前、那貴が桓騎軍を抜けるに当たっては、桓騎の重臣である雷土たちからかなりの罵声を浴びせられたものだが、桓騎だけは違った。

軍を抜ける理由だけを問い、それきり那貴から興味を失くしたようだった。
敵の背中は容赦なく斬り捨てるくせに、自らの意志で去っていく仲間は決して追い掛けない。桓騎とはそういう男だ。

きっと那貴がどんな理由を告げたとしても、桓騎は引き留めることはしなかっただろう。

野盗時代からの付き合いだというのに、引き留めてくれなかったことを悲しんでいる訳ではないが、素直に飛信軍へ行かせてくれた理由がずっと気がかりだった。

 

 

「昔より、今のお頭の方が人間味があって良いっすね」

「昔は化け物だったみたいに言うな」

苛立っているような声色に聞こえるが、桓騎の表情には微笑が浮かんでいた。

彼の視線の先を追い掛けると、信の姿があった。河了貂と羌瘣に先導と指揮を任せているのか、馬を止めて、どうやら自分たちのことを待ってくれていたらしい。

信を見据える桓騎の瞳が、今まで見たことのない柔らかな色を宿していることに那貴は気づいていた。それだけ桓騎の中で、信という存在は深く根強いていることも。
そして信の方も、今では桓騎が欠かせない存在になっている。

毒の耐性という奇妙な共通点から、今や誰が見ても相思相愛である二人だが(信はなぜか桓騎との関係を隠し通せている気になっているようだが)、これほどまでに桓騎が一人の女に興味を示す姿は初めてのことだった。

それも、単騎で危機に駆け付けるどころか、無償で策まで講じるなんて、那貴の知っている桓騎はそんな面倒なことを絶対にしなかったはずだ。

だからこそ、気になることがある。

もしも、信が自らの意志で桓騎の元を去るとしたら、その時はどうするのだろう。自分が軍を抜けると言った時と同じように、理由だけを尋ねて、興味を失くすのだろうか。

桓騎が何者かを引き留める姿を一度たりとも見たことがなく、そんな姿を想像出来なかった那貴はほんの好奇心で問いかけてみた。

「…もし、信がお頭から離れるって言ったら、その時はどうするんです?」

信の名前に反応したのか、一瞬だけ桓騎の瞳の色が変わったような気がした。
しかし、それがなんの感情だったのか、はたまた動揺だったのか、那貴には分からない。

手綱を引いて馬を止めた桓騎は、凄むような目つきで那貴を見据えた。

「俺は気に入った女は逃がさない主義だ」

どのような返答が来ても驚くまいと思っていたのだが、まさか執着じみた答えが来るとは思わず、那貴はぽかんと口を開けた。

桓騎の瞳や声色から、それが決して冗談ではないと分かる。

いつも女から追われる側である桓騎が、初めて追う側に立つという。今回の彼の行動だけでも驚くべきことだが、これは相当な執着を感じさせた。

信に限って、自らの意志で桓騎から離れるようなことや、彼以外の男を選ぶことはないだろうが、そんな日が来ないように願うばかりだった。

「随分と信に毒されて・・・・ますね、お頭」

信と桓騎にとって、毒という言葉は決して悪しきものではない。むしろ、毒の耐性という奇妙な共通点こそが、二人を固く繋ぎ止めているものである。

二人にとって毒こそが強い絆であり、好敵手や友情という関係性を示すものでもあり、愛情であると言っても過言ではないだろう。

「そこらの毒なんかと比べ物にならないくらいにはな」

那貴の言葉に、桓騎は微笑を浮かべたまま、再び馬を走らせた。

 

帰還

趙軍の襲撃を回避した後、飛信軍は咸陽への帰還を行った。
必要な物資の撤収もしていたので、帰還中の野営でも冷え込みに対しての対策が出来たし、誰一人として犠牲を出さずに帰還することが叶ったのである。

無事に咸陽に到着した頃、桓騎が不意に馬を止めたので、信はどうしたと振り返った。

「俺は先に帰るぜ」

「え?」

国境調査の報告と合わせて、此度の趙軍の襲撃についても報告しなくてはと考えていたのだが、てっきり桓騎も一緒に報告をしてくれると思っていたので、信は驚いた。

「屋敷を無断で留守にしてたのがバレたら軍法会議モンだろ。頭の固いクソジジイ共の小言を聞くのは面倒だからな」

「あー…」

そう言われて、信は納得したように頷いた。

将が屋敷を長い間不在にするのは重大な過失である。
いつ何時も戦の気配があればすぐに駆け付けられるよう、断りもなく屋敷を留守にすることは許されない。

戦に遅れるということは国の存亡にも関わるため、軍法会議に掛けられて罰則を科されることになるほど重罪なのだ。
桓騎が一人で拠点に訪れた時に、信が激怒したのにはそういった理由も含まれていた。

「大丈夫なのかよ。もし不在にしてたのがバレたら…!」

「当たり前だろ。なんのために雷土や摩論たちを残して来たと思ってる」

その言葉を聞き、桓騎がたった一人でやって来たのは、重臣たちを残しておくことで、桓騎が不在であることを誤魔化すためだったのだと気が付いた。

桓騎軍の素行の悪さに関しては、叱責したところで改善されるものではないと分かっているのだが、気づかれなければ何をやっても良いという認識だけは改めてもらいたいものだ。

しかし、今回に限っては桓騎が救援に来てくれなければ、飛信軍は彼の読み通りに壊滅していただろう。

 

 

「総司令への報告は上手くやれよ」

じゃあな、と桓騎が飛信軍の列を外れて、屋敷の方へ馬を向かわせる。そういえば此度の救援の礼をまだ伝えていなかったことを思い出した。

「桓騎!」

呼び止めると、桓騎が馬を止めて、ゆっくりとこちらを振り返る。

「その、…お前のお陰で、助かった…」

不在にしていたことを咎めた手前、少し照れ臭くなってしまった信は、桓騎と目を合わせないで感謝を告げた。

「ん?声が小さくてよく聞こえねえな?」

絶対に聞こえているだろうに、桓騎がこちらの羞恥を煽るような嫌な笑みを繕って聞き返して来る。

こういうところがとことん嫌いだと思いながらも、信は隔てりを埋めるように馬を近づけて、桓騎の目前まで近づく。口元には自然と笑みが浮かんでいた。

「感謝してるって言ったんだよ!」

今度は聞き返されないように大声で感謝を伝えるものの、桓騎のことだからきっとまた違うやり方でからかわれると思い、信は反射的に身構えた。

「…え?」

しかし、予想に反して、桓騎は信の頭を撫でて来たのである。

てっきりまたからかわれると思い込んでいたので、壊れものでも扱うようなその優しい手つきに、信は呆気に取られてしまった。

「なら、国境調査の報告を終わらせたら、とっとと来い。俺が飽きるまで付き合えよ。それでチャラだ」

心地良い低い声で囁かれ、信は無意識のうちに頷いていた。

彼女の返事に満足したように微笑んだ桓騎は馬の横腹を蹴りつけ、馬を走らせる。

遠ざかっていく桓騎の背中を見つめていると、背後から河了貂と羌瘣から視線を向けられていることに気づき、信は何事もなかったかのように前を向き直して、宮廷への帰路を急いだ。

そのせいで、信は桓騎が跨っている馬に謎の荷・・・が積まれていることと、彼を追うように少人数の部隊・・・・・・が後ろをついていったことに気づけなかったのである。

 

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