毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)

毒も過ぎれば情となる(桓騎×信)中編①

毒も過ぎれば情となる2
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  • ※信の設定が特殊です。
  • 女体化・王騎と摎の娘・めちゃ強・将軍ポジション(飛信軍)になってます。
  • 一人称や口調は変わらずですが、年齢とかその辺は都合の良いように合わせてます。
  • 桓騎×信/毒耐性/ギャグ寄り/野営/IF話/All rights reserved.

苦手な方は閲覧をお控え下さい。

前編はこちら

 

恋人の来訪

目を白黒させながら、信は必死に桓騎の腕の中でもがいていた。

仲間たちが信の悲鳴を聞いて駆け付けぬように、桓騎はずっと彼女の口に蓋をしたままだし、反対の手は着物の中で好きに動いている。

まさかこんなところで恋人に寝込みを襲われるだなんて誰が想像出来ただろう。

桓騎と体を重ねることは嫌いではないが、だからと言ってどんな状況であってもそれが許されるわけではない。
そもそもどうして彼がここにいるのだろうか。

「んー!んうーッ!!」

「いってーな」

口に蓋をする手に噛みつくと、桓騎は痛みに手を離した。その隙を逃さず、彼の腕を振り解いて立ち上がり、秦王から授かった剣の切っ先を突き付ける。

「な、なな、何しやがんだッ!?」

動揺のあまり、切っ先がぐらぐらと揺れ、狙いが少しも定まらない。本当に傷つけるつもりはないのだが、一先ずは距離を取って心を落ち着かせたかった。

くっきりと歯型が刻まれて、わずかに血が滲んでいる手の平を不機嫌に見下ろしながら、桓騎もゆっくりと立ち上がる。
これ以上彼がこちらへ近づかないように剣を突き付けながら、一定の距離を保っていたが、未だ信の混乱は解けずにいた。

(なんで桓騎がここに!?)

幻かと思ったが、本当に目の前に桓騎がいるのだ。しっかりと二本足で立っているし、何より自分の体に触れていたのだから、絶対に幻の類ではない。

「…お頭自ら来たってことは、やっぱりそういうことっスか?」

「ぎゃあッ!?」

気配もなく、いつの間にか那貴が二人のすぐ傍に立っていて、信は悲鳴を上げて飛び退いた。

まるで桓騎が来るのを予想していた・・・・・・・・・・・・・かのような発言だったが、そんなことには気づかず、信は片手で剣を構えたまま、反対の手で乱れた着物を整える。

慌てふためく信に一瞥もくれず、那貴は桓騎が質問に答えるのを待っているようだった。

「…趙の宰相に好き勝手させるのは癪だからな」

肩を竦めるようにして、桓騎が笑った。

桓騎が、趙の宰相――李牧――の存在を口に出したことに、信の口角が引きつってしまう。

数年前の秦趙同盟の際、信は李牧と一夜の過ちを犯してしまい、それからというものの、李牧の名前を聞く度に、信はあの夜のことを思い出すようになっていた。

撤退命令に不安を覚えた河了貂が、李牧のことを話していた時もそうだった。

元はといえば、あれは呂不韋の姑息な企みによる暗殺計画で、信も李牧を助けたことに後悔などしていないのだが、そのあとのことは不可抗力だったと主張できる。

暗殺に使用されるはずだった鴆酒を奪い、全て飲み干したのは確かに自分だ。しかし、副作用は自分の意志一つでどうこうできるものではない。

翌朝になってから李牧と一夜を過ごしたことを激しく責め立てた桓騎も、こちらの言い分も聞いてから判断するべきだったと思う。

どうやら未だに桓騎はその時のことを根に持っているようで、いつも余裕を繕っているだけで、案外嫉妬深い男なのだという新たな一面を知るのだった。

 

このシリーズの番外編①(李牧×信)はこちら

 

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ようやく鼓動が落ち着いてから、信は咳払いをして桓騎に向き直った。

「色々と聞きたいことはあるけどよ…なんでお前がここにいるんだ?」

軍の総司令官を務める昌平君の指示でやって来たわけではないのは確かだろう。昌平君から撤退するように飛信軍に指示が出ていたのだから、桓騎軍を向かわせるはずがない。

しかし、桓騎の口から李牧の名前が出たことや、彼がここにやって来たということは、もしかしたら独自に戦の気配を嗅ぎつけたのかもしれない。

那貴が険しい表情を浮かべて、桓騎の返答を待っている。瞬き一つ見逃すまいとしているのは、桓騎の思考を読み取ろうとしているのだろうか。

「たまには一人で馬を走らせたかっただけだ」

しかし、桓騎は本当に散歩でもしていたような、軽い口調で答えたのだった。

散歩と呼べる距離でもないし、敵国との国境は遠乗りに選ぶ地でもない。そこで信は桓騎が一人・・と言った言葉に思わず大口を開けた。

「…お前、まさか一人でここまで来たのかッ!?」

てっきり重臣たちを引き連れて軍を動かしたのかと思っていたが、そういえば大勢の軍馬が移動するような地響きは感じなかった。もしも大勢が近づいて来たのなら、すぐに気配を察知出来たはずだ。

しかし、秦の大将軍の一人という立場で、護衛も連れずに単騎でここまでやって来たという桓騎の独断に、信はこめかみに青筋を立てた。

「一人で来るなんて危険なことすんなよ!」

どうやら単騎でやって来たことに信が腹を立てるのは予見していたのか、桓騎はふんと鼻で笑う。

「ガキじゃねえんだ。別に問題ねェだろ」

「なんかあったらどうするんだよ!」

「何もなかったからここにいるんだろうが」

売り言葉に買い言葉だ。
確かに怪我一つなく、ここまで到着したのだから、桓騎の言葉は事実なのだが、それでも納得いかないと信は食い下がる。
軍の秩序を乱したと高官たちから責められるのは、他でもない桓騎自身なのだから。

「まあまあ、それは後で良いだろ」

ケンカの火が大きくなろうとしていることを察した那貴が穏やかに二人の間に入った。

感情論を訴える信と正論を突き付ける桓騎の喧嘩は誰かが間に入るか、返す言葉をなくした信が「もういい!」と怒鳴って喧嘩の舞台から降りるか、激昂のあまり手を出すかしないと終わらないのである。

滅多に感情的になることのない桓騎だが、愉悦は別だ。

信をからかうのが楽しくなってくると、わざと正論で痛いところを突いて、もっと彼女の反応を見ようとする。
それを悪い癖だと自覚しているのかは分からないが、とにかく桓騎は相手の感情を煽るのが好きらしい。

たとえ好きな女であっても、相手が嫌がることをすればするほど、桓騎の心は潤うのだろう。
きっとこの中華全土で、誰よりも心が歪んでいると言える。

…最終的には信の逆鱗に触れ、顔も見たくないと言われて、屋敷に行っても追い返されて、ご機嫌取りに苦労することになるのは目に見えているというのに、何度経験しても桓騎は飽きないようだ。

どうして二人とも学習しないのだろうと、過去に那貴が頭を抱えたのは一度や二度ではない。

唯一救いなのは、信が単純な性格であることだ。喧嘩別れをしても、いずれ時間が解決する。どれだけ激昂したとしても、美味いもので腹を満たして一晩ぐっすり眠れば、信の怒りは大抵鎮まるのである。

彼女がそんな性格だからこそ、二人の関係は成り立っていると言っても過言ではない。

しかし、いくら信とはいえ、桓騎の顔を見れば怒りを再燃することだってある。
ご機嫌取りに訪れても追い返されてしまい、信と会えない期間が長引くことで桓騎の不眠症が再発してしまうので、結果的には周りが気苦労することになるのだ。

面倒臭い二人の喧嘩を早々に終わらせるには、第三者が介入するしかないのだと、那貴は以前から知っていた。ちなみにこれは桓騎軍の重臣全員が共有している知識である。

 

作戦会議

その場に座り直した桓騎の前に、那貴が地図を広げる。地図にはこの周辺の地形が記されていた。

一人でここに来た本当の目的も、桓騎は何も言っていないというのに、まるで那貴は彼の考えを読んだかのように行動をしていた。もともと桓騎の下についていたこともあって、勝手が分かるのだろう。

「こっちの撤退はいつだ?」

桓騎が地図に視線を向けながら問いかけた。

「え…三日後の朝だけど…つーか、なんで俺らが撤退すること知ってんだよ」

撤退するよう指示が記された書簡が届いたのはつい先ほどのことだったのに、どうして彼が撤退することを知っているのだろうか。

問いかけても桓騎は答えない。地図から視線を離さず、顎に手をやって何かを考えている。
地図を挟んで、桓騎の向かいに腰を下ろした那貴が声を掛けた。

「この辺り一帯、燃やすとヤバいあの植物が生い茂ってます」

夾竹桃キョウチクトウか。雷土が死にかけたやつだな」

雷土が死にかけたという物騒な言葉に、信がぎょっとする。恐らくは先ほど那貴が教えてくれた、桓騎軍の国境調査中に起こった話だろう。

どうやら那貴が教えてくれたあの植物は夾竹桃というらしい。確かに竹のように長い葉と、桃のような花をつけていた。その特徴からつけた名前なのだろう。

桓騎の返事を聞いた那貴は、飛信軍が拠点としているこの地の辺りを、円を描くように指でなぞった。

「こっからこの辺りまでびっしりと育ってました」

「俺たちが国境調査をした時にはなかったはずだ。そこまで繁殖力の強ェやつじゃねえから、誰かが栽植した・・・・・・・んだろ」

桓騎の予見に、那貴はやはりそうかと頷いた。

話についていけない信は戸惑ったように二人を見つめることしか出来ない。しかし、桓騎はそんな彼女へ律儀に状況説明をすることもなく、那貴に問いかけた。

こっち飛信軍の人数は?」

「国境調査っていう名目なんで、三百ですね。向こう趙国に気づかれないように、五十ずつに分けて、拠点も分散してます」

こちらの状況を知った桓騎が僅かに口角を持ち上げた。

「なら、めでたく三日後に全滅・・・・・・だったな」

 

 

全滅という言葉を聞き、信と那貴はまさかと目を見開いた。

「は…何言ってんだよ!?」

国境調査を始めてから趙の動きは抜かりなく監視しているが、戦になる気配など微塵も感じられない。
だというのに、三日後にこちらが全滅するとは何を根拠に言っているのだろうか。冗談なら質が悪い。

「全滅っつったんだ。ま、お前は利用価値があるから、生け捕りにされてただろうが、そうなったら舌噛んで死んだだろ」

桓騎といえば、その発言を撤回するつもりはないようだった。

それどころか、まるでこの先のことを全て予見しているかのような桓騎の口ぶりに、信と那貴は唖然とする。

「ふ、ふざけんなよッ!なんで俺たちが全滅なんて!」

桓騎の言葉を受け入れられず、信は顔を真っ赤にして怒鳴った。

国境調査は抜かりなく行っていたし、趙国が軍を動かすような気配もなかった。もしも夾竹桃の毒性を知らずに薪代わりにしていたのなら納得はするが、それだって那貴が忠告してくれたおかげで回避出来た。
だというのに、三日後にこちらの軍が全滅するなんて信じられるわけがなかった。

今にも桓騎の胸倉に掴み掛かろうとしている信に、那貴が落ち着けと肩を掴む。

「お頭がここに来た本当の目的は、俺たちが全滅するのを阻止するため…ですよね?」

「は…?」

なぜか薄ら笑いを浮かべながら那貴が桓騎に問いかけたので、信は頭に疑問符を浮かべた。

「那貴?なに言ってんだよ」

意味が分からないという信に、那貴は困ったように肩を竦める。

「信…お前、これだけお頭に溺愛されてるって言うのに、お頭のことを全然分かってないんだな?」

「は…はあッ!?」

溺愛という言葉に反応するように、信の顔が湯気が出そうなほど真っ赤になる。

自分と桓騎の関係は公言しているつもりはないのだが、頻繁に彼の屋敷を出入りしていることから、すでに仲間内には周知の事実として広まっているようだった。

桓騎は那貴の言葉を否定も肯定もしなかったのだが、その口元にはいつもの笑みが浮かんでいる。

どれだけ不利な状況であっても、彼を信じていれば全て上手くいくと、不思議とこちらも勝気になってしまう、あの魅力的な笑みだった。

「…撤退を三日後にするっていうのはもう兵たちに広めちまったんだろ。なら三日後にケリをつけるだけだな」

気怠そうに桓騎が言ったので、信はもどかしい気持ちになった。

「おい、分かるように説明しろよ!」

「お頭」

こればかりは那貴も信に賛同らしく、僅かに眉根を寄せて桓騎を睨むようにして見つめた。

普段から重臣にしか策を教えることのない桓騎だが、今回ばかりは単騎で来たこともあって協力者が必要なのか、溜息交じりに話してくれたのだった。

 

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作戦会議 その二

「夾竹桃を薪として代用してたんなら、もっと早く全滅してただろうが…まあ、今回は那貴のおかげで持久戦に持ち込めたってことだ」

燃やすと強い毒性の煙が生じる夾竹桃の存在を再び口に出した桓騎に、那貴は溜息交じりに呟いた。

「じゃあ、これはやっぱり趙の仕業ってことっスね」

「は…!?」

確信を突いた那貴の言葉を聞き、信がまさかと青ざめる。

「つーことは…趙の奴らが、俺らがここに拠点を作るのを知ってて、あの植物を育ててたってことか?」

「だろうな。勝手に毒で全滅してくれるなら願ったり叶ったりだろ」

那貴が夾竹桃キョウチクトウの存在を教えてくれなかったらと思うと、信はまたもや背筋を凍らせた。

しかし、逆に言えば那貴が夾竹桃の存在を知っていたからこそ全滅の危機は避けられたのに、どうして桓騎が三日後に飛信軍が全滅すると言ったのかが分からない。

「…三日後に、何が起こるんだよ」

固唾を飲んでから信が問うと、桓騎はまるで彼女の不安を煽るように、にやりと口角をつり上げた。

「お前らは拠点を作って満足してたかもしれねえが、趙の奴らに見抜かれてるぜ」

「なんだと!?」

信が大口を開けて聞き返した。間抜け面、と桓騎が笑う。

今回の国境調査の目的は、戦の気配がないかを探ることである。
もしも趙軍が戦の準備をしており、向こうにこちらの動きを気づかれれば、確実に李牧の耳に入るはずだ。そうなれば、趙軍は速やかに策を変更することだろう。

だからこそ、こちらが国境調査をしていることを趙に悟られぬよう、昌平君からの指示で、この崖の上で拠点を作るようにと言われていた。

しかし、桓騎の予見が確かなら、初めから趙軍にこちらの動きは筒抜けになっていたということになる。

相手があの李牧だから、普段以上に警戒はしていたものの、まさかすでに手を打たれていたなんて思いもしなかった。

 

 

「…お頭、もしかして趙の動きを見てから、ここに来たんですか?」

信と違って大して動揺していない那貴は、薄く笑みを浮かべながら桓騎に問いかけた。

桓騎は考えなしに動く男ではないということは信も知っていた。
単騎でここまでやって来たのは、自分の寝込みを襲うためかと誤解していたが、ここまで趙軍の動きを読んでいるということは救援に来てくれたのだろう。

将軍という立場でありながら、単騎でここまでやって来たことを信は先ほど叱責していたのだが、戦において単騎で行動することにはしっかりとした利点がある。

戦術的な面の利点は乏しいが人数が少ない分、目立たないので、相手の目を掻い潜って懐に入り込むことが出来るのだ。

奇策を用いる桓騎は、単騎や少人数の部隊を動かす利点を上手く活用し、戦を有利に持ち込むことを得意としていた。
過去の戦では、敵兵の鎧を身に纏って、堂々と敵本陣に潜入して、軍師や大将を討ち取ったこともある。

さらには将軍である自分自身までも駒として行動するので、敵軍はとことん桓騎の思考を読むことが出来ず、その奇策に完膚なきまで蹂躙されるのだ。

「救援に来たんなら、もったいぶらずにそう言えよ…」

夜這い同然に天幕にやって来る必要はなかっただろうと桓騎を睨むと、彼はやはり笑った。那貴が来てくれたから途中で中断されたものの、先ほどの桓騎の手つきは冗談などではなく、本気で自分を襲うつもりだったに違いない。

こちらの動きが筒抜けなら、今すぐにでも趙軍が襲い掛かって来るかもしれないというのに、一体何を考えているのだろう。
早急に手を打たなくてはいけないこの状況で、相変わらずの緊張感のなさに呆れてしまう。

桓騎は虚勢を張って余裕を繕っているのではなく、本当に余裕だからこそ、そのような態度を取っていられるのだと、長い付き合いから理解しているのだが、今の状況に限っては腹立たしくて仕方がなかった。

「救援?この俺がそんな面倒臭ェことするかよ」

しかし、桓騎は予想外にも信の言葉を否定したのだった。

「はあぁッ!?じゃあてめェは一人でここに何しに来たんだよ!」

これには信の苛立ちに火が灯り、怒りとなって燃え盛る。即座に那貴が二人の間に入ったが、信の怒りはそう簡単に鎮火出来ないほど大きく燃え盛っていた。

 

作戦会議 その三

怒り心頭の信には一瞥もくれず、桓騎は地図を眺めていた。

飛信軍の三百が拠点を作っているこの場所は崖の上であり、向こうにある趙国の動きを見張ることが出来る。

少しでも趙に動きがあれば気づくことが出来るほど、見晴らしが良いこの場所に拠点として選んだのは昌平君の指示であったが、これには死角があった。

「ここに趙軍が拠点を構えてる。こっちが撤退するのと同時に背後から攻め込むつもりだろうな」

桓騎が指さしたのは、飛信軍が拠点を作っている場所の、崖下・・であった。

毒も過ぎれば情となる 図1

「は…?今…趙軍の拠点って言ったか?」

「ああ」

まるで崖下に拠点があるのを見て来たかのように桓騎が頷いたので、信と那貴は思わず顔を見合わせる。

自分たちの真下に趙軍の拠点があるということは、明日にでも迫って来るかもしれないということだ。

こちらの動きが筒抜けになっているとは聞いていたものの、まさかこんな近距離に趙軍が潜んでいるだなんて思いもしなかった。

(今すぐ撤退…いや、騒ぎ立てれば、趙軍もすぐに追撃してくる…?拠点は崖下でも、すでに森の中に敵兵が潜んでんじゃ…)

さまざまな不安が浮かび上がり、信は言葉を失ってしまう。

顔面蒼白となって嫌な汗を滲ませている信と違って、桓騎といえば、もう地図からも興味を失くしたように頬杖をついていた。

 

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こちらが指示を出せば、それを待っていたと言わんばかりに身を潜めていた趙軍が責め立ててくるかもしれない。

数はどれだけか分からないが、こちらの兵力はたったの三百。もしも、趙軍がそれ以上の兵力で、自分たちを取り囲んでいるのなら敗北は必須だろう。

それに此度は国境調査という任務で、戦いの備えが十分でない。
趙国の動きを確認する目的だったし、まさか向こうから襲撃してくるだなんて想像していなかった。

今回連れ立った三百の兵力は、飛信軍で厳しい訓練をこなして来た者たちとはいえ、突然の襲撃となれば対応が遅れてしまう。

崖を昇って来るのか、それとも遠回りをして崖上まで登って来て、夾竹桃が生い茂る森の中で息を潜めているのか。

どちらにせよ、こちらが指示を出して警戒態勢を取れば、向こうも遠慮なく襲撃を始めるはずだ。そう考えると、安易に兵たちに周囲の警戒を呼び掛けることも出来なくなる。

「ひでェ顔だな」

「っ…!」

地図を見つめながら愕然とする信に、桓騎は肩を竦めるようにして笑った。こんな状況でどうして笑っているのかと、信の中で再び怒りが再燃する。

明日にでも、いや、すぐにでも趙軍が責め立てて来るかもしれないこの危機的状況で言い合いなどする時間はないと、頭では理解しているのだが、どうしたら良いか分からないという困惑が不安を煽るばかりだった。

「信」

狼狽える信を宥めるように、那貴が肩を掴んだ。

力強い眼差しを向けられたかと思うと、那貴は口角を持ち上げた。桓騎と同じように、相手を黙らせてしまうほど、強大な余裕を見せつけるような微笑。

それ見て信は確信した。桓騎を信じろと、那貴は訴えているのだ。

 

 

「…もしかして、策があるのか?」

確認してみるものの、桓騎は何も答えない。しかし、それが答えだ。すでに桓騎は策を講じている。

過去に信は桓騎軍と何度も共に戦場を経験していたし、安心して背中を任せたこともあった。
そこで学んだことは、桓騎軍の絶対的な強さだけではない。

桓騎が講じる奇策を成すためには、たとえ仲間であっても、不必要に口外しないことが重要だということだ。

敵だけなく、味方の裏をもかく桓騎の奇策には毎度驚かされるのだが、確実に勝利をつかみ取るためには些細なことである。

重臣以外と策を共有しないことは、味方を信頼していないのだと思われがちだが、桓騎は確実に奇策を成すために、少しでも目に余る障害を退けているだけだ。

初めの頃は、味方である自分たちさえ捨て駒として扱う桓騎に殺意こそ覚えていたものの、彼を信じれば確実に勝利を掴むことが出来ることが分かった。

もちろん野盗としての性分は健在で、見逃せない悪行を働いていることも事実だが、桓騎はいつだって人を惹き付ける魅力を兼ね備えている。那貴も桓騎の魅力に憑かれたうちの一人だ。

仲間たちから絶対的な信頼を寄せられている桓騎の人柄については、信も認めていた。

桓騎の命じるまま、従っておけば、何も心配することはない。彼が仲間から慕われている理由はその絶対的な安心感によるものだった。

「桓騎」

信が静かに名前を呼ぶと、桓騎は視線だけを向ける。

「俺は何をすりゃあいい」

真剣な表情で指示を仰ぐと、桓騎はゆっくりと口を開いた。

 

自己嫌悪

桓騎は相変わらず策の全貌を明らかにせず、信に行動を指示した。

作戦決行は、三日後の明朝。崖下に身を潜めている趙軍が迫って来るのは、飛信軍の撤退時だと桓騎は確信しているようだった。

「はあ…」

一通り行動の指示を受けたあと、さまざまな思いが押し寄せて来て、信は力なく長い息を吐いた。

桓騎の読みによると、趙軍は夾竹桃の毒煙によって弱った兵たちを一掃するつもりだったという。

夾竹桃の存在を知っていた那貴のお陰で、兵たちが毒に侵されるのを阻止出来た。そのため、こちらの兵力は三百から少しも欠けていない。

さらには、桓騎が駆け付けてくれたおかげで、伏兵に対する奇襲への対策が取れた。
もしも二人の存在がなければ、夾竹桃の毒と伏兵の奇襲によって、飛信軍は壮大な被害を受けていただろう。

国境調査という名目であったとはいえ、敵の伏兵を見破れなかったことに、信は物思いに沈んだ。

しかし、いつまでも暗澹たる気分でいるわけにはいかない。

崖下にいる趙軍はこちらの動きを見張っているかもしれないが、桓騎が現れたことには気づいていないだろう。
つまり、桓騎という心強い救援によって、水面下で形勢が逆転したと言ってもいい。

「信、ちょっと良いか」

「ああ」

那貴に手招かれ、信は彼と共に天幕を出た。桓騎に聞かれてはまずい話でもあるのだろうか。

天幕を出て少し歩いたところで、那貴は振り返る。

さすがの那貴も、趙軍が崖下に拠点を構えていることに気づいておらず、桓騎から知らされた事実に驚いていたようだったが、今は冷静さを取り戻していた。

「あのお頭が単騎で動くなんて珍しい。よっぽどお前が心配だったんだな」

「………」

からかうように言われるものの、信の表情は優れない。趙軍の奇襲に備えて、味方の士気を上げなくてはと思うのだが、憂鬱さが抜けない。

 

 

「…桓騎が来なかったら、三日後に、俺たちは全滅してたかもしれない」

信は小さく声を落とした。
桓騎が救援にやって来たのはただの気まぐれかもしれないが、恐らくは、自分たちが趙軍の伏兵を見抜けなかったからだろうと信は考えた。

崖下の伏兵を見抜いて、事前に対策を取れるような冷静な判断力を持ち合わせていたのなら、わざわざ桓騎がここまで来ることはなかっただろう。

桓騎の手を煩わせてしまったという気持ちと、自分が事前に敵の策を見抜けていたのならこんなことにはならなかったという気持ちがせめぎ合う。

「俺はまだ、将として未熟で、あいつに信頼されてなかったんだな」

複雑な笑みを浮かべた信がひとりごちる。吐息のように潜めた声だったが、那貴は聞き逃さなかった。

「お前は仲間が危機に陥っていたら、そんな理由で救援に行くのか?」

諭すような那貴の言葉に、信は思わず口を噤む。

仲間の救援へ向かう時、そのようなことは考えたことは一度もなかった。仲間を助けたい一心で体を突き動かし、自分の危険など一切顧みない。きっと他の将もそうだろう。

那貴が静かに言葉を紡ぐ。

「少なくとも、俺の知ってるお頭は、信頼していないような相手のもとに、わざわざ手を貸すなんて真似はしない。どうでも良いと思っているのなら、手なんか貸すまでもなく、見捨てたはずだ」

その桓騎が自ら、しかも単騎でここまでやって来たということは、信を捨て駒などと思っていない何よりの証拠だ。

那貴に諫められ、信は気まずさのあまり、俯いてしまう。

「素直に受け取っていいんじゃないか?お頭の好意ってやつを」

その場を和ませるように、那貴が笑い含みにそう言った。

「とにかく、今考えるべきは三日後のことだ。それまで安易にお頭を煽るなよ」

「煽る?」

どういう意味だと聞き返すと、那貴は苦笑を深めるばかりで答えてくれなかった。

「…それからもう一つ、気を付けた方が良い」

「ん?なんだよ。まだ何かあるのか?」

「お頭は耳が良い・・・・ってことだ」

警告にしては随分と穏やかな表情と語調だった。

桓騎の聴力を褒めているようだが、何に気をつけろというのだろう。
どういう意味だと聞き返しても、那貴は苦笑を深めるばかりで答えを教えてくれなかった。

 

仮眠

結局、那貴の警告の意味を理解出来ないまま、信は再び天幕へと戻った。

まるで我が物顔でその場に座り込み、いつの間にか鎧を脱いで寛いでいる桓騎の姿を見て、信は呆れてしまう。これでは救援に来てくれたのか、気分転換に遠出をしに来たのか分からない。

目が合うものの、桓騎は何も話さない。その瞳と表情には穏やかな色が浮かんでいた。

色々と言いたいことや聞きたいことはあったのだが、もう少しで羌瘣と見張りを交代する約束をしていたので、信は早急に休まなくてはと考えた。

こちらが策を実行するのも、趙軍が動き出すのも三日後だ。それまでは万全な体調と体制でいなくてはならない。

「寝るから邪魔すんなよ」

そう言って、信は桓騎に背を向けて、その場に横たわった。

瞼を下ろして少しでも仮眠を取ろうと思ったのだが、恋人の突然の来訪や、趙軍の伏兵の話で目がすっかり冴えてしまっていた。
いつもならすぐに眠りに落ちるはずなのに、想定外のことが起こり過ぎていた。

こうなれば仮眠は諦めて、少し早いが見張りを交代するべきだろうか。

三日後の撤退時に、身を潜めている趙軍が奇襲をかけてくると桓騎は確信しているようだが、だからと言って見張りを怠るわけにはいかない。

それに、ここで見張りを怠るような不自然な真似をすれば、同じくこちらを警戒している趙軍が動き出すかもしれない。普段通りに活動するのは、趙軍に桓騎の策を勘付かせないためでもあった。

「…?」

背後で物音がしたのと同時に、桓騎が動いた気配を感じる。

しかし、夜間の見張りのためにはしっかりと休まなくてはいけないので、構うことなく信は目を閉じていた。

自分のすぐ後ろで桓騎も横になったのが分かった。その瞬間、後ろから急に腕を回される。

「おいっ…?」

また性懲りもなく襲うつもりかと振り返ると、桓騎は静かに目を瞑っていた。声を掛けたものの返事はなく、それどころか、静かな寝息が聞こえて来る。

(はっ…え…?まさか、寝たのか?)

どう見ても眠っているとしか思えない桓騎の姿に、信は驚きのあまり、硬直してしまう。

寝顔を見るのは初めてではないのだが、見るのは決まって体を重ねた後や、先に目を覚ました朝である。

共に褥に入る時は必ずと言って良いほど、寝つきの良い信の方が先に眠ってしまうので、桓騎が先に眠りに落ちるのは珍しいことだった。

しかも自分を抱き締めた途端、まるで糸が切れたように眠りに落ちるなんて信じられなかった。
自分を抱き締めている腕が脱力していることから、寝たふりではなく、本当に寝入っているのだろう。

もともと桓騎の眠りが浅いのは知っていたが、ここに来るまでずっと馬を走らせ続けていたせいで、疲弊していたのかもしれない。

 

 

「………」

信は桓騎を起こさないように、腕の中でゆっくりと寝返りを打ち、向かい合うように横になった。

眠りが浅い彼のことだから、僅かな物音や信が動いた気配で、目を覚ますかもしれないと思ったのだが、珍しく桓騎は眠り続けている。

外では絶えず薪を燃やしているが、寒くないだろうか。屋敷の寝室と違って寝具は簡易的なものしか用意がない。

(今だけは仕方ない…よな)

自分にそう言い聞かせて、信は桓騎の背中に腕を回した。お互いに抱き締め合い、温もりを分かち合う。

ここまで救援に来てくれた桓騎に風邪を引かないための配慮だ。下心は微塵もなかった。

「……、……」

じんわりと温もりに包まれると、すぐに瞼が重くなってくる。

趙軍の伏兵の話を聞き、眠気などやって来ないと思ったのだが、桓騎が来てくれたことで緊張の糸が解れたようだった。

彼の言う通りにしておけば、何も不安なことはないのだと、体が理解しているのだ。

「…ありがとな、桓騎」

眠りに落ちる寸前、信は感謝の言葉を呟いた。きっと眠っている桓騎の耳には届いていないだろう。

無事に帰還出来たあとで、改めて礼を言わなくてはと考えながら、信の意識は眠りに落ちたのだった。

 

中編②はこちら